閑話、やっぱり心配なんだよ
「よぉ、慶次。何してるんだ?」
「拓斗か……」
学園の南に位置する駐輪場から原付バイクを力任せに引き摺り出した慶次が振り向く。
そこには、困ったような表情を見せる拓斗がいた。
それを見て、慶次は何となく事情を察する。
「苦情でも来たか」
「分かってるならやらないでくれよ。自分の原付を勝手に慶次が弄っているみたいだから、注意して欲しいって言われたんだよ」
「自分で言いに来いって返してやれ。それに、コイツは俺たちにとっても悪くねぇ話なんだ」
「悪くない話? それなら、せめてギルマスに話を通してやってくれ。……苦情がこっちに来て大変なんだからさ」
「なら、お前に許可を取る。やらせろ。いいだろ?」
「いやいやいや、無茶苦茶過ぎるでしょ!? ……それで、結局、何してるのさ?」
興味深そうに覗きこむ拓斗に対して、慶次は親指で場所を指し示すことで答える。
何があるのかと視線を向けたところで、拓斗は一生懸命に鍛冶スキルを行使している洛の姿を見つける。
原付の前輪と後輪を取り外し、その場所に球状の金属を取り付ける作業をしているようだ。
既に、何台かはその作業が終わっており、洛の近くに整列している。
持ち主に何と言われるやら……。
拓斗は胃の痛くなる思いだ。
「洛ちゃん? 何やってるの?」
「拓斗! 洛は今、一生懸命、風火輪バイクもどきを作っているぞ!」
「へ、へぇ、そう……? というか、日本語上手くなってないかな?」
「慶次と話してたら、スキルが上がったぞ!」
「何ていうか、異世界って色々と凄いな……。で、風火輪バイクって何? それ、ウチの学校の生徒の原付なんだけど……」
拓斗が矢継ぎ早に質問するよりも早く、慶次が一台のバイクを持ってきて、そのハンドルを拓斗に握らせる。
「原付って、そんなに軽くないんだけど、慶次は軽々と運ぶなぁ……」
「レベルが上がって攻撃力が上がったからな。どうも、力も上がったみたいだ」
「そんなもんかね。……で、コレ、俺の原付なんだけど、もう魔改造済なわけ?」
「とりあえず、乗ってみろ」
有無を言わせぬ口調に、非難の視線を浴びせながら、拓斗はそれでも自分の原付に跨る。
エンジンも掛かっていない原付に跨り続ける姿は、どことなく滑稽だが、その認識が誤りであったと拓斗は早々に気付くことになる。
ハンドルを握った瞬間、拓斗の原付は僅かながらも宙に浮いていたからだ。
「な、なんだこりゃあ!?」
「風火輪バイクもどきだよ!」
「ルゥが風火輪を作った際に、失敗した奴があるっていうからよ。チャリ置き場にある原付に取り付けることにした。安定性や、最高速度に問題はあるらしいが、燃料なしで使える足が量産できんのは、悪くねぇだろ?」
「そりゃ、悪くないけど……。そういうのは、一声かけてからやってくれないかな? 当事者に説得するのが骨なんだよね。……で、どうやって、降りるのコレ?」
念じれば降りられるという雑な助言を拓斗なりに解釈して、試行錯誤しながら、何とか地面に降り立つ。
少し疲れたような表情を見せながらも、少し楽しめたようで拓斗は満足そうな表情をみせる。
「まぁ、何しているのかは分かったけどさ、さすがに他人の物を勝手に改造するのは問題あるから、今後は一声掛けてからにしてくれよ?」
「チッ、細けぇ奴だ」
「まぁ、そう言わずにさ。……それにしても、慶次は落ち着いているんだね」
「…………。さっきの爆発か」
拓斗は頷く。
彼がこんな場所にまで出てきたのは、慶次が原付を勝手に弄っているという苦情が届いたというのも勿論あったが、それ以上に気になることが外で起きていたからだ。
「あぁ、何か湖の方で爆発みたいな音と煙が噴き上がったって聞いた。浩助に何かあったんじゃないかと思って、どうも気を揉んでしまってね……。仕事も手に付かないから、気分転換にここまで来たんだよ。慶次は気にならないのか? 浩助とは中学の時からのダチなんだろ?」
「ダチ、か……。そいつは、ちょっと違うな」
「ん? そうなのか? 俺は浩助からそう聞いていたんだが……」
だが、拓斗の言葉に、表情をあまり崩さないはずの慶次が薄く笑みを浮かべる。
その様子に、思わず目を見張る拓斗だが、それも失礼かと思い直し、すぐに何事もなかったかのように普段の表情へと戻す。
「俺はアイツと事を構えるのが怖かった。だから、アイツと仲良くする道を選んだんだ」
「怖かった? 浩助が……?」
心底意外そうに拓斗は目を丸くする。
だが、慶次の表情は嘘を言っているようにはみえない。
それどころか、いつも通りの大真面目な表情そのままだ。
「テメェは、中学が別だったから知らねぇかもしれないが、中学の時の浩助はヤバかったぜ……。性格がキレてるとか、行動が読めねぇとか、そんなんじゃねぇんだ。頭のネジが二、三本飛んでやがるんだよ」
「そうだったのか? そりゃ、小学生の頃は、妹を馬鹿にされたら上級生に喧嘩売ってボコボコにされたりもしてたけど……。そこまでイカれた奴じゃなかったと思うが……」
拓斗の言葉に、慶次は「甘いな」と零す。
彼のサングラスの奥の目は、昔日の日を思い出したのか、決して笑ってはいなかった。
「アイツがイカれ始めたのは、中学に入ってから間もなくしてだ。入学してすぐに三年と揉めてな。……割とやりたい放題にやられてた。殴られたり、蹴られたり、カツアゲされたりってな。……けど、三年の先輩がアイツに『妹とヤらせろ』みたいなことを要求してからだ。――アイツは豹変した。……やられることを止めた。……やる側に回ったんだ」
拓斗には、その時の浩助の姿が想像ができない。
ただ、慶次は声が震えないよう、必死で感情を押さえながら言葉を吐き出す。
「闇討ち、武器の使用なんざ、当然。相手が大切にしているものや、秘密にしていた情報なんかも、どこからか仕入れてきて、笑いながら仲間割れをするよう指示して、同士討ちをさせて、弱った所をボコボコに叩いたらしい。んで、全員を全裸で土下座させて、ゴミを食わせて美味そうにしている様子を写真に撮ったとか何とか……。まぁ、やりたい放題やったらしいぜ」
「そりゃ凄いな。だが、何か曖昧だな?」
「怖ぇのは、その事を三年の先輩が誰も語らなかったことだよ。その件に関しては、一切の詳細が漏れなかった。俺が聞いたのも浩助から、うっすらと聞いただけだしな。……だから、浩助は学校を停学になることもなかったし、アイツは一人悠々と学校に出続けていた。三年の先輩なんか、ビビっちまって浩助を避けるぐらいだったのにな」
「あの浩助が? アイツ、そんなに頭が良い印象はないんだが……」
情報戦で追いやるなんて浩助らしくないというか、拓斗の持つ印象とは随分とかけ離れている。
だが、残念ながらとばかりに慶次は頭を振る。
「勉強は確かにできねぇよ。俺とどっこいだろ。知識もある方じゃねぇし。……だが、頭の回転が早い。相手が何を嫌がって、何をすれば勝てるのか、それを瞬時に判断できる。そして、おっかねぇことに、自重するためのブレーキってもんが壊れてやがるのさ。同情とか、躊躇ってものがねぇ。だから、俺はアイツだけは敵に回したくはない一心で、アイツと仲良くなったんだ」
「浩助が、中学時代にそんなことになっていたなんて、にわかには信じられないな……」
拓斗の視線は、自然と浩助が向かったとされる湖の方角へと向く。
高校に入ってからの浩助は、どちらかと言うと、親しみ易い、格好だけの不良のようなスタンスであった。
だが、慶次の話を聞いた後では、そのスタンスの持つ意味がはっきりと変わってくる。
恐れ、避けられる存在から、親しみやすく、話しやすい存在へのシフトチェンジ――。
その思いの裏にあるものを読み取って、拓斗は小さく息を飲んでいた。
「だからよ――」
慶次は湖の方向に視線を向けながら、阿呆らしいとばかりに呟く。
「――アイツを心配するだけ無駄だと思うぜ。アイツが負けるなんてことは想像できねぇからよ」
「慶次の言う通りなら、そうなのかもな。でも、俺はやっぱり――」
浩助の少し不機嫌そうな顔が脳裏に浮かぶ。
特別扱いするな、俺は普通だ、と今にも聞こえてきそうだ。
それも、少しだけ寂しそうな目をしながら言うのだ。きっと。
「――心配なんだよ」
想像の中の浩助の意向を汲んで、拓斗はそう呟くのであった。




