89、湖畔の町防衛戦10 sideウエンディ ~練達~
「首無し騎士が首無し騎士に対して『死の宣告』だと? ……馬鹿な。その宣告を一年以内に達成出来なければ、御主の存在は消滅することになるのだぞ? そして、御主は儂の強さも十二分に知っているはずだ……」
「『死の』ではありませんよ、叔父上。――『勝利の』宣告です」
「同じことだ。どのみち、その宣告が完了せぬ限り、御主は消滅の呪いからは逃れられん」
「構いませんよ」
ウエンディはあっけらかんとその事実を受け入れる。
開き直りにも似た気持ちを持ってしまえば、後は楽であった。
バルムブルクの重圧さえも、今はそんなものかと納得してしまえる。
そして、それもまた、自身を磨き、鍛え上げてくれる試練だと受け止めることができる。
精神傷害を克服したウエンディは、どこか悟りにも似た思いを抱きながら右手を顔の前に持ってきて強く握り締める。
その手には、緒方より譲り受けた赤茶色をした剣が握られていた。
「この状況で、尚、それを言えるだけの胆力は見事。だが、状況を仔細に把握できぬ分析力は浅はかなり――」
「それは、私のことを言っているのですか? それとも――」
ふと、幽鬼のようにウエンディの姿が掻き消える。
いや、近くに居た緒方にはそう見えただけか。
何故なら、次の瞬間にはバルムブルクが背後を振り向き、襲い掛かってくるウエンディの剣を受け止めていたのだから。
「――叔父上のことを言っておられるのですか?」
「むぅ……! 先程よりも恐ろしく速度が速い……!」
ウエンディの一撃を受け止めて、弾き返そうと力を込めたバルムブルク。
だが、次の瞬間にはウエンディの姿はそこにはなく、彼の側面へと回り、鋭い突きを無数に繰り出す。
それを厚い鎧の装甲で受け流しながら、バルムブルクは羽虫を追い払うかの如く、漆黒の大剣を思い切り横に薙ぎ払う。
その狙いは奏功したのか、ウエンディはゆっくりとした動きにも見える動作で、先程まで自分が立っていたその場所へと舞い戻る。
先程までのウエンディと比べて、雲泥の動き――。
まるで、奇跡が起きたかのような変わりように、バルムブルクはそのカラクリにようやく気付く。
「そうか、儂のデバフの効果を薄めるために、わざわざ【宣告】をしたのか……」
「えぇ。私も【宣告】が首無し騎士の力を強めてくれることは知っていましたから」
首無し騎士のユニークスキルである【宣告】は、一年以内にその宣告を遂げられないと消滅してしまうというペナルティを背負う代わりに、本人の全てのステータスを約五割増しにまで引き上げてくれる効果がある。
五割も、と考えると破格に感じてしまうが、逆に言うと自分の生命を賭しても、五割しか上がらないとも考えることができる。
それ故に、首無し騎士の間での【宣告】は、もっぱら格下を楽に狩るためのスキルとして重宝されてきたのであった。
だが、今回のウエンディの使い方は違う。
「叔父上のデバフのスキルは、格上の相手には効き難くなるのでしょう? 宣告で私の力が上がれば、果たしてどうなるのか? 試した結果が今です」
「ふむ。カラクリが分かればそんなもの……」
バルムブルクが持つ『圧』の力、そのユニークスキル名を【帝王の威】という。
このスキルを発動させるには、二つ条件があり――。
一、半径一キロ以内に対象が存在すること。
一、対象のステータスの六項目(攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、速度、幸運)の内、四項目以上においてバルムブルクが勝っていること。
――が条件に挙げられる。
(ウエンディに教え込んだのは、儂の弟が最も得意とした高速戦闘術だ。恐らくは、現在のステータスにおいても攻撃力と速度は相当抜きん出ているに違いない。だが、それ以外は儂のステータスの方が上のはずだ。それが、【宣告】によって上回られたとなれば……)
ならば、あとひとつ上回られたパラメータは、魔法攻撃力か、幸運か。
よもや、鎧を抜いだにも関わらず、防御力や魔法防御力が上回られることはあるまい。
その対処法は分かりきっている。
相手が普通の魔族であるのならば、苦戦を強いられたのであろうが……。
「――私に対して【宣告】しますか? 叔父上?」
「……何?」
不遜な物言いに対して、バルムブルクは疑念の声を上げる。
一方のウエンディは強張った顔ながらも不敵な笑みを刻んでいた。
「確かに叔父上が私に対して宣告を行えば、叔父上の力は私と同等――、いや、それ以上に上昇する可能性がある。そうなれば、私は叔父上の【圧】の前に屈することでしょう。だが、もし、叔父上のその目論見が成らなかった場合は? ……形勢が不利になるのは叔父上の方です。今まで『危ない橋を叩いて渡ってこなかった』叔父上が、そんな危険性があるのを承知で私に宣告を行えるのですか?」
「ふ……、ふふふっ……。儂を脅すか、ウエンディ! その意気やよしッ! だが、それも戦場に不慣れな若造ならばともかく、儂には通用せん!」
一喝するバルムブルクだが、その視線は冷静にウエンディの姿を捉えて離さない。
感情の起伏さえもバルムブルクは交渉の材料として様子をつぶさに観察する。
これで動揺するようならハッタリであることが簡単に分かる。
だが、ウエンディの表情は動かないし、崩れない。
(あるのか、何か……? 儂の見落としが……?)
ウエンディのその表情はハッタリと断言するには、あまりに真に迫っていた。
単純に考えれば、後追いで【宣告】を行うことでウエンディとのステータス差は元に戻り、【帝王の威】は再び効力を取り戻すはずである。
そうなれば、ウエンディは自慢の高速戦闘を封じられ、バルムブルク優位に戦闘は続いていくことだろう。
だが、【帝王の威】を封じられたままとなれば、話は違ってくる。
ウエンディの先程の動きを見る限りでは、デバフで彼女のステータスを下げない限り、バルムブルクが攻勢に転じることはかなり難しい。
一方的に攻撃を受け、いなし――、それこそ、先程までバルムブルクがウエンディに対して行っていた攻勢を、そのままバルムブルクが受ける形になることだろう。
(それだけは避けねばならぬ……)
バルムブルク自身は安定感と堂々とした立ち回りを得意とする分、一旦、劣勢に陥るとそれを弾き返すだけの爆発力に欠けるという欠点があった。
故に力の見極めを得意とし、『負けるかも』という戦には決して手を出さずに生きてきたのだ。
だが、此処に来て、絶対に勝てる相手であったはずの自分の姪に苦渋を舐めさせられている。
(どっちだ……?)
ウエンディのあの態度はハッタリなのか、それとも真実を告げているのか。
バルムブルクは、当てずっぽうに考えたりなどはしない。
その思考はいつでも論理的に組み立てられている。
先程からのウエンディの態度、幼少の頃の性格、気位、物の捉え方、考え方――。
それらを総合的に考えた時、バルムブルクはウエンディの言っていることは『真実』であると結論付けた。
一体どのようにして、自分のステータスを上回ったのか――、そのカラクリまでは見抜けなかったものの、バルムブルクにはそれが真実であるという確信があった。
だからこそ、今、バルムブルクが【宣告】を行ったとしても、ウエンディには【帝王の威】は通じないに違いない。
だが――。
「――ウエンディよ、御主を倒す」
「な……!?」
――バルムブルクは躊躇わず宣告していた。
その言葉はウエンディを打倒するために紡がれたものではない。
バルムブルクの全身を魔力が駆け巡り、はち切れんばかりに筋肉が膨張する。
気力が充実し、今までの自分が何だったのかと思いたくなるほどの力を手に入れたバルムブルクは、ゆっくりと片手を天へと掲げる。
その姿を見守るウエンディの動きには、やはり【帝王の威】によるデバフの効果が効いているようにはみえない。
やはり、ウエンディの言葉は真実であったか。
だが、そんなものはバルムブルクにとっては、最早どうでも良いことであった。
「ウエンディよ。……我が姪よ。儂に一瞬たりとも疑念を抱かせたことは見事であった。だが、これは戦だ。……個対個の争いではない」
バルムブルクが掲げた右手に高密度の魔力が集束していく。
それと同時に、周囲に徐々に黒い霧のような、靄のようなものが立ち込め、吹き荒れ始める。
「これは、まさか……ッ!」
「――その通りよ。来い、我が従順なる下僕たちよッ!」
まるで黒雲で出来た竜巻のように、漆黒の靄が渦巻いたかと思うと、その直後にはバルムブルクの背後には数百という数の首無し騎馬と戦闘馬車が姿を現していた。
首無し騎士が愛馬である首無しの騎馬を呼ぶというのは良くある話だが、これだけの騎馬と戦闘馬車を呼び寄せたというのは前代未聞だろう。
それもこれも、バルムブルクという魔族の力と、それを増幅させた【宣告】の効果ということなのだろうが、それにしても桁が違いすぎる。
「さぁ、魔族共よ、乗り込めぇい! 小奴らを蹂躙するぞぉぉぉ――ッ!」
「くっ、【宣告】を魔力上昇の手段に使ったというのか!? 戦闘馬車の数が尋常ではない!」
ウエンディが顔色を悪くする中で、バルムブルクは黒馬が引く戦闘馬車へと颯爽と飛び乗り――。
「ウエンディよ、その目によく焼き付けるが良い! ……お前が守ろうとした者の末路と、そして己の無力さをな!」
「な……!? や……、やめろぉぉぉ――ッ!」
ウエンディの絶叫が木霊し、凡そ三百の戦闘馬車が一斉に湖畔の町の入り口目掛けて殺到する光景は、ウエンディに絶望を抱かせるには十分過ぎるものであった。
そして、いきなり始まる戦闘馬車レースとかいう展開。
……いや、思い付いただけです。すみません。




