84、湖畔の町防衛戦5 side拓斗 ~40%~
拓斗は直ぐ様、収納スキルより大盾を呼び出すとそれを片手に装備する。
大盾と大剣の二種の装備は、軽装のジーニャと比べると非常に重く動きづらそうに見えたが、それは装飾品の補強が何とかしてくれる。
拓斗は向かってくるジーニャに向けて、大剣の腹を振り下ろす。
流石に、見た目が子供である相手を思い切り斬りつけることは良心が咎めるか。
「ヌルい!」
だが、その一撃をジーニャは避けることもなく、右手で軽く払い除ける。
その瞬間、拓斗の大剣の軌道が恐ろしい速度で跳ね上がっていた。
「――ッ!? これは……!?」
決して、拓斗の放った一撃は軽い部類に属されるものではなかったはずだ。
それこそ、少女の細腕でかち上げられる程にヤワなシロモノではなかった。
だが、少女は――十二柱将であるジーニャは、事も無げにそれをやってみせた。
拓斗は一瞬でそれを危険だと判断し、大盾の影に身を隠す。
次の瞬間にはジーニャの拳が大盾へと思い切り打ち込まれていた。
金属が肉を潰す鈍い音が辺りに響く――。
「当然だ! 旦那の装備は一級品だぜ! そんなものを素手で殴って無事なわけが――」
だが、屋代の言葉を最後まで聞き終えることもなく、膝を落としかけたのは拓斗の方であった。
その鼻からは、細い鼻血が垂れ流れている。
「旦那!?」
「衝撃が盾を貫いて、こっちまで届くなんてね……。とんでもない攻撃力だ……」
「ほう。余の一撃を受けて、尚、吹き飛ばないか。ただの有象無象ではないようだな。良かろう、名乗ることを許す。名乗れ」
「鈴木拓斗、ただの――」
盾の裏に設置していたボタンを拓斗は素早く押しこむ。
それだけで、盾の表面から無数の針が伸び、前面にいる敵を捉えようとする。
「――武器屋だ!」
だが、それをジーニャは慌てることもなく、針の一部を掴んでまとめて引き千切る。
まとめきれなかった針の一部がジーニャの体を貫くが、傷自体は軽傷だ。
拓斗はその場に大盾を放り捨てると、ジーニャに対して距離を取る。
「……良かった。防御力まで化物だったら、どうしようかと思ったよ」
「ほう、使い手の力量ではなく、『武器で』戦うか。面白い……。面白いぞ、貴様! ダーネス! 余の部下に伝えよ! 絶対に余たちの戦いに手を出すなとな!」
「御意!」
ジーニャが吠え、拓斗はそれに呼応するようにして、次なる武器を収納スキルから取り出す。
(果たして、強者を相手に俺の武器がどこまで通用するのか……)
しんどいはずにも関わらず、拓斗はその喜びに打ち震えるかのように口元に笑みを刻むのであった。
●
「――タクト、と言ったな。では、まずは小手調べといこうか」
鼻血を鼻息で吹き飛ばす拓斗の様子を待ってからジーニャはそう言って駆けてくる。
速度自体はそう早くない。
拓斗の目でも十分追える速度だ。
だが、恐ろしいのは、その膂力――。
大剣の攻撃を軽くかち上げて弾き、盾越しでも衝撃が通して伝わる、必殺の破壊力を秘めた攻撃は脅威以外の何ものでもない。
だからこそ、拓斗は武器にトンファーを選択する。
それを両手に装備し、ジーニャの突きを何とか受け流す。
(やはり……)
腕に痺れるような衝撃が走るが、拓斗は確信を持ってその攻撃をいなす。
(装飾品の効果だと思うけど……、速度は若干俺の方が速い!)
その動きを完全に捉えていることからも、速度的には拓斗の方が勝っているようだ。
これなら、武器スキルが中途半端な拓斗でも、ジーニャの攻撃を捌くだけの余裕ができる。
そして、その余裕は拓斗に次の攻撃に対する予測をさせるだけの猶予を生んでいた。
(胸元に突きを散らして、目を慣れさせておいて……)
ジーニャは先程からずっと拳で拓斗の胸元を突いてきていた。
その単調な攻撃ゆえに、拓斗にも何とか彼女の攻撃を捌くことができている。
威力はとんでもないが、直撃しなければそこまでの被害は出ない。
だが、拓斗はこれが本命の攻撃ではないことに勘付いていた。
決して集中し過ぎないように意識を散らして、ジーニャの動きから注意を逸らさない。
その拓斗の意識に呼応するようにして、ジーニャの足が即座に動く。
高速の下段蹴り――。
(此処だ!)
――拓斗のトンファーがジーニャのローキックに合わせて即座に下がる。
だが、ジーニャの足は拓斗の視界の先には存在していない。
消えた足先に呆然とするよりも早く、その強烈な蹴りが拓斗の頭部に直撃する。
変則型のブラジリアンキック。
完全にローキックだと思い込んでいた拓斗の頭に、その存在を消し飛ばす程の圧倒的な暴力が炸裂する。
直後に響いたのはトマトを潰したような音――。
――ではない。
響いたのは、硬い金属を歯車に詰まらせたような不協和音であった。
「収納スキルレベル5、即時装備――。これが無ければ死んでたね……」
拓斗の頭部には軽く凹んだ兜がいつの間にか装備されている。
収納スキルレベル5で覚えられる【即時装備】のスキルは、収納スキルに収納してある装備品をいつでもどこでも好きなタイミングで装備できるスキルだ。
いちいち、収納スキルから取り出さなくて良い分、非常に楽なのだが、既に装備品を装備している部位には即時装備できないという欠点も持ち合わせている。
本来ならば、隠し玉的に使って相手に一撃を加える予定のスキルだったのだが、予想外の攻撃を防ぐためにひとつ手札を切ってしまった形だ。
悔しさに顔を顰める拓斗だが、それ以上に兜を凹ませたジーニャの膂力に渋い顔を見せる。
(レア素材を使って防御力二万を実現した兜だぞ!? それを凹ませるって、どんな力してるんだよ! 速度が勝っているから、何とかヒットポイントをズラせたけど、直撃していたら……)
「……どうやら闘いの経験は浅いようだな」
ズバリとジーニャは拓斗の欠点を指摘してくる。
総合能力的に言えば、拓斗とジーニャの間には然程の差はないと思われる。
だが、いざ実戦という舞台に立った時、駆け引きという名の差が如実に現れていた。
元々、拓斗は実戦の経験を得るよりも、武器作りに精を出していたタイプだ。
個対個の闘いにおける引き出しなど多いはずもない。
それが、戦闘能力の差以上に拓斗に不利な状況を作り出していると言えよう。
「数手、手合わせして分かった。お主では余は倒せぬ。速度はお主の方が上じゃが、闘いにおける巧さでは余の方が上じゃ。それでは、結局、お主にとってはジリ貧じゃろうて」
「かもしれない。……でも、そうじゃないかもしれない」
「ほう?」
拓斗はゆっくりと収納スキルから鎚を取り出す。
白銀の光を放つそれを、拓斗は慣れた手つきで振り回す。
「俺にもひとつだけ他人と渡り合えるであろう道具があるってことさ。これなら経験豊富だから、君とも渡り合える」
「なるほど、小癪。……ならば、余もタクトの心意気に応えねばなるまい」
そう言うジーニャの表情に厳しい物が生まれたかと思った瞬間、彼女の肩の辺りから何かがゆっくりと隆起してくる。
瘤かと思えたソレはゆっくりと仔細な造形を作り出し、やがてそれは拓斗の目にも見慣れたものへと変化する。
それは、二本の細い腕であった。
これで、ジーニャの腕は都合四本。
彼女の後ろで、距離を取っていたダーネスと呼ばれた六本腕の男が薄く笑った気がした。
「これで、四割程度の力だ。残り六本の腕を使わせるためにも、余を楽しませるがいい」
「全部で十本も腕があるってことかい? ……ったく、とんだ貧乏くじを引いちゃったみたいだね。やっぱり正面はまずかったかなぁ」
「だから言ったじゃないですか、旦那!」
屋代の呆れたような声が聞こえてくるが、二人には思った程に絶望感がない。
――腕が十本に増えるからどうだというのだ。
ちょっと本気で動いただけで、姿が消えるような化物に比べれば大した相手でもない。
それに、こちらには魔族を百体屠っても余りあるような強力な武器が一千本以上もある。
それらを使いこなせば、拓斗自身の実力の不足など、如何ようにも埋められるはずだ。
「まぁ、アンちゃんを売って、浩助を敵に回すことを考えれば、楽な仕事だと割り切ろう」
「比較対象が大分難易度高めな時点でお察しですぜ、武器屋の旦那?」
数々の希少素材を打ってきた業物をジーニャに向けながら、拓斗はそれを構える。
今度の素材は、少々どころか、かなり手強そうなのは間違いないことであった――。




