44、それ、読唇術?
《有馬浩助率いる学園一行六十三名は、三日三晩に渡る長い苦難の旅を乗り越え、その数を半分に減らしながら、やっとの思いで湖の畔へ辿り着いたのでした――》
刀から聞こえてくる念話の声を軽く聞き流しながら、浩助はゆっくりと前に進む。
そんな彼の目の前では、緑の壁を作っていた植物の群れがあっという間に細切れになって、道を作り出していた。
まるで、人間草刈機か何かのようだ。
《――そう思っていた時期が私にもありました》
「うるせぇぞ! 水原! つべこべ言わずに、黙って草刈りしてろ!」
《はいはい、まったくもう、人使いが荒いんだから……》
それでも、どこか声に嬉しさを滲ませながら、彼女は草刈りを続ける。
橘いずみとの決別以降、何が嬉しいのか、沙也加はやたらと上機嫌だ。
浩助はそんな細雪を用いて、熱帯林の道無き道を切り拓いていた。
全員が全員、歩き慣れているというわけでもないので、湖の畔へと向かうスピードは遅いのだが、それでも誰も彼もがハイキング気分で進めているのは、浩助とキルメヒアに因るところが大きいのだろう。
浩助のすぐ後ろを歩いていたキルメヒアが、どうということはないとばかりに報告が入れてくる。
「アリーマ、右後方で小規模の戦闘があったようだが、我が眷属が片付けたようだ。事後報告になってすまない」
「構わねーよ。俺の方だって、影分身が何倒してんのかまともに把握してねーし」
そう。
キルメヒアの眷属召喚と浩助の影分身による広範囲の索敵アンド殲滅――。
並の魔物では秒殺されてしまうであろう物騒な護衛に守られての小旅行だ。
彼らが生命の危機さえも忘れてハイキング気分になったとしても、誰が責められるというのか?
いや、責められはしないだろう。
「それにしても、結構歩いたよね? まだ着かないのかい?」
乾いた喉に水分を流し込みながら、拓斗がそんなことを尋ねる。
一応、非戦闘員は浩助がいつでも守れるように、浩助の近くに配置しているのだが、それはあくまで気分の問題だ。
浩助がその気になれば、先頭から最後尾までを一人で全部カバーできるので、配置に意味はない。
あるとすれば、話相手が欲しかったということぐらいか。
何だかんだで浩助は割と淋しがり屋なのである。
「さぁな? 俺も地上から行くのは初めてだし……、ねこしぇに聞いた話じゃ、最短ルートで三時間ぐらいで着くって話だけどなぁ」
「もう、出発して四時間ぐらいにはなるよね?」
「途中途中で休憩も挟んだからな。……でも、そろそろじゃねーの?」
《噂をすればなんとやらね。有馬、湖が見えたわよ》
雑木林を野っ原へと変えながら、細雪がそんなことを言う。
どれどれと手を止めてみれば、確かにそこには森が開け、広大な水を湛える湖の姿が見えた。
蒸し暑く、ダレる気候だった熱帯林と比べ、湖の周辺は寒さを感じる程に空気が澄んでいて清々しい。
浩助は、そんな湖の畔に飛び出すと素早く周囲に視線を配る。
どうやら、目立つ危険はなさそうだ。
「おっし! テメェら、ようやく湖についたぞ! 此処でまた休憩だ!」
浩助がそう背後に声を掛けると、安堵の溜息と共に次々に森の奥から人が歩み出てくる。
「やっとか~。はー、疲れた……」
「拓斗、体力ないな! ですニャーを見習う!」
「……そんなんで、実家を継げるのか? 俺はお前の家に相棒を預けるのが不安になってきたぞ?」
拓斗が息も絶え絶えに森の中から出てきたかと思うと、それを生暖かい視線で見ていた洛と慶次が後に続く。
「いやぁ……、鈴木先輩の気持ちも分かるッス……」
「うん……、もう一度同じ道行くってなったらちょっと勘弁かも……」
「コトーミも、ミウも情けないぞ! そんなことでは、この先生きのこるにはなかなかどっこいしょDA! あ、タナーカも後ろから二人を支えてくれて有難う! キミはなかなか良い男だな!」
「……どうもでござるよ」
どこか影のある表情を見せる則夫の背をバンバンと叩きながら、キルメヒアが琴美と美優のふたりを連れ立って、その辺の木陰に腰をおろす。
そんな二人から少し距離をおき、則夫も新鮮な空気を楽しむかのように湖に目を向けていた。
「ふぅ、ようやく湖に到着か。町を一体どの辺りに作るつもりかは知らないが、なるべくなら土壌の良い場所を選んだ方が良いぞ、有馬」
「き、北山先生、元気ですね……? 私はちょっと休憩が欲しいです……」
「だったら休むと良い。丁度休憩時間のようだ」
やけに余裕のある北山と、息も絶え絶えの真砂子が森から出て、その後にも疲れた様子の生徒たちが次々と続く。
危険自体は少なかったのだが、問題は森歩きの体力の方か。
この調子では、町の建設予定地に辿り着いたとしても、何もできずに一日が終わってしまうかもしれない。
「おいおい、折角、町の建設予定地に着いたら、皆で泊まれる場所を作ろうと思ってたのに、こんなんじゃ先が思いやられるな?」
「遠足から、家建築の二連コンボとか、どんだけ働かせる気だよ!?」
拓斗が悲鳴に似た声を上げるが、現地には実際に雨風を凌げるような施設がない。
最悪、テントでも張らなければ、記念すべき移住初日は野外生活となってしまうことだろう。
意気揚々と来た手前、浩助としてはそれだけは避けたいところであった。
「そうは言ってもよー、いきなり地面で寝起きとか、俺は嫌なんだが……」
「家ってのは、そう一朝一夕で建つものじゃないだろ? ……いや、一日で学園周辺の柵を作った浩助ならやれるのか……?」
反論しようと口を開いてから、疑念が頭を過ぎったらしい。
拓斗が少しだけ、頭の痛くなる思いでそう呟く。
だが、そんな拓斗の心配を他所に、一人、最高にハイって奴になっている美女がいた。
「フハハハッ! その辺は心配は要らないぞ! スズーキ! 今回の町作りのために、自分も強力な助っ人を呼んだからなっ!」
――キルメヒアである。
彼女は、森の行軍のことなどは、もう忘れてしまったかのように、湖畔をたったかたーと歩き回っては大きく深呼吸などを繰り返していたりする。
さすがに、彼女ほどのステータスを持っているとなると余裕も有り余っているといったところだろう。
むしろ、余り過ぎていて若干ウザいぐらいだ。
「いやあ、やはりこの辺は空気が美味いな! 心も洗われる!」
「まぁ、それにゃあ同意するが……。助っ人ってのは何だ? 俺は聞いてねーぞ?」
浩助がそう尋ねると、キルメヒアはそうだったかとばかりに小首を傾げる。
この様子だと、本気で報告を忘れていたのかもしれない。
「アリーマにも言っただろう? 魔族と人族が共存する町を作りたいと。だから、私と仲の良い魔族に声を掛けたのだ。勿論、人族に友好的な奴に限ってだぞ?」
ちなみに、連絡方法には眷属を使ったらしい。
彼女は、自分の手際の良さを自慢するかのようにエッヘンと胸を張る。
大層、御立派なものが揺れるのをきっちりと確認してから、浩助は念の為に聞いておくことは忘れない。
「……本当に信用できる奴なんだろうな?」
「基本的に、人族には友好的な奴らだからな。無茶な要求さえ突きつけなければ面白おかしく付き合えるはずだぞ?」
「テメェの基準の面白おかしくは、割と普通に信用できん」
「なんという高い逆信頼度! ショッキン!」
ショックに打ちひしがれるキルメヒアを他所に、浩助は周囲の警戒を怠ってはいなかった。
一応、影分身や、キルメヒアの眷属も哨戒に出てくれてはいるのだが、本当に強い敵が出てきた時は対応が難しい。
それこそ、そんな時は浩助が相手をするしかないぐらいだ。
自分が気を張ることで、周囲の安全が確保できるのであれば、浩助としては安いものなのかもしれない。
だからこそ、浩助はその近付いてくる存在にいち早く気付いたのであろう。
小さく声を上げる。
「ん? 何か来る?」
浩助の警戒網に引っ掛かった人影は全部で五つ。
いずれもが只者ではない空気を纏い、ゆっくりと浩助たちに向かって近付いてきている。
「仕方ねぇ、とりあえず殺っとくか」
「いや、待ち給え、アリーマ。……あれは、私の友人たちだ!」
おーい、と言いながらキルメヒアが湖畔を駆けていく。
それをじっと見ていた浩助の目の前で、何やら魔族の集団とキルメヒアは会話を始める。
何となく浩助の方をチラチラ見ている気がするが、気のせいだろう。
そして、浩助が見ている目の前で何故だか良く分からないが、魔族同士の喧嘩が始まる。
主には、キルメヒアが四人相手にボコられているようだ。
一人は傍観している。
全く流れが理解できていない浩助ではあったが、特に助ける気にもなれずに欠伸を噛み殺す。
《ねぇ? 行かなくて良いの?》
沙也加が口を挟むが、浩助にはその気は全くなかった。
そもそも戯れあっているだけかもしれないのだ。
そんな所に割って入るほど、浩助は無粋ではない。
「魔族同士のコミュニケーションって奴だろ? 押すなよ? 押すなよ? みたいなもんじゃねぇの?」
《でも、キルメヒアさんが『アリーマは私の婚約者だ!』とか『今回は結婚披露宴にきてくれてありがとう!』だとか『アリーマは私のものだぞ! お前らにはお裾分けもせん!』だとか、言ってるんだけど……》
「それ、読唇術?」
《うん、読唇術》
「――野郎! ぶっ殺す!」
闇具作成で自動拳銃を作って乗り込んでいくあたりが、浩助の優しさか。
キルメヒアを問答無用でしばき倒しながら、浩助は新たな仲間に向かって、まずは誤解を解くところから始めないとならないのであった。




