43、何やってんだ、俺……
そして、また浩助たちの元を訪れる人物がいた。
「有馬君に水原さん、ちょっと良いかしら?」
「ん? 真砂子先生じゃねぇか? どーしたんだ、こんなトコに? 珍しいな」
ねこしぇの収納スキルを使って、解体した魔物の素材を詰め込んでいた浩助は、その手を止めて居住スペースにまでやってきた担任教師に視線を向ける。
そこに居たのは、真砂子だけでなく、数学教師の北山隆史も一緒であった。
「邪魔するぞ」
「北山先生も、浩助に用事なんですか?」
魔物の死骸を丁寧に解体しながら、沙也加は珍しいものでも見たとばかりに目を丸くする。
北山といえば、学園きっての数字キチガイだ。
他人に興味を示す暇があるなら、ひとつでも多くの数学の問題を解いた方が良いと思っているような人間である。
そんな人間が、改めて浩助の元を訪れたという事実に沙也加は驚いたのであろう。
だが、当の北山は無表情のままに、銀縁の眼鏡の縁を中指で押し上げていた。
「これから世話になるのだ。挨拶ぐらいする常識は持ち合わせている」
「ということは、二人も湖の町の方に?」
「そういうことになるわね。よろしくね、二人共」
「別に、俺としては構わねーけど……。何でまた湖の町に移り住もうって考えたんだ?」
「有馬、お前、もう少し教師に向かって口の利き方をだな……」
北山が気色ばむが、真砂子の方は既に諦めているのか、「それがねぇ」と続ける。
「やっぱり、魔族と一緒の環境だなんて危険じゃない? だから、大人が行ってあげないとってなってね?」
「伊角先生、ちゃんと叱ってやって下さい。ちゃんとした礼儀を知らずに、社会に飛び出したら、苦労するのは彼らなんですよ? 生徒に嫌われても良いから、きちんと叱ってあげないと困ります。そうでないと、効率も悪いですしね」
《…………。口うるさい人かと思ってたけど、意外と良い人なんだ……。北山先生って……》
(でも、俺は苦手だ。数学の問題が解けねーとお節介なぐらい教えてくるし……)
沙也加と念話で会話しながら、教師の一部も湖の畔へと付いてくると報告を受ける。
そこで、浩助は気付いたのか、真砂子に向けてひとつ提案していた。
「そうだ。真砂子先生、確か、冒険者ギルドの手伝いやってたよな?」
「えぇ。戦ったりするのは苦手だったから……」
だから、真砂子は冒険者ギルドに詰めて、せめて皆の負担を減らすように働いていたのだという。
申し訳無さそうな態度ではあるが、それが逆に浩助にとっては都合が良い。
「だったら、真砂子先生は湖の畔の町に作る冒険者ギルドのギルドマスターやってくれよ」
「え? えぇっと、有馬君、そういうのはちょっと……」
「俺みたいに、敵の強さが良く分かってねぇ奴が、クエスト発行しても死人が出るだけだろ? 真砂子先生なら、その辺はしっかりと管理してくれんじゃねーの?」
「確かに、有馬と違って、伊角先生なら無茶な依頼とかはしなさそうね」
沙也加の言葉に、北山も静かに頷く。
「まぁ、生徒たちの安全を確保する意味合いでも、我々が行くのですから、冒険者ギルドの仕事は請け負ってもよいでしょう」
「もう、北山先生まで……」
「生徒たちにゲーム感覚で任せて、誰かが亡くなったりしたら、それこそ我々は心底後悔することになると思いますよ」
北山の感情の薄い言葉に、真砂子は真剣な表情を見せて暫く考えこむ。
真砂子が冒険者ギルドを取り仕切ることによって、彼女の負担は確かに増えるかもしれない。
だが、それ以上に、大切な生徒たちに、仲間の生死の選択権を預けるのは非道く残酷な選択のように思える。
結果、彼女は大きく息を吐き出していた。
「分かりました。一応、時任君に確認してきましょう。……ただし、私だけじゃなくて、北山先生にも手伝って貰いますからね?」
「計算が絡むことなら、どんと来いですよ。コミュニケーション能力を必要とするものなら、数字を絡めてくれると有り難いですけどね」
「数字を絡めるコミュニケーションってなんですか!? ……もうっ。それじゃあ、ギルドマスターの部屋まで行きますよ? あ、有馬君、出発は明日だったかしら?」
「一応、そのつもりだ。遅刻したら置いてくから、そのつもりで頼む」
「分かったわ。それまでには、こちらも準備を済ませておくから。……さ、北山先生いきましょう」
「有馬、お前、本当に言葉遣いだけは直しておけ。後々、本当に苦労するぞ?」
「へいへい、考えとくさ」
おざなりな返事を返して、浩助は足早に居住スペースを去っていく教師二人を見送るのであった。
●
結局、その後も、キルメヒアと琴美が浩助の元に一緒に行く旨を告げに来た(浩助としては、元から連れて行くつもりだったので、わざわざ挨拶に来たことに驚いた)り、環境の変化を望んで、浩助に付いて行くと挨拶に来るものも大勢いて、てんやわんやで一日が終わりを告げようとしていた。
そして、その日、最後の訪問者を前にして、浩助はその身を固く強張らせることとなる。
「有馬君、ちょっといいかな?」
そう言って、上気した頬で浩助を見つめるのは、学園一の美少女との呼び声も高い、橘いずみであった。
浩助は少しだけ緊張した面持ちを見せる。
「お、おう……、橘か……。どうしたんだ、こんな所に……」
「こんな所で悪かったわね」
お茶を飲んでゆっくりしていた沙也加が、皮肉たっぷりに浩助に告げてやるが、浩助には通じない。
彼の頭の中は混乱の真っ最中だ。
何故、彼女が浩助の元を訪れたのか?
その答えが全く出ずに、彼の心は非道く乱れていた。
「その、有馬君、ちょっと二人っきりで話せないかな?」
「いや、それは……」
「いいわよ。影の中に潜ってればいいんでしょ? はい、【闇魔法】影走り――」
ずぷっと沙也加の体が影の中へと沈み込んでいく。
浩助としては、一人だと落ち着かないために、沙也加には残っていて欲しかったのだが、どうやら彼女はわざわざ気を利かせてくれたようだ。
あんにゃろ、と内心で毒づく。
「水原さんには、悪いことしちゃったかな?」
「別に構わねーだろ。アイツから気を利かせてくれたんだし」
「そうだね。でも、後で私が謝っていたって伝えておいてくれると嬉しいかな?」
「分かった。それは言っといてやるよ」
「うん、お願いね」
はにかむようにして笑う。
やはり、彼女は非の打ち所がない程に可愛い。
それこそ、ブラウン管の向こうから清純派アイドルが抜けだしてきたかのような可愛さだ。
だが、浩助は彼女の正体を知っている。
浩助を袖にして、あまつさえそれを笑い話にして女子の間に流した性悪女……。
だが、それでも、浩助が彼女に惚れていたという事実に変わりはなく――、その顔を見る限り、やはり今も彼女のことを好きだと思う自分がいることを感じてしまう。
「あのね、有馬君」
「あ、あぁ、何だ?」
「私ね、ちょっと後悔してるんだ」
「後悔? 何を?」
「有馬君と付き合わなかったこと……」
沈黙がじわりと二人の空間を支配し、浩助は重くなりそうになった口を無理矢理に開く。
「本当にそう思ってんのか?」
浩助だって馬鹿ではない。
その言葉をそのまま信じるほど、人間が出来てはいない。
だが、いずみが泣き出しそうな表情で浩助を見つめてきた時、その表情に嘘偽りは一切ないように感じてしまっていた。
もし、その表情が嘘だとしても、それはきっと彼女自身が自分自身を騙しきっているからだろう。
それだけ、真に迫る表情であった。
「そうだよね。私、有馬君に酷いことしたもの……。信じて、貰えないよね……。でもね、後悔しているって気持ちは本当なのよ……?」
「…………」
浩助は答えない。
確かに、目の前の少女には派手にフラれて、死にたくなるほど落ち込んで、世界を滅亡させたくなる程、世の中を恨んだ。
それを考えると、とてもではないが、彼女を信用することはできない。
だが、心の何処かでは彼女のために何かをしたいとか、彼女に認められたいとか、そういった気持ちが働くことも事実なのだ。
……浩助の心は未だかつてないほどに惑っていた。
「そして、できればやり直したいって思っている……。有馬君は、そういうの、駄目、かな……?」
「俺は……」
浩助は言い淀み、そして――、捷疾鬼を発動させる。
――与えられた時間は九十秒。
浩助は一瞬で自分の影の中に潜ると、沙也加の姿を見つけてほっと一息つく。
(何やってんだ、俺……)
自分で自分の行動の意味が分からなくて、浩助は自問自答する。
何というか、未だかつてない程の緊張感を前にして、思わず沙也加の顔が見たくなったのだ。
そういえば、この世界にきてから、ピンチの時はずっと沙也加と一緒だった。
オークに殺されそうになった時も、エインジャ相手に死にそうになった時も、イウダ・ジ・オール相手に立ち回った時もずっと一緒だった。
だから、一度、沙也加の顔が見たいと思ったのかもしれない。
かつてないピンチだったからこそ、沙也加の顔を見て、落ち着いて、答えを出したい――とそう思ったのだろう。
だというのに、当の沙也加は今にも泣き出しそうな、非常に不安げな表情を顔に貼り付けていた。
思わず、浩助は「何て顔してやがる……」と零す。
それは、浩助の未来を憂いてなのか、それとも何が起こるのかを不安視しているのか、はたまたそれとは全く関係のない、何か別の思いがあるのかは分からない。
ただひとつ言えるのは――。
沙也加のその表情と――。
いずみの複数の言葉では――。
――沙也加の表情の方が余程ずしりと心にきたということだ。
それを悟った時、浩助の心は決まった。
彼はゆっくりと影の中から這い出る。
浩助が異世界に来てから、いずみと関わったことが一体何度あっただろう?
一度か?
二度か?
辛く苦しい時や、命の危機の時を思い出してみても、いずみの姿は全くといって良いほど思い出せない。
そんな彼女が何をどうすれば、心を揺り動かされて、浩助と付き合おうと考えるのか。
薄っぺらい――。
とても薄っぺらい言葉だ――。
浩助の中で、一度そう判断された言葉は、彼の心を揺さぶることはできない。
捷疾鬼のスキル効果が切れるのを待ってから、浩助はやけにすっきりとした気持ちで、いずみに向かって苦い表情を向けていた。
「……悪い」
その言葉の意味を悟った時、いずみは「そう、時間取らせちゃってゴメン」と言い残して去っていくのであった。




