35、奇襲と本気
目の前にオレンジ色の火花が散る。
一瞬で視界に広がっていくその真っ赤な大華は、浩助に確実な死を感じさせた。
――死ぬ? こんな所で?
だが、それが避けられない現実感を育むよりも早く、浩助の周りの時間が静止していく。
【スキル】捷疾鬼:Lv2 を習得致しました
まるで、炎の針から内部を貫かれたかのようにして、蜘蛛もどきが光を発して静止する中、浩助は驚いたようにたたらを踏んでいた。
恐らくは、『急いで逃げないと』という思いが自動的に捷疾鬼のスキルを発動させたのだろう。
時間が静止して見える中で、浩助は素早くねこしぇに向かって指示を飛ばす。
(ねこしぇ! 蜘蛛の魔物のステータスを鑑定できるか!?)
《ニャ! 任せるニャ!》
(後で良い、教えろ! 今は時間がねぇ! 美丘たちを引っ掴んで、この場を離れるぞ!)
《ちょ、ちょ、ちょっと待って、有馬!》
だが、浩助の焦燥感を知ってか知らずか、沙也加が慌てて止める。
(馬鹿野郎! 何で止めんだよ! 皆揃って爆発に巻き込まれてーのか!?)
《違うわよ! 有馬のこのスキルって、時間が止まっているように見えるけど、実際は有馬が超高速で動いているだけってものでしょ!? 私は刀の状態だから、有馬のこの速度に付き合えるけど、琴美ちゃんはこの速度に耐えられずに死んじゃうわよ!?》
(なにぃ!? んじゃ、どうやって、この爆発から逃げればいいんだよ!?)
視界の片隅に映るタイムリミットに意識を傾ける。
残り時間六十秒――。
たった一分という短い時間の中、浩助は無い知恵を必死に絞り出そうと低く唸る。
琴美を動かせば死んでしまう。
だが、このまま何もしなくても、爆炎に飲み込まれて琴美は死んでしまう。
八方塞がりとはこの事か。
浩助の少ない脳味噌が煮沸してしまいそうだ。
(へ、変態ごと、美丘を動かすってーのはどーだ!?)
《同じことよ! キルメヒアさんは耐えられるかもしれないけど、琴美ちゃんは耐えられない!》
(なら、どーしたらいいってんだよ!?)
《……空間跳躍……、いえ、そんなスキルは持っていないし……。なら、爆発の方を抑えた方が早い? でも、あの魔物の時のように近付いただけで、炎によるダメージがあるのなら、それも難しい……》
空間移動のような、そんな魔法があれば、状況は簡単だったのであろう。
だが、浩助が取得しているのは、あくまで力押しのスキルばかりだ。
そのスキル構成に耐えられるのは、同じく人並み外れた力を持つ者たちだけであろう。
惑う二人であったが、その懊悩は決して無駄ではなかった。
沙也加の呟きに気付いたように、浩助が尋ね返す。
(空間跳躍?)
《瞬間移動とか、そう言われる奴よ。でも、有馬も私もそんな魔法は取得していないわ。スキルとしてもあるのかどうか……》
どちらにせよ、制限時間はもう二十秒を切っている。
今から、影分身を出してスキル取得に挑んだとしても、到底間に合う時間ではない。
だが、有馬の脳裏には、その言葉によって思い起こされるひとつのスキルがあった。
(あるじゃねーか! 空間跳躍っていうか……、空間移動!)
《え? ……あ、そうか!》
沙也加が気付くのと同時、浩助はキルメヒアと琴美の傍らに立つと、ゆっくりと彼女たちの肩に手を置く。
これで、魔法の効果対象にできるはずだ。
(【闇魔法】影走り!)
ずずっと琴美とキルメヒアを含んだ全員の姿が浩助の影の中に沈んでいく。
その進みは格段に遅いといったものではなかったが、一刻を争う今、浩助にはさながら牛歩のように感じられたことだろう。
残り時間二秒――。
視界の端に、その文字が認められた瞬間、浩助たちの体は白と黒の影の世界へと埋没する。
それと共に、この影の世界の外で幾つかの影が消え失せるのが見えた。
どうやら、浩助の直感を裏付けるほどの大爆発が起きたらしい。
巨大な光が放たれ、影が姿を隠し、やがて、数秒もしない内に、また多くの黒い影が世界に舞い戻ってくる。
地上では、恐らくとんでもない爆発が起きたのではないだろうか?
浩助は寒くもないのに、その背を思わずぶるりと震わせる。
間に合ったから良いものの、一歩間違えば大惨事だ。
顔色も青くもなろうというものである。
「え!? あれ? 此処は……、何処、ッス、か……? 死んだ、んスかね……?」
「一生懸命無い知恵絞って助けたってのに、死んだはねーだろ」
上も下もないような空間の中、琴美が呆けた表情のまま、そんなことを言うので浩助は思わず苦言を呈する。
感謝の意を示せとまでは言わないが、ちゃんとした認識ぐらいは持っていて欲しいものだ。
「これは、影空間だよ、コトーミ。どうやら、あの一瞬の内にアリーマによって救われたようだね。ふむ、礼を言わせてもらうよ」
「テメェひとりなら吹っ飛んでも死ななかっただろーから助けなかったけどな。美丘がいたから助けてやった。感謝しやがれ」
「手厳しいな、アリーマは。……だが、そんな所がソソるッ!」
《もう、ただのドMになってない? この駄目吸血鬼……》
「んなもん、今更だろ? それよりも、ねこしぇ。さっきの蜘蛛のステータスだが……」
浩助は自身の疑念を確信に変えるために、あえて言葉として吐き出す。
「アイツらの種族を教えてくれ」
《――ご主人様のご想像通りですニャー。種族:機械式蛛形綱人形(機甲界)ですニャー》
《機甲界……? 機甲界って……!?》
「あぁ、人間に敵対的な種族……って話だったよな……」
《はい……、ですニャー……》
呟いた浩助の声は暗い。
恐らくは最悪の未来を想像しているのだろう。
行方を晦ました冒険者が、一体どうなったのか?
その想像がどんな結果を導き出したのかは、浩助の苦り切った表情を見れば一目瞭然である。
「あ、有馬先輩……、その、まだ結論が出たわけじゃないッスし……。それに、人質として軟禁されている可能性だってあるッス……。今から思いつめない方が良いと思うッス……」
琴美が精一杯の勇気を振り絞って、そう慰めてくれる。
だが、それについては彼女自身も随分と白々しいと思っているのだろう。
彼女は一度も浩助と目を合わせない。
……合わせられない。
いや、絶望的な状況であろうとも、一縷の希望に縋って賭けてみる姿勢は、少なからず行動の原動力とはなるか。
思い直し、浩助は自分の最悪な想像を振り払うため、パンっとひとつ両頬を叩いて気合を入れ直す。
「――っし! そうだな、まだ結論は出ちゃいねぇ! 希望を捨てるには早過ぎんな!」
「そ、そうッスよ! きっとみんな無事で、有馬先輩の助けを待っているに違いないッス!」
「うっし、そうと決まったらきっちり助けてやんねーといけねーな!」
それは、恐らく空元気のようなものであっただろう。
だが、力強く響く言葉を使えば、相応に肉体にも活力を与えてくれるし、気持ちも奮い立たせてくれるものだ。
浩助は影の世界の中を見回し、やがて見たことのある、蜘蛛のシルエットを探し出す。
位置的には、浩助の足元の更に下方か。
蜘蛛型の機械人形が水の中から上がってきたのも合わせて考えてみると、どうやら湖の下か、森の地下辺りに、機甲種が棲む拠点が存在しているようだ。
そして、蜘蛛型の機械人形の動きが止まっているのを見る限り、その影から抜け出せば、機甲種の拠点へと侵入が行えるのかもしれない。
「アリーマ、ひとついいか?」
「何だ?」
浩助が機甲種の拠点に対しての侵入を企てている間、キルメヒアは珍しく真剣な表情をみせて、浩助に声を掛けていた。
何か言いたいことがあるのか?
浩助は続きを促す。
「思ったのだが、先の爆発の瞬間、『自分は死んだ』と、そう思ったのだ。だが、こうして五体満足で自分は生きている」
「まぁ、俺が機転利かしてやったからな」
無駄話をしている暇があるなら、さっさと突入したいとばかりに、浩助の返事はぞんざいだ。
だが、キルメヒアはそんな浩助の態度をさして気にもしていないのか、平然と続ける。
「これは、相手もそう思っているのではないだろうか?」
「……何?」
「つまり、相手も自分たちが死んだと思い込んでいると思うのだ。これは、チャンスではないかね、アリーマ?」
「かもしれねーが、だからといってどーするんだよ? 普通に突っ込んで、暴れて、倒すだけじゃいけねーのか?」
「それも、良いかもしれないが、自分はあえてここで提案したい。……二手に別れてみてはどうだろう?」
キルメヒアの提案に、浩助はピンとこない。
利点が理解出来なかったからである。
「戦力を分散させるのか? 奇襲目的とか、そういうことか?」
「奇襲は、自分たちが生きているということで既に成立しているさ。そうではなく、人質を救出する組と陽動として暴れる組を分けてみてはどうかと提案したい」
なるほど。
奇襲で相手が混乱している中、派手に暴れることで、更に相手の注意を引きつけ、その間に人質として捕まっている人間がいれば、それを助け出すという作戦なのだろう。
悪くはない作戦だ、と浩助は思う。
それに、浩助の性にも合っている作戦であった。
「悪くねぇな。だが、それをやるなら、俺は絶対に暴れる組だかんな? 隠密行動みてーなコソコソする奴は、性格的に向かねーんだ」
《うん、知ってる》
「まぁ、アリーマならそう言うだろうな」
「ということは、琴美は自然とキルメヒアさんと救出組ッスね」
元々、琴美は傷付いた冒険者たちの回復要員として、今回は参加している。
陽動組と救出組で別れるのなら、当然、救出組に回ることになるだろう。
琴美を目の届かない位置に置いてしまうのは、浩助としては少々不安ではあったが、これだけの千載一遇の好機をむざむざ逃すのも惜しい。
結局、浩助はキルメヒアに琴美を託し、自身は目立つように蜘蛛型の機械人形の影から、敵拠点に進入する道を選択する。
「うっし、行くか! ――って、一応言っておくが、間違っても湖の中の影から出たりすんなよ? 水圧で潰され――っていうか、お前の場合、溶けるんだっけ?」
「大丈夫だ、アリーマ。君が中にカチコミを仕掛けた後で、影の動きをよく観察して侵入させてもらう。湖の底に出ることはないだろう」
「なら、いいんだが……。お前は注意しとかないと、そういうのやりそうだからな。……いや、むしろ、やるなよ、やるなよ、と言った方がやってしまうのか?」
「自分はお笑い芸人じゃないぞ、アリーマ。ちょっと陽気なドMだぞ」
《そこは吸血鬼って言うところでしょ……》
沙也加のツッコミもそこそこに、浩助はゆっくりと影の空間を移動する。
この空間に身をおいているだけで、精神力を消費し続けているのだが、膨大なMPがある浩助にとっては微々たるものだ。
のんびりと準備したところで、大して困るわけでもない。
「まぁ、しょーもない話はそこまでにしとこーぜ。おい、キルメヒア」
「な!? ななななな、何だっ!?」
やたらと動揺しながらキルメヒアが答えるのを見て、浩助は一抹の不安を覚えるが、気を取り直して思いを託す。
「美丘を頼むぜ」
「あ――、あぁっ! 分かった! 勿論だッ!」
元気よく、しかも満面の笑みで頷くキルメヒアを不思議なものでも見るような目付きで見ながら、浩助は蜘蛛型機械人形の影からするりと出て行く。
そんな彼の背中をホクホクとした顔で見送りながら、キルメヒアは照れたように頬を押さえていた。
「うわ~! どうしよう、コトーミ! アリーマに『キルメヒア』と呼んで貰っちゃったぞ!? お赤飯とか炊いた方が良いのかなぁ!?」
「まぁ、『テメェ』、『コイツ』、『変態』扱いでしたッスからね。大きな進歩ってことで良いんスかねぇ……」
「大好きな相手に、名前で呼ばれるのって、こんなに嬉しかったのだな! コトーミ!」
「えぇっ!? あの態度、冗談じゃなかったんッスか!?」
有馬浩助――顔が怖くて態度も悪いが、見た目よりも力を至上主義とする魔族には、割とモテる存在であるらしかった。




