51、生真面目騎士
短いです。
「――で、魔族の流しの傭兵さんが、こんな夜中に何の用なんだ?」
日も暮れて辺りも暗くなっている中、浩助はウエンディに呼び出されて旅館前の開けたスペースに居た。
男女の密会と言えば聞こえは良いが、要は「ちょっとテメェ校舎裏にまで顔出せや」な状態である。
浩助の顔が訝しげを通り越して、渋面になっているのは言うまでもない。
「何、貴殿にどうしても確かめたいことがあってな」
「どうすれば、そんなにハンサムに育つのかって? 知らねーな。育ちが良いからじゃねーの」
「いや、そんな事は全然確かめたくはないのだが……」
生真面目に返されすぎて、浩助は若干凹む。
沙也加の言葉ではないが、橘いずみとの一件により、本格的に女子に嫌われるのがトラウマになってきているのかもしれない。
いや、どちらかというと、沙也加の言葉で自覚させられたと言うべきか。
若干の苦手意識を覚えながら、浩助は「それで?」となるべく気にしない風を装いながら続ける。
「俺の何を確かめたいんだ?」
「実力を」
飾らない直球な言葉に浩助は面食らった後で、手をひらひらと振る。
「大した実力はねーよ。それでいーか? んじゃ、俺、寝るから」
「ま、待て!」
「何だよ……」
「貴殿に実力がないわけがないだろう! それとも、私に敗れるのが怖いのか!」
挑発してその気にさせようとしているのなら、もう少し演技力を身につけるべきだろう。
焦ったままの声で言われたところで、挑発されたとは微塵も感じない。
むしろ、自分の優位性を認識してしまうだけだ。
「あのなー、いくら俺でも女を殴る趣味はねーっての。水原ぐらいだろ。殴るのは」
「それは何? 私が気のおけない友人ってこと? それとも女として見られてないってこと?」
十五メートル制限のせいで連れてこられた沙也加は、浩助とウエンディとは少し離れた場所で頬杖をついてしゃがみこんでいる。
ともすれば、スカートの中が覗けそうな危うい格好である。
「勿論、前者でございますよ、水原様……、へへへ……」
「揉み手やめなさいよ。気持ち悪い……」
「じゃあ、すりこぎを回すポーズでもするか」
「普通にしなさいよね! ……それよりも、ウエンディさんに質問なんですけど?」
「何ですか?」
沙也加からの質問に、ウエンディはわざわざ顔を向けて質問を聞く体勢を作る。
面倒臭いぐらい堅い奴だなぁ、と浩助は内心でひっそりと思う。
「何で、わざわざ有馬の実力を確かめようと思ったんですか? 防衛の為の戦力確認とかそんな感じですか?」
「それもある。だが、一番は興味本位だ。所々で見せる貴殿の超然とした動きを見て、確かめてみたくなってな」
その口振りには若干の余裕さえ感じられる程だが、彼女は知らないのだろう。
……浩助はまだこの湖畔に来て、一度も本気で動いていない。
沙也加はウエンディの言葉を聞いて、困ったように笑みを浮かべる。
「えーっと、だったら止めておいた方が良いですよ?」
「何?」
「ウエンディさんも強いと思うんですけど、それは鍛錬を重ねて、地道に技を磨いて得てきた強さでしょう? 有馬のそれはそういう次元のものじゃないですから」
「次元が違う? 流派が他と一線を画す強さのものと言いたいのかな? それだったら、心配御無用と言っておこうか。私も長く魔界で揉まれていた身だ。見たこともない武技や体術などは幾らでも相手にしたことがある。そして、それらの数々を習得してきてもいるのだ。ちょっとやそっとのことじゃ、驚かない自信がある」
「いや、そういうのじゃなくてですね……」
「――こっちに戦いたくなる利点がねぇってことだ」
「……有馬?」
会話に突如割り込んできた浩助の言葉を聞いて、沙也加は眉を顰める。
折角、親切心でウエンディからの挑戦を跳ね除けようとしていたところに、それを助長するような言葉だ。
いや、浩助は挑戦権を餌に交換条件を提示しようとしている。
それが、どうにもきな臭くて沙也加は眉を顰めたのである。
「なるほど。利点があれば戦ってくれるのか。しかし、困ったな。私は流浪の傭兵故、あまり金銭などは所持していないのだが……」
「なら、その覚えているっていう武技や体術を教えてくれねーか?」
「……ほう」
興味深そうにウエンディは浩助に面当てを向ける。
表情は分からないが、その下には恐らく笑みのようなものが浮かんでいるに違いない。
「それは、私と同等の強さを得たいが為か?」
「いんや、ただの興味本位だ。それで、等価って奴だろ?」
「……なるほど、確かにそうだな。興味本位で戦いを望むのだ。興味本位で技を教えろというのも分かる」
「分かっちゃうんだ……」
実家が古流剣術を教える道場である沙也加としては、聞き捨てならないというか、門外不出と言われているだけに、奇妙な感覚を覚える部分は多少ある。
だが、ウエンディとしては技は語り継いだり、受け継いだりするべきものではなく、戦場で盗み、自らが生み出すべきものなのだろう。
湯水の如くに技を生み出しては捨てを繰り返しているせいか、それを貴重な財産であると惜しむ気持ちはない。
それに加えて、魔族であるが故の『危険だから』の概念もない為、随分と簡単にウエンディはその条件を飲む。
それを了承したことで、一瞬、浩助の顔に邪悪な笑みが浮かんだのだが、それはウエンディには知覚できなかったようだ。
沙也加には見えてしまったようで、頬から一筋の冷や汗を流していたようだが……。
「では、やろうか? 貴殿に取っては少々酷な条件になるやもしれんがな」
そう言って、ウエンディは腰の剣を抜く。
白銀の装飾に収まっていた剣の刀身は、その意匠とは真逆の闇夜に紛れる漆黒だ。
剣筋の見難い武器だが、浩助の暗殺スキルは暗所での見通しを可能とする。
刀身の長さから、肉厚さまで、全てが手に取るように見える。
「刃が闇に紛れて、見難かろうと思うが勘弁してくれ。私の種族的にも夜に活動することが主でな。夜間の戦闘に負けぬように工夫を凝らしているのだ」
「鎧衣装の方は目立って、実の刃は目立たねーように、か。確かに初手なら不意を突けるかもな」
「それだけではない。暗闇の中での漆黒の刃は相手に間合いを悟られぬようになり、更に緊張感を促す。それは、相手の実力を封じるものでもあるし、こちらの精神的な優位性をも生み出す武器にもなる」
「ふーん、そんなもんか。そういや、アンタの種族って聞いてなかったな。吸血鬼か?」
「いや――」
ウエンディは軽く否定をした後に、兜を……いや、首を引っこ抜いてみせていた。
「――首なし騎士だ」




