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フラれて自暴自棄になっていたところを異世界召喚された結果がコレだよ!  作者: 荒薙裕也
第三章、不良に好き勝手に町を作らせたら、想像以上に自由過ぎる町になっちゃった結果がコレだよ!
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59、涅槃師匠

「うおおおおっ! 浮いてる! 浮いてるぞ! ラーメン屋の屋台が浮いてるぞぉぉぉっ!」

「有馬、五月蝿(うるさ)い」


 沙也加に窘められるも、浩助の興奮は留まることを知らない。


 それもそのはずで、彼の目の前には空中にバイクと共に浮かぶラーメン屋の屋台があったのだ。


 これを見て冷静でいろというのもなかなか難しい。


「これなら、向こうの学園でもラーメンを売りに行けるし、情報交換も楽になりそうだな! 慶次、グッジョブだ!」

「俺は、単純に自分の商売のためだけに作るのを頼んだつもりなんだが……」


 だが、その言葉は浩助の耳には届かないのか、彼は興奮した様子ではしゃぎ回る。


 そして、一通りはしゃいだ後で、真顔に戻ると、ズバリと慶次に尋ねる。


「ちなみに、空中でラーメンを食わせてくれたりする予定はないか? アンと二人で食いてーんだが?」

「俺の立つ場所がねぇよ。作れるわけないだろ……」

「欠陥品じゃねぇか!? 立つ場所取り付けっぞ!?」

「やめろ! 引くのに邪魔になる! それに、俺の相棒はテメェの玩具じゃねぇ!」


 慶次の思いがけない抵抗にあい、浩助の『アンとの空中ラーメン遊泳~煌めく琥珀色は()の訪れ~』作戦は見事に失敗に終わる。


 浩助としては、一世一代の大勝負に敗北したような気持ちになったのだが、すぐに普通にラーメンを食べに誘えば良いことに気付いたのか、にんまりと御機嫌に笑って手を叩いていた。


「ぃよしッ! テメェら! 今日の建築作業はここまでだ! 後は自由にしてくれ! 解散!」

「……自由って言われてもなぁ」


 困ったような調子で呟いたのは拓斗だ。彼はどうしたものかとばかりに頬を掻く。


 体感の時間感覚ではまだ午後の三時くらいだ。


 寝るには早いし、だからといって遊べるような施設もない。


 どうやら、自然と生徒たちの自主性が試される場が作り上がってしまったらしい。


「んー、そうだなぁ。じゃあ、俺は慶次の調理器具でも作ってみるか。おーい、慶次ー」


 拓斗はそんなことを独りごちながら、慶次に駆け寄って行く。


 その辺は、本当に各々の裁量なのだろう。


 美優や琴美が食料の調達に向かうと言えば、護衛代わりにキルメヒアと則夫が付き合わされ、リリィやベティが娼館の内装を整えたいと言えば、有志の男子生徒が集って何やら作り始める。


 慶次は慶次で拓斗と相談して調理器具の調達を頼んでいたし、洛は異世界武道館に興味津々なのか、影分身に混ざって建築に加わっている姿も見えた。


 アスタロテはリリィとベティの娼館の手伝いをするのか、クッキー皿とティーセットを収納スキルで収納してから移動し始めていたし、ウエンディは動き足りないのか、少し森で魔物を狩ってくると言って森の中へと行ってしまう。


 北山は図面を引くために旅館へと戻り、真砂子はくたびれた表情を見せながらも、今日実施したメニューをまとめようと、色んな生徒に声を掛けて熱心に情報を収集していた。


 そうやってアクティブに動くものがいるかと思えば、一日の仕事は終わりとばかりに旅館に戻っていく朗のようなものもいる。


 そして、此処に一人、物言わぬままに浩助を見つめる少女がいた。


「…………」


 ――アンである。


 彼女は何かを言いたげな視線で、それでも遠慮しているのか、言葉を発することなく浩助を見つめ続ける。


 結局、その意図は伝わらず、浩助は「何か用か?」と尋ねてしまう。


 どうやら、彼女にはそれが不満だったらしい。


 浩助の疑問に答えることなく、プイと横を向いてしまった。


(不機嫌な時の汐の態度にそっくりだ……)


 本当に本人じゃないんだよな? と心の中で思いながらも、浩助は心当たりがないか探り出す。


 ……あった。


 とんでもなくデカイ心当たりがあった。


「もしかして、スキルを教えろ、とか言いたいのか?」


 ちらっ、とアンが浩助に視線を向ける。


 どうやら、正解のようだがヘソは曲げたままらしい。


 仕方ないなぁ、と浩助は嘆息を吐き出しながらも、真面目な顔を作り出す。


 ここでふざけてしまうと、汐の場合は益々ヘソを曲げてしまっていた。


 そんな前例を頼りに、浩助はなるべく真面目なトーンで声を出す。


「アン……、それが師匠に教えを請う態度か?」

「!?」


 それがとんでもなく魅惑的な響きに聞こえたのか、アンの機嫌はころりと変わっていた。


 それこそ、近くで見ていた沙也加が思わず苦笑してしまうほどだ。


「……ししょー? ……ししょー……。 ……ししょーッ!」

「そうだ、俺が師匠だ!」


 ビシっとアンに指をさされるも、少しもむっとすることなく浩助は胸を張る。


 ちょっと気難しい弟子ではあるが、彼女に色々と教えてあげるのは吝かではない。


 勿論、浩助の妹に姿が似ているというのはあるが、彼女も色々と不憫なのだ。


 その不憫な背景を過去の自分と重ねてしまい、浩助としては何となく放っておけない気分になっていたのである。


 だからこそ、遊びではなくアンを鍛えるのは本気だ。


「よし、アンよ! お前は今日から俺の弟子だ! 分かったな!」

「…………。……うん」

「よしよし。では、弟子よ! 俺にお前を撫で撫でさせてくれ!」

「……嫌」

「なぁぁぁぁんでだぁぁぁぁぁッ!?」

「…………」


 どうやら、師匠の威光もアンにはあまり通じなかったようである。


 浩助は自身の最近の行動をひっそりと省みつつ、コホンとひとつ咳払いをする。


 それで誤魔化せたのかは、アンの半眼を見れば分かろうというものである。


「――まぁ、冗談は置いておいてだ」

「冗談じゃなかったわよね?」

「水原さん? 置いておいたモノをこっちに持ってこないでくれますかね?」

「はいはい」


 実に楽しそうな笑顔を見せる沙也加。


 ――ああいう時は、悪ノリしている時の顔だ。


 浩助もずっと近くに居てようやく分かってきた。


 沙也加の機微を意識の片隅に入れながら、邪魔をされないように手早く要件を済ますことに務める。


 説明が長くなると茶々を入れてくる……気がする。


「良いか、弟子よ! 今日、お前に教えるスキルは、俺がスキル習得を本格的に始めた頃に、一番最初に覚えたスキルだ! これを覚えることによって、お前のMPは飛躍的に増大することだろう!」

「…………。……うん」

「長くやればやるほど効果的だからな! 頑張ってやれるところまで続けてみろ!」

「…………。……うん」

「それじゃあ、スキル名から言うぞ! スキル名は精神修養! スキルを覚える方法は――」


 かくして、浩助はアンにしっかりと精神修養のスキルを覚える方法を教えていく。


 素直なアンはその言葉通りにきっちりと教えを覚えていき、そして――。


     ●


 日もとっぷりと暮れ、月明かりが湖畔の町を優しく照らし出す中、ひっそりと足音を殺して歩く三つの人影があった。


「マジで、今日からオープンだって?」

「内装の手伝いした奴がそう聞いたってさ」

「マジかよ~、どんな内容なのかな? やっべぇ、いきなりオプション付けるか迷うわ」


 煩悩に塗れたイヤらしい笑みを顔に貼り付け、男たち三人は旅館を離れて、建築されたばかりの娼館へと足を向けていた。


 こういった行動を取っているのは別に彼らだけではない。


 男子生徒の半数程度は新規にオープンした娼館に興味津々であり、既に何人かは旅館を抜け出したという情報が入っているほどだ。


 そして、そんな男子生徒に負けじとばかりに、彼ら三人も息を荒くして、娼館への道を急いでいたのである。


 月明かりの中、黒く大きな二階建てのシルエットが見えてきており、その窓からは光石の光なのか、柔らかな光が漏れ出している。


 男たち三人の期待が否が応でも高まり、自然と声が震える。


「や、やべぇ、ドキドキしてきた……」

「べ、別に、本当にヤるわけじゃねぇんだよな? 夢なんだよな?」

「通い詰めたら、リアルも有りかもって噂だけど……。――ん?」


 男たち三人がひそひそと話す声が途絶える。


 彼らは、娼館の前になにやら座り込む小さな人影に気が付く。


 それは、ひどく優しい表情で、娼館の前で堂々と座禅を組んでいる。


 涅槃の境地に達したような顔は、何もかもを見透かしてしまいそうで、その表情を見てしまった男たち三人は、自分たちの煩悩を暴かれたように思ってしまい、途端に気恥ずかしくなってしまっていた。


 高まっていた気分も霧散し、何となく我に返る。


「えぇっと……」

「なんかさ……」

「うん……」


 彼らは一斉に力なく頷く。


「「「もっと真面目に生きよう……」」」


 そして、彼らは旅館に帰っていった。

 

 ――その日、華々しく営業を開始するはずだった湖畔の町の娼館の売上がゼロだったことを知る者は少ない。


 そして、翌日にリリィとベティに浩助が文句を言われてしまうことも蛇足として付け加えておく。

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