76、第九十九子ゴルモア
「――ほう。あのクソ強ぇ魔王様を倒すとは、なかなか面白ぇ新顔が出てきたじゃねぇか。――んで? その新しい魔王様ってのはどんな奴なんだ?」
「それは、目の前に居る彼のことじゃないのかしら?」
二人の四天王が驚きを顔に貼り付けたのは一瞬。
次の瞬間には気持ちを切り替えたのか、はたまた平静さを取り戻したのか、落ち着いた様子で魔王を崩御させた新魔王の存在に意識を向けていた。
魔族の根本的な考え方として、強者こそが正義であり、一番強い者こそが魔族を束ねるべし、という考え方がある。
故に、現行の魔王を倒し、新たな魔王が生まれることは往々にしてあることではあった。
ベリアルとスネアの二人も、今回もそんな世代交代が行われたのだとぐらいにしか捉えていない。
確かに、崩御した魔王は歴代の魔王たちの中でも強い部類ではあった。
だが、年齢による力の衰えもあったし、いつかはこんな日が来るのではと予想していた部分もある。
二人は納得して、新たな魔王を迎え入れようとしたのだが、ただ一人、アーカムだけはゆっくりと首を横に振る。
「違うのです。魔王様は誰かに斃されたわけでも、謀られたわけでもないのです」
「――ぁん? じゃあ、何で魔王様が崩御したんだよ? 病気だとでも言うつもりか?」
「いえ――」
アーカムは実に残念だとばかりに嘆息を吐きながら言葉を繋ぐ。
「――衰弱による自然死になります」
「衰弱死? それこそおかしいわ。魔王様はまだまだ五百歳前後。弱るにはまだ早過ぎるもの」
スネアの言葉に、ベリアルも無言で頷く。
つい一月程前までは元気に過ごしていた姿が目に焼き付いている。
そんな相手が衰弱死したと言われて、誰が納得できるだろうか。
ベリアルは思わず疑いの目をアーカムに向けてしまう。
……もしかしたら、アーカムがそう仕掛けたのでは?
そう考えたからだろう。
そして、その思考はどうやら顔にも出ていたらしい、アーカムは分かっているとばかりに頭を振る。
「魔王様が衰弱死なされた理由は簡単です。魔王様自身の魔力が強大過ぎたからに他なりません」
「――ぁ? どういうことだ?」
「魔王様の膨大な魔力は君達も知るところですが、その魔力が無尽蔵に供給されているものかというと、そうでもないということです」
「その話は初耳ねぇ」
スネアが何処か面白そうに笑みを浮かべる。
その言外には、それを知っているアーカムと魔王との関係を探っているような響きがあった。
その情報を知るだけの信頼関係を魔王とアーカムは築いていたというのか?
スネアは試すような目付きでアーカムを睨め付ける。
「知っている者は知っている事実ですよ。そして、それを知っていたとしても、魔王様の魔力を枯渇させることはできないでしょう。何せ、魔王様は御身の分身体を何体も作り出し、その分身体を魔界の各地に配置し、魔力の元となる魔力溜まりや、強力な魔力を秘めた魔物を狩猟して摂取することによって、魔力を集めさせていたのですから……、それら分身全てを殲滅させて魔力の供給を断つなんてことは現実的に不可能でしょう? ……ですので、魔界では魔王様は事実上無尽蔵の魔力を誇っていたということになります」
「――ぁん? 魔界ではってことだと、こっちではどうなってんだ?」
「分身体を呼び出すことには成功したのですが、自身の魔力行使を上回るだけの魔力供給を生み出すまでには至らなかったようです。そもそも、この世界には魔界ほどに魔力が満ち溢れてはいなかったというのが、一番の問題だったようですね。……魔王様は日に日に弱っていかれていましたよ」
「――デケェエンジンを積んでたせいで、燃費がすこぶる悪かったのが死因ってことか? ――あのとんでもねぇ力を秘めた魔王様が、何とも言えねぇ最後になっちまったもんだな。――んで? どうするんだ、次の魔王は? 俺様たちで殺しあって決めるのか?」
「あら、それは単純で良さそうね」
室内に思わず剣呑な空気が流れ始めるのを察して、アーカムは一通の封筒を取り出す。
その封は既に切ってあったのか、アーカムは開けられた封筒から一枚の手紙を取り出すと、その文面を二人にも見えるように掲げてみせる。
「このような事になることを危惧して、魔王様からの遺言ですよ。二人共確認して下さい」
「……文字が小さくて読みにくいわ。アーカムちゃん、読んでくれない?」
「分かりました。では失礼して――」
恭しくアーカムは手紙の内容を読み上げる。
====================
よぉ、親愛なる馬鹿四天王の諸君。
俺様だ。魔王様だ。
これをお前さんらが読んでいるということは、俺様はもう死んじまったか、半死半生の状態で動けねぇってことだろう。
情けねぇことだが、この訳の分からねぇ世界に飛ばされて、ろくすっぽ魔力が供給できずに力の三割も出ねぇような状態だ。
……まぁ、俺様が強すぎんのがいけねぇんだけどよ!
そのせいで、どうやらこの地で俺様も最後を迎えることになりそうだな……。
それが若干心残りではあるが、まぁ、それはどうでもいいや。
俺様が言いたいのはだなぁ。
俺様が死んだ後、お前さんら四天王が短気起こして、殺し合いやしねぇかってことだ。
周りが魔族だけなら、その辺の慣習……新魔王決定戦……は暗黙の了解として流されるだろうが、現状はそうじゃねぇ。
神界の連中は雑魚のくせにうるせぇし、冥界の連中は何考えてるか分からねぇ。
他にも、こっちの動向を探ってる連中も大勢いるだろう。
そんな中、内輪揉めで魔界の戦力を削るような真似も馬鹿らしいだろ。
だから、俺様が次の魔王を決めるためのルールを作ってやった。
ありがたく思いやがれよ。馬鹿共。
よーし、んじゃ、発表してやるぞ。耳の穴かっぽじって、脳味噌出すぐらい良く聞きやがれ。
この国の魔王にとってなくてはならないアイテム『魔王の璽』――。
それを俺様の第九十九子に預けた。
その第九十九子と璽の両方を揃え、この魔王城の玉座の間にて任命状に最初に判を押した者を新たな魔王とする。
――殺し合いじゃなくて、競争だ。
これなら、被害もそこそこ少なくて済むんじゃないか?
あぁ、勿論、妨害とか直接の戦闘を禁止する気はないから、張り切ってやってくれ。
それでは、これを読み終えた瞬間より、新魔王決定戦を開始する。
まぁ、せいぜい頑張れや、お笑い四天王共! はっはっはっ!
偉大なる魔王様より。
====================
次の瞬間、けたたましく音を立てて、ベリアルとスネアの二人は立ち上がる。
二人の目は野望と欲望にギラギラとした輝きを放っていた。
期せずして、新魔王となるチャンスが転がりこんできたのだ。
これを座して待つほど枯れてはいない。
そして、二人はその鋭い視線をアーカムへと向ける。
「――ぉう、アーカム。テメェ、この内容を先に読んだってことは調べてあるんだろ?」
「第九十九子の名前と何処に居るか、それぐらい、貴方なら分かっているんじゃない?」
「……えぇ、ある程度でしたら」
アーカムは朗らかに答える。
目が血走っている二人とは正反対の反応だ。
元々、権力争いには興味がない性格だから、此処まで落ち着いているのかもしれない。
まぁ、内心はどう思っているかは分からないが……。
「百二十六人の魔王様の御子息、御令嬢の中でも、最も魔王様に寵愛され、最も魔王様に近しいセンスと魔力の波動を持った持ち主……、それが第九十九子様です。その第九十九子様は、いつの間にか魔族領より姿を消し、今も何処に居るかは定かではありません。ただ、最後に御姿が目撃されたのが、キルメヒア様の屋敷の前でありましたので、今はキルメヒア様と御同行しているのかもしれませんね」
「――チッ、よりにもよって奴の元に居やがるのか……!」
「それで、その第九十九子様のお名前は何て仰るの?」
「彼女の名前は、『アン』――」
アーカムは何処か笑いを押さえるような表情で続ける。
「――アン・ゴルモア様です。魔界の新たな通貨単位にまでされている超有名人ですよ」
その言葉に、二人は何とも言えない表情を浮かべるのであった。




