88、湖畔の町防衛戦9 sideウエンディ ~首無し騎士の宣告~
「はぁ……、はぁ……、……フゥッ!」
渾身の力を込めて放とうとした一撃も普段のウエンディの動きからすると鈍い。
バルムブルクにあっさりと受けられ、そして明後日の方向に弾き返される。
「なんだ、その攻撃は? ふざけているのか?」
がら空きとなったウエンディの胴にバルムブルクの一撃が即座に叩きこまれ、彼女の白銀の甲冑が痛みに甲高い悲鳴を上げる。
火花が散り、衝撃に踏ん張ることの出来なかったウエンディの体は水切り石のように地面を転々と転がっていた。
甲冑の御蔭でダメージはある程度防げたはずだが、立ち上がろうとするウエンディの動きは相変わらず鈍い。
これは、力の差がどうのこうのという以前の問題だ。
――心が卑屈になってしまっている。
だからこそ、思い切りの良い攻撃が信条のウエンディの強みが全く活かせていないのだろう。
その事については、ウエンディ自身も良く分かっていた。
(動かねば……、動かねば……、叔父上の次の攻撃が来てしまう……)
彼女の持ち味は、速い動きに卓越した攻撃技術を乗せることで、何者にも追い縋れない高速戦闘を継続できることにある。
足を止めての斬り結びなど、彼女の望むところではないだろう。
だが、それが悪手であることを判断できない程に、今の彼女は精神的に疲弊してしまっていた。
バルムブルクの鋭くも重い斬撃を辿々しい剣捌きで何とかいなしていく。
(体が重い……、自分の体が……、自分のものでなくなったみたいだ……)
バルムブルクの斬撃は振るう度に速度と重さを上げていき、やがて捌ききれなくなった攻撃が、ウエンディの白銀の鎧に火花を散らす。
美しかった鎧にオレンジ色の火花が散る度に新たな傷が作られていく。
その傷が作られる度に周囲の魔族が活気付き、次第に門を守る冒険者たちも押され始めていた。
「駄目だ! ウエンディさんがあの調子じゃ、凌ぎきれねぇぞ!」
「やっぱり、リーダーが単騎先行するような作戦じゃ無理があったのよ! 誰か他の人が指揮を取って守りを固めましょう!」
「それだと、ウエンディさんが孤立しちまうじゃねぇか!」
「元々キルメヒアさんも、単騎で何とかするから見捨てて良いって言っていたじゃない! きっと今回も何とかするわよ!」
戦場で言い争っているのは、一次移住組の面々か。
流石に、手を打とうとする姿勢が速い。
だが、今回ばかりは多少勝手が違うことを彼らは知らない。
火花が散り、鎧が傷つく度に息が上がり、ウエンディの体力が削られていく。
ウエンディは致命傷を避けてはいたものの、徐々に自分の体から力が失われつつあることに気が付いていた。
「はぁ……、はぁ……」
「知っていたか、我が姪よ? この世界はな、我々のいた世界とはまた違った理で出来ておるのだ。……鎧は幾ら傷めようとも、耐久値というものが無くならない限り機能し続けるし、防具で攻撃を凌いだとしても攻撃力が防御力を上回っていれば、生命力にダメージを負う。その生命力が零になった瞬間、如何に致命の一撃を受けてこなかったとしても、この世界での生命活動は停止するのだ。故に、こうして儂の攻撃を受け、いなし続けようとも、御主の最後に待っておるのは――」
――……死。
「クッ……!」
バルムブルクの大上段からの一撃を受けた際、漆黒の剣身に細かな亀裂が走る。
「そんな……! 父様の形見の剣が……!?」
それは、バルムブルクの猛攻に対して、受身の姿勢しか取れなかったウエンディに対する罰であろうか。
心の拠り所でもあった父親の形見――。
それを好んで使っていたウエンディの心を折るかのように、その剣もまた剣身を真っ二つにされて宙を舞い飛んでいた。
「終わりだ。我が姪よ!」
「父様……、キルメヒア……」
口から漏れ出たのは、謝罪と悔恨の言葉だろうか。
バルムブルクは、自慢の大剣を片手で軽々と振り上げると目にも止まらぬ勢いでウエンディの頭頂部に向けて振り下ろす。
魔族の誰もが、戦場を駆ける白銀の騎士の最後を見届けようと目を向け――。
懸命になって町を防衛していた冒険者たちが驚きに目を見開く中――。
――火花が白銀の輝きを滑り斬る。
「……ぐぅっ!」
ウエンディは思わず呻いて瞬きを繰り返す。
――痛みも、攻撃を受けたはずの衝撃もない。
これが、この世界の理ということなのだろうか?
自分はこれから死ぬ、ということなのだろうか?
だが、彼女はそれが間違いであることをすぐに認識する。
目の前に――。
この場で二番目に強いはずの彼女の目の前に――。
この場で一番目に強いはずの叔父の前に――。
――彼女を庇って盾を構える男が割り込んでいたからだ。
「……ふぅ、胃が痛くなる思いだけど、何とか間に合った」
緒方俊哉、高校三年生――。
娼館通い三人組の中で最も抜け毛に悩んでいる男である。
●
「うん。何となく攻撃が見えるからいけるかなと思ったら、やっぱりいけた」
大きく安堵の息を吐き出しながら、緒方はバルムブルクの目の前に立ち塞がる。
「人間如きが、儂の一撃をいなしただと……?」
その行動に関しては予想外だったのか、バルムブルクはフルフェイスの兜の奥から意外そうな声を絞り出す。
そして、すぐに思考を切り替えたのか、試すようにして矢継ぎ早に高速の突きを緒方に向けて繰り出す。
それを緒方は、慌てながらも何とか自慢の『白銀』の盾でいなして受け流す。
周りの魔族には、バルムブルクの速い突きは、一体何度繰り返されたのか分からないほどに映っていたのだが、緒方はそれを焦りながらも危なげなく捌いているように見えた。
一通り剣撃を放ってみて、それが全て通らないということを確かめた後でバルムブルクは自身の前に立つ資格有りとばかりに、その剣の動きを止める。
「御主、名は?」
「……緒方だけど」
「オガタよ、今度は我が姪に代わって御主が相手になるというのか?」
「……はぁ? いや無理でしょ。俺、超心配症だから完全防御型のビルドだし」
緒方は無理無理とばかりに顔の目の前で片手を振ってみせる。
その姿には、全くといって良い程に闘争心というものがない。
ならば、ウエンディを救ったのはバルムブルクを害そうという意志ではなく、ただ単にウエンディを失いたくないという思いからだろうか。
(――脆弱)
救護の精神をバルムブルクは鼻で笑う。
だが、そんなバルムブルクの目の前で、緒方は拳を握りこむと――。
「せぇ~のっ!」
――酷いテレフォンパンチでもって、ウエンディを殴りつけていた。
「――痛ッ!? 何をするんだ!?」
攻撃力が低いためか、ダメージはほぼ無いに等しいが、やはりいきなり殴られては吃驚する。
非難するような目を向けるが、緒方は背を向けたままバルムブルクの動きから視線を切ろうとはしない。
「ビビリ過ぎなんだよ、ウエンディさん! さっきと動きが違い過ぎだろ! もうちょっと真面目にやれよな!」
「な――、何を言っている! 叔父上は……、この人はな! 私が師事した師匠で! 過去には魔界四天王にも推挙されたような人物で! 私の父様の最大のライバルと呼ばれた人なんだぞ! お、畏れているとか、そういう理由なしでも、本当に強くてだな……ッ!」
「本当に強い相手なら、俺の防御が通用しねぇよ! 知ってるだろうが、俺なんかの防御じゃあ有馬の攻撃なんか防げねぇし! キルメヒアさんの攻撃だって防げねぇし! それは、ウエンディさん、アンタの攻撃だってそうだ!」
「私の……、攻撃が……、防げない……?」
「朝練、何度か一緒にやっただろ? 防げたのもあったけど七割ぐらいは当てられた! アンタは、あの時、こう言ったんだぞ! 『まだ本気じゃないが、練習だし、これぐらいにしておこう』って! それが、何だよ、このザマは!」
「私は……、そんなことを言ったのか……?」
思い出す。確かに、そんなことを言った覚えがある。
調子に乗っていたわけではない。
単純に事実を客観的に告げただけだ。
だというのに、バルムブルクは緒方に一太刀もまともに浴びせることができなかった。
それをきちんと客観的に分析できれば、緒方の憤慨も分かろうというものだ。
「どうやら、腑抜けていたのは……、――私か」
……畏れていた。
確かにバルムブルクを……、ウエンディは畏れていた。
だが、それは過去のバルムブルクであり、過去のウエンディである。
現在のウエンディまでもが、過去のバルムブルクを必要以上に畏れる必要はないのだ。
ウエンディは兜を脱ぎ、鎧の留め金を外す。
鎧はウエンディの魔力を受けて、動く鎧となり、魔族に優位となりかけた戦場を白銀のそよ風となって掻き乱す。
本人ほどではないが、それでも十分な効果があるようだ。
傾きかけた戦場の流れが戻ってくる。
「……ありがとう、緒方。御蔭で目が覚めたよ」
目の覚めるような金髪美女に笑顔を向けられ、緒方は思わずバルムブルクから目を離し、見惚れてしまう。
「隙ありだ。オガタ――」
「――叔父上こそ」
緒方に向けて剣を突き込もうとバルムブルクが動いた一瞬――。
ウエンディはバルムブルクの側面へと回り、剣身の折れた漆黒の刃を漆黒の鎧の隙間へと差し込んでいた。
その痛みにバルムブルクの攻撃は逸れ、緒方は事なきを得る。
「あ、ありがとう、ウエンディさん……」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。それよりも、武器を貸してくれないか」
剣身の折れた漆黒の剣を引き抜き、ウエンディはその折れた剣身を鞘へとしまい込む。
例え、役には立たないと分かっていようとも、この剣は父親の形見なのだ。
捨てるわけにはいかない。
「大して、良い剣じゃないけど……」
「感謝する。緒方殿」
空中に放り投げられた希少鉱石で作られた剣を、飛び上がって受け取りながらウエンディは改めて叔父と対峙する。
次の瞬間、とんでもない恐怖と圧迫感がウエンディを襲う。
……やはり、叔父には勝てないという心的傷害が彼女を怯えさせるのか。
「こりゃ、スゲーや。そういうことか……」
だが、続く緒方の言葉が、ウエンディに掛かる心の枷をより緩く、軽くする。
「コイツ、デバフ型の魔族だな……。ウエンディさんの動きが本来のものじゃなかったのは、そういうことか……」
「……ほう、それを見抜くか」
隠すことすらせずに、バルムブルクは『圧』を高める。
それだけで、弱い魔族や弱い冒険者の体から力が抜けていく。
緒方は思わず膝を折ってしまいそうになるのを、何とか気力で支えながら続ける。
「デバフは相手の攻撃力や防御力を弱体化させる……。本来ならば、格上の相手にはあまり効き難いから、どちらかというとバフの方が好まれるんだが……、本体が強ければ、そんなの関係ないってことか……」
「格上には効きにくい?」
ウエンディの秀麗な眉がピクリと動く。
「……もしかして、叔父上はそれが理由で現魔王殿にも、四天王にも立ち向かおうとしなかったのか? 勝てる可能性が高いとは限らないから……?」
バルムブルクは、ウエンディのその言葉に気分を害したように不機嫌そうな声を出す。
「余計な所にばかり知恵が回るようになったな、ウエンディよ。……旅に行かせたのは間違いであったか」
「やはり……」
「だとして、御主はどうするというのだ? 鎧を脱ぎ去り、防御力を捨て、剣も折れて、あるのは急拵えの武器のみ――、そんな状態で御主が儂に何を為すと言うのだ?」
「…………。……答えは簡単ですよ、叔父上」
バルムブルクの放つ強烈な悪意にも似た殺気――。
それを強張った笑顔で弾き返しながら、ウエンディは緒方から借り受けた剣を構える。
「そんな状況の私でも叔父上と対等以上に戦えるのだと分かれば、危ない橋を渡りたくない叔父上はきっと退いてくれるのでしょう? だから、私は――」
放たれる圧力は、ウエンディの体を縛り付ける鎖も同様だ。
だが、この程度の重圧は何度も戦場で経験してきた。
ウエンディが畏れるのは、過去の心的傷害だけだが、それも緒方の『一撃』で綺麗さっぱり霧消した。
……後は挑むだけだ。
過去の英傑に対して、今の自分がどれだけの力を発揮できるのか――。
「――叔父上、貴方を倒します」
ウエンディは高らかにそう『宣告』した。




