58、屋台四天王
「うーし、まだいけそうだな! この調子でもう一軒建てるぞ! 次の建物作成権利者は……」
浩助は収納スキルからあみだくじの紙を取り出し遡っていく。
そこには、妙に達筆な文字でこう記載があった。
「――国崎慶次!」
名前を呼ばれ、静かに視線を向けてくる慶次は、日中帯になり、暑い最中だというのにも関わらず、黒皮のジャケットを脱いでいない。
その額には珠のような汗が浮いているのかと思いきや――、本人は至って涼しい顔だ。
どうも、ラーメン屋でバイトをしている内に、暑いのには慣れてしまったらしい。
そんな慶次の名前が呼ばれたことで、自然と周りが騒がしくなっていく。
良くも悪くも、慶次は学園で有名人ということなのだろう。
「うわ、学園四天王の一人、国崎慶次かよ……」
「その拳で気に入らねぇ奴がいれば、どんな相手だろうとお構いなしだって聞いたぜ?」
「何か、デカイ組の若頭とかに気に入られてるんだとか何とかなんだろ? だから、どんな奴でも容赦なくぶちのめせるとかって――」
「怖ぇー、そんな奴が一体何作るってんだ? 組事務所とかだったら、俺、協力は無理かも……」
周りが好き勝手に噂話に興じる中、慶次は最初から決まっていたとばかりに呟く。
「――屋台だ」
「あん?」
「バイクで引けるラーメン屋の屋台を作ってくれ」
「…………。それは、ラーメン屋の店舗じゃ駄目なのか?」
「屋台の儲けで金が貯まったら頼むつもりだ。今は屋台でいい」
慶次のことを良く知る人間は仕方ねぇなぁと笑みを見せ、彼のことを噂でしか知らない人間は、意外そうな表情を見せる。
それだけ、彼も誤解されていることが多いのだろう。
まぁ、拳で何でも黙らせてきた事実は今更なので、彼には否定する気もないが……。
しかし、バイクで引ける屋台ともなると、色々と工夫が必要なのかもしれない。
特に、慶次のバイクは飛行機能が搭載されており、調理器具が落ちない工夫やバイクとの連結機能の工夫など問題部分も多いだろう。
そういった設計の部分に関しては、浩助などよりもプロがいるために、そちらに意見を尋ねることにする。
「よーし、拓斗に洛、空を飛ぶ屋台の設計に意見をくれ! 普通に造ったら駄目だよな?」
「まぁ、普通に造ったらバイクにぶら下がる感じの屋台になるんじゃないの? 色々と作ったスープとか垂れ流れちゃうんじゃないかな?」
「屋台にも、風火輪付けると多分浮くと思う! でも、風火輪のストックもうない!」
「……んー。じゃあ、中身がこぼれない鍋でも作るか? ……ってか、作れるか、そういうの?」
浩助が尋ねるが拓斗は断言はできないのか、言葉を濁す。
「ちょっと分かんないなあ、洛ちゃんはイケる?」
「んー、作ったことないけど、多分作れる。……でも、鍋って何?」
「そこからかよ!?」
浩助が頭の痛い思いで額に手を当てていると、一人の男子生徒がニコニコ顔で近付いてくる。
「やぁ、有馬君。お困りのようだね」
「――ん? あぁ、夏目か」
目を細めて笑う男の顔は浩助も見たことがあった。
確か、剣道部の主将にしてエースを努めてきた、三年生の夏目朗だ。
彼は沙也加にも挨拶を交わしながら、もし良かったらだけど、と切り出す。
「僕の原付きも確か――、ルゥちゃんだっけ? ――彼女に風火輪付きに改造して貰ったんだよね。でも、使ってないから必要だったら風火輪を持って行ってくれていいよ」
「そりゃあ、有り難い話だが、本当にいいのか?」
「勿論。……あぁ、でも、原付きは学園の方に置いてきちゃったからね。ちょっと取ってくるのに手間が掛かるかも……」
「問題ねぇよ! その距離だったら直ぐに行ける! 原付きの種類を教えてくれねーか?」
浩助は朗に原付きの特徴を聞くと、その場の人々に屋台の骨組みを作るように指示を出すと、沙也加を伴ってすぐに森に向かって駆け出していく。
後に残された人々は、そのフットワークの軽さにポカンと口を開け、その背を黙って見送ることしかできない。
この辺も速度のパラメータが関係するのだろうか。
何にせよ、浩助の行動力は、時折、人の常識の追従を許さない程にパワフルなようだ。
「思い立ったが吉日とは良く言うけども、まさか即行動とはね……」
細目のままに笑みを絶やさず、朗は全く笑っていない声音でそう呟く。
「あんな奴にこの町を任せといて本当に大丈夫なのかなぁとは思わないかい? 国崎君?」
「あぁ? 何が言いてぇ……」
慶次が凄むと、朗は怖い怖いとばかりに両手を上げて数歩後退る。
後退っていながら、その細目の奥が剣呑な光を放つのを慶次は見逃さなかった。
「同じ四天王だっていうのに、随分と有馬君に差を付けられてしまって、君は不満を持っていないのかなと思ってね? ちょっと聞いてみただけだよ」
「四天王なんて、学園の連中が勝手に名付けた渾名みてぇなもんだ。そんなもんに拘りなんてねぇよ」
「へぇ、人間ができているんだね、国崎君は」
凄い凄いとまるで煽るようにして手を叩く朗に、苛立ちを募らせたのか慶次は睨みをきかせる。
「テメェは一体、何が言いてぇんだ……?」
「別に意味なんてないよ。……ただね、僕も君と同じだから、もう少し分かり合えるかなと思ってね。少し話掛けただけだよ。でも、御機嫌を損ねちゃったみたいだから退散するね。あぁ、それと原付きに取り付けられていた風火輪だっけ? アレは本当に自由に使っていいから。商売が上手くいくことを祈っているよ」
ひらひらと手を振りながら、朗はその場を離れていく。
そんな背中を見送りながら、慶次は自分が人知れずに拳を握りしめていることに気が付いていた。
「何だ、アイツ……。チッ、気に入らねぇ……」
そんな言葉を吐き出しながら、慶次は屋台を作成するために木材を切り出している部隊へと混ざりにいくのであった。
●
「ねぇ、朗、良かったの? あんなに挑発しちゃって?」
女生徒が心配そうに見守る中、朗はどうということはないとばかりに笑みを深めてみせる。
「問題ないよ。ちょっとした挨拶のようなものだから。それに、君だって知っているだろう?」
朗は女生徒に近付くと、誰の目も憚らず、その女生徒の肩を抱く。
その強引な動きに、女生徒は逃げるどころか体を預けていた。
抱かれることを好んでいるわけではない。
朗が周囲に聞こえないように内緒話をする時はいつだって耳元で囁くようにすることを彼女は知っていたからだ。
だから、彼女は朗のするがままに任せている。
「――僕が彼らを認めることはあり得ないって」
「そうね。朗は、俺様主義だもんね」
「人聞きが悪いなぁ。僕は自分という個性を大事にするタイプなんだよ」
「ふふ、そういうことにしておいてあげる。……それで、本当にやるの?」
「いいや、まだ早いね」
笑っているように見える細目の下、ギラついた光が瞬く。
それは、成長する喜びを知った生徒たちのものよりも、深く、昏いものだ。
それを見た者は不吉な思いを抱くことだろうが、女生徒は陶然とした笑みを浮かべる。
彼女もまた、普通ではないということか。
「こういうものは、徐々にやっていくのが愉しいのさ。そして、気付いた時には手遅れになるぐらいで丁度良い。それに、付け入る隙はもう見つけているしね」
「さすがは朗ね。私、朗のそういうところ好きよ?」
「そうかい」
褒められながらも、朗の表情は緩まない。
彼は恐らく、自分以外の全てを認めていないのだろう。
それは、自身が抱いている女生徒でさえも同様だ。
顔は笑っているのだが、目は一切笑っていない。
「……しかし、誰が言い出したのかは知らないけど、全くもって不愉快だね」
「あら、またその話?」
「あぁ、今もずっと腹が立っていて仕方がないよ」
そこで、ようやく朗の目が見開かれる。
全体的に黒目の割合が多い瞳は、浩助の顔と比べても遜色がない程に凶悪な印象を与える。
普段は笑顔で誤魔化しているが、一皮剥ければその良い人然とした雰囲気は一瞬で霧散したことだろう。
むしろ、背に氷を突っ込まれたかのような寒気を覚える程の凶悪な面――。
朗はそんな自分の面相の凶悪さを知ってか知らずか、誰もが見ていないのを確認しながら、醜悪な笑みを見せていた。
「あんな奴らと一緒に、四天王とかいうのに数えられるのは我慢ならないんだよ……ッ!」
夏目朗――、彼もまた学園四天王と呼ばれる内の一人であった。




