85、湖畔の町防衛戦6 side棗 ~やり手に見えるポンコツ~
今回は一人称視点です。
例の如く、棗ちゃん主役です。(68話以来)
「確かに『敵の軍勢が薄い位置に配置』されたね……」
そう言って、仲町神那さんはどこか訝しげな顔をしています。
神那さんは、私と同じ高校の二年生で、私の一個上の先輩にあたります。
顔立ちが整っていて、背も高くて、物腰も柔らかくて、下級生に対しても丁寧で……。
まるで王子様みたいだって、もっぱらの噂です。
いえ、噂じゃないです。
本当に、この人は理想の王子様みたいに優しいです。
でも、どちらかというと、人に対して一本線を引いている感じがして、踏み込まれたくないのかなとも思います。
多分、そういう線引を気にしないでグイグイいける人じゃないと、この人とは付き合えないんじゃないかなぁとも思うわけで……。
……今度、明菜ちゃんに教えてあげようかな?
明菜ちゃん、神那先輩のこと格好イイって言っていたしね。
ちょっとキッカケがあれば、どう転ぶか分からないよね、多分。
うん。私と有馬先輩のように良い関係が築けるかもしれないし、今度教えてあげようっと。
「何だ、ビビったのかニンゲン?」
挑発するように、棘のある言葉を使うのは神那先輩から少し距離をおいた所に立つ、狼頭の獣人さんです。
ちなみに獣人さんの種族の名前は、狼人って言うらしいです。
基本的に、狼人さんは群れで行動することが多いのですが、今回はその狼人の責任者でもあるカーティスさんが来ています。
カーティスさんは見た目は怖いし、言葉も悪いんですけど、頼れる兄貴肌なところがあるせいか、狼人が関わる町中のトラブルの時には大抵呼ばれます。
そして、問題を解決しては去っていく、狼人のヒーローみたいな人です。
そういう理由もあって狼人の中では結構な人気です。
この間も、花屋の前で喧嘩騒ぎが起きた時には、カーティスさんが来てくれて、狼人の青年を諭して、諌めてくれました。
さくっとトラブルは解決できたんですけど、本人はお疲れだったみたいですね。
長い嘆息を吐き出しながら、トボトボと歩いて行く後ろ姿が印象に残っています。
「お兄様が怖気づくわけがありませんわ! それよりも、狼さんはお仲間を大量に連れてこなくて良かったんですの? 群れなければ何もできないくせに?」
「なんだと……?」
仲町蒔菜ちゃんの余計な一言のせいで、辺りが一気に剣呑な雰囲気に包まれます。
うぅ、こういう雰囲気苦手なのに、蒔菜ちゃんは挑発し過ぎだよぅ……。
蒔菜ちゃんといえば、神那先輩の妹さんとして同学年でも有名です。
そして、本人も神那先輩の妹さんであることに誇りを持っているみたいです。
私としては、蒔菜ちゃん自身も十分に可愛いと思っているんですが、どうしても神那先輩が完璧過ぎてそっちに皆の意識がいっちゃって、『神那先輩の妹』って色眼鏡で見られている気がしてなりません。
だから、結構可愛いのにそんなに話題になっていないんだと思うんですよね。
うん、でもまぁ、私もクラスの男子とそんなに話したりする方じゃないから、異性が思う蒔菜ちゃんの評価はあんまり知らないのが実情……。
意外と隠れファンとか多かったりするかもしれません。
でも、あのお兄様ラブっぷりを見る限りだと、好きになったとしても絶対神那先輩と比較されるわけで……。
蒔菜ちゃんの彼氏になろうとしている人たちにとっては、完全に無理ゲーな気がするのは、多分私の気のせいじゃないと思いたいです……。
「で、でも、簡単そうな戦闘になりそうで良かったですね! 相手は一人しかいませんよ!」
何だか喧嘩になりそうな雰囲気だったので、私は話題を逸らします。
そう。わたしたちが受け持ったのは、森と湖の間にある平原地帯なのです。
見晴らしもよく、障害物も何もないので、身を隠す進軍行動も難しいために敵の戦力が薄いと判断された場所です。
そして、その予想は大当たりで、敵はどうやら目の前に立つ灰色のローブ姿の男の人だけのようでした。
最初にキルメヒアさんから説明を受けた時は『軍勢』という説明を受けたから、もっと沢山の魔族の人がいるのかな?と思って緊張していたのだけれど、少なくてホッとしました。
――これなら、私もそんなに目立つことをしなくて済みそうです。
なんて言ったって、私はか弱い普通の女の子ですし、変に悪目立ちすることは避けたいですよね。
特に本性というか、特性というか、そういうのは人前に出したくないですし……。
「まぁ、棗さんは下がっているといいですわ。鈴木先輩から装備を譲り受けたと言っても冒険者ランクBにも届いていないのでしょう?」
「えっと、うん……」
私、こと川端棗は頷きます。
まぁ、他人から見たステータスの表記上は多分そんな感じになっているのだと思います。
というか、多分、ひとつも総合能力は上がっていないのではないでしょうか?
此処には鑑定スキル持ちの人がいないから、多分、バレていないとは思うのですが……。
「じゃあ、お言葉に甘えて後ろで待機しているね?」
その判断については、神那先輩もカーティスさんも何も言いませんでした。
二人共、心の中では私のことをお荷物だと思っていたのかもしれません。
だから、私が下がることを惜しむ声も上がらなかったし、当然だと思って敵さんに向かって進んで行っちゃったんでしょうね。
うーん。雰囲気がそんなに良くない三人だけど、任せちゃっても大丈夫なのかな?
「うーっし、それじゃあ、俺がアイツの左側を殴るから、テメーらは右側を殴れ」
「そんな作戦とも言えないようなものに誰が従えますか! 貴方は華麗なお兄様の美技を端っこで膝を抱えて観戦していればいいんです!」
「ハァ!? 何言ってやがる! テメーらこそ、俺の邪魔になるように立ちまわるんじゃねーぞ!」
「なんですって!? あの魔族よりも先に貴方の相手をしてあげても宜しくてよ!?」
うん、二人共コミュニケーションは取れているみたいだね。
後は、それが良い方向に向かって進んでくれると良いんだけど……。
「待て、二人共! 相手の様子が何かおかしい!」
神那先輩の言葉に、即座に反応する二人。
やっぱり、皆、一流の冒険者なんだね。
私なんて、あんな風に声を掛けられたところでピタリと止まれる自信がない。
せいぜいが聞き返すぐらいが関の山だ。
やっぱり、皆強いです……。
「何だ? 土が――……」
カーティスさんが、灰色のローブを着た魔族の人の体に土が纏わりついていくのを見て、怪訝そうな表情を見せます。
それは、正直、私も同じ思いです。
あの魔族の人は何をやっているんでしょう?
「土魔法で防御力を強化している……?」
神那先輩も自分の発言に確信が持てないようで、自信なさげにそんなことを呟きます。
土魔法というと、四大元素魔法のひとつです。
初級の土魔法なら、割と簡単に覚えたりもできるんだけど、極めるには相当な時間と努力が必要だって有馬先輩から聞いたことがあります。
私は土魔法のスキルレベルは3ぐらいでやめちゃったけど、今、目の前にいる魔族の人はそんな中途半端なスキル上げはしていないみたいです。
土を自分の体に纏わりつかせることによって、その体つきを一回りも二回りも大きくしているんですよ。私にはとても真似できない芸当です。
「――そういうことか!」
神那先輩が敵の狙いに気付いたみたいですね。
でも、私には分かりません。
ただ、私達の目の前には六メートルぐらいの土の巨人がいるぐらいで、魔族の人の狙いはさっぱりです。
魔族の人が作り出した土の巨人は尚も成長を続けているらしく、そろそろ七メートルぐらいには達しそうです。
大きいなあと思います。
「攻撃を開始するぞ! このまま放っておけば、あの魔族は際限なく大きくなる!」
「馬鹿野郎! そういうことは早く言え!」
「だから、敵の数が少なかったのですわね……。巻き添えになることを恐れて……」
切羽詰まったようにカーティスさんが叫び、神那先輩と一緒に土の巨人に向かっていきます。
その後を、巨大な戦斧を担いだ蒔菜ちゃんが追いかけていきます。がんばれー。
そして、土の巨人はその巨体を揺らしながら――。
――三人から距離を取るようにして逃げ出していきました。
「!? ま、待て! 逃げるなんて卑怯だぞ!」
神那先輩が焦ったように叫び――。
「テメー! 種族としての意地がねーのかよ!」
カーティスさんが憤ったように叫び――。
「ちょ――、待って!? 皆さん、足が速いですわ!?」
置いて行かれまいと蒔菜ちゃんが必死の形相で叫びを上げています。
私はそんな三人と一体の追いかけっこを見守りながら、あまり距離を離されないようにとゆっくりと移動していました。
そんな間にも土で出来た巨人は徐々に大きくなっていき、私が気付いた時には、既にその大きさは十五メートルを越えようとしていて――。
「怪獣映画みたい」
――私は呑気にそんな感想を抱くのでした。




