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フラれて自暴自棄になっていたところを異世界召喚された結果がコレだよ!  作者: 荒薙裕也
第四章、新魔王争奪戦が開幕したと思ったら、俺の妹にそっくりな娘が狙われてブチ切れた結果がコレだよ!
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90、湖畔の町防衛戦11 sideウエンディ ~巧緻~

 金や銀で縁取られた豪奢な戦闘馬車(チャリオット)が約三百台――。


 それらが全て地鳴りを轟かせながら爆走する様子は荘厳さすら覚えるほどである。


 そんな戦闘馬車の一台に乗り込みながら、バルムブルクは自身の体から力が抜けていくのを感じていた。


 ……恐らくは、【宣告】の効果が切れたのだろう。


 それは、即ち、ウエンディが自身の負けを認めたか、状況に絶望を覚えたか、それともバルムブルクには敵わないと確信してしまったか――。


 いずれにせよ、バルムブルクはウエンディを精神的に打ち負かして『倒した』のだろう。


 だからこそ、【宣告】は力を失い、バルムブルクの体から余剰な力が抜け落ちたのである。


(脆弱な!)


 余りに滑稽な姪に対し、バルムブルクは心の中で嘲笑を送る。

 

 確かに、戦闘力は人並み以上に成長したのかもしれない。


 だが、戦況を読む目がまるで一兵卒のそれだ。


 恐らく、ウエンディは各地の戦場で『兵士』という立場で常に行動していたに違いない。


 人や兵を束ねる『長』としては活動してこなかった。


 だから、大局が見えずに、目の前の敵対者にばかり注目してしまうのであろう。


 それでは戦士としては合格でも、指揮者としては不合格である。


(戦の経験の差ではない。戦を通して得てきた質の差が、今の儂と御主の間にはある。……ウエンディよ、この痛恨を糧として受け止め、一年以内に儂を倒すだけの力を得てみせよ。そこまで成長した御主を倒すことができれば、儂は――)


 ――いよいよ、魔王の座を目指すことができるか。


 面当てに遮られて見えはしなかったが、バルムブルクは兜の奥で口角を吊り上げる。


「誰でもいい! 土魔法が使える奴は拒馬槍を作って妨害しろぉ!」

「何だよ、キョバソーって! 偉人の名前かよ!?」

「馬鹿じゃないの!? 障害物よ! 障害物! とにかく、馬の速度を落とさせないと止められないわよ!」


 的確な指示が飛び、土魔法が使える者たちは協力して一斉に障害物を作り上げる。


 それらは基本的に不格好で統一性もなかったが、障害物としての機能だけは果たせそうではあった。


 そんな障害物の背後に隠れながら、冒険者たちは戦闘馬車の集団が接近するのを待ち受ける。


「ふっ、儂の軍団が舐められたものよ」


 バルムブルクが乗る戦闘馬車が速度を落とす。


 諦めたのか?


 冒険者たちが淡い期待を抱いたのも束の間――。


 バルムブルクの背後から怒涛のように押し寄せた首無し騎馬と戦闘馬車が障害物など物ともせずに突き進んでくる。


 障害物の御蔭で多少は戦闘馬車の速度は弱まったものの、それでも勢いはまだまだ収まっていない。


 障害物を押し退け、破壊し、町のすぐ近くにまで押し寄せてくる。


「くっそ! どうする!? どうするんだよ!?」

「とりあえず、引きつけて魔法攻撃を当てた所を突撃するぐらいしか案がないわね」

「あの勢いが、そんなもので止まるもんかよ!」

「くっそ! 今なら少しは足が止まってるんだ! 俺が……、俺がやってやる!」

「無茶よ!」


 止める暇もあればこそ、一人の冒険者の声に乗る形で数人の冒険者が飛び出していく。


 彼らは首無し騎馬に接近し、その進行を止めようと試みるが、次の瞬間には戦闘馬車に乗っていた魔族たちの攻撃を受け、その場に膝を折っていた。


 ……膝を折り、動きが止まってしまったら最早望みはない。


 超重量級の戦闘馬車に轢かれ、彼らは若い命を呆気なく散らしていく。


「榎田! 安岡! 深雪ッ!」


 女生徒の悲痛な叫び声が聞こえるが、感傷に浸っている暇はない。


 障害物の数々をいとも容易く乗り越えてきた戦闘馬車たちは冒険者たちに高速接近するなり、轢き殺そうと、あるいはすれ違い様に搭乗者が得物で斬りつけようとしてくる。


 波状攻撃のように繰り返される攻撃を冒険者たちは寄り集まることで死角を失くし、対抗しようとするのだが、そうする事で門を守る面積が狭まってしまう。


 そこをすかさず数体の戦闘馬車が通り抜けていく。


「ヒャハハハ! 一番乗りはこの俺様だぜぇ!」


 戦闘馬車の上からけたたましい声が響き、その声の持ち主が門を潜り抜けようとする直前――。


 ――その戦闘馬車の首無し騎馬が胴体を真っ二つにされて地面を滑っていた。


「くぅ……、いてて……。な、なんだぁ……!?」


 急な制動に戦闘馬車を放り出されたのは、その魔族一人という話ではない。


 戦闘馬車から放り出された魔族が頭を振りながら起き上がると、三台の戦闘馬車が引き手を失い、地面に引き摺られる形で止まっていた。


 その光景に呆ける魔族たちを、見下ろす者がいる。


「はぁ……、はぁ……、叔父上ぇぇぇ……ッ!」


 荒い息を隠そうともせず、追い縋ってきたウエンディである。


 彼女は、自分の体が軋みを上げるような限界ギリギリの動きで戦闘馬車を追い抜くと、湖畔の町への最後の障害として、魔族たちの前に立ち塞がっていた。


 その目の前では魔族に囲まれ、徐々に数を減らしていく冒険者たちの姿も見える。


「…………!」


 ウエンディはギリと奥歯を噛み締める。


 行けるものならば、今直ぐにでも助けに行きたい。


 だが、湖畔の町の門を潜ろうと狙う戦闘馬車の数は後を絶たない。


 現状、冒険者たちが門の死守よりも、自分たちの命の死守を優先しているため、ウエンディが門を守るのをやめてしまえば、簡単に魔族の侵入を許してしまうことになるだろう。


 ……勿論、その瞬間を逃すようなバルムブルクではない。


 だからこそ、ウエンディは門の前から動くことができない。


 せめて、門の前に守備のスペシャリストである緒方でもいれば、話は違ってくるのだろうが、彼は戦闘馬車の群れに飲まれ、その姿が見えなくなってしまっている。


(よもや死んではいないと思うが……)


 バルムブルクの苛烈な攻めを受けきった男だ。


 そうそう死ぬような事はタマではないだろう。……いや、そう思いたい。


 心がざわつくのを抑えつけるようにして、ウエンディは立ち上がろうとしていた魔族たちに無情な一撃を突き込んでいく。


 これが抑止力になれば良いと思うのだが、門を狙う魔族は後を絶たないようだ。


 第二陣とばかりに迫ってくる戦闘馬車十二台――。


 それらの全てを迎撃するため、ウエンディは自身の足に力を込める。


「――――!?」


 ――と、突如として膝から下の力が抜ける。


 見やれば、ウエンディの左足から赤い色をした雫が垂れ流れているのが見えた。


 限界を超えた速度で動いた際に、どこかでぶつけたのか、それとも切ったのか。


 どちらにしろ、機動力を売りにするウエンディにとっては痛い負傷である。


 ……そして、その機を見逃すバルムブルクではなかった。


「クククッ、戦場は生き物よ! どんなハプニングが起こるか、儂にも予想がつかん! そして、その機を見極めるは将の器よ! ウエンディよ、御主にはそれが足りん!」


 臨機応変と言えば聞こえは良いが、ウエンディの行動は行き当たりばったりなものが殆どである。


 その(つたな)い立ち回りが分かっているからこそ、本人も唇を噛み締めるのだろう。


 だが、後悔している暇などない。


 すかさずバルムブルクが第二陣に混ざり、否応無しにウエンディはバルムブルク個人に対応しなくてはならなくなる。


 だが、それをすると他の戦闘馬車はウエンディの脇を抜けて、町中へと駆けていってしまうことだろう。


 町中には、生産系のスキルばかりを好んで取得してきたような非戦闘員とされる人間もいる。


 そんな人々に魔族の暴虐を止める手立てはない。


 何としてでも、魔族の侵入は阻みたいところではあるのだが、そうなるとバルムブルクからどうしても意識を切らなければならなくなる。


 それをすることで不利益を被るのは、ウエンディに他ならない。


 何より、ウエンディはバルムブルクから目を離すことの怖さを良く知っている。


 町中へ魔族を侵入させることは、絶対にあってはならないことなのだが、バルムブルク個人をノーマークにするわけにもいかない。


 いや、バルムブルクはそれを狙っていたからこそ、多くの戦闘馬車に混ざる形で自身の戦闘馬車を加速させたのだろう。


 バルムブルクの嫌らしさにウエンディは目が回りそうだ。


(足は動かない……。武器も自分の手に馴染んだものではない……。鎧も外してしまった……。私に出来ることはなんだ……?)


 戦闘馬車十三台が同時に迫る中、ウエンディは自分自身を落ち着けるようにして、深く、静かに深呼吸を行う。


 目の前に広がるのは、時間の経過と共に止めようが無くなる絶望。


 それを、死を賭してでも止めなければならない。


 足が千切れても、腕がへし折れても構わない。

 

 ウエンディは、命に変えてもこの門を守るために決意を固める。


(【宣告】の二度掛け――。それを行えば、私はまだ……ッ!)


 首無し騎士特有のスキルである【宣告】――。


 それを掛けることでステータスが五割程上昇するのだが、彼女はその二度掛けを行おうというのである。


 それはクリアすべき課題が二つに増えるだけでなく、肉体に掛かる負荷も相当なものになることが予想される。


 恐らくは肉体が肥大化した能力についていけずに、一時間も絶たずに健や筋や骨がボロボロになってしまうはずだ。


 ……今でも体に掛かる負荷はそれなりに高い。


 それでも、現状でバルムブルクに敵わないというのなら、何かで補ってやる必要があるのだ。


 この門を守る冒険者たちの手は既に手一杯で、助けを求めるには酷だ。


(だったら、自分で自分の力を引き出して、何とかするしかないだろう……!)


 火事場のクソ力、真の力の覚醒、隠していた本当の実力――。


 そんな大層なものがないウエンディなのだから、危険(リスク)を糧に力を引き出すしかない。


「わ、私は――」


 覚悟を決めたウエンディが口を開く。


 その言葉を口にすれば……、きっと勝てるのだと信じて。


 だが――。


「何をやる気かは知らないが、やめておくことだ。……そんなに声が震えているのでは成功するものも失敗するだろう」


 ――その言葉は、その声によって途中で止められてしまう。


 次の瞬間には白色の光線がウエンディの背後から無数に伸びて、迫りつつ合った戦闘馬車を次々と飲み込んでいく。


 ……何が起きているのか理解する暇もない。


 その白い光は暴力的に戦闘馬車を捉えては、その姿を覆い隠す。


「困った時、自力での解決が困難な時、難題が折り重なってどうしたら良いか全く分からない時、そういう時にこそ他人の力を頼って欲しいものだ。ましてや――」


 一瞬の後に周囲の音が全て消え去り、次の瞬間には白色の光と爆音が門の前で破裂する。


 まるで台風の只中にでも放り込まれたような猛烈な風圧と熱、そして耳の奥底が痺れる程の暴力的な音。


 視神経が焼き切れるかとも思えた白い光の爆発が収まった時、ウエンディは地面に大型のクレーターが無数に作られて、そのクレーターからもうもうと黒煙が棚引いているのを目撃する。


 周りにはウエンディと、奮闘していた冒険者たちの姿があるばかりで戦闘馬車の姿も魔族の姿もほとんど掻き消えてしまっている。


 そんな周囲の様子を確認してから、ウエンディと冒険者たちの視線が門の中へと集う。


 彼はいつも通りに、自分の銀縁眼鏡の腹を中指で押して位置を調整すると、特に何の感慨も抱いていない表情のままに淡々と告げていた。


「――私は教師なのだから」


 そう言う北山隆史の表情には、特に笑みは浮かんでいないのであった。

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