61、狂速ティキン
「今頃は、二軒目の建物が造られてる頃か。……良かったのか、こっちに付き合っちまって? テメェの名が呼ばれてるかもしれねーぞ?」
鬱蒼と茂る森の中、膝丈まで伸びた草を踏み倒しながら、慶次は後ろを振り返ることもなく、そう声を掛けていた。
何もしていなくても薄っすらと汗ばむ熱帯林の蒸し暑さは想像以上で、普段から涼しい表情を崩さないはずの慶次ですらも、若干の不快感を示している。
そんな慶次の黒皮のジャケットの背を見ながら、『彼』は興味もなさそうに答えを返す。
「名前を呼ばれてもパスするつもりでござったからな……。居ても居なくても変わらぬでござるよ」
彼こと、田中則夫は何処か冷めたようにそう答える。
慶次としては単独での戦闘がまだキツイため、そう言って貰えるのは有り難かったのだが、則夫の態度が一時期よりも改善されたとはいえ、その冷めた物の見方には、何処か違和感を覚えざるを得ない。
さして親しい間柄であったわけでもないが、この態度がこの男の本来の態度でないことぐらいは慶次にも分かった。
「そうかい。そりゃ有り難ぇが、それならそれでどうして俺に付いてこようと思った? 拒否っても良かったんだぜ?」
「拙者が苦しい時に、国崎殿は声を掛けてくれたでござろう? なら、国崎殿が困っている今、拙者が助けるのは当然でござろう」
「恩を着せるつもりはねぇんだがな……」
「……ならば、こう言えば良いでござるか? 裏切られる痛みを知ったから、少しでも人の期待を裏切りたくはなかったのでござるよ」
則夫の目が一瞬何よりも昏く濁る。
その気配を察したわけではなかろうが、慶次は「そうかい」と同調した後で苛立たしげに地面の草を踏み潰す。
「なら、少しでも強くなることだ。……そうだな、浩助ぐらいになれば多少はマシになるかもな」
「……何を言っているでござる?」
「他人の期待なんざ、背負うもんじゃねぇってことだ。テメェが潰れんぞ。……それが嫌なら強くなれって話だよ。まぁ、強くなったらなったで……」
慶次は何処か実感の篭った言葉を吐き出しながら、拳を振るう。
鋭い風斬り音を残して走った拳は、三度軽く宙を引き裂いて止まった。
恐らく、普通の生徒が見たのであれば、それはたった一度の攻撃にしか見えなかったことだろう。
それだけ、慶次の格闘スキルは突出している。
「碌なもんじゃねぇけどな……」
「それでは、拙者は一体どうすれば……」
「他人がどうとか、他人の為にとかじゃなくてよ、とりあえず主体を持って行動しろよ。それが、他人に揺らされねぇぐらいしっかりしてれば、他人の動向なんざ大抵どーでも良くなる」
「それは、傲岸不遜という奴でござるか?」
「他人のために献身的に、とか言い出す胡散臭い奴よりマシな考え方だろ」
「…………。国崎殿は、どちらかと言えば牧師や教師のような、相談に乗るような仕事に就いた方が良いような気がするでござるな」
「馬鹿野郎。俺の夢は世界一のラーメン屋だ。ベガスで店出すのが夢なんだよ。公務員なんかになってたまるか。――と、居たぜ。叉焼の元だ」
草を掻き分けた先に、哨戒中だったらしいオークが三体とゴブリンが三体いた。
森の統率者を倒したにも関わらず、未だ森の中には野生の魔物が良く徘徊している。
一時間も見回れば、二度は戦闘になる程に魔物の数は多い。
だが、それは逆にいうと、魔物が落とす資源にも事欠かないというわけで……。
ある程度の戦闘力がある者にとっては、そこそこオイシイ話ではあった。
「んじゃ、行くぞ、ノリオ。なるべく、食う所を減らすような戦い方はすんなよ」
「魔法の威力は極力抑えるつもりでござるよ。小鬼の方は一掃して構わんのでござろう?」
「そいつには用はねぇ。好きにしろ」
「そうでござるか。……では、拙者も少し我を出していくでござるよ。……スキル『狂速』」
次の瞬間には、ゴブリン三体が一斉に吹き飛び、その体は体液を撒き散らしながら樹の幹にぶち当たって止まることになるのだが――、それが浩助が多数所持しているカース系スキルと呼ばれているものだということに、慶次は気付かないのであった。
●
「さぁて、それじゃあ、今日もスキルを教えてやるか。覚悟は良いか、アン?」
「…………。……うん」
本日二軒目の建物――、マッドブル用の牛舎を作った後で、浩助は今日も今日とて、アンに修行を付け始める。
本日の修行も厳しいものにする予定だ。
今回もアンのやる気が続く限り実施して貰い、スキルを磨いていくことになる。
その為の準備として、浩助は肩に乗っていたねこしぇをアンに渡す。
「アンよ、とりあえずねこしぇを持っていけ。そして、お腹が空いたなら俺お手製のフライドティキンを取り出して食べると良い」
「…………。……うん」
「そして、それともう一つ、今日はお前に俺のパーティーとなってもらう」
「…………。……嫌」
「ははは、そうだよな。いきなりパーティーに入れって言っても胡散臭くて嫌だよなぁ。全然信頼築けてないもんなぁ……。……うぅ、水原、俺泣いていい?」
「ハンカチなら貸すわよ?」
沙也加の気遣ったような表情が心に痛い。
浩助はぐっ、と涙が零れそうになるのを我慢しながら、アンが納得できるようにきちんと説明する。
むしろ、それを先に言っておけという話なのだが、アンの浩助への信頼度がどの程度のものなのか、計りたかった部分もあるのだろう。
結果は見るも無残ではあったが、浩助は気を取り直して続ける。
「いいか。俺とパーティーを組むことによって、スキル成長二倍という特典がある。それの恩恵を受けることによって、アンのスキルは飛躍的に伸びやすくなるのだ!」
「!?」
「どうだ? これでもパーティーを組むのは嫌か?」
アンは素早く首を横に振る。
実に分かりやすいお子様である。
「よし、ではパーティー登録の仕方を教えると共に、本日習得するスキルの名前も教えておこう! 今回、アンに習得して貰うのは、気配遮断のスキルだ! これのスキルレベルの上げ方は――」
かくして、浩助による気配遮断スキルの講座が開かれる。
真面目なアンはその講座を熱心に聞き込み、浩助のアドバイスに従って行動を開始するのであった――。
●
「しっかし、スゲーな。相当減ってんじゃん。昔は五分に一回は魔物に襲われたってのによ」
「聖魔の森も、トロール同士の抗争で多くの魔物が死んだみたいだからな。今は縄張りを守れる頭数もいねぇし、やりたい放題って奴よ。この期に乗じて一気に俺たちの縄張りを広げちまおうぜ?」
深夜の森の中を、気配も隠さずに我が物顔で歩く者たちがいる。
狼の頭を持った二足歩行の獣人。
狼人と呼ばれるそれらの個体は、時折現れるオークやゴブリンといった下位魔物を蹴散らしながら、聖魔の森の只中を悠々と歩いていた。
彼らの元々の棲家はこの聖魔の森ではなく、ひと山隣の森の中なのだが、最近流れてきた噂を聞いて、この森にまで進出してきたのである。
曰く、聖魔の森に棲んでいた最大戦力であるトロール族が滅びた――。
長年、縄張り争いを続けてきた狼人族としては、その吉報を聞いて喜ばぬわけがなく、そしてその話が本当かどうかを確かめるために、進出してきたというわけである。
いや、進出などという生易しい話ではない。
それは、制圧だ。
主を失った聖魔の森の魔物たちを全て隷属化し、山一つ分を支配下に置く。
それは、ワーウルフ族の悲願であり、それが成った暁には、ワーウルフ族は他の魔物たちにも対抗できるだけの強力な戦力を得ることなる。
彼らは、そんな重要な任の斥候として、この森に送り込まれたのであった。
「……って、おいおい。スッゲーウメェ話なのに、何でテメェはそう暗いんだよ?」
盛り上がる二頭の獣人から少し離れて歩く一頭の獣人。
彼ら、三人が斥候として送られてきたわけなのだが、その最後の一頭の獣人の尻尾はどこか不安げに丸まっている。
「……聞いてねぇのかよ」
「はぁ? 何が?」
「……影の化物の話」
「影の化物? 何それ?」
二頭が足を止め、訳がわからないという顔をしてみせる。
最後を歩いていた一頭も足を止めて、怯えたように周囲を見回す。
「この辺を取り仕切っていた、スイレンとエインジャは知ってるだろ?」
「知ってるも何も、アイツらが共倒れになったから、この縄張りが空いた――」
「違ぇよ! アイツら二人共殺されたんだよ! ワケの分からねぇ、影の魔物って奴に!」
「はぁ? 何だそりゃ?」
寝耳に水とばかりに、ワーウルフの二頭が牙を剥いて驚く。
一見すると威嚇しているようにも見えるが、彼らとしては驚いているのだろう。
情報を持つ三匹目の次の言葉を待つ。
「俺も詳しくは知らねぇ……、ただ、命からがらこの聖魔の森から逃げ出してきた魔物が言っていたんだ。聖魔の森には近付くな……、嗤いながら魔物を狩る影の魔物が出る……、奴に出会ったが最後、肉の欠片すら残さずに死体が消えちまう……、そんな事を言ってやがったんだ」
「おいおい、俺たちをビビらせようと思って、話を――」
盛るなよ、と言おうとした所で、獣人の一人がハッと背後を振り返る。
「? おい、どうした?」
「今、何か物音がしなかったか?」
「葉擦れの音じゃねぇの?」
「そんなんじゃねぇ、もっとこう足音っていうか――、ひぃッ!?」
突如、変な声を出す獣人に驚き、二頭は思わず変な声を出した獣人の視線の先を追う。
だが、そこには暗い森の空間が広がっているだけであり、何かが居るような気配はない。
「? 何もねぇじゃん。何だよ、今の声?」
「い、居たんだよ! 今! 真っ青な顔した女がこっち見てニタリと笑ってやがったんだ!」
「いや、馬鹿、冷静になれ。こんな夜中に女が一人、森の中をうろつくわけねーだろ。きっと見間違いだって」
「見間違いじゃねーよ! 絶対に居たんだって!」
「……影の魔物、か?」
ボソリと呟いた、三頭目の獣人の言葉に二頭は動きを止める。
いや、まさか、という思いと、馬鹿馬鹿しいという思いが混ざり合った視線で、二頭は三頭目を見つめ――。
――そして、言葉を失う。
少女が見ていた。
月明かりに鈍く輝く銀髪に青白い顔をして、そして目は赤く爛々と光っている。
そんな少女は、表情に乏しい顔のままに、すっと暗闇の中に消えていく。
「で、出たぁぁぁぁぁぁ――――ッ!?」
「ば、ば、ば、馬鹿野郎!? ありゃあ、人間だ! 追いかけて捕まえるぞ!」
膝が震えているのを隠すように、闘志の折れていない獣人が叫ぶ。
だが、彼は分かっていた。
人間はあんなに青白い皮膚をしていないし、それに目もあんなに赤くは光っていない。
もし、あの少女が件の影の化物と同一の存在であったとしたら、これから手を出そうとするのは、自殺行為にも等しいのではないだろうか。
――そんな思いが、一瞬、獣人の頭の中を支配する。
(だだだ、だが、俺は斥候! こんなワケのわかんねーもんでビビビ、ビビるわけには……!)
パキっと獣人の足元で何かが鳴った。
暗闇の中でも、ある程度は見える獣人の視線は、自然と自分の足元へと向き――。
――そこに散乱している白い骨の山を見る。
(奴に出会ったが最後、肉の欠片すら残さずに死体が消えちまう……)
「て、撤退! 撤退だぁ! 影の魔物が出たぞぉぉぉぉぉ!」
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
三頭のワーウルフ達は慌てて、森を走り抜けていき、森の奥で息を潜めるようにしていた少女は、ねこしぇの収納スキルを利用して、フライドティキンを取り出して食べ始める。
「…………。……失敗」
肉の部分を綺麗に食べ終えた少女は、骨しか残っていないフライドティキンをその場に投げ捨て、次の目標を探して歩く。
「…………。なかなか、人に見つからないように隠れ潜むの大変」
気配遮断スキルの習得の副産物として、ワーウルフ族の侵攻が阻まれたことを知る者はいない……。
●
そして、旅館の一室での会話――。
「ちなみに、チキンなんて良く手に入ったわね。鶏肉の調達が難しかったから、調理班がワニ肉とかで代用してたのに……。やるわね、有馬」
「いや、フライドティキンは鶏肉じゃないぞ?」
「え? フライドチキンでしょ?」
「いや、ティキンだって。ティキン」
「…………。……ちなみに、そのティキンって何なの?」
「蛇の魔物。味は殆ど鶏肉だな。ちょっと鶏肉よりジューシーさが足りないけど」
「あ、うん。……それを、アンちゃんに食べさせたんだ?」
「悪食スキルが付いたら、アンも喜ぶだろ?」
「アンタの基準、良く分からないわ……」
そんな会話があったとかなかったとか……。
真実は闇の中である。




