45、タオレチャウヨー
「それで? アンタらは、この変態の友人ということでいーのか?」
闇魔法による闇の鎖で縛り上げられ、湖の畔に転がされている変態吸血鬼を目の前にして、心底嫌そうに五人の魔族の中で一番背の低い少女が答える。
黒と白を基調としたゴスロリファッションを身に着けており、その髪の色も日本人と変わらぬ黒髪であったため、一見するとコスプレをした少女にしか見えないのだが、その顔の彫りや造形が人間が保持し得る美の限界をあっさりと超えてしまっているところを見ると、彼女が魔性の者であるということには嫌でも気が付くことだろう。
「そう問われると非常に不本意なのですけど、間違いありませんわ」
「……となると、これから一緒にやっていくわけだな。んじゃ、夜露死苦頼む。俺は、有馬浩助。普通の人間だ」
《……普通ってなんだっけ?》
空気の読めない何処かの誰かさんが念話で呟くがそれは無視する。
確かに、現状は違うかもしれないが、普通の暮らしは浩助の努力目標のようなものだ。
いずれはそうなるのだからして、今から名乗っていても問題はないはずである。
「あら、ご丁寧に有難う御座いますわ。私の名はアスタロテ。魔界で貴族をやっておりますの。宜しくお願い致しますわ」
夜露死苦のニュアンスは伝わらなかったのか、アスタロテと名乗った少女は優雅な仕草でスカートの裾を摘んで礼をする。
その洗練された仕草は、浩助でさえも思わず見惚れてしまうほどだ。
「待て待て、アスタロテ殿――」
艶やかに微笑むアスタロテを遮って前に出るのは、全身を白銀の甲冑に包んだ聖騎士のような格好をした人物であった。
兜もフルフェイス仕様であったため、その顔を見ることは叶わなかったが、声からすると若い女性のようだ。
正直、格好だけを見れば、魔族というより、神界の戦乙女のような印象を受ける。
それでも、アスタロテと仲良くしているということは、彼女もまた魔界の住人ということなのだろう。
「折角、あちらに人間の方々が見えられているのだ。そこでまとめて挨拶してしまった方が効率が良いであろう?」
「あら、ウエンディにしては冴えている意見ですわね」
「私にしては、というのは余計だ。貴殿もそれで宜しいですかな?」
「ん? あぁ、構わないぞ。その方が二度手間にならずに済んでいいだろ。変態吸血鬼もそれで文句ねーよな?」
浩助がそう話を振ると、件の変態は息を荒らげて答える。
「はぁ、はぁ……、も、勿論ですぅ! 御主人様ァ~! ブヒ、ブヒィィィィ!」
……とても嫌な感じの答えだった。
浩助の目から、思わず生気が抜け落ちる。
「……この辺に穴を掘って埋めれば、微生物が分解してくれねーかな?」
《……環境汚染になるから、止めた方が良いわよ》
「……核廃棄物以下の糞ゴミだな」
「あぁん! そんなにボロクソに詰ってくれるなんて! キルメヒア感激ィッ!」
《…………。まぁ、とりあえず、魔族の皆さんを待たせるわけにもいかないし……》
「ちっ、命拾いしやがったな……」
若干、本気で殺意を覚えながらも、浩助は仕方なしにキルメヒアを肩に担ぐ。
それを苦もなく行う様子に、目を見張ったのはウエンディと呼ばれた聖騎士だ。
彼女は感心したように腕を組み、ふぅむと唸る。
「貴殿はなかなかの膂力をしているようだ。宜しければ、トレーニング方法などを教えて頂きたいのだが……」
「りょりょく?」
《力持ちってことよ》
沙也加に教えられて、浩助はあぁと納得する。
しかし、女性ひとりを担ぎあげたぐらいで大袈裟なことだ。
こんなこと、少し体を鍛えている男子生徒なら、余裕でこなすことだろう。
「こんなの特に何もやらなくてもできるだろ。フツーだ、フツー」
「いや、キルメヒアの体は吸血鬼であるからして、普通の生物とは詰まっている筋肉量が違うのだ。重量で言えば、鉄塊を担ぎ上げているに等しい。人間というものは、皆、こんなに膂力の強いものなのか?」
「…………。ウアー、オモイー、タスケテー、タオレチャウヨー」
わざとらしくフラフラする浩助。
彼は、どうあっても普通の人間として振る舞いたいらしい。
その割には、やっていることが割と無茶苦茶だったりするのだが……。
「おっと、危ない! ……ふぅむ、やはり無理をしていたか。どれ、私もキルメヒア殿を運ぶのを手伝おう。アスタロテ殿は、皆を連れてゆっくりと歩いてくると良い」
浩助を支えるようにして、片手を差し出すウエンディ。
それだけで、キルメヒアの体重をコントロールできる自信があるのだろう。
どうやら、見掛け倒しのヘッポコ騎士というわけではなく、実力も相当なようだ。
そんな二人の様子を見て、少しだけ察する少女が一人――。
「物凄く不自然な事が起きたような気がしますけど、アリマ様がそれを望むのであれば、私は何も言いませんわ。では、行きましょう。……ベティ、リリィ」
「「はい、アスタロテ様」」
声をハモらせて、アスタロテの後に続くのはまるで姉妹のように息ピッタリの妖艶な美少女二人だ。
まるで、水着のような布地面積が少ないお揃いの衣装を着ているが、その身体的特徴は大分異なる。
ベティと呼ばれた少女は、豊満な胸と褐色の肌を持ち、黒髪黒目をしており、リリィという少女の方は控えめな胸と真っ白な肌をしており、白髪金瞳をしていた。
何というか、二人でワンセットというか、お互いがお互いを引き立てているような、そんな印象を受ける。
そして、彼女たちもまたアスタロテに負けず劣らず、恐ろしく美しい。
「ふーん、魔族ってのは美人揃いなんだな……」
「「有難う御座います。アリマ様」」
「お、おう……」
美少女二人に同時にハモって微笑まれて、少しどぎまぎしてしまう浩助。
というか、独り言のつもりだったのだが、しっかりと聞かれてしまったらしい。
「フハハハ! アリーマよ、早速、魔族の中でも有名な美人従姉妹を口説くとはやるではないか! それでこそ、自分の未来の夫だ!」
「この変態、もう湖に放り込んでも良いんじゃないかな……?」
「そ、それはらめぇぇぇぇ! 溶けちゃう! 溶けちゃうからぁぁぁぁ!」
耳元で叫ばれて五月蝿かったのか、大分苛立ったように浩助は呟く。
クネクネと抵抗するキルメヒアだが、まるで浩助の肩に接着されてしまったかのように、その身を地面に落とすことはない。
細かなことを言うと、浩助がキルメヒアが動いたと同時に自分の位置と持ち方を瞬時に微調整し続けているだけなのだが、それを見て理解できている者が、果たしてこの場にいるのかどうか……。
《不器用ねぇ。有馬が動かなくても、もっと相手を上手く動かしてやれば簡単に担げるのに》
「……貴殿、何かおかしなことをしていないか?」
――居た。
しかも、近くに二人も。
「気のせいだろ。運ぶのも精一杯な俺が、何かやってるよーに見えるのか?」
「…………。……言われてみれば、そうだな。すまない。妙なことを言ってしまったな」
どうもこのウエンディという聖騎士は、恐ろしく生真面目な性格をしているようだ。
言葉を額面通りに受け取ってしまったウエンディの態度に内心で苦笑しながらも、浩助はその言葉の意味する所に気付いていた。
(このウエンディっていう女騎士、割とつえーんじゃねーか?)
浩助の現在の速度は七万前後である。
普通の人間であれば、浩助がキルメヒアを落とさないために細かな移動を高速で行っていることを知覚すらできないはずだ。
それだというのに、ウエンディは『はっきりと』ではないが気付いた。
それは、速度のパラメータがある程度高くなければ、できない芸当である。
しかも、全身に鎧を着込んでその速度ということは、大分強い魔族なのかもしれない。
だが――、とそこまで考えてから、浩助は考えを覆す。
(水原にも勘付かれるぐらいなんだから、実は大したことねー魔族なのかもしれねーな)
《有馬の中での私の評価って低くない?》
若干非難するような雰囲気があったのだが、歩き同様にのらりくらりと躱して浩助は皆が休憩している場所へと向かうのであった。




