55、ライブランク
「それで、記念すべき二番目の建築物を作る権利を得た水原は、一体何を建築したいんだ?」
小規模なものなら浩助が自ら動いて建築し、大規模なものなら影分身を使って建築してしまおう――、軽く腕の筋などを伸ばしてストレッチしていた浩助はそんなことを考えていた。
「それ、記念すべきっていう程のものでもないでしょ?」
最もな指摘ではあるが、今は大して意味のない指摘であることは沙也加も知っている。
暫し逡巡した後で、沙也加はポツリと零す。
「日本武道館」
「はい?」
「だから、日本武道館」
「あー、確かに旅館の隣に武道館があると、コンサートの帰りが遅くなっても安心だ――って、おい!」
浩助も思わずノリツッコミをしてしまうほどの惚けっぷりである。
目くじらを立てて、浩助は怒鳴る。
「俺の話、聞いてたか!? 木造建築二階建ての建物までって言っただろ!?」
「じゃあ、屋根は諦めるわ」
「うっわぁ~! 屋根が無くなって風通しも良くなって、まるで屋外球場みたい~! ――じゃねぇよ! どんだけ、デカい建物作りたいんだよ!」
珍しくノリの良い浩助に若干戸惑ったような表情を見せながら、沙也加の視線はアンに向いている。
――アンの表情は微動だにしていない。
多分、笑わせたかったんだろうなぁとは思ったが、浩助の誇りを傷つけかねなかったので、沙也加はあえて気付かないふりをしてあげた。
――水原沙也加、優しい女である!
まぁ、彼女の提案もそれに追随するものが多分にあったために、同情したというのが正しいのかもしれない。
沙也加はこれを言えば、浩助が動くというのを知った上で、あえてその言葉を口にする。
「アンちゃんにスキル教えるんでしょ? 広くて頑丈な場所が良いんじゃないかしらね~?」
「良し、採用!」
『条件緩和、早いなオイ!?』
他の面子から総ツッコミである。
だが、アンの名前を出された以上、浩助が手を抜くことはない。
彼のそんな意図を汲んでか、百体の影分身がわらわらと一斉に動き始める。
その様子は昆虫の群れを彷彿とさせて気分の良いものではなかったが、前日の件もある。
湖畔の町を作るために集まった面々は何処か期待するような眼差しで、影たちの動きを追っていた。
だが、そんな人々にあって、一人難色を示すものもいる。
北山隆史教諭である。
彼としては、そんな見切り発車的な建築が許せなかったのであろう。
特に突発的な建築物の増減は、黄金比率を使った区画整理が難しくなる。
彼は深々と嘆息を吐き出すが、それを気にしているのが彼だけだということを彼は理解していない。
数字を愛するあまり、周りが見えていないのは彼の悪い癖でもあった。
「有馬、私に区画整理をさせてくれる件はどうなっているんだ? これでは、黄金比率に彩られた美しい町には遠いぞ?」
「え? あ、いや、悪い」
頭の中で計算して、『北山よりもアンの方が大事なので無視しました』とはとても言えず、浩助は素直に謝る。
腹に一物を抱えたまま、それをおくびにも出さない。
……そう、浩助は悪なのである。
とりあえず、浩助は暫く考えた後で、武道館を作り終えた後から北山に区画整理を頼むということにして、その場を収めた。
正直、スキルで許容できる範囲の建物の難度ではなかったし、区画を区切られても、そこに収めて作るだけの自信もない。
それを考えると、武道館が出来た後から、区画整理を行ってもらった方が大分やりやすくなると思ったのだ。
それに、北山の意見ひとつで、アンのための武道館――実際は沙也加希望だ――が、小ぢんまりとした建物になってしまうのも許せない。
その結果、浩助は自分の我儘を通すような形で意見を押し切ったのである。
そこまで言われてしまえば、北山も大人しく引くしかあるまい。
最初だし致し方ない、といった大人の姿勢を見せながら、それでも頭の中では『もっとこうしてこう作った方が、絶対に"素晴らしい"町並みになるはずだったのに!』と内心で歯噛みをしていた。
――北山隆史、どこまでも数字や公式、図形に走る男である!
さて、影分身たちが一生懸命作業に注力している最中、浩助は当初の予定が狂ってしまっていることをひしひしと感じていた。
というか、当初は建築物の作成を浩助が担当して、スキル上げを影分身が担当する予定だったのだ。
それが、沙也加の思いがけない要望により、影分身が建築作業の方に総動員されてしまったので、浩助は手持ち無沙汰になってしまったのである。
いや、予想外の状況下にこそ、発想の転換が必要だ。
浩助は、この機会をこれ幸いとばかりに、集まっている皆に向き直る。
「さて、影分身たちが第二建築物を建築している間に、ひとつ皆に相談なんだが……」
「ろくでもない予感しかしないわね」
いきなり茶々を入れてくる沙也加に鋭い視線を返しながら、浩助は昨夜考えていたことを皆に語って聴かせた。
湖畔の町の人数が少ないことや、一人でも欠けるとしんどいこと――、そしてそれを補う為にも、希望者にはスキル習得によるステータスアップ講座を受けてもらおうということ――、全員が納得するように、ゆっくりと、そして、しっかりと話したつもりだ。
浩助の話が終わると共に、声を発したのは国崎慶次であった。
彼は意味が分からないとばかりに顔を顰めていた。
「……何で希望者だけに絞りやがる? 全員強制参加にしろ。責任は全員が負った方がいい。それに、簡単な割に効果が高いんだろ? 時間を無駄にしねぇためにも、全員で朝に一時間やるよう義務付けたらいいだろ」
「それだと、朝御飯の仕込みが間に合わないかもしれないです……」
弱気な意見を上げるのは、美優だ。
朝も昼も夜も負担が掛かる調理班としては、コレ以上の負担増大は遠慮願いたいといったところだろう。
だが、慶次は意外そうな視線を美優に向けていた。
勿論、美優の調理スキルを疑うような視線ではない。
「何言ってやがる。調理班は朝飯を作るってことで、そこでスキルを磨いてるじゃねぇか。朝練参加しているのも同じだろ。スキルのレベルが上がってきて、楽に飯が作れるようになってきたら、今度は浩助の講座とやらに参加するようにすればいい」
要するに慶次の中では、朝食の準備は変則的なスキル強化という認識らしい。
浩助の目指す簡単パワーアップ計画とは外れるものだが、調理スキルを磨くということは食文化が豊かになるということに直結する。
湖も近く、森も近い湖畔の町としては、その恩恵は計り知れないものがあるだけに、多少目的とズレがあったとしても、許容することになるだろう。
――というか、浩助は許容するつもりだ。
折角、自然の恵みに溢れているのだ。満喫しないわけにはいかないだろう。
……食いしん坊キャラのアンの為にも!
「んじゃ、一応全員強制参加な。明日からで頼む。場所は日本武道館――じゃねぇな。異世界武道館で。んで、無理やりテメェらのステータスを上げていくんだが、当面の目標が欲しい。うーん、どうすっかなぁ……」
「冒険者ランクでも目標にしたら良いんじゃないかしら」
真砂子からの提案に、複数の人間が頷くのを見て、浩助もそれを採用することにする。
では、具体的にはどのレベルを目指したら良いのか……。
「確か、Dランクがオークとタイマン張れるレベルだったか? んじゃ、そうだな。とりあえず、目標としては『一ヶ月でCランクの冒険者レベルになる』でいこうか」
「えっと、それって、確か、全パラメータが三百ぐらいの基準だったと思うけど……」
真砂子がちゃんと認識しているよね? と不安混じりの視線を向けるので、浩助は大仰に頷いてみせていた。
「八ステータスを三百ずつ上げるだけだろ? ヨユーヨユー」
精神修養のスキルが座禅一時間で覚えられるのを基準とした場合、三十時間もあれば十分に届く範囲のステータス上昇値であると考えられる。
問題は、それを一時間やりぬくだけの根性や気力があるのかということだけだが……。
その辺は、人々のやる気に期待しよう。
「その朝練とやらには、我々、魔族が混じっても大丈夫か?」
そう言って話に割り込んできたのは、ウエンディだ。
流しの傭兵をやっているような魔族だけあって、体を動かしたり、鍛えたりするのは好きなのだろう。
アスタロテがやれやれ仕方ないわねと肩を竦めているのを確認しながら、浩助はウエンディに向かって頷く。
「あぁ、構わねぇぜ。まぁ、お前らには詰まんねぇ内容かもしれねぇけどな」
「そんなことはない! 貴殿が勧める鍛錬法だ、きっと良いものに決まっている!」
一度、浩助のとんでもない身体能力を体感しているからか、ウエンディの言葉には実感が籠もりまくっていた。
だが、それを知らない人々は一様に頭の上に疑問符を浮かべるのであった。




