69、色々と内容を詰め込んだ結果がコレだよ!
「はぁ? アンが町で孤立してるって?」
昼下がりの喫茶店内に、浩助の素っ頓狂な声が響く。
それを聞き咎めたのか、深刻そうな顔のまま、沙也加は眉根を寄せてみせた。
「ちょっと! 繊細な問題なんだから、もう少し小さな声で話しなさいよね!?」
「お前の声も大概デカイと思うんだが……。――で、デカイの代表、柳田はどう思う?」
「えぇ!? 息を吐くぐらい自然にセクハラされたんだけど……」
浩助の前に、食後の珈琲を差し出しながら、美優は羞恥に頬を赤く染めてみせる。
何がデカイのかは改めて言う必要もないので、浩助は素知らぬ顔でその珈琲に口をつける。
「で、どーなんだよ?」
「……うーん。確かに、アンちゃんって町に溶け込めてない感はあるかもねぇ」
軽くセクハラを受けながらもきちんと答えてしまうあたり、美優は真面目に過ぎるのかもしれない。
浩助はそんな答えを聞いておきながらも、納得いかないのか首を捻る。
「そうかぁ?」
思い返してはみるが、アンが町で村八分にされているような状況は見たことがない。
そもそも、アンの実力で村八分にされる状況というものが想像できない。
「――というか、私達以外に喋ってる人がいないみたいなのよね」
「……ぼっちってことか? 別にいいじゃん。俺もそんなに友達多くねぇぞ?」
「有馬は、キルメヒアさんから実情を聞いてないからそんな事言えるのよ」
「……何かあったのか?」
声を潜める浩助の周囲にアンはいない。
最近の彼女は、午前中に沙也加との戦闘訓練をこなした後は、ふらりと何処かに消えては夕食前に帰ってきて、夕飯を食べてから寝てしまうという生活を繰り返していた。
その間、一体何処で何をしているのかは浩助も知らない。
というか、一度尋ねたのだが、物凄く不機嫌そうな顔をされてしまったため、聞き出せていないというのが現状だ。
今まではお年頃ということで放置していたのだが……。
「町の外れで犬とお話してたって……」
それも、少し考えものかも知れない。
「なんつー寂しいことやってやがんだ、アイツ……」
仕事に疲れた三十代後半の独身OLのような生活をしていると知って、浩助は同情を禁じ得ない。
これは、早急にアンを町に馴染ませる作戦が必要だろう。
「よし! それでは、これから緊急作戦会議を始める!」
浩助の叫び声と共に、沙也加が表に出て行って手早くOPENの札をCLOSEDにひっくり返してくる。
どうやら、準備は一瞬で万端になったらしい。
「あぁ!? 勝手にお店を閉めないで~!」
だが、有耶無耶の内に貸し切りにしてしまおう作戦は、美優の悲痛な叫びと共に破綻したのであった。
●
(……お、目標発見。あんな所に居たぞ)
《で、どうするの? いきなり姿を現してお説教でもする?》
(アンがまともに俺の話に耳を傾けるとも思えねぇんだけど……)
建物も木々も少ない、ただただ広い草原のような空間が広がる町外れにアンはいた。
その姿を見て、気付かれないように浩助と沙也加は近くの茂みに潜伏する。
こういう時に、無音で移動できる影走りのスキルは超絶便利であると浩助は改めて思うのである。
(……何か犬に向けて言ってんな?)
アンはその郊外で、噂通りに金色の毛並みをした犬を相手に何かを話しているようであった。
犬自体は大人しいようで、アンの言葉に相槌を打つわけでもなくその場に寝転がっている。
《……読唇術しようか?》
(おう、頼む)
頼まれた沙也加は、気持ちを切り替える為に軽く咳払いをしてからその言葉を読み解く。
相変わらず、無駄に便利な特技ではあった。
《えー、『今日も師匠の友達にやられた』『師匠は強すぎるから戦ってくれない』『実は弱いんじゃないだろうか』――、……有馬の強さが疑問に思われてるんだけど?》
(いやいやいや! この間、ウンディーネの依頼で湖に棲みついた水龍を鮮やかに倒してみせたじゃん!?)
《そりゃ、私は知ってるけど……。有馬の動きは普通じゃ捉えきれないのよ? しかも、あれやった時って明け方だったでしょ? 朝起きたら、水龍が死んでいたって感じで皆処理してたわよ?》
(い、いや、でも、俺が倒したから、俺が解体して……。その現場は見られてるわけだし……)
《その後、有馬は防具を作る素材は要らないって言って、無料で町の人に素材で作った防具を渡してたわよね? それを受け取った人たちは、『あぁ、やっぱり水龍の死体が町の近くに打ち上げられただけなんだ……』って納得してたみたいだったわよ?》
(違ぇよ! 俺がやったんだよ! 戦闘時間二秒ぐらいだったけど、俺がやりました!)
ちなみに、その二秒の内訳は、影走りで影に潜る(一秒)――。
水龍の影から出て、その体を寸断して地上まで泳ぎ出る(一秒)――。
――ぐらいの割り振りだったようだ。
……町の人間に知覚されないのも当然であった。
《あら、アンちゃん、まだ何か言ってるわよ? 『最近はいつもルーベンスと一緒だ』『アンはルーベンスがいるから寂しくない』『ルーベンスもいつまでもアンと一緒に居てね』だって》
(何で、そこはパトラッシュじゃねぇんだよッ!?)
《拾うトコ、そこ!?》
呆れたような驚いたような複雑な感情を見せる沙也加。
だが、事態は思っている以上に深刻なようであった。
(大分、依存しているように見えたが……。水原はどー思う?)
《そうね……。本当は、師匠として町中の人間ともっと仲良くするように課題を提供する予定だったんだけど……。この様子だと……》
(俺の課題も無視して、犬と戯れ続けるかもしれねぇな……)
人知れず嘆息を零す浩助たちに気付かずに、アンは何か用事でも思い出したのか、何処かに歩いて行ってしまう。
それを見届けた後で、浩助達はゆっくりと茂みの中から姿を現す。
「……このままじゃ、マズイよな?」
「……そうね」
「かといって、犬に依存するのをやめろとも言えねぇし……」
「アンちゃんから皆との距離を縮めていってもらいたいんだけど、現状だと難しいわよね……?」
「何か、きっかけでもあれば……」
「うーん、でも、結局はアンちゃんの気の持ちようじゃない?」
「そんな気になるまで、待ってみようってか? ……いつになんだよ、それ」
気の遠くなるような話に頭を抱える浩助。
その足元にゆっくりと近付いてくる金色の毛をした大型犬。
浩助は犬の種類には詳しくなかったが、ゴールデンレトリバーと呼ばれる種類に近いのかもしれないとは思っていた。
とは言っても、異世界の生物なので厳密には違う種類の犬なのかもしれない。
とにかく、割とデカイ犬の姿に浩助は少々引き気味だ。
「へぇ、結構大人しい犬なのね」
沙也加が撫でようと手を伸ばすが、警戒したのか犬はスルリと手を躱す。
逆に、ビビる浩助にはからかうようにして、足元にまとわりついてくる。
「お、おいおいっと……。しかし、どうしたもんかね……」
犬のじゃれつく動作を躱し、首をひねる浩助。
そんな浩助の言葉を理解したわけでもないだろうが、犬は一声鳴くと割と軽快な動きでアンが消えていった方向へと行ってしまう。
後に残された浩助たちは妙な気分になりながら、互いに顔を見合わせる。
「なぁ、今……」
「えぇ、私たちの言葉が分かってたみたいに行動したように見えたけど……」
「まさか……、な」
浩助たちはあり得ない想像に苦笑いを漏らしながら、それでも心の何処かで何かが起こるような、そんな予感めいたものをひしひしと感じるのであった。
●
「どうした、嬢ちゃん? いつもみてぇに頼まねぇのか?」
ラーメン屋の屋台の軒先で唸るようにして考え込んでいるアンを見て、慶次は思わず声を掛ける。
仕事中は基本的には喋らないようにしている慶次だが、それが常連客ともなると話が違ってくるようだ。
スープを出汁で割って味を確かめながら、そのサングラス越しの視線はアンの様子を捉えていた。
人見知りしがちで、知り合いも少ないアンではあるが、流石に毎日のように食べに来ているラーメン屋の主人ぐらいは覚えていたのか、ハッと顔を上げると、困ったようにおずおずと切り出す。
「…………。……ラーメン美味い」
「おう、ありがとよ」
「…………。……犬も食うか?」
「俺のラーメンの被食範囲は全生物が対応だ。犬だろうが猫だろうが、ほっぺた落っことすぜ?」
「…………。……ほっぺた落ちたら困る」
「それぐらい美味ぇってことだ。……で、どうするんだ?」
「…………。……いつもの。……あと、犬用の奴も」
「あいよ」
慶次は短く答えると実にテキパキとした動作で丼の中に自分の世界を作っていく。
この一ヶ月、一日も休むことなくラーメンを作り続けることで習得された技巧だ。
当初はラーメンを作る行程のひとつひとつを一々口で反芻しなくては行えなかったほど戸惑っていたものだが、今では一つ先の行程の準備を済ませながら、淀みなく作業が行えるようになっていた。
だが、慶次はそんな自分の技巧に満足などしてはいない。
客を待たせることなく、ラーメンを作れるのなんて当たり前の行為なのだ。
本題はラーメンの味で、如何に客を感動させられるか――、それが肝要だ。
――精魂込めて作った珠玉の一杯。
それを、慶次は持ち易いように岡持の中に入れてやる。
「食い終わった後の丼はちゃんと返せよ」
「…………。……これ?」
「犬と食うんだろ? 店先で食われてもこっちとしても困るからな。持ってってやれ」
「…………。……ありがと」
「代金はいつも通り、浩助につけとくぞ」
「…………。……うん」
力強く頷いて、アンは岡持を持ったまま行ってしまう。
その後姿はまるで、配達をする中華料理屋の店員のようだ。
「……店を持ったら、バイトでも雇ってみるか」
慶次は人知れず、そんなことを呟くのであった。
●
「…………。……居た、ルーベンス」
町中を歩くこと暫し。
アンは目立つ金色の毛並みを見つけて足を止める。
何処で落ち合うなどは決めていなかったのだが、それでも出会ってしまう引力に、アンは少しだけ表情を和らげていた。
「…………。……御飯持ってきた。……一緒に食べよう」
岡持を差し出してそう告げるアンだが、犬の様子が何処かおかしい。
犬歯を剥き出しにし、低く唸ってアンに敵意を向ける。
「…………。……ルーベンス?」
次の瞬間、犬は大きく吠えるなり、アンに跳び掛かってきた。
岡持が宙を舞い、無骨な音を響かせながら地面に激突して転がる。
町行く人々が何事かと目を見張り、それが年端もいかない少女に犬が襲い掛かっているのだと分かると、途端に懸命になって動きをみせ始める。
「うわ! 犬が女の子を襲ってるぞ!?」
「武器だ! 武器持って来い! 犬を女の子から引き剥がせ!」
「――って、被害にあってるのアンちゃんじゃん! あっち行け! この馬鹿犬!」
「や……、やめ……」
犬を追い払うため、武器を持って人々が集まってくる。
その光景に、アンは顔色を悪くするが、人々はそんな様子のアンには気付かない。
更には、間の悪いことに、犬も武器を持った人々に襲いかかり始めるのであった。
「だ、駄目! ルーベンス!」
アンは必死で叫ぶが、その声は犬を倒せと一丸となる人々の耳には届かない。
それどころか、アンが襲われたと思う人々は、アンを守ろうと必死にアンを犬から遠ざける。
「大丈夫、アンちゃん? 怪我はない? 今、お薬取りに行ってるから、もう少し我慢してね」
「怪我なんて……、ない……」
弱々しい声でそう呟くアンは、人々に追い払われる犬がふと自分に視線を合わせた気がして、ハッと息を飲む。
その視線は、子の成長を望む親の視線のようでもあり、またアンを通して何かを見ているかのような深い視線であり、一概にはコレと断定できない不思議な視線であった。
やがて、犬は踵を返して行ってしまう。
追わなければ……。
そうしなければ、もうあの犬とは二度と会えない……。
アンはそんな気持ちに囚われるが――。
「大丈夫か、アンちゃん?」
「怪我はない?」
「私、有馬君のところに連絡してくるね!」
――人々が本気で自分を心配してくれているその表情と、去り際に犬が見せた表情を見て、アンは自分の中の膨れ上がる感情を静かに飲み込む。
「…………。……ありがとうございます」
彼女はしっかりと頭を下げる。
町の人々と少しだけ縮まった距離をもう少しだけ縮めるために、自分からちょっとだけ歩み寄ってみせる。
そう、それが多分――。
(…………。……多分、それがルーベンスの願いだから)
ルーベンスの最後の視線を思い返しながら、アンはそんなことを心の中で思うのである。
●
湖畔の森の郊外――。
そこまで逃げてきた金色の毛並みをした犬は、追ってくる者がいないことを確認した後で、くたりとその場で仰向けになっていた。
犬にしては珍しい行動ではあるが、疲労からそうしたわけではない。
金属同士がこすれ合う小さな擦過音が聞こえ、ゆっくりと犬の腹が割れていく。
やがて、犬の腹が大きく縦に割かれたかと思った瞬間、その内部からゆっくりと華奢な腕が突き出してきていた。
「はぁ~♪ 有馬君とじゃれ合っちゃったよぅ~……、最高だったよぅ~……♪ ついでに有馬君の願いも叶えちゃった♪ 喜んでくれるかなぁ~♪」
汗だくながらも非常に良い笑顔をした川端棗の顔が犬の腹から飛び出してくる。
この少女のストーカー魂は、ある意味常識すらも打ち破る方向性にあるらしい。
「――って、何やってるのぉ、私ぃ!? 超気持ち悪いんですけどぉぉぉぉぉっ!? こんな痛い子だって知られたら、有馬君に嫌われちゃうぅぅぅぅっ! 嫌ぁぁぁぁぁっ! それだけは嫌ぁぁぁぁっ!」
身悶える棗。
どうにも驚天動地を地で行く彼女にも常識というものは存在しているようではあった。
超リアルな犬のきぐるみを作ったり、強くなったはずの町の住人(複数)を相手にきぐるみで立ち回ったりしていることからも分かるように、棗さんのステータスは割と良い方だったりします。




