86、湖畔の町防衛戦7 side棗 ~ポンコツに見えるやり手~
「デケェ……。こんな奴、どうやって戦えばいいんだよ……」
流石にカーティスさんも茫然自失とばかりに、そんなことを呟きます。
私達の目の前にいるのは、十五メートルを超える土の巨人――。
十五メートルというと、大体四階建てのビルにあたる大きさで、有馬先輩の作った異世界武道館の高さの凡そ二倍にもなる計算です。
そこそこの大きさだったら挑もうという気持ちにもなるかもしれませんが、恐竜クラスの大きさを目の前にするとなかなか難しいんじゃないかなぁ……、と私は思います。
「戦い方ならある……」
確信を持ってそう告げたのは神那先輩です。
神那先輩は何かを探るように、土の巨人をじっくりと睨めつけています。
何かがあるのでしょうか?
私もじっくりと見てみますが、『何もない』ように見えます。
私が首を捻っていると、神那先輩は自身の指に嵌めている指輪から魔力の糸を伸ばして、皆に言い聞かせるようにその言葉を紡いでいました。
「恐らく、本体は先程の魔族だ。あの土の巨人の中に潜む、あの男を戦闘不能にすることができれば、僕達の勝利となるはずだ」
「十五メートルの巨人の中の何処に潜んでいるか分からねぇ相手を探して叩くってのかよ!」
「でも、それしか方法がないのならやるしかないでしょう!」
少しだけ息を切らせながら、蒔菜ちゃんが息巻く。
うーん、そんなことで倒せるとは思えないんだけどなぁ……。
私は困ったように頬を掻きながらも、成り行きを見守ります。
正直、戦力として期待されていない手前、わざわざ私がしゃしゃり出てくるのも邪魔になるでしょうし、ここは傍観するのが吉かなぁと思います。
――と、そんなことをやっていたら、土の巨人さんからにゅっと灰色の人型が姿を現して念話を飛ばしてきたようです。
ご丁寧に、私まで範囲に入れてくれているみたいですね。
ありがとう、なのかな……?
《ククク、愚かな人間たちよ、わざわざ我が力の成熟を待ってくれるとは間抜けなのか、自信家なのか……。とりあえず感謝はしておこう》
「貴様ッ!」
十五メートル超えの巨人の胸元から上半身だけを露出させる魔術師風の魔族さん。
その姿に、神那先輩は歯噛みをしているみたいです。
私は収納スキルからお茶とお茶菓子と座布団を取り出すと、無造作にその場に敷いて座り込みます。
有馬先輩が鈴木先輩に収納スキルを教えているのを見て、見様見真似で覚えたスキルですけど、このスキル、実はかなり便利です。
朝と夜の旅館の食材買い出しの時や、花屋の仕事の時に重い植木鉢を持ったりするんですけど、収納スキルを利用して運ぶとかなり負担が減るんです。
それを使っているところを明菜ちゃんとアスタロテさんに見られちゃって、二人にも収納スキルを教えることになったのは誤算でしたけど、このスキルは本当にすこぶる便利です。
私としては、異世界に行くならまず欲しい能力の一番手として上がるかと思います。
《礼の代わりに、ひとつだけ教えてやろう。そこの男が今言ったことは事実だ。この巨人の体の中に潜む我を殺せたのなら、この巨人は動きを止めよう。だが、我もこの巨人の体の中を縦横無尽に移動するからな……。貴様らにこの巨人の動きが止められるかな?》
「それは、やってみないと分からないだろう!」
《ならば、やってみせよ! 矮小な人間よ!》
そう言って、人型は巨人の中に姿を隠してしまいます。
折角の攻撃のチャンスでしたけど、神那先輩はあくまで正々堂々と戦って勝ちたいみたいです。
うーん。でも、この戦いに負けちゃったら、町が無くなっちゃうってことに神那先輩は気付いているのかな?
でも、きっと神那先輩のことだから、勝算があるのだと思います。
キリッと格好良い顔で土の巨人を睨んでいますし、主人公補正的なものが働くんじゃないですかね。良く知らないですけど。
「巨人の中を高速移動するから姿を捉えられない? ……それは間違いだ、魔族よ!」
右手と左手の十指から伸びた魔力の糸が、一瞬で土の巨人に絡みつきます。
見たことのないスキルですけど、神那先輩のユニークスキルなのかな?
確か、神那先輩はこっちの世界に来る前は合気道だか、柔道だかの部活で活躍していたって聞きました。
それなのに、何で『糸』のスキルなんでしょうか?
ですが、私の疑問は一瞬で氷解しました。
絡みついた糸が左右に巨人の体を揺らし、即座にその場に巨人の体躯が転げたからです。
どういう原理なのかは知りませんが、恐らく神那先輩のユニークスキルは魔力の糸を操って、敵を投げるといったスキルなのではないでしょうか。
投げ技って近距離でしかできないイメージでしたから、離れながら投げられるってかなり面白いスキルですよね。
しかも、十五メートルの巨人さえも投げちゃうんですから、パワーもあるユニークスキルなのでしょう。
いえ、神那先輩の攻撃はそれだけではありませんでした。
「今から巨人の四肢をもいで時間を稼ぐ! だから、あの男が逃げられないぐらいに巨人を叩き潰してくれ!」
言ったそばから、絡みついた糸が締まっていきます。
何ですか、これ。
強すぎです。
私が目を見張るよりも早く、土の巨人の両腕両足が切断されます。
「命令するんじゃねぇ! だが、この敵はムカついたからぶっ殺す!」
「要は動けなくなっているところを叩くのですよね、お兄様? それなら任せて下さいまし!」
カーティスさんが吠え、蒔菜ちゃんが巨大な戦斧を持って土の巨人に肉薄する。
カーティスさんの拳は刹那で土の巨人の頭から腹までを蜂の巣にし、蒔菜ちゃんの一撃はクレーターを作るぐらいの威力で巨人の両脚とお腹を凹ませて、見るも無惨な姿に巨人を変える。
うーん、二人共凄い威力だけど……。でも……。
「二人共さがれ!」
カーティスさんがコンマの反応で飛び退き、驚いたような反応を見せた蒔菜ちゃんの体が魔法の糸に絡み取られて、一瞬で土の巨人から引き剥がされる。
……神那先輩のユニークスキルは強いだけじゃなくて、汎用性も高いみたい。
その直後に巨人の体から一斉に土の槍が生えて、その巨人が健在だということを教えてくれる。
うーん、まぁ、あれじゃあ倒せないよね。
「馬鹿な! ぶっ叩けるところはぶっ叩いたはずだぞ!」
「もしかしたら、物理攻撃では分が悪いのかもしれない……。土が衝撃を吸収して、魔族の体にまでダメージが届いていないのかも……」
「そんな! お兄様、他に手立てはないのですか!?」
「耐えてくれ……、その間に何か考える……」
神那先輩の声がワントーン下がったように聞こえます。
無理もありません。
完璧だと思った作戦が何の成果も上げなかったのですから、私だってそんな状態になったらガクッときちゃいます。
「でも、神那先輩は凄いから、多分、次の一手も思い付くんだろうなぁ」
私はそう言って、手に持っていた袋入りのクッキーを粉々にしながら、周囲の地面に撒きます。
鳩の餌やりに似ているかもしれないけど、ちょっと違いますね。
絶対に肌に触れないように撒いているのですから、そんなお気楽なものじゃないです。
粉は無音のままに大地に浸透し、そのまま沈んでいきました。
「それは多分、神那先輩だからなんだろうね。私みたいな日陰者にはちょっとできない勇者の発想だよね。勇者というか、主人公体質? 分からないけど、人生の主役になれる人の発想じゃないかな」
周囲には誰もいない。
だから、私の独白は私が独り言を言っているようにしか見えない。
というか、神那先輩や蒔菜ちゃんやカーティスさんは私が喋っていることにすら気付いていないと思う。
それでも、私には神那先輩たちの言葉がはっきりと聞こえる。
念話じゃない。
私のユニークスキルの一つだ。
【ユニークスキル】地獄耳――。
私が聞きたいと思った会話は何万キロ先でもピンポイントで聞くことができるスキル。
普段は有馬先輩の素敵ボイスを聞くことにしか使っていないのだけど、こうやって自分の身に危険が迫っている時は、渋々、その対象を変えることにしている。
今だって、有馬先輩の寝息が聞きたいのに、超我慢しているんだからね!
「私はどちらかっていうと、日陰者というか演技者といった方が正しいのかな? 本当の私を隠して、毎日のように周囲を騙しているから……。だからね、悲観する必要は全くないんだよ? 相手が悪かったって、ただそれだけ――、私の方が演技者として上だったって、ただそれだけのことだから」
私は無詠唱で影分身を作り出すと、その影分身をゆっくりと地面の中へと沈めていく。
「良く考えられた作戦だったと思う。巨大な土の巨人を作り出して置きながら、自分は地面の中に隠れて移動して、あたかも土の巨人の中に隠れているように偽装して……」
でも、その嘘も私には最初から見えていた。
【ユニークスキル】標的感知――。
私が標的に定めた相手は、何処にいようともその存在を感知することができる超反則スキルパート2だ。
私はあの魔族の人と対峙した瞬間から、このスキルを使っていた。
だから、あの魔族の人が土の巨人を作っている最中に地面にするりと移動していることにも気が付いていた。
だから、神那先輩の方法じゃ絶対に巨人は止められないとも思っていたんだよね。
あと驚いたのは、この魔族の人が土の中から外の状況や音を拾っていたことだ。
どうやって『見て』『聞いて』いるんだろう。
でも、よくよく考えてみたら、キルメヒアさんも眷属召喚とかで町の周囲の状況を正確に把握していたから、多分そういったスキルがあるんだろうね。
私にも出来るような奴だったら欲しいなぁ……。
そしたら、楽して有馬先輩を四六時中監視できるのに……。
「貴方の演技は完璧だったと思うよ。……でも、神那先輩と対峙してみて、ちょっとだけ不安になっちゃったんだよね? あのままだと、きっと不利な状況に追い込まれるかもって……。だから、もっと簡単な方法で決着をつけようと思ったんだ」
でも、それは私が仕掛けた罠なんです。
――ごめんなさい。
「だから、此処に居る中で、一番弱そうで、たった一人きりの人間を人質にしようと思ったんでしょう? 違うかな?」
答えは返ってこない。
まぁ、土の中に潜んでいるのだから、此処まで声が届かないと思っているのかもしれない。
そんなことは全然ないんだけどね。
「うん。でも、それはないんだよ。だって私はこの中にいる四人の中じゃあ――」
――多分、一番強いのだから。
地中に潜った影分身が、魔族の心臓を握ったのを標的感知で感じる。
その瞬間、魔族の心音が高鳴ったのも地獄耳で捉えていた。
こういう時に、物理無効でありながら、物理に干渉できる影分身はとても有り難いと感じることができる。
しかも、事前にアスタロテさん謹製のクッキー型痺れ薬を撒いておいた。
アスタロテさんには危なくなったら使いなさいよと言われていたけど、こうやって相手の動きを止めるのに使っても問題ないよね?
「すみませんけど、普通の女の子を目指しているんで、『人質になる』みたいな目立つイベントは願い下げなんですよ。だから、黙って巨人を解体して引き上げてくれませんか?」
その問いに対する答えは単純明白みたいだ。
巨人が即座にこちらに体を向ける。
「はぁ、目立つことは嫌いだって言いましたよね……?」
あのままじゃ、巨人がこっちに向かってきて嫌でも目立ってしまう。
私は普通の人として過ごしたいので、それは本意じゃない。
――仕方ない。
……ごめんなさい。さようなら。
肉が潰れる音が私の耳に届き、巨人が音を立てて、その場で崩壊していく。
巨人を相手取っていた三人は訳が分からないという顔をしてみせていたが、さてどうやってフォローしたら良いものか。
うーん。やっぱり、相手の魔力切れとか、そういう話が良いかな?
とりあえず、終わったようなので、私は座布団をしまい、お疲れ様でしたと声を掛けながら三人に近付いていく。
――私の名前は、川端棗。
……ただの普通の女子高生ということになっている。
……今はまだ。




