63、繁盛ファイト
「有馬君、ちょっといい?」
別の日のこと――。
浩助が、日課のスキル講習会と建築作業を終えた所で、伊角真砂子教諭に呼び止められた。
何事かと思い、浩助は神妙な面持ちのまま真砂子の呼びかけに応える。
「何だ? 真砂子センセ? 町作りに何かマズイ点でもあったか?」
当初の予定通り、キルメヒアと浩助を主軸にした湖畔の町の町作りは順調に進んでいた。
当初はだだっ広い野っ原に建物が点在するだけの空間だったのが、今では大分、村と呼べる程度に建物が揃ってきているのだ。
キルメヒアが眷属で守り、浩助が建築していく町――。
その建物の一つ一つは、一癖も二癖もある建物なのだが浩助は気にしないことにしていた。
そもそもからして、浩助が建てた旅館からして方向性がおかしい。
今になって、普通に役場でも建てたら良かったかな、と後悔しているぐらいだ。
そんな少し侘しい町並みの中、浩助はとりあえず真砂子をエスコートすることに決めたようだ。
目の前にある店を指差して示す。
「まぁ、とりあえず、立ち話も何だから、そこの喫茶店に入らねぇ?」
「あら、此処は……」
ログハウス風に造られた店の周りには、目立つように『ステータスアップ効果有り! コーヒーの美味い店!』との幟が複数立てられている。
そんな店内は、それなりに盛況らしく、今も二人の男子生徒がホクホク顔で出てくるところであった。そんな彼らの声が聞こえてくる。
「やっぱ、この味なんだよなぁ……。何ていうの? 苦さの中に渋みと、ちょっとピリっとくるものがあるっていうか……」
「それが、毒って奴なんだろ? でも、珈琲に混ぜてるせいか全然気にならないし、更にステータスが恒久アップとか……、少し割高だけど、ちょいちょい来ちまうよなー」
「しかも、柳田先輩のあの爆乳な……」
「あんなの強調されて珈琲淹れてくれるのなら、通わざるを得ないよな……」
二人の男子生徒は、真砂子と浩助の存在に気付くことなく行ってしまう。
浩助は少しだけ真砂子の様子を心配するが、彼女はこめかみに青筋を浮かべているぐらいで、特に怒り出すような様子はなかった。
……いや、割りと臨界点に近いのかもしれなかった。
「繁盛しているようね、この店」
「珈琲飲むだけでステータスアップだしな。しかも、珈琲なんて嗜好品がおいてあるのは、この湖畔の町では此処だけだろ。だから、人も集まる」
「でも、そのステータスアップのカラクリは、毒を摂取することなんでしょう?」
真砂子は渋い顔だ。
そういえば、その事を最初に発表した時、一番に反対の意見を挙げていたのが真砂子であった。
浩助は別に問題ないと考えていたのだが、真砂子の反論と一部生徒の間から反対意見が出たため、最初に考えていた『望む者の食事に毒を混ぜて提供する』という形から、『毒を混ぜた珈琲が飲める店をオープンさせる』という形に落ち着いたのであった。
そして、その店は昼間に飲みにくる生徒がいるくらいには儲かっているようだ。
「喫茶店、というか、毒を珈琲に混ぜて提供しようってアイデアは有馬君が考えたそうね?」
「珈琲は味が強ぇからな。料理に混ぜるよりは誤魔化しが利くと思ったんだよ。でも、珈琲に似た味の飲み物を作り出したのは、美丘と柳田だぜ? アイツらスゲーよ。錬金術とかも使ってはいるんだろーけど、こっちにある物でちゃんと地球の味を再現しちまうんだもんな。俺には真似できねーよ」
「そうね。彼女たちの努力は素晴らしいわ。町のためを思って動いてくれていることも考えると尚更ね。……あら、そういえば、水原さんの姿が見えないわね?」
「水原なら……」
浩助は足元の影に視線を落とす。
今日は朝のスキル講習会に参加して以来、沙也加は影の世界へ潜り込んでいる。
刀と人間の形態を交互に取ることで、瞬時にステータスが完全な状態に戻る沙也加にしてみれば、誰に邪魔されるわけでもなく、延々と修行に打ち込むことができる影空間はまさに望ましい世界だったようだ。
その中であれば、浩助の存在を気にすることなく色んなスキルや技を磨くことができる。
本日は、夜になるまで影空間の中で過ごすということだったので、呼ばない限りは顔を出さないことだろう。
「今日は日暮れまで影の中で修行するって言ってたけど……。呼び出した方がいいか?」
「そういうことなら、邪魔しちゃ悪いわ。とりあえず、日も照っていることだし入りましょう」
「そーだな」
浩助は真砂子を連れ立って喫茶店に入っていく。
「いらっしゃいませッス! ――って、有馬先輩に伊角先生じゃないッスか! あまり見ない組み合わせッスね? 逢引きッスか?」
「冗談を言っている暇があるなら、席に案内してくれると嬉しいんだけどね? 美丘さん?」
「先生、目が笑ってないッスよ……。カウンターでいいッスか?」
「テーブルが良いと思うんだが……、空いてねぇのか」
そこそこに繁盛している店なだけあって、テーブル席は満席のようであった。
浩助たちは仕方なくカウンター席に隣り合わせで座る。
「あ、有馬君に真砂子先生」
「おう、柳田。儲かってるみてーじゃねーか」
「じょ、上納金の催促ですか? そ、そういうのは少し待って頂けたらと……」
「おう、先月もその台詞聞いたぞ? いいから、耳揃えて出すもの出せや――って、違うだろ! 何で普通の挨拶してんのにそんなヤクザみたいな対応されなきゃいけねぇんだよ!」
「うぅ、顔が怖すぎてつい……」
「つい、の理由が酷すぎやしませんかねぇ!?」
「あ、そんな事より注文決まったッスか?」
「お前はお前でマイペース過ぎんだろ!? ――あ、珈琲(毒)ひとつ」
「有馬先輩には言われたくないッス。伊角先生の方は?」
「あ、じゃあ、私もそれで頼むわ」
メニューとのにらめっこを早々に切り上げ、真砂子はそんなことを言う。
真砂子が珈琲を頼んだことを受けて、その場に居た者たちの視線が彼女に集まる。
その視線は、あれだけ反対していたのに頼むのか? といった疑惑に満ちたものだ。
だが、真砂子は――。
「可愛い教え子が努力して作り出したものを飲まないわけにはいかないでしょ?」
――そう言って、薄っすらと微笑むのであった。
●
珈琲が運ばれてきたのは、それから三分もしない内だ。
浩助は出された珈琲に早速口を付けて喉を潤す。
本来はチビリチビリとやるタイプなのだが、話をしていた為に喉が乾いてしまったのだろう。
半分ほどを一気に呷ってから、一心地ついたとばかりに吐息を漏らしていた。
「――で、真砂子センセが俺に話って言うからには、冒険者ギルド関係の何かか?」
「……そういうのが多かったから、そう思われるのも仕方ないと思うけど、今回は違うのよ」
そう言って切り出した真砂子は一枚の紙片を取り出してカウンターへと置いていた。
そこに記載されていたのは、浩助がこれまでに行ってきたスキル講習会の内容と、スキルを習得したことによるステータスの上昇値などの細かなデータである。
数字が苦手な浩助は思わず、うっと呻く。
「ふぇ~、これ全部、伊角先生がまとめたッスか?」
当面の注文が捌けて暇なのか、琴美も話に割り込んでくる。
真砂子は琴美の言葉に小さく頷いていた。
「えぇ、有馬君が教えてくれた習得方法と、ステータス上昇の傾向をまとめたのだけど、今のままだと当初の予定である、ランクCの冒険者になるのは難しいと思うの」
「そうか?」
浩助が毎朝教えているスキルの講習内容は、前日にねこしぇに頼んで、覚えやすそうなものを適当にチョイスしているだけだ。
その結果、何がどれくらい上がるのかは知ってはいたものの、一ヶ月トータルで見た時のステータス上昇値の予想値などは算出できていない。
言うなれば、行き当たりばったりなまま、スキルを習得しているといったところだろう。
どうやら、真砂子はそれを危惧しているようだ。
紙に書かれたステータス上昇値は、HPやMPが主で、魔法攻撃力や速度などのステータスはほとんど上昇しているようには見えない。
「えぇ、そうよ。でも、有馬君はその目標を達成したいのよね?」
「まぁな」
「だったら、今日中にスケジュールを立てましょう」
「へ?」
「私、教師になった時から授業のスケジュールを立てるのだけは得意だったのよ。私も協力するから、皆がCランク冒険者になれるようなカリキュラムをきちんと組みましょう?」
「いや、でも、真砂子センセは冒険者ギルドの仕事とかも……」
「その辺は、きちんと引き継いできました。だから、今日の午後はちゃんと空いてます。北山先生にもそう言ってありますから」
「えーっと……」
浩助は何だか面倒臭そうなことに巻き込まれていることを察して救いの目を向けるが、美優も琴美も生暖かい視線を返すだけだ。
「一応、毒入りじゃない珈琲も用意しておくね?」
「有馬先輩、ファイトッス! これが終われば、この町もひとつ発展の道を歩む事になるッス!」
「テメェら、他人事だと思って……!」
恨み言を呟くが、笑顔で躱される。
何よりも目の前にいる真砂子の表情がやる気に満ち溢れていた。
普段は頼りない教師なのだが、自分の得意分野に関しては何者にも譲らない強さがあるようだ。
「それじゃあ、始めましょう! 有馬君! 来月からは有馬君一人でも作れるようにきちんと教えてあげるから頑張りましょう?」
「何でこういう時に限って、水原がいねぇんだよぉぉぉぉ……」
浩助の沈んだ声は影の世界にまで届きそうなぐらい絶望に濃く彩られていたのであった。




