8、平均的ゼイジャック
気付いている方もいるかもしれませんが、タイトルに意味はありません。
気分です。
「――で? 鈴木君の件が片付いたのはいいんだけど、私たちが呼ばれたのは何で?」
拓斗が職人ギルドの人員を纏めるために、忍に案内されて冒険者ギルド(仮)を出て行く。
それから、程なくして沙也加は聖也に向かって尋ねていた。
浩助と沙也加といえば、豚のバケモノと戦った経緯がある。
もしかしたら、それに関しての事情聴取のようなものかもしれない。
若干身構える二人であったが、聖也が紡ぎだした言葉は全く別のものであった。
「君たち二人には、是非、我が冒険者ギルドのSランク冒険者になって欲しいと思ってね」
「「はい?」」
声がハモる。
全く予期していなかった事態に、二人共脳がついていかないのか、暫しの逡巡。
「えっと、Sランクって何? というか、ランク付けとか意味あるの?」
沙也加の疑問は最もであった。
「勿論だとも!」
その質問を予期していたかのように、聖也は大仰に頷く。
「私の予想では、この世界に潜む敵の強さはピンからキリまであると思っている。ランク付けは、これから度々探索に出るであろう冒険者の力の基準と、敵の脅威度を計る上で重要なものになってくる予定だ。ちなみに、校庭で倒された豚のバケモノ――仮称をオークと名付けたが――このバケモノの脅威度はEとしている。安全に排除するなら、ランクEの冒険者が複数居ると対処が容易といったように、ひとつの目安となるのが、冒険者ランク導入の意味合いだね」
「そのランクの付け方ってのは、何基準なんだ? 元生徒会長の独断と偏見か?」
「主には、ステータスだね。スキルはちょっと特殊なものも多いみたいだから、どう冒険者ランクに関わらせるか、後々で考えようと思っている。後は、実績も加味する必要があるかな? ステータスが貧弱でも魔物を倒せる手段があるのなら、それは正当な評価に値しないからね」
脅威に対する現有戦力の対処目安――、それは、無駄な犠牲者を出さないためにも必要な制度なのだろう。
咀嚼するように聖也の言葉を飲み込み、二人はゆっくりと首肯する。
「わかったわ。戦力把握的な意味合いでランク付けは意味あるってことね」
「理解してもらえると有り難い」
「それじゃ、今、学校外に出ている奴らに、元生徒会長が付いていかねーと駄目なんじゃねーの? オーク、だっけか? それ以外のバケモノが出た場合に、そいつの力が計れないんじゃ、意味ねーじゃん?」
「その辺は、考慮しているさ。既に、私以外の鑑定スキル持ちを同道させている。ステータスを鑑定して無理だと判ったら、即刻退却することも含めて指示を出しているさ」
「そうかー。…………。ん? いや、それマズくね?」
「ん? どうしてだい?」
浩助は気付く。
その方法に致命的な欠点があることに――。
「鑑定って、やられた方は不快感を覚えるんだぜ? それって、相手にしてみりゃ敵対行為みたいに感じんだろ? そんで、相手のステータスがこっちを圧倒的に上回っていたら、逃げれねーし、最悪全滅すんぞ?」
「!? ……すまない、少々念話を使わせて貰う!」
そう言って、聖也は黙り込む。
誰を相手に話しているのかは判らないが、恐らくは探索に出ている冒険者たちに不用意な鑑定の使用を控えさせているのだろう。
スキルばかりを見ていると、こういうところに落とし穴があるのか。
聖也の顔色はあまり芳しくない。
「……良かった。まだ、誰も取り返しのつかないことにはなっていなかったようだ」
「ってか、元生徒会長は、念話スキルも使えるんだな」
「あぁ。色々と重宝しているよ。他にも号令だとか、指揮だとか、そういった集団戦闘用のスキルが多いかな。まぁ、直接戦闘スキルはないんだけど……」
「ふぅん、みんなを纏め上げるには便利そうだな」
「あのー、ちょっと聞いていい?」
「何だい? 水原君?」
恐る恐る挙手する沙也加に、優しい笑みを浮かべ、聖也は沙也加の言葉を待つ。
彼女はおもむろに半眼になると、浩助に視線を向けていた。
「何で、有馬がSランク冒険者なわけ?」
「何でって……、有馬君は、水原君にステータスを見せていないのかい?」
「ぁん?」
首を捻ってから記憶を辿る。
「そういや、水原に俺のステータス見せてねーな。――ねこしぇ、水原に俺のステータスを公開してやってくれ。んで、必要があれば、スキルとかも勝手に解説してやってくれ」
《ニャー。了解しましたニャ。でも、それをやると、目の前の人にねこしぇがただのぬいぐるみじゃないことがバレますニャ。それでも、構わないのですかニャ》
「猫のぬいぐるみを俺が持ってる時点で違和感ありありだろ。構わねーよ。――っていうか、この人には知っといて貰った方がいい。――ってなわけで、頼む」
《了解ですニャー。沙也加様、こちらがご主人様のステータスになりますニャー》
「え、あ、うん。有難う……。――ぶふっ!? 何このスキルの数!? それに、ステータスおかしくない!?」
《スキルには見慣れぬものもあると思いますので、ひとつずつ説明しますニャ。まずは――》
思わず変な声が出る沙也加を横目に、聖也は実に楽しそうにぬいぐるみに目を向ける。
「動くぬいぐるみ? 随分、面白いものを持っているね」
「まぁ、似合わねーとは思うがな。名前はねこしぇって言うんだ。念話で会話も出来る管理者からの贈り物だよ」
「ふむ――」
小さく呟いて聖也が、その視線をねこしぇへと注ぐ。
《ニャ~!? 鑑定で覗かれてますニャ!? 気持ち悪いですニャ!?》
「ちょっと、時任君! 猫ちゃんが気持ち悪いって叫んでるじゃない! やめなさいよ!」
オカンムリの沙也加に向かって、聖也は困ったような笑顔を向ける。
職業病なのだろうか?
常に相手に向かって鑑定する癖のようなものが付いてしまっているようである。
「これは失敬。しかし、管理者の贈り物という割には、平凡なステータスのようだが……」
「隠蔽スキルがあんだよ。鑑定スキルを欺けるとか言ってたな。だから、見えねーんじゃねーか?」
「なるほど、そのようなスキルがあるのか。では、生徒や教師の中に虚偽の報告をしたものがいる可能性もあるな。どうしたものか」
「そーだなー……。ねこしぇ、隠蔽スキルを見破る方法は何かねーのか?」
《隠蔽スキルは、鑑定スキルのスキルレベルが隠蔽スキルより上回っていたら覗けますニャ。相手がMAXだったら、相手の魔法防御力を自分の魔法攻撃力が上回っている必要がありますニャ》
「鑑定スキルが隠蔽スキルのレベルを上回ってれば見れるとよ。――で、相手がMAXだったら、自分の魔法攻撃力が相手の魔法防御力を上回っていないと駄目らしい」
「ふむ、なるほど。私、自ら鑑定して回る必要がありそうだな」
「鑑定スキルが一番高かったのは、アンタなのか? レベル7って言ってなかったっけ?」
浩助の感覚からすると、レベル7というのは低いというか、中途半端な高さに感じる。
特に浩助は、スキルレベルMAXがオンパレードの男である。
他の人間も、それだけスキルレベルが上がっているものと勝手に思い込んでいるようだ。
「ふむ」
聖也はそんな誤解した発言に気付いたのだろう、少しだけ考えこんでから――。
「そうだな。キミの現在の立ち位置を伝えるためにも、少し教えておこう」
一冊のノートのページを捲ってみせる。
そこには、何やら丁寧な文字で数字が記載されていた。
文字が綺麗で丁寧なのは、書いた人間が几帳面だからなのかもしれない。
「有馬君が気絶している間に、一応、全校生徒と教師陣を対象にステータス確認を実施した。その結果、判ったのは、人間とはかなり脆弱な生物であるという結果だ。見るかね?」
数字に強い方ではないが、気になっていた浩助はそのノートを受け取る。
そこに記されていた数字は、凡そ信じられないものであった。
================================================================
全校生徒・教師ステータス調査結果
平均HP:61.2
平均MP:16.4
平均攻撃力:10.3
平均防御力:12.7
平均魔法攻撃力:2.3
平均魔法防御力:3.1
平均速度:9.7
平均幸運:8.9
平均スキル所持数:2.8
平均スキルレベル:1.7
攻撃系スキル保持者数:452/712人
魔法系スキル保持者数:97/712人
職人系スキル保持者数:214/712人
探索系スキル保持者数:51/712人
回復・補助スキル保持者数:24/712人
その他スキル保持者数:124/712人
================================================================
「いやいや、ちょっと待て。ステータス低過ぎねぇか?」
「それが、普通なんだ。君が異常なんだよ」
軽く息を吐き出しながら、聖也は椅子に深く腰掛ける。
まるで、気が抜けたと言わんばかりの格好に、浩助も同じようにして姿勢を崩す。
「俺がSランクとかいうのに、任命される理由が良くわかった」
「御理解頂けて何より。……というよりも、君らでなかったのならば、あのオーク相手にもっと犠牲者が出ていただろう」
「ちなみに、オークはどれぐらいのステータスだったんだ?」
「HPが三百近く。攻撃力は五十前後で、防御力が七十だったかな? 魔法攻撃力や魔防に関しては人間とあまり変わらなかったけど、速度が二十近くあったから、近接戦では多くの犠牲者を出しただろうね。そのノートに書いてあるように、魔法スキルの所持者も少ないようだったし、対応は難しかっただろう」
高い生命力に、高い防御力――、一般生徒の貧弱な攻撃力も相まって倒し切るのが難しい相手であることは簡単に予想できる。
武装できるようなら、また結果は違ってくるだろうが、実戦的な武器が校内にあるかと問われると、なかなかに難しい話となるだろう。
その現実を知って、浩助は思わず拳を握ったり、開いたりしてしまう。
「うーん。強かったのか、俺……」
「キミが本気でこの校舎を殴った場合、跡形もなく消し飛ぶだろうと、私は予想しているよ」
「ははは、幾らなんでも、そこまで凄くねーだろ」
「…………」
だが、聖也は答えない。
答えないのが答えであり、その目は真剣に浩助を見つめていた。
「面白半分で試さないことを祈るよ」
「笑えねーぞ、おい……」
浩助の顔が強張り、小さく「マジかよ」と呟く。
どうにも洒落にならない現状を受け止めきれずに、少し落ち込んだようだ。
だが、そのステータスの高さは、八世界を融合させようとしている相手には十分な脅威となる。
それが救いだとばかりに、浩助は直ぐに立ち直る。
馬鹿なので、あんまりクヨクヨ悩まない性格は、この異常事態を乗り切るには向いているとも言えた。
二の足を踏んで、何も行動できなくなるよりは大分マシだ。
「まぁいいや。この事件を起こした馬鹿をぶん殴るには丁度良い強さってことだろ。……いや、むしろ、足んねーかもしれねーから、もっと強くなる必要があるか」
「まぁ、その辺は任せるよ。とにかく、君たちの戦力は我々のコミュニティにとっては切り札みたいなものだ。みんなが生き残るためにも、是非、力を貸してもらいたい。そして、我々は、そんな君らが全力を尽くせるように、全力でバックアップしようと考えている。……みんなで帰るためにもね」
「あぁ、帰ろうぜ。元生徒会長――、いや……」
浩助は少しだけ恥ずかしそうにこう続ける。
「――ギルドマスターさんよ」