82、湖畔の町防衛戦3 side拓斗 ~侵攻開始~
「これは、気付かれてしまったかな?」
どこか軽薄な声音で頭部に二本の角を生やした男が楽しげな笑みを口元に刻む。
その肌は細かな鱗に覆われており、瞳孔は爬虫類のように細い。
一見すると蜥蜴を思わせる容貌をしているが、その尻には太く短い竜族を示す尾が付いており、その姿が魔竜の化身であることは、魔族なら広く知るところではあった。
湖の畔に急遽設置された魔族陣営の陣中にて、竜軍師ファルカオは実に愉しそうに町の情景を眺めている。
近くに居た魔族たちは、彼の視線を追って、彼が何を見ているのか判断しようとしたのだが、その視線の先には町中から立ち上る白い煙があるだけであり、特別何かを判断できるような出来事は映っていないように思えた。
だが、ファルカオはその様子から数少ないヒントを得ることにより、より深い情報を得ることに成功したようだ。
自分の策が破られたというのにも関わらず、上機嫌で確信を得た表情を浮かべる。
「……ぁん? どうしてそう思う?」
それに疑問を発したのは、この陣中で最も強く、最も権威を帯びた存在だ。
ベリアル・ブラッド――。
魔界四天王の一人である彼は、胡乱げな視線をファルカオに向ける。
「……大して何も様子は変わってねぇだろうが」
「炊事を行う時間が早過ぎるのですよ、親父殿――。町中に立つ煙を見て下さい。あれは、人間たちが食事を準備しているために漏れている煙です。人間たちは習慣的に朝と昼と夜に分けて食事を行うことは親父殿も知っていると思いますが、今は昼には早い時間帯だというのに、炊事の煙が立ち上がっている。これは、即ち、我々が昼頃に攻めてくることを予想しているのではないかと考えます」
「……テメェの策がバレたのか。……どうする気だ?」
「どうもしませんよ」
「……ぁん?」
「私の策は、見破られようともこちらに優位に動くようにできています。ですから、作戦に変更は御座いません」
「……大した自信だ。……流石は竜軍師といったところか」
竜軍師とは、叡智と戦闘力に優れた者に贈られる、魔族の中でも最高峰の軍師の呼称である。
特にファルカオは、本人の種族も相まってその二つ名は魔界に広く浸透している。
「いえいえ、私などはまだ青二才。老練な手腕の『大翁』や間髪なく最適解を見出だせる『天魔』などに比べたらまだまだですよ」
「……逆に言えば、それぐらいしかテメェを脅かす存在はいねぇと聞こえるが?」
「そんな風に言った覚えはないのですがね。そう聞こえてしまったというのであれば、申し訳ありません」
「……んで、その二人がカインの下に就いている可能性は?」
ベリアルは剣呑な視線をファルカオに向ける。
返答を間違ったのなら、恐らく物理的に首が飛ぶであろう重圧を前に、ファルカオは何事もなかったかのように肩を竦める。
「何とも言えません。大翁は放浪癖があるために神出鬼没ですし、天魔はスネア殿の軍師を辞した後、足取りが掴めていません。まぁ、居たとしても、この戦力差です。小細工が通用するような状況ではありませんよ」
「……敵をナメてんなら、その意識を改めろよ、ファルカオ。……カインは相手が多勢になればなるほど、真価を発揮するタイプだ。……こっちの手勢が丸ごと相手の戦力になるような事になったら洒落にならねぇ。……絶対に全力で潰せ」
「えぇ、はい。その辺は心得ていますよ。――ですよね、兄弟?」
陣中を見渡せば、いずれもが屈強な――もしくは一筋縄ではいかなそうな――雰囲気を醸し出す魔族たちが詰めている。
彼らはファルカオの言葉に一様に大きく頷いていた。
「――だ、そうですよ。親父殿?」
「……なら、テメェらの忠誠心とやらを見せてもらおうじゃねぇか。……決行は予定通り正午。三時間でカタをつけてこい」
おぉっ! と気合の入った叫びが聞こえ、八人の十二柱将が散っていく。
恐らくは、自らが率いる部隊の最終調整を行うのであろう。
戦闘が開始されるまで、あと一時間と少し――。
湖畔の周辺は次第に慌ただしさを増していく。
●
「――正午だ」
拓斗の声に反応したわけではないだろうが、アスタロテの予想通り、魔族はゆっくりと湖畔の町へ向けて進軍を開始する。
それを、拓斗率いる重装歩兵団が町の入口で待ち受けていた。
彼らの多くは顔の判別すらもつかぬ全身鎧を着込んでおり、如何にも鈍重そうな印象を受ける。
だが、その実、それらの装備には風石が混ぜられて作られているので、見た目以上に軽快に行動することができるようだ。
実際に拓人も使用したことがあるので、その辺は心配していない。
「しかし、武器屋の旦那。本当にここの受け持ちで良いんで?」
隣に立つのは、娼館常連三人組の一人、屋代だ。
彼は面倒臭そうに眼前の光景を見ながら後頭部を掻いていた。
ともすれば、欠伸でもしそうな緊張感の無さに、拓斗は逆に安心感を覚える。
ちなみに、屋代の装備は他の者たちと違い、黒のジャケットに内部に帷子を着込んだものである。
見た目だけで言うのなら、全身鎧よりも随分と軽装のように感じる。
「俺は心配性だからね。敵の本陣がちゃんと見える位置じゃないと不安で仕方ないんだ。だから、此処に配置してくれるように、キルメヒアさんに頼んだんだよね」
「……敵の本陣が近い分、一番敵の猛攻が予想される場所でもあるんすけどね」
湖畔の町は、浩助お得意の外壁造りによって、円状に柵で覆われている。
その円の八ヶ所に町中へと通じる道が用意されており、彼ら八大守護はその入口のそれぞれに戦力を率いて守りを固めていた。
拓斗が受け持つのは、その中でも湖方面が一望できる入り口であり、敵本陣にも最も近いため、激戦が予想される危険地帯であった。
「まぁ、しんどい戦いになりそうなのは分かっているよ。だから、こうして、皆に装備を『蔵出し』した訳だしね」
拓斗の背後を固めるのは、日頃から武具店を良く利用する二次移住組の冒険者――いわゆる『お得意様』だ。
その数は凡そ三十。
五千の敵を相手取るにしてはあまりに不安な数ではあるが、その戦闘力は各種装備を貸し出すことで補っており、量より質で勝負を賭ける体制となっている。
「しっかし、随分と強力な装備が在庫としてあったんスね」
「全身鎧のこと?」
「簡単な鑑定スキルで見たんですけど、防御力一万近くはあるでしょう、アレ」
防御力一〇〇〇〇――。
それは、装備するだけで冒険者ランクB++にまで届くという代物だ。
二次移住組の中でも、実力者と称された仲町兄妹が冒険者ランクB+であったことを考えると、如何にチートな防具であるのかが良く分かる。
「うん。一応、この町の主力防具にしようと思って、昔、大量生産したんだけどね。浩助が一週間も経たない内に水龍だの、黒竜だのといった希少素材を持ち帰ってきちゃったから、そっちの防具が人気になっちゃって完全に御蔵入りしていたんだよ」
「あー、こっちの方が高性能で、防御力も高いですしねぇ」
そう言って、屋代は自身が身に着けている黒竜のジャケットの生地をつまむ。
黒竜の鱗を特殊素材でなめし、まるで皮のように仕立てられたその装備は、魔法に対する強力な耐性と高い防御力の両面を確立している。
その下には水龍の鱗の帷子が着こまれており、余程の攻撃でも喰らわない限り、その身の安全は保証されていると言っても過言ではないコーディネートである。
「しかも、この全身鎧には欠点があるだろう?」
「……あるんすか?」
「…………。……あるよ。すこぶるデザインがダサいっていう欠点がね……」
「あぁ、確かに何か肩幅広い宇宙人みたいですもんね」
「何処の逆三角形体型だよ、みたいな感じでね。頑張って作って貰った洛ちゃんには悪いけど、今まで御蔵入りだったんだよね……」
「格好は大事ですしね。特にこの町は皆が身内みたいなもんですし、変な噂が流れたら終わりなところもありますし、正直正解だと思いますよ。まぁ、二次移住組の連中は強い装備ってことで喜んでるみたいですけど……」
「デザインしたのが俺だから、黒歴史を晒されているみたいで落ち着かないんだけどなぁ」
「この戦争が終わるまでの我慢ですよ」
「……やれやれ、違う意味でしんどい感じになってきたぞ」
拓斗が渋い顔になる中、敵の軍勢は徐々に距離を詰めつつあった。
彼はそれをきっちりと確認した後で、ようやく気合を入れ直すかのように真剣な表情になる。
「うっし! 皆、気合を入れろ! 俺達が守るのはこの入口だ! 柵を飛び越えようとする奴は後方支援部隊に任せて、此処を死守しろ! そのために高い装備を貸したんだ! 使い潰すつもりで使い切れ!」
『うっす!』
「それと、一番活躍した奴には無料で新しく装備を作ってやる! それぞれ腕を振るえよ!」
『マジっすか!?』
その場に居たものの眼の色が変わったのは言うまでもない。
「――来るぞ!」




