77、特訓する救世主
「うーっす、慶次。とりあえず、いつもの二つ頼むわー」
「あいよ」
草木も眠る丑三つ時――。
もうそろそろ店じまいかといった時間帯になって、慶次がやっている屋台の暖簾をくぐるものがいる。
一人は体中に青痣と裂傷を負いながらも元気そうな笑顔を見せる有馬浩助であり、もう一人は疲労から声も出ない中、身なりだけは完璧な様子の水原沙也加その人であった。
慶次は、そんな二人の様子を眺めながら、驚く程の速度でラーメン二杯を作り上げていく。
どうやら、彼の技術はまた進歩して、別の事柄に意識を向けながらも、完璧にラーメンを作ることができるようになったらしい。
それにしても、このところ連日でボロボロになってはラーメンを食べていく浩助は一体何をしているのだろうか。
少なからぬ興味本位で慶次は話を振る。
「それにしても、何で浩助はボロボロなんだ?」
「ちぃっと新しい戦法を特訓中でな。まぁ、ボロボロって言っても、昨日よりかはダメージは減ってるんだぜ? 明日にはダメージゼロになってるんじゃね? なぁ、水原?」
「まぁ、有馬ならやるんじゃない……」
つれない返事。
それに不満気な表情を零す浩助。
「んだよ、ヘバってんじゃねぇよ! 大体、水原は状態リセットが使えるんだから、ダメージはゼロだろ? 完全回復してる癖に疲れてるってどういうことだよ!」
「有馬と違って、私は繊細なの! 体調は万全でも精神が疲れてるの! 朝っぱらから銃弾の雨の中を斬って! 飛んで! 危うく死にかけたり! 私がどれだけ心配したと思ってるのよ! 御蔭で取ってもいない応急処置のスキルまで生えてきて……、この馬鹿ッ!」
弱々しい拳が浩助をど突く。
だが、あまり痛くない。
どうやら、本気で気疲れして弱っているようだ。
「ここまで弱っているとは……。日頃の恨みを晴らすには絶好の機会か……?」
「……後が怖いからやめとけよ。あいよ、魚介醤油大盛りお待ち」
「うっひょー! キタキタ! 待ってました! 特訓の後のこの一杯が美味ぇんだ!」
「本当、それね……。国崎君のコレがあるから頑張れる気がするわ。あ、有馬、箸取って」
「へいよ」
木製の筒に挿された割り箸を沙也加に渡しながら、浩助は自分の分の割り箸も確保する。
目にも留まらぬ早さで綺麗に箸を割りながら、まずはレンゲを使ってスープを一啜り。
空きっ腹に染みる濃厚な魚介醤油の味と香りが、浩助に重厚な満足感をもたらす。
思わず、「んまいっ」と舌鼓を打ってしまう程に、そのラーメンは美味しかった。
「……しかし、浩助ほどの強さがあっても特訓か。お前は一体何を目指してるんだ?」
強くありたいと思うのなら、今の状況でも十分過ぎるほどの強さを持っているはずだ。
なのに、浩助はそれ以上を目指しているように、慶次には見えていた。
世界最強の生物でも目指しているのかと慶次は訝しがるが、そうではないらしい。
「ん? どんな事が起きようとも普通に暮らせるだけの強さを求めてるだけだぞ?」
「……それって結構無茶なこと言ってねぇか? 水原もそれ納得してんのか?」
浩助と沙也加は二人でワンセットの運命共同体だ。
浩助が目指すものが果てしなく大きな目標であることを沙也加は知っているのか。
そんな不安を抱く慶次に向かい、沙也加は口の中のものをちゃんと飲み込んだ後で声を出す。
「私は別に納得してないけど……。この異世界は何があるか分からないし、体を鍛えとくのは基本的に良い事だと思っているからね。別に止める気はないわよ。それに、徐々に強くなっていくのは、やっぱり楽しいしねー」
「徐々に、か……。俺には、お前らが一段飛ばしぐらいで強くなっていってるようにしか思えねぇんだがな」
「そんなことねぇよ。この一週間でようやく電磁誘導砲の弾を斬れるようになったぐらいだぜ? 成長の度合いとしては、アンの方が早いんじゃねーの?」
「電磁誘導砲? なんだそりゃ?」
「砲身に電気を通して、そこで生まれる磁場のエネルギーを利用して物体を加速する銃だったかな? スゲーんだぜ、あれ。掛ける電力と砲身の長さで弾丸の加速度が調節出来るからよー。それを沙也加で斬ると吸収できる速度のキャッシュバックが一千ぐらい入ってなー。何か、最近じゃ、ちょっと動く度に衝撃波が出るから、それに気を付けてゆっくり動いてるぐらいなんだぜ?」
「……ウチの店を壊すなよ?」
「分かってるって!」
言いながらも、浩助の動きが少しだけ丁寧になったのは内緒だ。
その後は他愛もない会話を続け、慶次が作ったラーメンを心行くまで堪能し、浩助たちは席を立つ。
そんな浩助と入れ替わるようにして、ふらふらと屋台の暖簾をくぐる小さな人影がひとつ。
「…………。……ししょー。それに、ししょーの友人も」
「私の名前は沙也加です。いい加減、覚えてね、アンちゃん?」
「…………。……サーカ?」
「沙・也・加! もう、何でアンちゃんは私の名前を覚えないのかしら?」
「発音し辛いんじゃね? 洛も俺に対してはそんなだぞ?」
「あれは、渾名みたいなもんじゃない!」
「どうでもいいが、店前で喧嘩すんな。住人から苦情がくんだろ。……で、嬢ちゃんはいつものか?」
「…………。……うん」
慶次の手が手際よく動いていく。
そんな姿をわくわくとした目で見ながら、アンは焦がれるようにして魂の一杯が出てくるのを待つ。
「――って、アン。キルメヒアは一緒じゃないのか?」
「…………。……夜は吸血鬼の時間。見回りするって」
「アイツも変な所で真面目だな。……そういや、キルメヒアと特訓を始めてもう一週間だが、獣化とかいうスキルは使えるようになったのか?」
浩助の何気ない質問に対して、アンは無言でブイサインを送ってくる。
どうやら習得には成功したようだ。
「まぁ、スキル経験値を貯めれば、魔族なら誰でも覚えられるものみたいだし、努力家のアンちゃんなら一週間もあればちゃんと覚えられるでしょ」
その辺は心配していないとばかりに沙也加も肩を竦める。
問題はその次だ。
「で、キルメヒア曰くの必殺技は覚えられそうなのか?」
「…………。……難しい」
どうやら、そちらの方は努力の鬼といえども一筋縄ではいかなそうである。
むしろ、必殺技に関しては浩助の方の習得センスが図抜けていると考えた方が良さそうだ。
戦闘中に発案し、発動させ、それで完璧に習熟するなど、非凡なセンスではできようはずがない。
だが、浩助はそれを鼻にかけることもなく、「まぁ、頑張ってればおいおい覚えるだろう」と気楽にアンを励まして、別れを告げる。
そんな浩助たちが帰るのは、相も変わらずの温泉(?)旅館だ。
当初は学園から移住してきた生徒が沢山泊まっていた場所ではあるが、今は第二次移住者たちの根城となっている。
また、狼人の中でも、まだ居住先が見つかっていない者が寝泊まりしている場所でもあった。
基本的に、浩助自身が金に不自由していないためか、宿泊料はかなり安く、それでも払えない宿泊客には、旅館の仕事を手伝ってもらうことで宿泊料を取らないようにしている。
まさに駆け出しの冒険者には夢の様な旅館であり、尚且つ最低限レベルの食事まで出るのだから、至れり尽くせりだ。
ちなみに宿泊客の料理は、第一次移住者である一年生の少女が行っている。
浩助の記憶では、確かアスタロテの花屋の店員も掛け持ちしていたはずなので、大分大変だと思うのだが、浩助が声を掛けると――。
「いえ、有馬先輩の役に立てるなら、全然大変じゃないですよ!」
――と笑顔で返してくれるので、その好意に甘えてしまっている形だ。
いずれは労をねぎらって、何か贈り物でもできればなぁとは考えているが、その贈り物の候補がレア素材ばかりなのは、大分この世界に染まってきたということだろうか。
「……そういや、話は変わるんだが、俺の私物が時折なくなってたりするんだが、水原が邪魔だって判断してポイポイ捨てたりしてるのか?」
「ゴミになるようなものなら捨ててるわよ? でも、基本的には勝手に捨てないけど?」
「……だよなぁ。おかしいなぁ。俺が失くしているだけなのか?」
全然重要ではない、どうでもいい情報を垂れ流しながら、浩助達は真っ直ぐ旅館へと向かう。
その道中で気づいたのか、沙也加は浩助の姿をまじまじと見て、パンっと肩を叩く。
「痛ぇ! 何すんだよ!?」
「ケホケホ、あー、やっぱり砂埃とかで汚れてるわね」
叩いた先から細かな埃が飛び出し、沙也加は咳き込んでいた。
「幾ら防御力が上がらないからって、いつまでも蜘蛛の絹糸で出来た服を着続けるってのもね。もう少し、レア素材でも使って汚れにくい服でも作って貰ったら?」
「別にいーんだよ! 俺は学生服が好きなの! それに今日もこれから露天風呂に入るし、問題ねぇよ!」
「あ、今日も御風呂入るんだ。私も一緒に入ろうかな?」
「……混浴ですよ? 水原さん?」
浩助の視線が非常に痛いものを見る目になる。
「何で、痴女を見るような目になってるのよ! 混浴なんだから一緒に入っても良いじゃない! それに水着付けて入るし!」
「それは、マナー違反なんじゃあないかなぁ!?」
思わず声を荒らげる浩助に対して、沙也加は驚く程冷たい視線で浩助を見据え――。
「……言っておくけど、タオルと水着じゃあ水着の方が露出度高いからね?」
「マナーなんてクソ食らえです! 眼福させて下さい!」
「最初からそうやって素直に言っておけば良いのよ。全く……」
「へへぇ~、水原さんの水着姿は世界一でございまする~!」
「何でそこで悪ノリするのよ? アームロック掛けるから、そこに直りなさい」
「それこそ、何でそこでプロレス技が出るんだよ!? そこは剣術にしとけよ!?」
やいのやいのと騒ぎながら通りを歩く浩助たちの背後を、表情に乏しい顔のままに追跡するものがいた。
「…………。……御風呂入るのか」
アンである。
彼女は自分の髪をちょいとつまんで擦ってみる。
実にじょりじょりと砂っぽかった。
「…………。……アンも入ろう」
ラーメンで膨れたお腹を擦りながら、アンは夜の町を歩く。
――そして、その後を警戒しながら護衛のように歩いてくるものがいた。
「ふむ。アン君の一人歩きを心配して尾いてきたのだが、風呂か……。流水でなければ、自分でも入れそうだな。自分もたまには御相伴に預かるとしようか」
闇夜の中、そう言って笑みを深めるキルメヒア。
その更に彼女の後ろに――。
(有馬先輩が御風呂っ!? こ、これは自然とお背中を流すシチュエーションに持っていける絶好のチャンスじゃないでしょうか!? そのついでに有馬先輩の前も洗っちゃったりして……、ぐへへ……。――って、それじゃただの変態さんだよ!? そんなの有馬先輩にバレたら絶対に嫌われちゃう! も、もっと普通に! 自然な感じで露天風呂に潜入しないとっ!)
――何故か、小刻みに震えるダンボール箱が付いて回っているのであった。
恐らく次回は風呂回です。




