3、生菓子管理人
「ほう。御主が妾の課した課題をクリアした者か。ふむ、とりあえず、そこに座ると良い。あぁ、茶は要るかのう?」
次に浩助が気がついた時、そこは見知らぬ空間――、というか宇宙だった。
足下に星々が輝き、天井にも星々が瞬き、青や、赤や、緑やら、様々な星が浩助の近くを過ぎ去っては流れていく。
神秘的といえば神秘的だし、非現実的といえば非現実的。、
そんな空間のど真ん中に置かれたちゃぶ台を挟んで、浩助ともう一人の少女は向かい合いで座っていた。
年の頃は、十歳前後だろうか。
黒髪のおかっぱ頭に黒い着物を着ている姿は、浩助に座敷童子という単語を思い起こさせる。
まぁ、何かそんな奇妙な存在が、その場に座り、こぽこぽと緑茶を注いでくれていた。
そして、しばらくして、浩助の目の前にも緑茶が出される。
「えぇっと、脳みそが追いつかねーんだが……。アンタ誰だ? そして、此処は?」
「ふむ、少しは憤怒の効果が薄れてきているかのう。良い事じゃ」
「俺は、アンタが誰かと、此処が何処かと聞いているんだが?」
「そうじゃな。質問に答えよう。妾は、八界鎖那。他にはヤクシャーサだの、八界の魔王だのと呼ばれておる。まぁ、簡単に言ってしまうと、八世界を管理する管理人じゃな」
「八世界を管理する管理人? ……いや、管理人はまだ意味がわかるが、八世界?」
「広い宇宙にはのう、科学で進歩してきた地球とは違う形で進化してきた星――まぁ、妾たちの間では、世界と言うておるが――そういうものがあるのじゃ。簡単に言えば、魔界、冥界、仙界、天界、妖精界、幻獣界、機甲界、そして人間界の八つじゃな。その文明を管理し、見守っとるのが、妾たちじゃ」
「わかったような、わからんような……」
「まぁ、科学の代わりに魔法を使ったり、人間の代わりにロボが自立して動いてるような世界があると考えてもらえば良い」
「はぁ……」
吃驚するというか、怒るというか、いきなり何を言っているんだ? という思いが強い浩助は、生返事を返すしかない。
そして、お茶を一口啜る。
お茶には煩いほうではないが、普通に美味い。
「お茶美味ぇな。茶菓子ねーの?」
「おう、あるぞ。食え食え」
どら焼きやら、芋ようかんやら、何故か生菓子ばかりが出て来るが、どれも美味い。
浩助はご相伴に与りながら、鎖那の言葉の続きを促す。
「それで、此処は?」
「妾の世界じゃな。先の八世界とは違って、それらの世界を覗く管理人室と思ってくれれば良い」
「ふーん。なんか、チカチカして落ち着かないな。っていうか、ふわふわしてかな?」
宇宙空間に敷かれた座布団に腰を下ろしているために、そんな感想が出て来るのかもしれない。
浩助は、自分の真下を覗きこむ。
そこもやはり、宇宙空間であった。
「まぁ、八つの世界を同時に監視せんといかんからのう。なるべく、見通しは良いほうがよいだろうと思ってこの管理人室を作ったのじゃが、少し風通しが良すぎるかのう……」
「まぁ、いいんじゃねぇの? ……で? 俺が此処にいるのは何でなんだ?」
「それは、御主が妾の出した課題に合格したからじゃよ」
「そういえば、さっきもそんなことを言っていたな。何なんだよ、その課題って」
「ふむ。まずは、分かり易いように結論から話そうかのう」
そう言って、鎖那は落ち着いた様子でズズッと茶を啜る。
「妾の管理する八つの世界が一部融合してしもうた」
「……はぁ?」
「つまりは、ようこそ異世界へ♪ 魔界も冥界も仙界も天界も妖精界も幻獣界も機甲界あるよ♪ てへぺろ♪ という感じじゃな」
「ふ、ふざけんじゃねーぞ!? 俺たちの学校が見たこともねー場所に飛ばされたのは、てめぇが原因か!? てか、やっぱり夢じゃないのかよ!?」
「ふむ、夢か夢でないか、と言ったら夢ではない。だが、世界を融合させたのは妾ではない」
鎖那の声のトーンが一段階落ちる。
「融合させたのは、他の者じゃ。恐らくは人間界以外の七世界の何処かの住人じゃろう。放っておけば、全ての世界が融合するところじゃったが、妾が寸前で気付いて横槍を入れた。その御蔭で八世界の一部分だけの融合で済んだと思ってもらいたい。故に、御主らの苦境を作り出したのは、決して妾のせいというわけではない。――が、監視していたにも関わらず、気付かなかったのは妾の落ち度じゃ。許せ」
「ちっ――、アンタに悪意が無いことは何となくわかるから、そこまでは責めねーが、俺達の学校を異世界? に巻き込んだ馬鹿は何処のどいつだ。そいつは、許せねーぞ!」
「それは、妾にもわからん。妾の目を盗み、八世界を融合してみせようとしたことからも、相当の実力者であることは察しがつくが……。悔しいが、妾よりも格上の可能性さえもある……」
「おいおいおい、アンタ、管理人じゃないのかよ!?」
「妾はあくまで管理人。八つの世界の方向性を導くものじゃ。八つの世界の中でどれほどの力を持ち、どれほどの研鑽を積もうとも、妾が邪魔することも、止めることもできん。その者の力が妾を上回ろうともな……」
何処か遠くを見つめ、乾いた声で笑う。
それは、自身の置かれた立場を自虐しているのだろう。
監視者は、監視しかできないからこそ、監視者なのだ。
「わかった。アンタが監視する八つの世界の何処かに、この現象を引き起こした馬鹿が居ると。……で、課題ってのは何なんだ?」
「この騒動を止める、資質ある『人間』を一人、選びたかったのじゃ」
「……ぁん?」
「勇気があり、行動力があり、強いものであり、人間である――、その条件を満たした時、この管理人室に自動的に転送するよう、プログラムを組んでおったのじゃ」
「俺が、そうだっていうのかよ……」
「じゃが、プログラムは御主を転送した。適性があったということじゃ」
「だが、何で、人間という条件なんだ? 八つも世界があれば、人間なんて一番弱いんじゃねーのか? そんな奴を呼び寄せてどーすんだよ?」
「確かに、八つの世界の中では、人間が一番脆く、弱い。だが、逆説的にいうと、だからこそ、今回の事件の犯人である可能性が低いとも言える。人間の科学が幾ら優れているとはいえ、八つの世界を同時に融合させることなど不可能であろう?」
「確かに、そうかもしれねーけど……。けど、俺なんかを呼び寄せても、何かできるとは思えねぇぞ?」
「できる、できないではなく、やってもらうしかあるまい。恐らく、この世界を融合させようとした者は、完全に八世界を融合させるために既に動き出しておるだろう。最悪、次には完全に八世界が融合する可能性すらある。今は、御主らだけで済んでおるが、下手をすると他の人間も根こそぎ、この世界に引きずり込まれかねん」
ふと、浩助の脳裏に浮かぶのは肉親たちの顔だ。
世界が融合した場合には、浩助たちだけでなく、他の人間まで多くの災厄に巻き込まれることになるという。
辛そうな表情の母や、泣いている妹の顔が瞬時に思い浮かぶ。
「そうじゃ、お主の母親や妹も、この地獄のような環境に叩き込まれる可能性がある」
「……ちっ、勝手に心の中を読むんじゃねーよ」
「だから頼む。お主に、この世界を繋げようとした首謀者を――、犯人を捕まえる救世主となって欲しい」
「…………。俺だって、妹とお袋を巻き込むのは嫌だ。できれば、力になってやりてーとは思うけど……。八世界を融合させようとかする奴に、ただの人間なんかが勝てやしねーよ。それこそ、無理って話だ……」
「その辺は大丈夫じゃ。人間界が巻き込まれる寸前に、妾がある小細工を仕掛けた。空間融合を受けた人間には、その瞬間に強く心に思い描いていたものに近しい【スキル】が付与されるようになっておる。これを使いこなせば、きっと戦えるようになるはずじゃ」
「スキル?」
疑問形で聞くと、鎖那は底意地の悪そうな笑みを浮かべて、三日月型に口を歪める。
「御主が使っておった、捷疾鬼、などのスキルじゃな。試しに、ステータスオープンと念じながら、視界の片隅にちらつく文字に意識を集中してみよ」
「本当かよ……。マジでゲームくせーな。……ステータスオープン」
浩助の心の声に反応したように、視界が一瞬で字で埋まる。
ステータス回は次回になります。