42、何か俺が恨まれそうだなぁ
「何故、そう思うのかね?」
キルメヒアの声は、かつてない程に落ち着いていた。
浩助としては、怒るか、笑うか、茶化すか、のいずれかの行動に出るのではないかと思っていただけに、その行動は意外であった。
「怒らねぇんだな?」
「そう思った理由を知りたいからね」
ふてぶてしくさえ感じる態度には、自信が垣間見える。
その様子を見る限りでは、浩助の懸念するようなことはないのか。
そうは言えども、一度生まれてしまった疑念はきっちりと晴らさなければならない。
浩助は鼻息も荒く、疑念をぶつける。
「俺が疑わしいと思ったのは、テメェがあまりにも簡単に人間界に訪れてやがるからだ。魔界では、もしかして異世界への転移方法みてーな技術が発展してるんじゃねーのか?」
「それが長じて、異世界を融合させようとしたのではないかとアリーマは疑っているのかな?」
「まぁ、そんな所だ。――で、実際にどーなんだよ」
脅すような浩助の声音にもめげることなく、キルメヒアは肩を竦める。
「確かに、我々には異世界へ渡る為の技術がある。……だが、それはあくまで人間界と幻獣界の二世界に限定的なのだよ。いや、異世界が八つもあることを認識していなかったというのが正しいのかな? だから、我々が異世界融合を主導で行うことなど考えられないだろうな」
「人間界は分かるが……、幻獣界?」
聖也が戸惑ったような声を上げ、キルメヒアがしたり顔で頷く。
「魔物というものは知能が低いが、頑丈であるが故に、労働力や使い魔として好まれやすい。それらを捕らえるために、幻獣界へ渡る術が編み出されたのだよ。勿論、その魔物を抑えつけるだけの実力が主人には求められるので手軽ではないがね」
そういった考え方があるのなら、益々、魔族が八世界を融合させたのではないかと訝しんでしまうのだが、キルメヒア曰く「やっていない」とのことだったので、今はその言葉を信じることにする。
むしろ、彼女が言うには――。
「八世界が融合したという詳細な情報を持っているキミたちの方が怪しいのではないかね? 昔から召喚魔法の類の研究も盛んだったし、それを応用すれば八世界を融合することも可能なのではないかね?」
――とのことだ。
確かに、方法を模索することはできるかもしれないが、そこまでの力は人類にはないし、そもそもメリットがない。
その事を懇切丁寧にキルメヒアに説明して、その場はどうにか納得してもらう。
「ふむ。まぁ、一応そういうことにしておこう。――それでは、アリーマ」
「……すまないな、有馬君」
二人に有無を言わせぬ強い口調で迫られて、浩助は渋々肩を落とす。
「分かったよ……。新たな拠点を作りゃあいーんだろ……」
浩助は、そう言わざるを得なかった。
●
浩助が湖の畔に新しい町を作るらしい――。
しかも、その町は魔物や精霊との共存を目指すらしい――。
――との怪しい噂が、冒険者ギルドによってまことしやかに流されること三日。
浩助は慌ただしく出立の準備をしながら対応に追われていた。
「浩助、今大丈夫か? 服が出来たから届けにきたぞ」
「きたぞ~!」
まず、浩助たちの居住スペースを訪れてきたのは、拓斗と洛の職人ギルドコンビだ。
彼らは、浩助が採取してきた絹の蜘蛛糸を素材にして、服と下着類を完成させ、わざわざ居住スペースにまで持ってきてくれたのである。
染料が無かったため、学生服は見事な白ランになってしまっているが、それ以外にはシャツやパンツ、靴下などの着替え一式が一週間分も用意されており、浩助としてはホクホク顔にならざるを得なかった。
「おー、ありがてぇわ! マジありがとーな!」
「洛、頑張って作ったぞ! もっと褒めろ!」
「調子に乗りすぎだ! って言いたい所だが、良い仕事だから褒めてやる! 拓斗、洛……、有難うな。本当に……」
満更でもない顔で洛の頭を撫でながら、浩助は改めて拓斗たちに向けて感謝の言葉を発する。
色々と迷惑を掛けたり、迷惑を掛けられたりもしてきたが、彼らは確かにこの学園での親しい友人たちであった。
今回、急な事であるとはいえ、学園を去ることになったのだ。
親しき仲にも礼儀ありというわけではないが、きっちりと挨拶ぐらいはしておきたい。
「そんなしんみりと言われると気持ち悪いな。何かあったのか、浩助?」
「……お前らも知っているかもしれないが、今回、俺たちは湖の畔に町を作ることになった。その為に、学園を離れなきゃいけねぇ」
「聞いてるよ。端まで良く見えないほどのデカい湖の畔だってな」
「……だから、離れる前に、世話になってるお前たちには、きちんと挨拶をしておかねーと、と思ってだな……」
「何言ってるんだ? 俺達も行くぞ?」
「――はぁ!?」
浩助は神妙そうな表情を放り捨て、心底意外そうな表情をみせる。
その表情が面白かったのか、洛が顔真似をし始めるほどだ。
「行くって……、何でだよ? ギルマスに止められただろ?」
「そりゃあ止められたよ。けどまぁ、浩助の晴れ舞台だし? 俺も近くでお前のやる仕事を見たかったからな。後輩に職人ギルドのギルマスの座を譲って、浩助について行くことにしたんだ」
「洛も、ですニャーについていった方が楽しそうだから、ついてく!」
「そりゃあ、一から町を作るから、人手は幾らでも大歓迎だが……。お前らが職人ギルドを抜けると後々が大変そうで……、何か俺が恨まれそうだなぁ……」
「こっちも苦労させられたんだ。少しぐらい、その苦労を味わうと良いさ。……ま、行った先でも苦労しそうだけどね」
それでも、拓斗と洛は楽しそうに笑っていた。
彼らにとっては、モノ作りも町作りもそんなに大した違いはないのかもしれない。
結局、作るのを楽しんでしまった者勝ちなのだ――。
そんな雰囲気を、彼らは十二分に漂わせていた。
●
次に浩助たちの部屋に訪れてきたのは、国崎慶次であった。
「浩助、邪魔するぞ」
「邪魔すんなら帰れ! ……って、慶次かよ。別れの挨拶でもしにきたのか?」
「相変わらず、勝手な野郎だ。……そうじゃねぇよ、これからも夜露死苦頼むって話だ」
「……ってことは、慶次もついてくるのか?」
教室でねこしぇの収納から、持っていく素材と、置いていく素材の整理をしていた浩助は、手を止めて慶次に向き直る。
その作業を手伝っていた沙也加も、「また増えたんだ?」と零す程だ。
そう、拓斗だけでなく、浩助に連れ立って湖の町に移り住みたいという人間が、浩助の元を訪れては挨拶をしていく。
噂が流れ始めてから数日で、既に二十五人近くは同行を表明していた。
どうやら、慶次もその内の一人ということらしい。
「俺だけじゃねぇ。柳田や田中則夫とかもだ。――っていうか、俺たちみたいな、はみ出し者には、この環境はどうにも居辛くてな……。できれば、新天地でやり直してぇって思ってる奴がいるから、一枚噛ませてくれねぇかと思ってな」
「美優ちゃんや田中君も……?」
「まぁ、二人の名誉を守るために、何があったのかは教えねぇが……。二人共、今の学園に居るのは辛いと感じてるみてぇだ。だったら、新しい場所で頑張っていくのも有りだと、俺は思ってる」
「慶次はどーなんだよ? お前も辛いって思ってんのか?」
「俺はどっちかってぇと、自分の趣味を優先しただけだ。湖が近ぇ方が魚介系ラーメンを作るのに便利そうだからな。それに、色々と食材も豊富そうだし、今から楽しみなんだよ」
「そういえば、慶次はラーメン屋でバイトしてたもんな。この環境でも上手いラーメンを追い求めるなんて大したもんだよ」
浩助は素直に感心する。
必死でこの世界で生き抜いていくことだけを考えている浩助とは見えている世界が少し違う。
慶次はそれほででもないとばかりに肩を竦めると、今度は少しだけ憂いを帯びた表情で嘆息を吐き出す。
「ラーメンの方は、まぁ、楽しみなんだが。相棒の方が心配でな……。錆びねぇように丁寧にメンテしてやらねーとな」
「うーん、湿気は多そうだもんねぇ」
慶次と沙也加がしみじみとそんなことを言う。
何にせよ、学園側に居辛くなった生徒も何人か、湖の畔側に移動するようだ。
正直、ゼロからのスタートなので、人手は幾らでも欲しい。
浩助が影分身で百人力の労働力になるとはいえ、一人では補えない部分もある。
そういった部分を補える人材は、実に有用である。
特に、調理スキルなどは非常に有り難かったりする。
「というわけで、出る時には声を掛けてくれ。こっちも準備を進めるからよ」
「おいおい、明日ぐらいには出る予定だぜ? 間に合うのか?」
「間に合わなきゃ置いてくだけだ。連中も置いてかれたくはないだろうから、必死で用意するだろうさ」
慶次は悠長にそんな言葉を残しながら教室を出て行くのであった。
お別れ会(別れるとは言っていない)パート1。




