91、湖畔の町防衛戦12 sideウエンディ ~高度魔法陣~
湖畔の町を上空から見た時、その形が真円を描いているのは町に住んでいる者にとっては周知の事実であった。
その不自然な程に均一な町の姿は、全て一人の男によって画策されたものに他ならない。
湖畔の町、区画整理担当、北山隆史――。
彼は町の拡大に際して、同心円を広げるような形で町の規模を徐々に拡大してきていた。
何故、こんなに特殊で面倒な方法を用いて、町を拡大するのか?
その答えは様々に噂されたのだが、その問いに対する明確な答えを持っている者は少ない。
だが、明確な答えを得る方法はあるのだ。
湖の街を上空から見下ろす。
たったそれだけ。
そうすれば、一発で明快な回答が導き出せることであろう。
道が線となり円となり、公園や各種施設の形が幾何学模様を作り出し、町という一つの円形の中に、それらが重なりあって紡がれている光景。
そう、その光景を一言で言い表すならば――。
(魔法陣……)
それは北山のユニークスキル【高度魔法陣】の媒体でもあり、圧倒的な威力を秘めた魔法を行使するための前提条件でもある。
(大きければ大きいほど、緻密であれば緻密であるほど、威力と精度を増すのが【高度魔法陣】のスキルの特徴だ。だが、その分、MPの消耗も恐ろしく大きい……。やはり、補給に後一時間は掛かりそうだな。別の場所で大事になっていなければ良いが……)
魔力回復のための飲み薬を口に含みながら、北山はゆっくりと呼吸を整える。
高度魔法陣のスキルは、通常の詠唱型の魔法よりも威力に優れるのだが、記載の手間と複雑さによって、発動には時間が掛かるのがネックとなっていた。
事実、先の学園強襲事件の際にも、北山はそこまで目立った活躍をしていない。
……だからこそ、か。
彼はその欠点を補うため、自ら考案で湖畔の町そのものを高度魔法陣として描いてしまったのである。
その威力たるや、バルムブルクの部隊の八割を消し飛ばし、バルムブルクでさえも生死不明に追いやるほどである。
威力は十分。……だが、精密操作はまだまだ。
すっかりと変わってしまった周囲の地形を眺めながら、生き残った女生徒は呆然と言葉を吐き出す。
「何て、威力……。今のは、光魔法なの……? それにしたって見たことがないんだけど……」
未だ止まぬ耳鳴りに顔を顰める様子からは、その魔法の爪痕が垣間見えるかのようだ。
まるで辺り一帯が地雷原であり、それら全てが誘爆したような爆発の激しさは、今思い出してもぞっとしない。
よくもまぁ、あんな爆発に巻き込まれて耳鳴り程度で済んでいるものだと、女生徒は自身のことながら呆れてしまう。
恐らくは、北山が何とか苦心して調整した御蔭ということなのだろうが、一歩間違えれば大惨事間違いなしの事態に背筋が凍る思いである。
「……まぁ、何にせよ、これでこの門は俺達の勝ちってことだろ? 流石に、大将が死んで、部隊もほとんどが壊滅して、そんで戦い続けるほど敵も馬鹿じゃねぇだろ?」
女生徒のすぐ隣、背中合わせに戦っていたはずの男子生徒が遠くに見える戦闘馬車を眺めながら、小馬鹿にしたように零す。
その眦には、先程まで死の恐怖に対面していたこともあってか、うっすらと涙が浮かんでいたのだが、女生徒はあえてそれを指摘しなかった。
代わりにとばかりに、彼女は北山へ視線を向ける。
「それにしても、北山先生も人が悪いですよ。あんなに凄い魔法が使えるのに、出し惜しみしているなんて……。そのせいで、深雪が……」
責めるような口調になってしまうのは、犠牲者が出てしまったからだろうか。
それは決して北山のせいというわけではないだろう。
ましてや、この女生徒のせいというわけでもない。
……短慮な行動と、実力が不足していた本人のせいだ。
だが、若い感情というのは、理性で判っていてもその通りに制御できるものでもない。
ぶつけられる感情を受け止めるのも教師の役目だとばかりに、北山は目を伏せる。
「すまない。だが、出し惜しみをしていたわけではない。この魔法は威力もそうだが、恐ろしくMPを消費するのでな。連発出来ない分、どうしても使うタイミングを見極める必要があったのだ。遅れたことについては謝罪しよう。……すまなかった」
「分かってるよ。これが、子供っぽい八つ当たりだなんてこと……。でも、ごめんなさい、先生。私はまだ深雪や級友が死んだことが受け入れられないから……。だから、憎ませて……」
血反吐を吐くような告白に北山は無言で首を縦に振る。
そんな二人の様子を気遣ってか、男子生徒はわざと陽気な声を出す。
「と、とにかくよぉ! こっちは終わったかもしれねぇけど、他はまだ戦ってるとこもあるんだ! 戦える奴を再編成して、助けに行けるようなら――」
「……いいや、まだだ」
まるで気を抜いていないウエンディの言葉の意味を推し量るよりも早く、地中から伸びた巨大な手が男子生徒の足首を掴む。
「うわぁぁぁぁぁ――――ッ!?」
そして、その男子生徒は、土中から這い出してきたバルムブルクに逆さ吊りにされて、宙に持ち上げられてしまっていた。
「嘘……、さっきので死んでいなかったの……!?」
「カッカッカッ! 儂をその辺の雑兵共と一緒にするなよ、小娘!」
咄嗟に地面に穴を掘って、その中に飛び込む事で難を逃れていたバルムブルクは片手で掴んだ男子生徒を膂力のままに振り回す。
「あれを連発されていれば、幾ら儂でも耐え切れん……。故に地中にて様子を窺っていたが、警戒する必要もないと分かれば話は簡単だ。いや、むしろ、この好機を逃す手はあるまい!」
悲鳴を出すのも忘れてしまうほどの空中遊泳を味わった男子生徒の終着点は、脳すら軽く砕く堅い地面との接触だ。
しかも、その地面はおあつらえ向きに北山の魔法によって程よく凹凸が付加されている。
「フハハハッ! 死ねぇい!」
まずは一人――、そう思ったバルムブルクの鼓膜が鋭い音を捉える。
それは男子生徒が地面にぶつかってひしゃげた音でも無ければ、北山が放った魔法の音でもない。
だが、音の出処はすぐに判った。
何故なら、バルムブルクの右腕は上腕二頭筋より切断されて、宙へと舞っていたからだ。
その傷口の先には、金髪を靡かせて一刀を放った女騎士の姿がある。
「……戦闘馬車が消えていなかったから、叔父上が生きていることは知っていた」
――ウエンディである。
彼女は続く一太刀を浴びせようと剣を振るうが、その攻撃は隻腕となったバルムブルクによって即座に防がれてしまう。
魔界四天王と同等の実力を持つ男なだけあって、腕一本を失った程度では動じない。
ウエンディは距離を開けることもなく、その場に留まり続けて剣を向ける。
――というよりも、脚の傷が思わしくないため、満足に動けないというのが正しい。
その様子を見て、バルムブルクもまた剣を構える。
状況的にバルムブルク有利と見て取ったのだろう。
でなければ、足の悪い相手を前に逃げるという選択肢を捨てる意味が分からない。
「北山先生!」
女生徒が勢い余って宙を舞った男子生徒を受け止め、不安げな視線を北山へと向ける。
その視線には明快に「助けて!」と書いてあったのだが、北山はそれに対する答えを持っていない。
具体的に言うと、MPが回復し切っていなかったのだ。
魔力を回復する回復薬とスキルによる自動MP回復を併用することによって、MPの回復速度は常人よりも速いのだが、それでも最大値まで回復するのに一時間程は掛かることが見込まれていた。
その状態で、ウエンディとバルムブルクの戦いに、北山が手を出すのは困難を極める。
彼は小さく首を振る。
「これ以上は、我々に出来ることはない……」
「そんな……」
女生徒の絶望に染まった瞳がウエンディを捉える。
彼女は左足を朱に染めながらも、それでも微動だにせずに剣をバルムブルクに向けるのであった。




