38、大したものだ
床も、壁も、天井も、全てが薄っすらと紫色に光る空間の中、けたたましい銃声が木霊する。
床を跳ねて、壁に当たり――。
更に壁に当って、また跳ねて、天井に当って、床を跳ねる――。
三百六十度、忙しなく動く銃弾を細雪で丁寧に斬り捨てながら、浩助はイウダ・ジ・オールと対峙していた。
「大したものだ」
刹那で三十七発の銃弾を斬って捨てた浩助は、荒い息を吐きながらも、まだ五体満足でその場に立っていた。
腕や足、頬や脇腹などに数度、傷を負い、血が流れ続けてはいたが、その動きにはまだキレがあり、弱っているといった印象は受けない。
予想以上のパフォーマンスを見せる浩助に、イウダ・ジ・オールは素直に賞賛の言葉を送る。
「今まで捕獲して実験してきた生物の中でも格段に強い。テュールシステムがなければ、私も危ういところだったかもしれないな。最も、仮定の話なので意味はないが」
イウダ・ジ・オールの話を聞いているのかいないのか、浩助は大きく肩で息をするばかりだ。
その額には玉の汗が浮かび、所々朱が滲むYシャツは汗で浩助の肌に引っ付いている。
それでも、眼の奥に宿る光だけは死んでおらず、今もイウダ・ジ・オールの言葉を遮るようにして、闇具作成で作った銃弾を素早く撃ち込んでいた。
その弾丸は、イウダ・ジ・オールを囲む半径一メートルの球状に触れた瞬間に掻き消え、僅かながらの紫色の光を散らす。
やれやれ、とイウダ・ジ・オールは肩を竦める。
「その攻撃は今ので三十四回目だ。未だ魔力が尽きないことを鑑みると、精神力においても最高峰のスペックを誇るようだが、如何せん頭が弱いな。まぁ、実験生物として考えるのであれば、問題ないのだろうが……、残念だ」
イウダ・ジ・オールが駆ける。
大きなストライドで走る様は、まるで人間のスプリンターのようだ。
二足歩行であるが故に、自然と効率的な走法が人間に似通ってくるのだろう。
浩助はその接近から遠ざかるために、必死で加速して距離を稼ぐ。
「また逃げるのか? これで、逃げたのは七十八回目だぞ。そして、今度は壁を蹴って昇るか、天井を走るのか? 私の体に高速起動装置が付けられていれば追えるのだが……、もどかしいな」
大仰に嘆くイウダ・ジ・オールの周辺では、浩助がばら撒く闇の銃弾が弾け飛んでおり、彼がまだ勝利の可能性を捨て去っていないことを伝えてきていた。
だが、それもそろそろ終わりで良いだろう。
イウダ・ジ・オールは両の手に意識を集中させていく。
すると、そこから長く細い紫色の光の刃が伸び始める。
テュールシステムを応用した紫光の剣。
それは、イウダ・ジ・オールの意志によって幾らでも長くなり、更にはどのような攻撃でも折ることのできない最硬の剣になる。
勿論、魔法も効かない。
「…………」
浩助の視線が鋭くなる。
それは、テュールシステムを使って光剣を作った為に、イウダ・ジ・オールの護りが薄くなったのではないか、と探る目付きだ。
その証拠に、浩助の放つ銃弾の嵐がより一層の密度を以って、イウダ・ジ・オールの周囲を叩く。
「こうも意味のないあがきを続けて、何を考えているのかね? ……む?」
瞬時に反転した浩助が、イウダ・ジ・オールに近付いて彼の半径一メートルの範囲外から、無数の斬撃を放つ。
一呼吸の間に三十二振り――。
イウダ・ジ・オールの目の前を紫色の火花が散り、彼が紫光剣を横薙ぎに振るよりも早く、浩助は既に射程外にまで移動していた。
圧倒的な速さ――。
いや、その速さは、この戦いの中で更に成長しているのではないだろうか?
イウダ・ジ・オールは試すように、自身の指先の砲身からセミオートで銃弾をばら撒く。
普通の人間であるならば、蜂の巣になって死ぬはずのその攻撃も、浩助は一歩も動くことなく銃弾を斬って落としてみせる。
「たまに反転して、攻撃して、時間稼ぎのつもりかね? いや、もしや……」
イウダ・ジ・オールの視線が虚空に向けられる。
「マザーよ、基地内に有馬浩助以外の侵入者がいないか調査してくれ給え。そして、その報告を私に寄越すのだ」
《その答えでしたら、既にあります。有馬浩助の他に二人の侵入者がおります》
「迎撃装置は働いているのかね?」
《有馬浩助に、当施設の迎撃設備の七割を破壊されたため、現在は復旧中です》
「やれやれ、これは私が出向かないと駄目か」
表情のない光沢ある金属面を手で覆い、イウダ・ジ・オールは実に人間臭い仕草をしてみせる。
どうやら、有馬浩助は協力者による援護をあてにしているらしい。
確かに、現状では、彼に打開策がないのだから、他人に頼るのは当然のことだろう。
やられた、とイウダ・ジ・オールは思う。
「やってくれたな、有馬浩助。……だが、礼も言わねばな。君の御蔭で新たな実験生物が二体も手に――」
「あぁ、もういーや。まぁ、こんなもんだろーよ」
浩助はそう言って、刀を――。
――振らない。
「……?」
だが、次の瞬間には気流が渦巻き、浩助の刀の付近に呼び寄せられるようにして大気が移動する。
恐らくは風魔法の類であろう。
イウダ・ジ・オールは、今更そんなものが何になるのかと鼻で笑う。
彼のテュールシステムは完璧だ。
どんな物理攻撃も防ぐし、どんな魔法攻撃であろうとも突破することはできない。
元々、テュールシステムは機甲界における波動理論という理論を元にした物理特化型の電磁防御システムであった。
波動理論というものは、世界に存在する全てのエネルギーは波によって示すことができるという理論であり、その波を解析して増幅すれば現象の増大を、逆に解析して逆波形をぶつけることで、波を打ち消すことができれば、現象の消失を巻き起こすといった理論である。
テュールシステムは、まさしく後者を実現させた機能であり、事象の全てに対し、自動で逆波形を打ち出すことで現象を無効化する機能を有していた。
例えば、振り下ろされた刀が持つ運動エネルギーに、反する波をぶつけてやることで、そのエネルギーは消失する。
浩助が無数にテュールシステムを斬りつけていたが、あれは全て一瞬で速度を失っていたため、刀を振りながら、腕が空間に固定されるような違和感を覚えていたはずだ。
そして、このテュールシステムは物理の無効化だけに留まらない。
イウダ・ジ・オールがこの異世界で情報を集めた中で着目したのは、マナという要素である。
機甲界とは違う、また別の世界では、分子や原子によって世界は成り立っておらず、マナという構成要素によって世界が成り立っているらしい。
そのせいかは分からなかったが、テュールシステムは魔法だけはどうしても防ぐことができなかったのである。
恐らく、世界を構成する理が違うのだろう。
だから、イウダ・ジ・オールはマナを基軸とする新波動理論を立ち上げた。
元々、テュールシステムの研究者でもあった彼は、実験と研究を繰り返し、その結果、よりマナに近しい存在からエネルギーを吸い出して、テュールシステムを発動することによって、魔法の力さえも打ち消せることを発見。
そのために、マナに近しい六大精霊と呼ばれる種族の中でも、特に力を持つ王族の血筋のものを誘拐し、システムを維持するためのエネルギー炉へと焚べていた。
だからこそ、イウダ・ジ・オールは自信を持って言える。
今更、浩助が風魔法を使ったところで、事態は何も変わりはしないのだと――。
「もう少し上げても良かったんだがな。カンストしたか? ねこしぇ?」
「? 何を話しているのだ、有馬浩助……?」
イウダ・ジ・オールの疑問に、浩助はどうということもないとばかりに頭を掻く。
最初に受けた頭の傷が塞がったためか、凝固した血の塊がポロポロと床に落ちた。
「まぁ、もう終わらせるから教えといてやる。この細雪という刀には斬った相手の速度を吸収する特性がある。その割合は斬った相手の速度の一割だそーだ。……んで、テメェは調子に乗って銃弾を幾度も俺に対してばら撒いた。銃弾のステータスって見たことあるか? 何か、速度だけで一万もあるらしいぜ?」
一万の速度の物体を斬り落とした場合、浩助のステータスに追加される速度は百。
それを百も斬れば、一万――。
千発の弾丸を斬れば、十万――。
イウダ・ジ・オールは一体何発の弾丸を、浩助に向かって撃ったのだろう。
少なくとも、百や二百できかないことは確かだ。
それでは、浩助の速度は最初の速度よりも二倍にも三倍にも上がっているのか?
だが――。
「それがどうした? 早くなったところで、私のテュールシステムは無敵だ。全ては無駄だよ」
「その様子だと知らねーみてーだな。速さが上がるとよー、知覚できる世界が広がんだよ。つまり、一見無敵に見えるそのバリアもコンマ以下のゼロゼロゼロ……何秒で、赤の光と青の光で交互に輝いているってのも見えちまうのさ。……んで、さっき試した限りだと、赤が物理防御で、青が魔法防御っぽいんだよなー。――どれ」
浩助の姿が一瞬で掻き消える。
いや、違う。
音と光を置き去りにして移動したから姿が見えないだけだ。
大気が一斉に移動し始めるのに気付いて、イウダ・ジ・オールは慌てて後ろを振り向く。
浩助は、ただそこに背を向けて立っているだけであった。
「……速度で誤魔化して、勝ち誇るつもりなのかね? そこまで大口を叩いたのだ。せめて、少しは面白いものを見せて貰わないとな」
「何だよ。機械だから、痛覚がねーのか。……そら、落し物だ」
そう言って浩助が投げたものは、硬い音を発して床を転がる。
イウダ・ジ・オールの足元まできて止まったモノの形状を見て、彼は始めて気付いたかのように自身の左手に視線を向ける。
そこには、手首から先のないイウダ・ジ・オールの左腕があった。
数瞬の沈黙は驚愕を意味するのだろうか。
イウダ・ジ・オールは、戸惑ったように自身の左腕と、斬られて落ちた左手を交互に確認する。
「何を……、した……?」
「言っただろうがよ。それとも、理解出来てねーだけか? ロボでも馬鹿な奴っているんだな」
「……わけがないだろう」
「――あ?」
あまりに小さく呟かれた言葉に、浩助は思わず聞き返す。
イウダ・ジ・オールは、斬られた自身の左手を思い切り踏みつけて破壊しながら叫ぶ。
「このテュールシステムを突破できるモノがいるわけがないだろうがぁぁぁぁぁッ! 何をしたと言っているんだぁぁぁぁぁッ! 有馬浩助ェェェェェッ!」
その叫びは、人間であるのなら血を吐いていたのだろうな、と浩助は場違い的にそんなことを思うのであった。




