53、報われない実況
「さて、時間は掛かっちまったが、スキルの確認でもするかねぇ」
旅館に戻ってきて、布団の上に寝転ぶなり、浩助は休む間もなく確認作業を始めようとする。
だが、その作業を始めるよりも早く、浩助は視線を感じてその気配の元を辿る。
「…………」
寝惚け眼を擦りながらも、アンがしっかりと浩助を見ていた。
何かを観察するかのように、身動ぎひとつすることなく、じぃっと浩助を見ている。
その視線にどこか気恥ずかしくなり、浩助は寝返りを打ってアンの視線から逃れる。
「さぁて、それじゃあ、スキルの確認でも……」
「…………」
だが、アンは布団から抜け出して、あまつさえ浩助の上によじ登り、じぃっと浩助の目を見て何かを訴えかけてきていた。
浩助は必死で目を逸らすが、その視線の先にアンが映り込んでくる。
何かを訴えかけたいのは明白であった。
「えぇっと、お腹が空いたか……? 食べ物は……、今すぐに食えるものはねぇんだが……」
フルフルとアンはその意見を否定する。
では、何だというのか?
浩助は暫し考えを巡らせてから、もしかしてと前置きしながらその意見を呟く。
「スキルに興味があるのか?」
今度は力強くコクコクと首を縦に振る。
とりあえず、浩助はアンに退くように指示すると、彼女は素直に自分の布団へと移動し、正座をし始める。
これはもう完全に教えて貰う体勢である。
「はぁ……。アンがスキルに興味あるのは分かった。だが、何でだ? やっぱ強くなりてーからか?」
「…………」
アンは少し迷ってから、首を横に振っていた。
そして、十分に時間が経った後でポツリと零す。
「……おじさんの役に立つため」
「……?」
「……捨てられたくないから」
その答えを聞いた途端、浩助の脳裏に昔の記憶がフラッシュバックする。
それは、父親がいないことを気にして憂う汐の切なそうな表情――。
浩助は父親が居ないことを大して気に留めて……いや、恨みさえして……いたのだが、汐はそうではなかった。
彼女は口では全然気にしていないと強がってはいたが、時折、父親の写真を眺めてはひっそりと泣いていたのを浩助は知っている。
まだまだ父親に甘えたい年頃でありながら、家計が苦しく我儘も言えない状況だった為、汐は誰に迷惑を掛けるわけにもいかず、一人で泣くことが多々あった。
浩助はそれを知っていたが、見てみぬフリをすることで汐の気持ちを気遣っていたつもりだ。
慰めるのは簡単だが、状況が改善するわけでもない。
それはただのその場凌ぎであることを浩助も理解していたのである。
それでも、一人で泣く汐の顔は辛そうで、それこそ見ている浩助が泣き出したくなるぐらいの深い憂いを湛えていたのであった。
――そして、今のアンの表情はそれに酷似している。
ともすれば、泣き出しそうなその表情を前にして、浩助はハァと嘆息を吐き出す。
まさか、異世界に来てまで、妹そっくりの少女を慰めるとは思いもしなかった。
困ったような表情の裏に、そんな感情を抱きながら、浩助はアンに諭すようにゆっくりと話す。
「確かに、スキルを覚えるのは良いことだ。強くなれるし、他人の役にも立てるようになる。それを覚えれば、アンの言うおじさんの手助けもできるかもしれねぇ」
「…………」
彼女は真剣な面持ちで浩助の言葉を聞いている。
そこには、先程までの寝惚け眼を擦っていた少女の姿はない。
立派な魔族の少女の姿があるだけだ。
「だが、スキルを覚えるのだって簡単じゃねぇ。確かに一朝一夕で覚えられるようなものもあるが、それは多分、年がら年中戦争をやっているような魔族には不要なスキルだ。役に立ちたいなら、相当にしんどい目にもあわなくちゃなんねぇ。それは理解してるか?」
「…………」
アンは少し考えた後で首を縦に振る。
「それだけ頑張っても、大したスキルは身につかねぇかもしれねぇし、アンのおじさんだって、別にスキルをアンに覚えて貰うことを望んでねぇかもしれねぇ」
「……!」
「そう怖い顔で睨むなよ。仮定の話だ。だが、所在も不明な他人の為に頑張るってのは辛ぇもんだ。『よくやった』とか『頑張ったな』とか言われると報われるが、そういう言葉が無い中でただひたすっら邁進してくってのは、なかなかどうしてしんどい話だ」
「…………」
「報われない努力を続けていくと大体起こるのが『何でこんな事してるんだろう』とか『何の為にやっているんだろう』っていう不安と不満だ。アンはおじさんのためにやると言ったが、おじさんはそんなことを本当に望んでいたのか、とか、おじさんが本当に喜んでくれるんだろうか、とかそういう不安に取り憑かれる。そうなったら、もうスキルを覚えるのを続ける気もなくなるってわけだ」
「…………」
「他人の為ってのは言い訳だ。――それにアン、お前は別におじさんとやらに捨てられたとは限らねぇだろ?」
アンは浩助の言葉にハッと顔を上げる。
アンが言うおじさんとやらは、「食うに困ったらキルメヒアの所に行け」と言っただけだ。
そこで、スキルを覚えたり、教養を身につけたり、キルメヒアに宜しくしてもらえとは一言も言っていない。
恐らく、そのおじさんという人物は、アンの傍らに四六時中居てやれない仕事をしているのだろう。
そして、その仕事が終わるのはいつでも不定期で、定期的にアンの面倒が見れない環境にある。
その結果、どうしようもない時は、魔界でも噂のお人好しの所に行けと指示したのではないか。
浩助はそう考える。
「お前のおじさんは、食うのに困ったらキルメヒアの所に行けと言ったんだ。別に強くなれとも、キルメヒアの所に厄介になれとも言ってねぇ。むしろ、勝手に姿を消したお前を探して、今頃魔界の中をうろついてるんじゃねーのか?」
「…………」
その考えはなかったとばかりに、アンは目を見開く。
そして、それは十分に有り得ることなのか、アンの表情が若干和らぐ。
「お前さんが、どうしてもスキルを覚えたいってぇなら、俺は別に止めやしねぇ。だが、おじさんを助ける為に、おじさんに捨てられたくねーて思ってのことだったら、まずそれを考え直すことから始めろ。アンのおじさんがどーしよーもねぇ奴じゃねぇ限りは、スキルの有無に関係なく、きっとアンのことを捨てたりなんかしねぇはずだからよ」
言いながら、浩助自身は自分の親父がどうしようもない部類のクズであったことを思い出していた。
あの時の汐には何と言って諭しただろう……?
そんな事を考えていると、アンは今度は強い意志を秘めた瞳で浩助を覗き込んできていた。
「……おじさんは、アンを捨てない」
「おう」
「……アンは、アンのためにスキルを覚えたい」
「そうか」
薄暗い室内の中で、浩助はようやく柔らかな笑みを見せていた。
他人の為ではなく自分の為――、根本にその思いがあれば、辛くなってもきっと突き進める。
浩助はそう思うのだ。
「なら、明日から教えてやる。今日は暗いし、もう休め」
「……ん」
そう言って、アンは自分の布団の中に潜り込む。
これで、明日からの湖畔の町強化計画に参加する人員を一人確保出来たというわけだ。
《うん、これにて一件落着かしらね》
(うおっ!? 水原!? いきなり驚かすなよな!?)
いきなり飛んできた念話に驚きながら文句を返すと、彼女はそんなつもりはなかったんだけどね、と嘯く。
何にせよ、ようやく落ち着いてスキルの確認ができると思っていた矢先にこれだ。
今日は一体どこまで邪魔される日となるのやら……。
厄日、というのはこういう日のことを言うのだろう。
浩助は一人、うんうんと納得する。
(……で、お前からわざわざ念話飛ばしてきたってことは、絶対ろくでもないこと企んでるんだろ?)
《有馬程じゃないわよ。ま、ちょっとスキルを確認するとか、面白そうなことを言ってたからね》
(? 何で、それが面白いことになる……?)
《それって、解説は猫ちゃんでしょ?》
(当然)
《解説がいるなら、当然実況も欲しいわよね?》
(…………)
《むしろ、司会進行役が欲しいわよねッ? 欲しいでしょ! うんって言いなさいよ!》
(どんだけ仕切りたいんだよ!? お前!?)
しつこく迫ってくることで、沙也加の狙いが透けて見えた。
要するに、沙也加はスキル説明の司会進行役――というか、実況役がやりたいようだ。
どうも、前回の毒味会、もとい試食会の司会を務めたことに味を占めてしまっているようだ。
さて、どうしたものかと浩助が悩むよりも早く……。
《さて、それでは始めて行きましょう。解説はお馴染みのねこしぇちゃん。実況は私、水原沙也加でお届け致します。まもなくプレイボールです》
(勝手に始めるんじゃねぇよ!? ってか、野球の解説っぽく進むのかよ!?)
だが、浩助のツッコミにめげることなく、沙也加の適当な実況は続いていく。
結局、その後もノリでゴリ押しされた為、浩助の方が折れたのであった。




