36、強襲アリマ人
それは、ケーキにナイフを入れるかのように、音もなく、滞りもなく、行われた。
蜘蛛の影から突き出た白銀色の輝きは、蜘蛛型の機械人形の頭を一突きで貫くと、そのまま胸をざっくりと裂いて走る。
『ギ――』
三体の内、一体が行動不能になったことで異変を感じたらしい蜘蛛二体が動きを止める中、その身に刀を生やした蜘蛛は腹までを真っ二つにされ、その場にくず折れるようにしてごとりと転がっていた。
影の中から、ゆっくりと男が浮かび上がってくる――。
「? 何だ、爆発しねーのか? 色々と水原と打合せてた意味がねーじゃん」
《施設内だからじゃないの? 家の中で自爆されても困るでしょ》
「そりゃそーか」
軽く散歩をするような気負いのない、ゆったりとした動作で這い出てきたのは、有馬浩助だ。
勿論、そんな闖入者に快い反応を示すはずもなく、二体の蜘蛛は警戒するように浩助に向き合う。
どうやら、向こうも戦闘態勢に入ったようだ。
浩助がそう認識するよりも早く、蜘蛛の腹の皮膚がパネルのようにめくれ、そこから二十四もの砲門が出現する。
だが、その砲門から射出されたのは、ミサイルや弾丸などではない。
陽炎のように揺らめき、気配の希薄なそれは、浩助の目に正確には捉えられない代物だ。
光学迷彩式遠隔操作型機動砲台――。
本来なら、銃口と三百六十度の高速機動を可能にする反重力推進システムを搭載した、インク瓶のような姿が見えるのだが、今は光学迷彩のために周囲の景色と溶け込んでいる。
その姿を肉眼で捉えるには、かなりの難度を要することだろう。
「コイツは、結構、面倒クセェ状況か?」
二体の蜘蛛と、四十八の機動砲台。
凡そ、人間には対応が不可能と思われたそれは――、だが、起動することなく床に落ちて、甲高い金属音を響かせていた。
「【暗黒魔法】精神消失――」
遠隔による操作型の機動砲台だ。
操作する側の蜘蛛二体が急に意識を消失した時点で、行動することなく、墜落する。
蜘蛛二体を刀で斬りつけて、あっさりと塵芥へと変え、浩助は悠々と大きな隔壁の前へと立つ。
陽動には、陽動としての、派手な挨拶の仕方がある――。
それを思い描いたのか、浩助の口元には深い笑みが浮かんでいた。
《魔法が通じる相手なのね。機械って、そういうのに強いイメージがあったから意外だわ》
「ねこしぇに教えて貰ったステータスによると、魔法攻撃力も魔法防御力もほぼねーし、それが弱点なんじゃねーの? まぁ、そもそも、暗黒魔法は魔族でも一部にしかできねーとっておきだ。耐えられて貰っても困るっつーの」
ピシュンっと、空気が避けるような音が一瞬聞こえ、閉じていた隔壁が金属のサイコロステーキとなって床に転がる。
剣筋すら見せることなく、数度の斬撃の音が重なって聞こえるほどの高速の剣技――。
その様に、浩助も少しだけ驚いたように眉を顰める。
「何か、さっきから動きが早過ぎねーか? 捷疾鬼のスキルレベルが上がったからか?」
《さぁ? 私にそれを聞かれても分からないわよ》
「それもそう――」
浩助の言葉が途中で途切れ、施設内に警報が鳴り響く。
機甲種という、機械塗れの種族のくせに、随分と前時代的な警報だと浩助が思わず苦笑を零すほどの典型的な警報であった。
《見つかったみたいよ、有馬》
「それが目的だろ。問題ねーよ」
《ニャー! ご主人様、前から敵の気配ですニャー! 数は三十ですニャ! 個体名ガービィという拠点防衛型の機械人形のようですニャ! ステータスは必要ですかニャ?》
「いらねー……が、村正が欲しい。出してくれ」
《分かりましたニャ》
空間が水鏡のように揺れ、そこから村正の柄が現れる。
浩助はその柄を手にとって引き抜くと、改めて鞘を空間の中へと戻し入れる。
二刀を自身の全面で交差するようにして、ゆっくりとその切っ先を地面へ向け――、浩助は顎を上げて視線を下げて、見下すように、あるいは悦に入るように呟く。
「テメェらが人じゃねーことに感謝しねーとな。……遠慮なく殺れる」
《有馬、それ悪人みたいだからやめた方がいいわよ? ……まぁ、正義の味方なんてガラじゃないかもしれないけどね》
「そーいうことだ。まぁ、遠慮なくやれるってのは、偽りのねー本音だけど……――よぉっ!」
瞬間、施設内の廊下に黒い閃光が駆け抜ける。
その一瞬で、三十ものガービィが紫電を迸らせて、動作を止めていた。
黒く見えたのは、浩助の制服のズボンと、彼の髪の色のせいか。
侵入者を迎撃するための百の銃口が僅か三秒で通路中に迫り上がってきて、それらが狙いを定めるよりも早く――、その砲身が金属の細氷となって、宙を舞う。
まるで、チャフのように煌めく輝きも、浩助が巻き起こした暴風にすぐに散らされて掻き消える。
そんな光景を置き去りにして、浩助は施設内を駆け抜けていた。
左手側に五連の金属製の扉が一瞬見え、浩助は壁ごと一刀の元に扉五つを斬り裂く。
とんでもない力技だ。
上下に絶たれた扉の向こう側に何があるのかは分からなかったが、浩助としては派手に動ければそれで良い。
通路の右側に見える七つの扉も同じようにして斬り裂き、T字路を右へ――。
勢いを殺すことができずに、壁を走り、天井を走り、そして、螺旋を描いて床へと戻ってくる姿は、最早漫画で見る忍者か何かのようだ。
浩助の声も自然と弾む。
「おー! 何か、青いハリネズミになった気分だな!」
《私は何か目が回ってきたわ……。でも、これに慣れたら、何か新たな剣の道に目覚めそうな気もするのよね……》
「気のせいじゃねーの? お、新手発見~! 更に速度を上げるぞ!」
浩助の体が沈み込んで、地面と平行に跳躍する。
人型をした機械人形が、何やら先端が光る銃やら、刃が光っている長物やらを構えようとしていたのだが、それが成るよりも早く、全てが浩助の二刀の元に散っていく。
機械人形の腕が弧を描いて飛び、脚が地面を転がり、頭が天井に叩き付けられ――。
数体の機械人形が千鳥足のように不可思議な動きをして、たたらを踏んだかと思うと、追随する暴風に跳ね飛ばされて、壁や天井や床にその身を激しく叩き付けられて動きを止める。
浩助が通りすぎた後には惨憺たる有様が広がるだけだ。
「うーん。どういう武器だったのか、興味あったな……。闇具作成で作れたかもしれねーし。急ぎすぎんのも考えものか……」
《――って、有馬、上!》
浩助が背後に気を取られて、速度を一時的に緩めた瞬間を狙って、頭上から分厚い隔壁が落ちてくる。
当たれば即死。
当たらなくとも進行方向を操作するのが狙いか。
だが――。
「髭の配管工のおっさんじゃねーんだぞ? そういう仕掛けはゲームだけにしとけ!」
一息で隔壁をサイコロ状に斬り裂き、浩助はあっさりと落ちてきた隔壁を突破する。
妨害も、防衛も、全てを無に帰す暴力の台風――それが有馬浩助であった。
浩助が進む先にあるものは例外なく破壊され、斃され、やがて、警報も諦めたのか、施設内を浩助が破砕する音だけが響く。
侵入を始めて僅か十分足らず――。
あまりに早く、あまりに攻撃的なその強襲は、見る者が見れば悪魔の所業と見間違えたかもしれない。
何にせよ、浩助は十分ほど施設を破壊して回った後で、ゆっくりと足を止めていた。
飽きたというのもあるのだろうが、目の前にあるものに興味を覚えたというのが大きいのだろう。
「なんだこりゃ?」
《分からないわ。何か、大掛かりな装置のようにも見えるけど……》
浩助の目の前にあったのは、縦にも横にも高さ的にも広大な空間の中に、ポツンと置かれた、機械で出来たクラゲのような装置だ。
球状の金属設備の中心に虹色に輝く硝子窓のようなものがはめられ、その装置を支えるようにして、何本ものパイプやらケーブルが脚のように連なっている。
パイプやケーブルの先は床下へと消えていて、第一印象としては何らかのエネルギー供給装置のように見えなくもない。
「何か怪しそうだし、とりあえずぶっ壊してみるか」
《発想が短絡的だけど、行動には賛成よ。多分、ろくなもんじゃないと思うわ》
「だよな。なら、一気に――」
浩助の体が一瞬で加速し、謎の施設に肉薄しようとした瞬間――。
彼の体は、激しい衝撃と共に後方へと吹き飛んでいた。
「がっ――……!?」
意識が明滅し、衝撃と共に背中と後頭部を強かに床へと叩きつける。
打ち所が悪かったのか、ぐわんぐわんと揺れる視界の中、浩助は狐にでも化かされたような顔で、その謎の装置を見つめていた。
つぅっと、意識をせずに鼻血が流れる。
「な……ずずっ……、何が……、起き……、くそ……っ」
《わ、分からないわ。ただ、有馬が何もない空間で倒れこんだとしか……》
「何か……、当たった……、んだよ……、頭痛ぇ……」
頭に手を当てて、首を振ろうとしたところで、ぬるりとした感触を覚えて、浩助はぎょっとして手を離す。
どうやら、頭の一部を切ったらしい。
離した手が真っ赤な血でぬらぬらと濡れていた。
「チキショウ……、見えねー壁でもあんのかっ!」
浩助は自身の手に、闇魔法で銃を作り出すと、その場で三連射。
空気の壁を突き破って走った弾丸は、だが、何もない中空で紫色の光に阻まれてその姿を虚空に掻き消していた。
「馬鹿な……」
浩助はその異常事態に気付いたのだろう。
痛む頭を押さえながらも、歯噛みをして言う。
「影魔法で作った武器の攻撃は、物理無効だから物理的な障壁じゃ防ぐことはできねーはずだ! だったら、魔法防御……!? いや、なら、俺がぶつかったのは何だ!?」
浩助が激突したのは、確かに目には見えなかったが、分厚い壁のようなものであったと記憶している。
それだというのに、物理無効のはずの闇魔法さえも防いでみせた不可視の壁――。
その異様さに、浩助が言葉もなく慄いていると、背後から重々しい金属音が響いてくるのが聞こえた。
「それが、テュールシステムだよ。有馬浩助」
それは、金属で出来た逆三角形の巨漢であった。
顔は鏡面のように磨かれた卵型の造形をしており、金属とワイヤーとゴムで練り上げられた筋肉は分厚く太く、ひたすらに頑丈そうだ。
そして、その上半身を支える脚も決して短くなく、歩幅の大きさによる速度も相当なものであることが予想できた。
浩助は痛む頭を押さえながら、手に付いた血液を地面に払う。
血液で刀がスッポ抜けるマヌケな事態だけは避けたかったからだ。
そして、彼は空間の入り口に立つ巨大な機械人形に向けて強烈なガンを飛ばす。
「テュールシステム? いや、それよりも、テメェ、ナニモンだ? 雰囲気からして、タダモンじゃねーな?」
「我が名はイウダ・ジ・オール。この第七研究施設のリーダーであり、このテュールシステムの生みの親だ」
イウダ・ジ・オールと名乗った、機械人形の声に呼応するようにして、彼の周りに紫色の光が一瞬だけ可視化される。
それは、謎の施設を守る紫色の光と寸分違わぬものであった。
「さぁ、自己紹介も済んだところでやろうか? 我が研究施設で随分と好き勝手やってもらったようだからね。少々キツイお仕置きをさせてもらおう」
そう言って、イウダ・ジ・オールは巨体を揺らす。
表情も声色も全く変わらないはずなのに、浩助には何故か彼の嗤っている顔が見えた気がした。




