54、混沌幸運
「混沌魔法がとんでもない魔法だなんて考えていた時期が俺にもありました」
翌日――。
朝から黄昏モードに入る浩助は布団から抜け出ることもなくグッタリとしていた。
身体的な疲れからではない。……精神的な疲労に因るものだ。
沙也加の無駄な解説付きで行われた、ねこしぇによる混沌魔法の解説講座ではあったが、その内容は浩助の予想を裏切るものであった。
――いや、混沌魔法自体は物凄い魔法だ。
特上位スキルの上に位置する超位スキル――、その更に上に存在する絶位スキルという評価を受ける混沌魔法……。
その魔法の効果は恐るべきものであったし、納得できるだけの威力もあるのだと思われる。
だが、残念なことに混沌魔法は浩助との相性がすこぶる悪い魔法なのであった。
それ故に、試しもしていない。
「おはよー……って。まだ、混沌魔法の全効果がランダムなことに落ち込んでるの?」
「……当たり前だッ!」
憤りも此処に極まれりといった調子で、浩助は憤慨する。
ともすれば、最強の魔法となり得るポテンシャルを秘めていただけに、その残念な結果には涙を飲むしかないのだろう。
「レベル1で混沌銭、レベル2で混沌道具、レベル3で混沌経験、レベル4で混沌技術、レベル5で混沌状態、レベル6で混沌能力、レベル7で混沌地域、レベル8で混沌時間、レベル9で混沌次元、そしてレベル10で混沌世界……。こいつらが全部使えないスキルになるとは……」
ちなみに、初めから解説すると――。
混沌銭は、ランダムで取得金額が増減。
混沌道具は、ランダムで持ち物が増減。
混沌経験は、ランダムで経験値が増減。勿論、レベルが下がることもある。
混沌技術は、ランダムでスキルが増減。スキルが消える危険もあるようだ。
混沌状態は、ランダムで状態異常が増減。死んでる人間も復活させることがあるらしい。
混沌能力は、ランダムでステータスが増減。待望の防御力ゼロ脱出もあったようだが、惜しい……。
混沌地域は、ランダムで地域規模で天変地異が起こる。
混沌時間は、ランダムで時間軸がズレる。
混沌次元は、ランダムで色んな物が見えるようになったり、見えなくなったりするらしい。
混沌世界は、ランダムで異世界と繋がる。最悪、九世界目と融合するかもしれない。
まぁ、とにかくランダムに頼りきった魔法なのであった。
特に、スキルやステータスの増減は、成功すればデカいが、失敗した時のリスクが大きいのが特徴だ。
そして、浩助にはその魔法を使用するのに踏み切れないわけがあった。
「別に使えないわけじゃないでしょ? ただ、単に浩助の幸運がゼロなせいで危険過ぎるってだけで」
ランダム要素――、それらはすこぶる幸運の値に左右されるのである。
そして、浩助の幸運値は、呪いの効果により脅威のゼロである。
故に、浩助は興味深い内容であるにも関わらず、混沌魔法が怖くて使えないのである。
「せめて! せめて、俺の幸運が一万もあれば……ッ!」
「それ、求め過ぎだから!」
沙也加に突っ込まれている内に、徐々に他の面子も起き出す。
窓の外はカラッと晴れた良い天気で、今日も一日暑くなりそうではあった。
●
「おーっし、全員集合! 全員居るな? ……居なくても知らん!」
「横暴よー! そんな独裁的な仕切りが許されると思っているのー! 司会進行なら私にやらせなさいよー!」
「水原は、どんだけ仕切りたいんだよっ!?」
とりあえず、朝っぱらから湖畔の町を作ろうの会(浩助命名)の皆を叩き起こして、旅館の前に全員集合させたところで浩助は語り始めたわけだが……。
――いきなりケチがついた。
とりあえず、沙也加を無視して、ひとつ咳払いをすることで空気を変えてみる。
「ゴホン! んじゃ、昨日も言った通りだ。それに、実際に見てもらって分かったと思うが、大体の建物は俺のスキルで作れる。そこで、一人ずつ意見を聞いていって、一日に三軒ずつ実際に作っていこうと思う。とりあえず、作る順番は、あみだくじででも決めるか」
ざわざわと決して小さくはないざわめきが聞こえる。
そんな小さな混乱を代表して、美優が遠慮がちに手を挙げていた。
「何だ? 柳田?」
「あの、有馬君……。別に、何か作ろうっていう意見がない人はどうしたらいいのかな?」
そういった意見は少なからずあるであろうと予想していた浩助は、前もって用意していた答えを返す。
「別に後で何かを建てたいってなった時に、言ってくれれば優先的に作るようにしてやる。ここに居る一人ひとりに建物を作る権利を配る感じだ。そして、そいつにはくじによって、作る順番を決める。それで、他に何か質問はあるか?」
「……一人一軒なのか? 二軒目は?」
浩助と同じ三年の……名前までは知らないが……見知った顔の生徒がそう尋ねる。
それも予想済みだったのか、浩助は大した間も置かずに答えていた。
「二軒目が欲しかったら、自分で建てるなり、金を集めてから冒険者ギルドでクエストとして依頼するんだな。そしたら、建ててやるよ」
「じゃあ、この一軒目は俺達に対するプレゼントみたいなものか」
「何もないと殺風景だしな。……それに、学園じゃなくてわざわざこっちに移ってきたんだ。それぐらいのメリットはないとやってられねーだろ?」
浩助がニヤリと笑うと、三年の生徒もちょっと迷いながら苦笑を浮かべる。
実際、学園の狭い居住スペースが嫌で、こちらの湖畔の町を選んだ者も大勢いるのだ。
その報酬が家ひとつだとしたら、少々貰い過ぎの気もするが、十分過ぎる対価であろう。
「他に質問は?」
「質問ではないが……」
手を上げたのは北山である。
彼は皆の注目が集まる中で立ち上がり、至極落ち着いた様子で周囲に視線を走らせる。
「これだけの広大な土地だ。無目的に建設していてはスペースに遊びが生じることもあるだろう。土地の有効活用のためにも建物の区分けに関しては、私に一任してもらえないか? 完璧な効率と美しい黄金比率で実に素晴らしい図面を引いてみせよう」
その言葉を聞いて、浩助は「うわぁ」となる思いではあったが、北山が言うことも最もであったため、区画整理に関しては北山に一任することにする。
まぁ、こういった細々とした作業は得意な人間に任せてしまうに限る。
その後も、どんな建物でも良いのか、という意見に木造建築二階建てまでと答えたり、家を建てて貰ったあとでも旅館には泊まれるのか、という問いには、宿泊代寄越せと答えたり……、割りとどうでも良い質問の応酬が行われた。
そして、ようやく騒ぎが落ち着きをみせた頃、ひっそりとあみだくじを裏で作っていた拓斗から、あみだくじの書かれた紙が手渡され、浩助は全員にくじの片側に名前を記載してもらう。
全員の名前がくじに記入され終えたのが、十五分後。
その後で、あみだくじに適当に何本か横線を加えて、浩助はゆっくりと一番最初の選択権を持つ人物が誰なのか、逆にあみだくじを遡っていく。
周囲が一斉に緊張感を以って息を呑み、浩助の次の言葉を待つ。
「な――、おいまさか……。まじか……」
もったいぶった独り言。
それに、憤りを覚えるものもいれば、ひそかに喜ぶものもいる。
果たして、錯綜する悲喜交交を打ち破ったのは一体誰なのか……。
浩助はやってしまったとばかりに首を振ってから、自分の顔を片手で覆う。
それは、まさに大失敗とでも言いたげなポーズだ。
「残念ながら、建物建築の優先順位一位は……、水原沙也加に決定しました……」
「何で残念なのよ! ――って、私!?」
――驚きだとか、歓声だとか、そういったものはない。
どちらかと言うと、出来レースじゃねぇの? といった視線が多いのではないだろうか。
それが、分かっていたからこそ、浩助は嘆いたのである。
「お前の幸運が高過ぎんのが悪い!」
「知らないわよ!」
混沌魔法の一件を当て付けながら、浩助はそう文句を叩きつけるのであった。




