30、変体隠し
「フ、まさか、この新緑よりやってきた毒蜘蛛の使者、スフレ・スパイダーマッを倒すとはね」
「マジで、そういうのいいから……」
ディン・スフレの森の、緑深い場所は五メートル級の樹木が枝を伸ばし、地面は膝丈ほどの草が群生している。
そんなチクチクした地面に正座させられながら、変態こと、カイン・キルメヒアはドヤ顔を崩さない。
そんなカインに頭の痛くなる思いを抱きながら、浩助は大きく嘆息を吐き出すと――。
「んで、何で日本で吸血鬼やってるお前さんが此処にいて、何でスフレ・スパイダーの親玉なんてやってんだよ……」
――答え易いように、そう質問を振っていた。
流石に、今度フザケたら『シバく』という思いを乗せたのが効いたのかどうかは不明だが、カインも肩を竦めて観念したように被っていたマスクを取っていた。
マスクの下から出てきたのは金髪碧眼の紅顔の美青年の素顔だ。
いわゆる、イケメンという奴なのだが、その目は真っ赤で、口元には発達した犬歯がちらりと覗く。
その特徴を見る限りだと、彼が吸血鬼なのだと改めて認識できるぐらいには吸血鬼であった。
「自分が、この国――、いや、この世界というべきか……、に来た理由については知らん。魔王様にジャパニーズオタク文化の普及をするために、魔王城に赴いていたら、いきなり魔王城ごと、この変な世界に飛ばされたからな」
(この世界に魔王城もあるのか。厄介だな……)
魔王と言えば、暗黒魔法スキルLvMAXの使い手だ。
浩助には暗黒魔法耐性(極)があるものの、同レベルの暗黒魔法の使い手の場合は、魔法攻撃力と魔法防御力の値を比較することで、抵抗できるかどうかで、その魔法の発動が決まる。
カインの闇魔法による影の鎖を破れたのも、闇魔法耐性(極)が働いたからこそだ。
これで、カインの闇魔法レベルがMAXであったのならば、闇の鎖は引き千切れなかったことだろう。
そして、重ねて言うが、魔王は浩助以外の唯一の暗黒魔法スキルLvMAXの使い手なのである。
そして、浩助の魔法防御力はゼロ。
……正直、相性としては詰んでいる。
(できれば、最後まで出会いたくねー相手なんだが……、この調子だと近場に魔王城がある可能性もありそーだなぁ……、くそ……)
この辺の正確な位置などは、後できっちりと確認しておく必要があるだろう。
何にせよ、今は尋問である。
浩助は気を取り直す。
「分かった。それは俺らも一緒だからな。その辺は信じてやる。んで、次の質問だが、何でお前はそんな格好をしてんだよ?」
「ふむ。結論から言うと、ウンディーネの娘とやらを返して貰おうと思って、これでコミュニケーションを取ろうとしていたのだ」
「……? いや、さっぱり分からん。……ウンディーネってのは何だ? それとスフレ・スパイダーが何の関係がある?」
「ふむ。これは、順を追って話さないとならないようだな。それではまず――」
《――有馬君、聞こえるかい?》
カインの言葉を遮るようにして、聞いたことのある声が念話で響く。
ギルドマスターこと、時任聖也だ。
浩助は少しだけカインに視線を向けた後で、念話に応じる。
「ギルドマスターか? 何だ? 今、少し取り込んでいるんだが……」
《少々厄介なことが起きてね。できれば、相談したい。今直ぐ会うことはできるかね?》
「それは、緊急案件か?」
《あぁ、残念ながらね》
どうしたものか、と浩助は心の中で悩む。
聖也が緊急案件という以上、恐らくは本当に『緊急を要する』案件なのだろう。
だが、目の前に居るカインという変態の目的を謎のままにしておくのもマズイ気がする。
この男の行動目的は理解不能だが、森で何らかの異変のようなものが起きているのは、何となく理解できる。
詳しく聞き出したいところなのだが、今は時間がない上に、相手にするのがこの上なく面倒なので、放り出しても良いかなぁとも思うのだが、それはそれで問題だろう。
……かといって、学園に吸血鬼を連れて帰るというのにも、随分と抵抗がある。
答えに迷って、思わず琴美に視線を向けると――。
「あ、カインさんなら、別に学園に一緒に行っても問題は起こさないと思うッスよ。守備範囲が十歳以下らしいッスから」
――との、聞きたくない答えが返ってきた。
「思いっきりロリコンじゃねーか!」
《シスコンな有馬には言われたくないと思うけど》
「誰が、シスコンだ!」
沙也加の間違った認識を跳ね除ける。
ちょっと洛に妹の面影を重ねちゃって、優しくしたりもしているけども、基本的には他人に厳しく、自分には甘い、善良な一般市民であるはずだ。
「……その妹さんは、十歳以下ですか? お義兄さんと、呼ばせてもらっても?」
「呼ぶなッ! そして、絶対に妹はお前にはやらんッ!」
《…………。やっぱり、シスコンなんじゃない》
沙也加の呆れた声に、非常に嫌そうな顔で返す浩助。
だが、此処で問答している場合でもないと思い返したのか、手早く聖也に念話で返す。
「――分かった。今からギルマスの部屋に向かう。十分程度で戻るからお茶でも用意しておいてくれ」
《ふむ、ハーブティーしかないが良いかな?》
「構わねぇよ。――んじゃ、水原は刀の状態を継続な。洛は風火輪を用意。美丘は俺の近くに来い。運んで行ってやる。んで、変態は勝手についてこい」
「えぇっ!? 琴美、荷物のように運ばれちゃうんスか!?」
「そのプレイ、羨ましいな……。よし、アリーマ、自分も荷物のように――、人とは思えない乱暴で厭らしい仕打ちをくれ!」
「ざけんな! 何で、俺が女性物下着着た変態を抱えていかなきゃなんねーんだ!」
「ふむ。ならば、これでいいか?」
カインがパチンっと指を鳴らすと、それに伴って彼の肢体が一気に変化を見せる。
細身の筋肉質だった体つきから筋張ったものが取れ、もっこりとしていた下着がゆっくりと凹んでいく。
そして、筋肉の塊であった大胸筋はゆっくりと大きな脂肪の塊へと変化し、短かった髪は腰に届くくらいの長さの金髪にまで変化している。
整った顎筋は、どこか丸みを帯びた形に変化し、紅顔の美青年といった風貌だった顔つきも、幼さを残した可愛らしいものに変化していた。
そこには、どこからどう見ても、変態な美青年の姿は無く――。
「さぁ、荷物のように乱暴に運ぶが良いぞ! 具が見えちゃっても自分は一向に構わんっ!」
――変態な美少女の姿があるだけであった。
「おー、キルメヒアさん姿になるのは、久しぶりッスね~」
《えーっと、変態っていうより、変体……?》
沙也加が上手いこと言っている気がするが、座布団を用意することができないので、内心で拍手するに留めておく。
「というか、何だ? 女になったぞ? 何なんだ、コイツ、本当に?」
「フハハハ、戸惑っているな、アリーマ! 真祖たる自分には、性別などという俗世な概念はない! ただひとつ始まりの吸血鬼として存在するのみ! 獣化の術を使えば、男だろうと、女だろうと、狼だろうと、蝙蝠だろうと、姿形は自由自在に変えられるのだ! どうだ! 子宮がキュンキュンするだろう! ……自分はする!」
「するなッ! まぁ、変態に性別はねーってことで納得できねーけど、時間がねーから、納得してやる。んじゃ、美丘は運ぶが、テメーはちゃんと走ってついてこいよ?」
その言葉を聞いた瞬間、金髪の超絶美女がさっと顔色を青くする。
中身は全く変わっていないのに、妙に罪悪感が沸くのは何故なのだろうか。
「そんな、荷物プレイをしてもらえず……、放置プレイだと……」
《もう、何か面倒くさいから、運んじゃいなさいよ、有馬……》
「はぁ……、他人事だと思って……。分かったよ、ギルマス待たせるわけにもいかねーか……。少々揺れるが、しっかり捕まってろよ」
そう言って、浩助は琴美とカイン……いや、今はキルメヒアか……の腰に腕を回す。
二人がしっかりと浩助の制服を掴んだ所を確かめてから、彼は一瞬で地面を蹴って飛び上がっていた。
「ひああああぁぁぁぁッ! ひぃぃぃぃっ!? 落ちるぅぅぅ! 死ぬぅぅぅぅぅスゥゥゥゥッ!?」
「ちょ、ちょっと待ち給え!? 何だね、この跳躍力は!? 人間のレベルではないぞぉぉぉぉ!?」
「うっせー! 喋ってっと舌噛むぞ! 洛、付いてきてるか?」
「風火輪、遅い! ですニャー、速いッ!」
一瞬で五メートルの高さの木の枝に辿り着き、そこから更に枝を蹴って跳ぶ。
瞬時に加速していく浩助に対して、最高速を出しても追いつけない洛が悲鳴のように、そんな声を上げるのが背後で聞こえる。
離されてはいるかもしれないが、声が届く範囲にいるだけでも十分だ。
浩助は全力を出すまではいかずに、速度を維持しながら、そのまま一気に学園のグラウンドの中にまで飛び込んでいく。
ズドンッ、と軽くはない音が響き、グラウンドの土が砂煙と共に爆散する。
そんな中を少女二人を抱きかかえて歩く浩助。
何事かと集まってくる生徒の視線に困ったような表情を見せ、彼は抱える二人に視線を移す。
「……歩けっか?」
「す、すみません、腰が抜けちゃいましたッス……」
「おぅふ……、具というか、中身が出そうだな、コレは……」
「――というわけらしーので、水原と洛、この二人を何とかしてやれねーか? ……俺に悪評が立つ前にさ」
《人の口に戸は立てられないって諺知ってる?》
「知ってるけど、何でそれが今出てくんだよ?」
《有馬はその辺がアホだと思うわ――、よっと》
光が弾け、細雪が人の姿を象る。
そのまま、沙也加は浩助に近付くとキルメヒアを受け持ち、彼女に肩を貸す。
その際に、豊満な感触を味わったことで、沙也加は浩助に向けて冷たい視線を送っていた。
「道中、お楽しみできたようじゃない?」
「そりゃあ、柔らかかったり、良い香りがしたりもしたが……」
「うわ、変態……」
「……元が、アレだと思うと全部萎えるんだよ」
暫し、沙也加は逡巡。
「うん、まぁ、そうね、ゴメン……。聞いた私が悪かったわよ……」
「自分の扱いがディスられて……。はぁ、ビクンビクン! ら、らめぇ~!」
汚物を見るような目で金髪美女を見る沙也加。
浩助は、ようやく納得して貰えたかと大きく嘆息を吐き出す。
――と、そこでようやく洛の方も到着したらしい。
グラウンドに砂塵を巻き上げて着地すると、何でも収納する道服の袂に風火輪をするりとしまい込んでいる。
どうも、収納スキルというわけではなく、道具の特性効果らしいのだが、拓斗曰く「再現するには、圧倒的に素材が足りない」らしい。
作成できれば、大分便利なものになるとは思うのだが、まだまだ道は長そうではある。
洛に頼んで、琴美を連れてくるようにお願いし、浩助は先行して生徒会室――もとい、ギルマスの部屋へと向かう。
まだ十分も経っていないが、緊急の案件だというのだ。
なるべく急いだ方が良いだろう。
疾風のように廊下を早歩きし、途中ギルド職員の書類を何枚か風で飛ばすようなハプニングもあったものの、浩助は無事に生徒会室前まで辿り着き、その扉をノックしていた。
「来たぜ、ギルマス」
「うむ、入り給え」
許可を得て、扉を潜る。
中には相変わらずのスチール机と、パイプ椅子が用意されており、浩助が入ってきたタイミングを見計らっていたかのように、湯呑みにハーブティーが注がれていた。
ほっとする香りが鼻腔をくすぐる。
「お待ちしておりました」
「まぁ、掛け給え」
そこには、お茶を注ぐ、大道寺忍と眉根を寄せて腕を組み、浩助を睨め付けるかのようにして見据える、時任聖也の姿があった。
浩助は聖也の許可を得て、手近な椅子に腰掛ける。
その際に、気遣うように湯呑みが傍らに置かれ、浩助は忍に対して視線だけで礼を言っていた。
「んで、緊急案件ってのは何だ?」
挨拶もそこそこに、本題を切り出す。
聖也は元々非常に難しい顔をしていたのだが、それに輪を掛けて厳しい表情を見せていた。
それだけ、切迫した事態ということなのかもしれない。
「森の中に湖が発見されたことを、有馬君は知っているかね?」
そう切り出す聖也の言葉には覚えがある。
浩助は頷く。
「大道寺が試食会で、んな事言ってたな。調査隊が派遣されて調査してるんだとかなんとか……」
「昼頃、その調査隊からの連絡が途絶えた」
「何……?」
浩助の目が鋭さを増す。
その疑問に答えるようにして、忍が情報を補足してくれる。
「正確には、朝、昼、夕の三回に分けて、念話による定時連絡を行っていたのですが、昼頃、念話を飛ばしたところ、対象からの応答がありませんでした。その後、何度も試してみたのですが、未だ応答は返ってきておりません」
「相手が面倒臭がって、出ねぇってセンは? そもそも、念話が掛からなくなる理由ってのは、何だ?」
嫌な予感を覚えつつも、浩助はそう尋ねざるをえない。
答えは直ぐに返ってきた。
「対象の意識の消失、対象がものぐさで反応を示さない場合、そして、念話の効果範囲外に出た場合もそうです」
「二番目辺りが正解だと嬉しいのだがね……。残念ながら、念話対象者である加藤久美子君は真面目な性格で、これまで一度足りともも定時連絡を欠かした事がない優秀な生徒なのだよ。その上、彼女は自分の念話の範囲に対しても熟知している」
「…………。つまり、湖で何かが起きて、連絡が取れねーってことか」
「そう考えるのが正しいのだろうね。認めたくはないのだけど……」
片手を額にあて、顔を覆うようにして頭を振る聖也。
折角、水源地が確保できようとしていたところで、これである。
聖也の心労も推して知るべしであろう。
「それで? 俺を呼び出したのは、湖で何が起きたのかを調べて来いってトコか?」
「……そうなる。すまないが、緊急クエストということで頼む。湖で何が起きているかの調査と、連絡の途絶えたパーティーの捜索も一緒に頼みたいのだが、お願いできるか?」
「……二つの依頼を同時に? 流石に、俺一人じゃ――」
「フハハハ、話は聞かせて貰ったぞ! アリーマ!」
だんっ、と弾むような音を響かせて生徒会室の扉を開け放ったのは、キルメヒアだ。
彼女は白磁のように美しい肌を黒の外套を羽織ることで隠し、遠慮会釈なしに生徒会室へと乗り込んでくる。
その背後には、「さすがに下着姿でウロウロさせるわけにはいかないから着せたわよー」とげんなりした様子の沙也加がいたのだが、グッジョブ!と言わざるを得ないだろう。
一部、男子からはブーイングが飛びそうではあるが。
「そんな大きな声で話してたつもりはねーんだが、地獄耳かよ……」
「フハハハ! 自分の耳は特別製でね! 一キロ先の針が落ちた音さえも拾える悪魔の耳なのだよ!」
「どうでも良い、ハイスペック残念吸血鬼だな……」
「……吸血鬼? 今、有馬君は、そこの見知らぬ御仁を吸血鬼と言ったのかね?」
聖也の目が剣呑な光を帯びる。
それもそうだろう。
集団生活を営む人間の只中に、吸血鬼などという感染症紛いの魔物を招き入れたのだ。
聖也が、その存在を危険視しないわけがない。
その聖也の心情を読み取ったのか、忍が佩いたアサシンダガーの柄に静かに手を掛けるのが見えた。
浩助は慌てて取り繕う。
「いやいやいや、ちょっと待て!? ここで戦闘なんぞ起こされてみろ! またいつぞやの夜みてーになっちまうだろーが!? ちょっと、落ち着けって!」
「ふむ、自分もアリーマに同感だ。落ち着いて頂きたい。……それに、その湖の話についてだが、こちらも少し話せる事があるかもしれん」
『――ッ!?』
その一言に、事情を知る生徒会役員と浩助が殺気立つ。
まさか、魔族が関わっている出来事なのか――、そんな思いが一瞬頭を過ぎったのであろう。
だが、その想像は、キルメヒアも予期していたものであったらしく軽く頭を振って否定する。
「言っておくが、自分を起因としたものではないぞ。無論、魔王様も関係ない。ただ、自分が知っているのは、あの周辺で神隠しが起きているということだけだ」
「神隠し……? ってぇと、人が消えたりする、アレか?」
「そうだ。……そして、それが自分が蜘蛛の親玉の格好をしていた理由でもあり、あの場に居た理由でもある」
「――どういう事だ? 詳しく教えろ」
浩助の目は、いつの間にか変態を蔑む目でなく、仲間を守る冒険者の目へと変化していたのであった。




