40、……辛いな。こういうのは
「ティアお母様!」
「ティニー!」
感動の母娘の対面なのだが……。
「うぅ、お母様! 怖かった! 怖かったよぅ~……!」
「もう、大袈裟ね、ティニーは。ぷち家出でどれだけの大冒険をしたというのです?」
抱きつく娘を優しく抱擁してやりながら、どこか噛み合わない会話を繰り広げるウンディーネ母娘。
どうして、こうもズレがあるのだろうとは思ったが、浩助は口には出さずに思うに留めた。
結局、あの後、弱っていたウンディーネの皇女――名をティニーといった――を回復させるのに、琴美の作ったヒーリングポーションを三個消費し、無事回復。
そのティニーを連れ立って、ウンディーネの隠れ里へと辿り着いたのだが、どうやらウンディーネの女王は、娘が行方不明だった原因を完全にぷち家出と決めつけているようだ。
そのせいで、どうにも会話が噛み合っていないらしい。
とりあえず、先程までは確証の持てない話であったために明言は避けていたのだが、此処まで状況が判明しているのであれば、隠し立てする必要もないだろう。
浩助はウンディーネの女王に、この湖一帯で起こっていた出来事について説明する。
最初は何の冗談かと疑って掛かっていた女王も、娘の証言を聞くに連れ、その顔を険しいものへと変えていく。
やがて、話を聞き終えた後で、女王は深々と浩助たちに向けて頭を垂れていた。
「申し訳ございません。そのような事態になっていたことを露知らず、私はついぞ呑気に構えていたのですね……。重ね重ねお詫び申し上げます……」
「そうか。それなら、詫びの印をきちんと体で――」
ポカっと、隣に立つ沙也加に殴られ、浩助は頭を抱えてしゃがみ込む。
防御力がゼロなので、割と痛いようだ。
「あぁ、気にしないで良いですよ。私達も仲間を探すついでに、事件に首を突っ込んだようなものですから」
「そ、そうは言われましても……」
恐縮しきりのティアの視線は、蹲る浩助の姿をどうしても捉える。
その姿は借金取りに怯える債務者のそれだ。
学校の不良の枠を超えて、そういう道の人に見られている時点で、浩助の未来は危ういのかもしれない。
「じゃあ、こうしましょう! ウンディーネさんたちは人間と仲良くして下さい! そうすることで、機甲種に対する牽制にもなりますし、お互いに得になることもきっと提供できると思います!」
「な、なるほど、他種族交流ですか……。確かに、私達だけでは機甲種に攻められたら、耐え切れる自信はありませんし……。こちらとしては、願ってもない話です。ですが、宜しいのですか? 私達から提供できるようなものは大したものはないのですが……」
「大丈夫です!」
自信満々に沙也加は言う。
「この溢れ出る水を少し分けて貰えるだけでも、私たちは大助かりなんですから!」
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「というわけで、話をつけてきたわよ! ギルマス!」
「よくやった!」
とりあえず、理由も聞かずに喜んだ後、聖也は真面目なトーンで浩助に視線を移す。
「――で? 状況が良く分からないのだが、有馬君、説明をお願いできるかい?」
「まぁ、そうなるわな。――って、毎回このパターンやるのかよ!?」
肩を竦める浩助は、生徒会室でお茶を飲んでいたらしい聖也に許可を得ることもなく、パイプ椅子に座り込む。
その左右には沙也加とキルメヒアが座り、キルメヒアの隣には琴美が座っていた。
無作法な態度ではあるが、聖也はそれを気にすることもなく、忍にお茶の用意を指示する。
相変わらず心の広い、クールな元生徒会長である。
「それで……、状況はあまり芳しくはなかったようだね?」
行方不明になっていた冒険者の安否については、学園内に戻ってきた時に連れていた人数の関係上、既に知れているのだろう。
琴美が少し暗い表情で頷く。
「はい……。一名を残して、他の冒険者は全滅していたッス。その一名の冒険者も、恐怖のためか、少し記憶の混乱が見られるほどッス……」
「その残った一名の冒険者が加藤久美子君であったと……、先程、大道寺君に聞いたよ。無事でいてくれたなら、念話のひとつでも送って欲しかったのだが……。そんな状況でもなかったということかな?」
琴美の視線が浩助に向く。
どうやら、続きは浩助に任せるということらしい。
面倒臭いと思いつつも、浩助はやれやれとばかりに口を開く。
「冒険者を誘拐したのは、機甲種とかいうロボ野郎たちだ。奴らは、生物であれば、人間も魔物も関係なく捕まえて、実験してたみてーだぜ? 実験生物どーのこーの言ってたしな。まぁ、詳しくは加藤某にでも聞き出してくれればいいんじゃねーの。気分の良い話は聞けなそーだがな」
「つまり、他の冒険者は……」
「…………。詳しくは聞いてねーが、ろくなことにはなっちゃねーだろーな……」
聖也が渋い表情を見せる。
これで、また学園の生徒に被害が出てしまった。
それを、自分の責任として背負い込んでいるのかもしれない。
危ういなと浩助は思うが、それが聖也という男の活力であり、魅力であることも理解しているので、強制的に重荷を外すような言葉は掛けない。
「……辛いな。こういうのは」
「仕方ねーよ。日本より、遥かに危険がうろついてる世界だぜ? まだ半分以上も生き残っていることを誇ろうぜ?」
「為政者は、それでは駄目なのだよ。だが、気休めにはなる。ありがとう」
深々と頭を下げる聖也に向かって、よしてくれとばかりに浩助は困り顔だ。
もしかしたら、本気で照れているのかもしれない。
面白いものが見れたとばかりに、隣で沙也加がにやにやしている。
「それで、ウンディーネの姫とやらの方はどうなったのかね? もしや、そちらも……」
「そっちの方は救い出した。機甲種の連中は、ウンディーネの体からエネルギーを絞り出してたみてーでな。死んでなかったから、美丘のポーションで何とか復活したよ。既にウンディーネの隠れ里? みてーなところに送迎済みだ」
「……そうか。それは良かった。本当に」
ほっ、と息を吐く聖也の様子には嘘偽りの気配はなく、本気で安堵しているようだ。
流石に、暗い話題ばかりでは気分も重くなるのだろう。
その気持ちは浩助にも分かるので、こちらも自然と表情が緩む。
「そんで、後は良い話題と、悪い話題があるが、どっちから聞きてぇよ?」
「では、悪い話題から願おう」
こういうものは、最初に悪い話題を聞いておくと印象が薄くなり、そこまで悪く感じないという心理が働く。
当然、聖也もそれぐらいのことは心得ていて、迷うことなく悪い話題から報告を受ける。
「悪い話題は、機甲種に目をつけられちまったってことだ。連中の通信システムだか何だかで、俺らの情報が流れちまって、同胞を殺した俺に対してお礼参りにくるかもしれねーってよ。ついでに、強くなる可能性のある人間も殺すっつー話だ」
「ぞっとしない話だな……。まぁ、それは今すぐにどうこうなる話でもないか……。手は打つ必要があるとは思うが、緊急という程でもないだろう。――それで、良い話題というのは?」
「ウンディーネと仲良くなったってことだな。連中も機甲種の凶行には怯えてるみてーだから、手を取り合いたいって話だ。差し当たっては、水の提供を頼んでみたら、快く引き受けてくれたぜ?」
「なるほど、それは嬉しい話題だね。水が豊富に使えるなら、お風呂とかの設備も作れそうだ」
「「――お風呂!」」
女性陣が声を揃えて反応を示す中、キルメヒアだけは冷静に手を挙げる。
「すまない。そこで、少し提案があるのだが」
「何かな? キルメヒアさん」
聖也の言葉に、少しだけ逡巡した後、キルメヒアはこう切り出していた。
「……湖の畔に、もうひとつ人間たち主導の拠点を作ってみる気はないかね?」
それは、浩助たちからしてみれば意外な提案であった。




