70、移住交渉
「――で、頼んでいた案件はどうなったんだ?」
学園の新校舎の一階にある生徒会長室――もとい、ギルドマスターの部屋に詰めかけた浩助は偉そうな態度で脚を組みながら、出されたハーブティーに口を付ける。
鼻を抜ける爽やかな香りは、室内であるにも関わらず草原に佇んでいるかのような錯覚を起こさせる程に美味い。
その美味さに一瞬だけ目を白黒させた後で、浩助はその視線を再び聖也へと戻していた。
「あぁ、学生を対象に、有馬君の町に移りたいと思っているかどうかをアンケートした結果、百十三名の生徒が移住を希望したよ」
「百十三!? それはまた大分多いわね……」
感心したような、驚いたような表情を貼り付けて、沙也加はまじまじと聖也を見つめる。
今回、こうして浩助たちが学園に出向いているのは、湖畔の町の第二次移住者の募集に対する結果を聞きに来たからだ。
好感触な内容に聖也も笑みを浮かべるかと思ったが、彼自身は随分と渋い顔をしている。
その表情を見るだけで、浩助は学園側が何か問題を抱えていることに気付いていた。
「……何かあんのか?」
移住者の増強――。
それは、湖畔の町側としては、絶対に必要な事項であった。
現状の湖畔の町は学園よりも広い土地に、学園よりも立派な建物が立ち並び、そこに異種族を合わせても百をいかない人数しか住んでいないのである。
棗曰くの『つくりかけのテーマパーク』状態である湖畔の町は、今まさに町の血液ともいうべき住人の増強を強く望んでいた。
それにより、町は活性し、より発展していくことが予見されるのだが、現状では色々と手が足りないということが往々にして起こっている状況だ。
だからこそ、浩助は事情を聖也に話して、学園側で第二次移住希望者を募って貰っていたのだが……。
喜ばしい結果とは別に、どうやらその大人数の移住希望者の裏側には何かがあるようではあった。
「鋭いね。さすがは、Sランク冒険者といったところかな」
「世辞とか要らねーからよ。何があったんだ?」
「理由は簡単だよ。今、学園はちょっとした敵対勢力に狙われているんだ。それを恐れて移住しようという人が後を絶たないということさ」
「敵対勢力? そんなもんがいるのか?」
「あぁ、敵対勢力の名は亜人、狼人……。とても厄介な相手だよ」
聖魔の森の影の化物を恐れたがゆえに、狼人たちが標的を謎の遺跡――つまりは学園へと変えたことを、浩助たちは知らない。
そして、その敵対勢力の動きを注視している聖也としては、この状況で移住者という名の戦力が減ってしまうことに懸念を覚えているのだろう。
どうせなら、この一件が片付いてから移住して頂きたい――。
声には出さなかったが、聖也の浮かない表情を見れば、そう言いたいのは自ずと窺えた。
だからこそ、浩助は口角を吊り上げて凶悪そうな笑みをみせる。
「そいつら、俺に任せてくれねぇか?」
それは、浩助が悪いことを企んでいる時の顔だと、沙也加は一ヶ月程の経験からピンときたのである。
●
次の日――、湖畔の町の冒険者ギルドにはひとつの奇妙なクエストが貼り出されていた。
それを確認した冒険者たちは、例外なく戸惑ったように小首を傾げる。
「何だ、このクエ……。報酬はスッゲー上手いけど……」
報酬金額はその辺の魔物討伐の比ではないくらいに高い。
ただし、その依頼内容が酷く曖昧であったため、受注に踏み切れないでいた。
その内容とは――。
『強者募集。ただし、暴力的ではなく、口が達者な方求む。依頼を受注される方は受付までお越し下さい』
依頼の内容が一切書かれていない。
募集条件と報酬だけが記載されており、そのクエストの胡散臭さをより一層際立たせている。
これを受けるには、相当な度胸と実力が求められる――。
それを、何となく肌で感じ取った冒険者たちは依頼を受けるべきかどうなのか、二の足を踏んでいるといった状況だ。
そんな中を一人の男が進み出て、依頼内容を確認した上でギルドの受付カウンターへと向かう。
「あの依頼ですが、受けたいのですけど宜しいですか?」
そう言って満面の笑みをみせるのは、夏目朗だ。
彼は特に気負った様子もなく、そう言ってカウンターに座っていた真砂子に話しかける。
真砂子はそんな朗の様子に、少しだけ困った顔を見せたものの、然程心配はしていないのか、手早く手続きを終えた後で、「詳細は有馬君のところで聞いてね」と告げる。
どうやら、ギルドマスターである真砂子でさえも詳細を知らない特別なクエストだということらしい。
絶えない笑顔でそれに応えながら、朗は冒険者ギルドの建物を後にする。
その建物の入り口では、彼の帰りを待ち侘びていたのか、一人の女生徒が飛び出してくる。
「朗くん、遅い~」
「やぁ、待たせてしまったね」
体ごと預けるように飛び込んでくる女生徒を片腕で受け止めながら、朗はゆっくりと歩みを続ける。
歩みの邪魔になると思ったのか、女生徒も慌てて腕を取りながらそれに倣う。
「朗くん、良いクエストは見つかったの?」
「あぁ、簡単で、しかも馬鹿みたいに儲けが出るクエストが出ていたからね。それを引き受けてきたよ」
「……簡単なのに、報酬が高いの? でも、それだったら受ける人は沢山いたんじゃない?」
「基本的に、皆、頭の回転が遅いからね。まごまごしている内に掻っ攫ったよ。今頃は少し後悔して、少しホッとしているんじゃないかな」
「朗くん、いつも言ってるものね。この町は馬鹿ばかりだって」
クスクスと意地の悪そうな顔をして笑う女生徒を見つめながら、朗は少しだけ声のトーンを落とす。
「そうだと思っていたんだけどね。……どうやら有馬はちょっと違うみたいだ」
「え?」
「このクエストを依頼したのが有馬なのさ。なかなか人を試すような真似をしているところが、小憎らしいよ」
「……ということは、有馬くんが依頼したクエストなの? それって危なくないのかしら?」
浩助程の実力者がわざわざクエストを出すという事態に、女生徒は顔を顰める。
そんなクエストでは、難易度が低いとはとても言えないのではないだろうか。
危険性が高そうなことを鑑みて、朗の身を案じる女生徒。
だが、朗は悠然と微笑んだままに、その足を旅館へと向けていた。
「有馬でも苦戦するようなクエストなら、少しは楽しめそうなんだけどね。……でも、多分、そういう意図じゃないんだよ」
「どういうこと?」
「有馬にも得手不得手がある。そして、今回の依頼は危険を伴うが、暴力的な解決を望まず、平和的に話し合いで解決を望んでいる。つまりは、他種族あたりとの交渉を望んでいるんじゃないかな?」
「あぁ……。朗くんが常に言っているように、有馬君は脳筋だから……」
「そう、交渉事には向かない――、と思っていたがその考えは今日から捨てよう」
朗の頭の良さは、この取捨選択の早さにもあると女生徒は思っている。
感情に引き摺られることなく、コンピューターのようにフラグのオン、オフ管理で行動を決定する。
行動の指針がはっきりしているからこそ、悩まないし、惑わない。
それは、思考の高速化を意味し、事実、朗の頭の回転は早かった。
「この報酬額の設定をみれば、有馬の意図は透けて見える」
割と無茶な値段設定をして、冒険者を釣っているわけではないとしたら、この金額は差配をするための準備金としての金額だ。
クエストの難易度が高いために、自分で考えて戦力も作戦も決めて良いから結果を出せ――、このクエストからはそういった香りがぷんぷんと臭ってくると朗は思っていた。
(試されている……、この僕が……? 面白いじゃあないか、有馬……!)
朗は人知れず口元に笑みを刻む。
だが、その笑みもいつもの笑顔にかき消されて、すぐに分からなくなる。
「頭を使わせるクエストで試しているつもりなんだろうね……。だが、そういう挑戦のされ方は、僕は嫌いじゃないんだ……」
思わず凶悪そうな人相が出てしまうところを目元を隠すことで押さえ、朗は旅館の正面玄関へと辿り着く。
その声音は楽しくて仕方がないと言わんばかりだ。
「何せ、思惑が外れて、相手の間抜け面が見られるんだからね……!」
朗はそう言って、旅館の中へと消えていくのであった。
書いてる途中で一度PCが熱暴走で落ちました。
御蔭で内容もなんか変わりました。
暑い季節になってきたので、書きかけの原稿データは小まめにセーブすることをお勧めします!(泣)




