29、特異な蜘蛛
地味に長くなりました……。
ディン・スフレの森――。
幻獣界の言語で、聖魔の森と名付けられたソレは、異世界召喚された学園の周りを三百六十度囲むようにして展開されている。
お蔭様で、学園は森の恵みをふんだんに採取することができ、色々なものが何とか回っているのだが、これが砂漠や雪山に囲まれていたと思うとぞっとしない話ではある。
……時刻は、凡そ十二時半ほど。
出発前に早めの昼食を食べ終えた浩助一行は、一路、スフレ・スパイダーが数多く目撃されている森林地帯へ足を踏み入れていく。
背丈の高い樹々が日光を遮り、木漏れ日のようにして日の柱が上空から降ってくる様子はある種幻想的でもあるが、そんな景色を楽しめるほど、陽気は優しくない。
じめっとした絡みつく空気に、膝丈程の草を踏み倒し、あるいは採取しながら、浩助たちは汗を拭って地道に森を進んでいく。
「木の上から一気に行くと楽なんだがなぁ……」
「風火輪、貸す?」
「あー、それはちょっと一般人が乗りこなすのは無理ね、洛ちゃん」
沙也加は珍しく刀状態でなく、制服姿で浩助たちの最後尾を歩いている。
一応、スキルはないが、武術の方はそれなりにならしているので、殿を務める格好でついてきていた。
何故、彼女が殿なのかというと、……まぁ、消去法である。
好奇心旺盛な洛に殿は向かないし、琴美は奇襲に対応できるほどのHPがない。
浩助は先頭に立って、ねこしぇによる危険感知スキルで警戒するため、自然と沙也加が殿へと収まったのである。
……パーティーとしては、欠陥だらけの構成なのかもしれない。
「冒険者の連中ってのは、皆こんな面倒くせー移動方法してやがんのか?」
「面倒臭いというか、普通はこうやって道なき道を行くしかないッス。一応、下草を踏み固めた冒険者用の道もあるにはあるッスけど、まだ森全体に行き渡ってるわけじゃないッスしね」
「でも、私はこういうの鍛錬になるから嫌いじゃないわよ?」
「そりゃ、根っからの体育会系はそーだろーさ。洛とかはもう音を上げてんじゃねーの?」
「ですニャー、素材、入れて!」
「素材集めに勤しんでいるみたいね」
「まぁ、別に楽しんでるんなら、いーんだけどもよー……」
洛に請われて、何だか良く分からない石ころをねこしぇの収納スキルの中に放り込む。
この収納スキル――、空間が水鏡のように揺れ、波紋を残しながら存在を主張するので、その中に拾った道具を放り込めば、収納できるという簡単便利なスキルであった。
逆に、取り出す時は、波紋の中に手を突っ込んで、取り出したい物をイメージするとすぐに手に吸い付くような感触がするので、それを引っ張り上げれば取り出せる。
ちょっと中が見えないので、手に吸い付いた時は怖かったりもするのだが、今はもう慣れたものである。
「しっかし、スフレ・スパイダーの親玉かぁ……。どんな奴なんだろうなぁ……。ねこしぇ、分かるか?」
《すみませんニャ。ねこしぇのデータベースには登録されていませんニャ》
ねこしぇのデータベースにも登録されていないということは、管理人である八界鎖那も知らぬ情報であるということだ。
八世界を同時に観測する管理人であるからして、不意の突然変異体の情報などには対応が追いつかないのかもしれない。
浩助はそれを知ってか知らずか、特にねこしぇを責めることもなく、琴美に話を振る。
「美丘はスフレ・スパイダーの親玉の話は聞いたことあるのか?」
「一応、あるッス。……何でも、思い出したくもないぐらい気持ちの悪いバケモノだとか。まぁ、虫系に拒否反応示す人は何処の世界にも居るッスから……」
「美丘は平気なのか? 水原は苦手そーだけど」
「琴美は平気ッスね。というか、タランチュラとか飼ってるッス。動きが可愛いんスよ」
まるで愛玩動物を愛でているように語る琴美。
「産毛もまた、ふわもこでほっこりするんスよ~。御飯さえ与えておけば、大人しいッスしねぇ~」
「ゴメン、琴美ちゃん。全然良さが理解できない……」
沙也加の顔が青白い。
これは、本気で引いているな、と浩助はそう思ったものの口にするのは止めておいた。
あえて、女同士の友情を破壊するほど下衆でも破壊神でもない。
ただ生暖かい目で見守るのみだ。
――と、ねこしぇが反応するのとほぼ同時に、洛が声を上げる。
「ですニャー、蜘蛛、居る!」
《左前方樹々の間に敵対反応ですニャー。数二十。スフレ・スパイダーの群れと判断しますニャ》
「子供の方は? いねぇのか?」
《危険感知は敵対者のみの反応になりますニャ。敵対行動を取っていない子供のスフレ・スパイダーには反応しませんニャ》
「てぇことは、察知のスキルを使うか……。何か、嫌な予感しかしねぇけど……」
覚悟を決めて、察知のスキルを使うと体に蕁麻疹が出る程にうじゃうじゃと動く反応がある。
浩助はそのまま、ねこしぇの収納から妖刀村正を取り出すと、ベルトを使って腰に佩く。
「やべー……、気持ち悪さに我を忘れて、思わず村正を取り出しちまった……。っていうか、二十って数も多くね?」
「に、二十匹もスフレ・スパイダーがいるんスか!?」
驚いたように琴美が眉根に皺を刻む。
どうやら、琴美が驚くぐらいにはスフレ・スパイダーが密集しているらしい。
「あー、有馬。私も刀になるから、後のことはヨロシク~」
昆虫が全般的に苦手なだけあって、沙也加が刀に変わるタイミングが早い。
地面に転がる鞘付きの刀を拾い上げながら、浩助はその刀もまた腰に佩いていた。
「あ、あの……っ! 何でしたら、琴美が最初に魔法を使いましょうか!? それで、数が減らせれば戦い易くなると思うッスし……!」
「いや、それやったら素材も吹っ飛ぶんじゃね? それじゃ、本末転倒だろ」
「うぅ、ですッスよね……」
「琴美、気にする、良くない!」
「うぅ、洛ちゃんは優しいッスね~。その胸で泣かせて欲しいッス~!」
「どかん、来い!」
洛に取り縋って泣く琴美を見ながら、浩助は「まぁ、いいか」と両手に意識を集中させる。
無詠唱スキル――。
影分身が、闇具作成で武器を作り出してスキルレベルを上げている際に副産物として手に入ったスキルである。
元々、影分身はまともに喋れるような個体ではない為、闇魔法を何度も使っている内に、スキルを習得してしまったというわけだ。
(相手が敵対反応ってことは、もうこっちの存在はバレてるわけだし、無詠唱にする必要はねーんだろーけど……。こっちの方がスムーズに闇魔法が使えるから、楽でいいんだよな)
【闇魔法】闇具作成により、両手に二丁の自動拳銃を作り出す。
Cz75 SPー01 Phantom――。
Cz75シリーズは、グリップ形状に人間工学的設計が加えてあることにより、取り回しに優れる自動拳銃だ。
特に、欧米基準で作られる拳銃と違って、手の小さい日本人にも扱い易く出来ている。
弾数は全部で十八発だが、闇具作成で作成された銃に弾切れは起こり得ないので、そこは無限と考えて良い。
弾丸は9mm弾で、そこまで殺傷能力は高くないのだが、ベビー・スフレ・スパイダーを倒すぐらいに用いるのであれば、問題ない殺傷能力であろう。
むしろ、デザートイーグルのようなバ火力を持ち出すのであれば、ベビー・スフレ・スパイダーの素材は欠片も残らない可能性がある。
そんな武装を、ねこしぇのアドバイスによって揃えた浩助は、意気揚々とスフレ・スパイダーの群れへ突っ込もうとして――、足を止める。
【スキル】危険感知:Lv1 を習得致しました。
嫌な予感というか、虫の知らせというか、何やらそのようなものを感じ、浩助は足を止める。
ねこしぇもそれを感じたのか、フーッと唸るように毛を逆立てていた。
何というか、人間の尊厳と真っ向から対峙するような、死の臭い――、それを浩助は感じ取ったのかもしれない。
「上、か……?」
確証はない。
だが、周囲を見回してみて異常が感じられないのだから、その結論は上となるのだろう。
果たして、その存在は――、居た。
「まさか……、スフレ・スパイダー・キング……」
絶望に慄く琴美の声を肯定するように、それはゆっくりと蜘蛛糸を伝って大地に降り立つ。
細身でありながら、筋肉質な身体つき。
頭は紫色で白色をした三白眼が妙に目立つ。
そして、極めつけは、何故か女物の下着を上下共に着けている。
そのスフレ・スパイダーの親玉は下半身をもっこりさせながら叫ぶ。
「聖魔の森から来た男! スフレ・スパイダーマッ!」
『…………』
浩助たちは一瞬、その存在を受け入れられずに沈黙した後――。
『へ、変態だぁぁぁぁ――――ッ!?』
――そう叫ばずにはいられなかった。
●
「色々とマズイだろ!? 女物の下着を着て、腰を振りながら自己アピールを続けているのはまだ許せるとして!」
《許せるんだ……》
地上に降りた変態は、謎の腰振りダンスを見せつけながらも、キレッキレのポージングでアピールしてくる。
どう考えても蜘蛛には見えない。
筋肉キレキレ細マッチョの変態だ。
「アレだ! 権利的な奴で色々とマズイ!」
浩助は現実を見る派であった。
だが、この異常事態において、彼の脳は現実を逃避していた。
訳の分からないことを言って、沙也加を困らせる。
「動き、楽しい、変、踊り!」
「フハハハ! キミはなかなかセンスがあるな!」
「テメェ! 洛に変な動き教え込んでんじゃねーよ!」
変態の影響が洛に出たらどうするんだと言わんばかりの早撃ち(ファストドロウ)。
だが、三発の発砲音に乗るように、リズミカルに腰を振って躱す変態。
腰の振りがあまりに早すぎて、残像さえ見えるぐらいキレキレの動きである。
「フハハハ! 私のア・ソ・コがペチーン、ペチーンだ!」
「うっわ、殴りてぇ~っ! いや、それよりも、ねこしぇ! 奴を『視』れたか!」
《バッチリですニャ!》
「よし、見せろ!」
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名前:カイン・キルメヒア(カイン・キルメヒア)
種族:魔族(魔界)
年齢:2152歳
職業:吸血鬼(真祖)
状態:通常
レベル:76
HP:16724/16724(+6160)
MP:9621/9934(-3160)
攻撃力:8929(-2360)
防御力:6457(-1500)
魔法攻撃力:19145(+2830)
魔法防御力:20757(+3840)
速度:4047(-3160)
幸運:1032
【ユニークスキル】
霧化、眷属召喚、吸血(真祖)
【スキル】
獣化Lv8/闇魔法Lv8/豪腕Lv8/自然治癒(中)Lv6/偏食Lv9/不死Lv6/不老Lv7/呪術Lv7/念動力Lv7
【耐性】
光耐性(高)/呪術耐性(高)
【称号】
真祖(HP、魔法攻撃力、魔法防御力+5000)
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「スフレ・スパイダーマッじゃねぇじゃねーか!」
「だが、待って欲しい! キミが見ているスフレ・スパイダーマッはキミの心の幻想が抱かせた、最高にイカス男なのではないだろうか!」
「ねーよ! 黙れ、変態吸血鬼!」
「……吸血鬼ッスか?」
琴美が胡散臭げな視線を変態へと向ける。
それを受けた変態は――。
「あぁっ!? 視姦されてるっ!? 自分感じちゃう! ビクンビクンッ!」
「……えーっと、この変態性、……もしかしてカインさんじゃないッスかね?」
「フハハハ、ようやく気付いたかね! コトーミ! そう、真祖の吸血鬼改め、変態紳士ことスフレ・スパイダーマッとは自分のことだ!」
「そこ改めちゃいけないところだろ!? ――っていうか、吸血鬼と知り合いなのか、美丘!?」
異常な変態性を前に――殺意を練り上げつつ――浩助は銃口を向け続ける。
何というか、この男に対しては敵対関係とか、そういったことは全く関係なく銃弾をぶち込まないといけないような気がする。
変態死すべし慈悲はない、の精神である。
「えーっと、たまに人間界にも魔界ってところから、魔族って呼ばれる人たちがやってくるんスよ……。その人たちは、傍迷惑な騒動……まぁ、戦争とかッスね……を起こして愉悦に浸ったりするんスけど……」
「何て害虫野郎だ……」
というか、魔界と人間界はどうやらアグリティアに来る以前からも、少しは交流があったらしい。
これは、八世界融合を企んだ犯人に関する新たな情報ではないだろうか?
「この人の場合は日本にやってきてッスね……。何か災厄を起こそうとしてたみたいなんスけど……。吸血鬼なんで、深夜に起き出したりとかするじゃないッスか……。で、世の中の情勢とかを知るために、テレビを点けることが多かったそうなんスよね……。その結果、深夜にやってるアニメとか、深夜にやってるバラエティとかにハマっちゃったらしくてッスね……。最終的に、色々と変っていうか……、――変態になったッス!」
「最後が唐突過ぎる気がするんだが……撃っていいよな?」
「撃っていいッス」
「ホワッツ!? 何故だ、コトーミ! 心の友よ! あの日の黒き龍に誓った炎の誓いは嘘だったというのか!?」
言ってから変態は何かに気付いたのか、やおらポーズを取り出す。
「――炎の誓いに裏切られる男、スフレ・スパイダーマッ!」
変態がハァハァ言いながら、ポーズを決めるので、浩助は問答無用で急所に向けて発砲する。
「オウノゥ! そういう変態プレイは○学生にしてもらわないと、自分は感じられないのだぞ! ――はぁおッ!?」
どうやら躱し切れない一発が股間に命中したらしい。
自然治癒のスキルがあるため、無事ではあろうが、相当痛そうではある。
だが、浩助はこれでようやく話が出来るとばかりに満足気に鼻息を吹き出す。
「んで? この変態と美丘の関係は何なんだ?」
「えーっと、琴美の家系は欧州の血を組む、魔術師の家系なんスけど……」
《へぇー、そんな家、本当にあるんだ》
沙也加が驚いたように、念話のトーンを上げるが、彼女の家も古武術だか剣術だかを現在にまで伝えているのだから、五十歩百歩だろうと浩助は思っていた。
まぁ、わざわざ言うことでもないので黙っている。
「言っても、元々は薬学とか医療に通じていた欧州の科学者の血が流れているってだけッス。んで、その中には、魔族から知識を授かった先祖とかが居たりして、ある程度、繋がりがあったようなんスよね。……で、今回、日本に吸血鬼が来たって言うんで、遠い血縁の琴美が挨拶しにいったわけッス。……吸血鬼は寿命長いッスからね。人間としては遠い昔の話でも、吸血鬼にとっては数週間前の出来事らしいんで、そういう顔繋ぎみたいのは必要って話で行ってみたら……、コレだったッス」
見やれば、変態はまだ股間を押さえて呻いている。
見苦しいから、さっさと立ち上がれという思いと、面倒くさいから、もう立つなという思いの板挟みにあいながらも、浩助は話の内容をようやく理解する。
「えーっと、つまり、放っておくと戦争とか起こしそうな厄介な存在が、ジャパニーズオタク文化やらに触れて、駄目な変態になっていたから、そのまま放置したってことか? つか、炎の誓いってなんだよ?」
「一緒にネトゲプレイしてた時の会話ッスね。その時は、琴美もネトゲにハマってたので、結構ノリノリでロールプレイしてたッス」
《魔術師の家系って良く分かんないわ……》
浩助も全くの同意見であったが、それよりも気になることがあり、銃口を変態へと向ける。
「んで? 何で、その変態がこの世界に居る? そもそも、何でこの変態がスフレ・スパイダーの親玉やってんだよ?」
「それは、知らないッス」
「それは、自分が説明しようじゃないかっ!」
とりあえず、復活したようなので浩助は発砲。
変態はそれを霧になって凌ぎながら、熱っぽい視線を浩助に向ける。
「フフフ、キミも好きだねぇ……。熱烈歓迎、ウエルカムだよ!」
「うわ、ヤベ……。マジでサブイボが……」
《有馬、本当に大丈夫?》
この状況では、さすがに同情するしかないのか、本気で心配そうな沙也加に慰められる。
あんまり大丈夫ではないのだが、泣き言を言っていても始まらないので我慢する。
「じゃあ、説明しろ。あんまり阿呆なこと言いやがるとぶっ飛ばすぞ」
「フハハハ、自分は非暴力主義の変態紳士だ! リコーダーペロペロしちゃうタイプだ! その辺は安心し――、はぁおっ!?」
とりあえず、五発発砲。
股間を押さえてゴロゴロする変態を放っておいて、浩助は当初の予定を変えて影分身を十体作り出す。
「もういいや。とりあえず、ベビー・スフレ・スパイダーを倒して、素材を確保してこい。特に絹の蜘蛛糸ってのと、毒袋重視な」
「ちょ、ちょっと待ち給え――っ!?」
「待たん」
浩助の号令一下、影分身たちが動き出す。
これで、素材の確保は確実になるだろう。
問題は、目の前の変態が妙なオーラを出して、殺る気を出していることだが……。
「やめろと言ってるのに聞かないのか! この鬼畜王め……!」
「誰が鬼畜だ! 変な風評被害をばら撒くのはやめろ! 洛がそんな言葉覚えたらどーする!?」
「ですニャー、鬼畜?」
「ほらみろ、覚えちまったじゃねーか! コイツ、見た目に反してスッゲー頭良いんだぞ!?」
「その程度のこと、どうでもいいさ……。【闇魔法】闇具作成――」
変態はゆっくりとそう呟き、両手に細身剣と――、股間に一本の大剣を生やして構える。
「フ――、まさか、この竜殺しを使う時がくるとはな……。言っても聞かぬのなら、力尽くで止めるしかあるまい――、三刀流、貴族狩りのマスクオブゾロ参る!」
《何か、色々と混ざってて、上手く突っ込めないわ! ピンチよ、有馬!》
「そうか? ……とうっ」
「――はぁおッ!?」
とりあえず、闇具作成で作られた竜殺しとやらを蹴りつけたところ、変態は股間を押さえて蹲ってしまった。
あまりにも分かり易い弱点に、浩助も思わず半眼になる。
「俺の中の吸血鬼の概念が変わりそうだ」
「あ、でも、カインさんは割と吸血鬼の中では変わり種ですので、本物はもっと怖いですよ。あと、生き血をあんまり啜らないでトマトジュースで済ませているので、あんまり今は強くないかもしれません」
「そーなのか?」
そういえば、スキルの欄にも偏食とかいう良く分からないスキルがあり、ステータスにも所々マイナス補正が働いていたような気もする。
やがて、変態は立ち上がり、股間のイチモツを即座に消して、浩助に向かい合っていた。
流石に、弱点を晒していると彼も気付いたようだ。
その目が、少しだけ憤怒に揺れる。
「三刀流の意外な弱点を突くとは、思っていた以上の卑怯者め……!」
「いや、あからさまな弱点だったからな? 意外じゃねーからな?」
「だが、本気になった私の前では、キミの命運も尽きたと思って貰おう!」
「今度は乳首からでも剣生やすのか?」
「…………。ふっ、ふふふ、ヤダナァ、ソンナワケナイジャナイカ……」
「明らかに棒読みになったぞ、コイツ……。まぁいいや。テメェをぶっ飛ばすから、ぶっ飛ばされたら、何で此処に居るのかと、何でこんな事してんのか、洗いざらい吐けよ?」
「ふ、ならば、自分が勝ったのであれば、私が血を嫌い、トマトジュースを飲むようになった経緯と、トマトジュース一年分を用意して貰おうか!」
「経緯ねぇ……。どーせ、漫画か、ゲームの影響だろ?」
「フ、フハハハ……! ……絶対に聞かせてやるからなッ!?」
半泣きになりながら、変態が襲いかかってくる。
どうやら図星だったようだ。
きょえええぇぇぇぇっ! と妙ちくりんな奇声を発しながら襲いかかってくる姿は迫力十分だが――、遅い。
その速度は、浩助の半分以下であろう。
浩助は余裕を持って狙いを定め、引き金をありったけ引く。
全弾発射――。
影で出来た銃は、ジャムることも、砲身が熱を帯びることも、反動自体も少なく、ただただ流し込んだ魔力量に比例して加速度的に弾が放たれる仕組みになっていた。
隙間のない銃弾の壁が空中に形成される。
絶え間なく連射された、その死を――、変態は自身の体を霧に変化させて躱す。
躱された弾丸は変態の背後にあった木の幹に吸い込まれ、深い弾痕を残すに留まっていた。
浩助の顔が思わず面倒臭げに歪む。
「フハハハ! その程度の攻撃、無駄! 無駄! 無駄ァ!」
直ぐ様、霧から元の体に戻った変態は二本の細身剣を交差させて突っ込んでくる。
細身剣を突き出してこないのは、防御が優先だからであろう。
あるいは、刃を噛み合わせて膂力勝負に持ち込みたいのかもしれない。
(少し、距離が近ぇか……)
浩助はこの距離では銃を使って戦うのは困難と判断。
即座に腰の二刀を抜く。
細雪が月光のように冷たくその刀身を煌めかせ、村正が血に飢えた獣のようにその身をぬらりと濡らす。
どちらの二刀も、紛れもない業物であり、闇具作成で作られた武器とは一線を画す強さを秘めていた。
それが、浩助の攻撃力と合わさった時、果たしてどれほどの破壊力を生み出すのか、浩助自身にも分からない。
「危ねぇかもしれねぇから、洛と美丘は下がってろ!」
「は、はいッス!」
怒鳴る浩助の声に応えるようにして、琴美が洛を伴って距離を取る。
それを、視界の端で収めていた浩助は満足そうに頷き、一瞬で変態の横手に稲妻の如く回り込んでいた。
「は、速いっ!? ――何だこの人間は!? 通常の三倍か!? だが、ツノ付きじゃないぞ!?」
「うるせーよ!?」
叫び、振るう浩助の刀は、変態の肩口を捉えようとし――、その身が一瞬で闇色の鎖に捕らえられる。
「【闇魔法】影縛りッ!」
「テメェの闇魔法のスキルレベルじゃ、俺は捕らえられねー……よッ!」
浩助が力を入れると、闇色の鎖はまるで、砂のように崩れて消える。
驚く変態が身を引くよりも早く、浩助の刀は変態の肩口、脇腹をそれぞれ捉えていた。
「ぐぅっ……!?」
変態の白い肉体に浅くない傷が開き、そこから少なくはない血液が撒き散らされる。
そして、白煙を上げて気化していく血液――、吸血鬼の血というのは、そういうものなのだろうか。
浩助が胡散臭いものを見るような表情を見せ、変態は焦燥感を募らせた表情を見せる。
(……相手が人間だと侮っていた? いや、そんなレベルではない! この男は……)
――この男は、真祖である吸血鬼、カイン・キルメヒアと同等か、それ以上のものを有している。
変態の頬に一筋の汗が流れ落ちるが、それでも彼は余裕のある表情を崩さない。
変態が真面目になったら、そんなのは変態ではない――、という良く分からない矜持が彼の内にあった。
「まさか、自分に傷を付けられる武器があるとはな……。それは、何て黒鍵だ……?」
「見りゃあ分かるが、刀だぞ。……まぁ、チート級なのは確かだけどよ」
脳内に沙也加の《うえぇ、触っちゃった……》といった念話が流れるが、浩助はそれを無視する。
目の前の変態の雰囲気が僅かだが変わった――、と彼は感じ取っていたからだ。
それは、察知のスキルが上がっていたためか、はたまた、浩助が喧嘩慣れしていたためなのかは分からない。
だが、変態が少しだけ真面目になったのは確かなようだ。
頭から被った紫色の仮面の三白眼の部分が、白色から赤色に変化しているのも、それを裏付けている。
(いちいち、芸が細けぇ……)
げんなりしていたのは一瞬。
その一瞬で、変態も準備を整えたのだろう。
魔力を込めた叫びを上げる。
「――来たれ、眷属よ!」
叫びに呼応し、森の至る所から狼やら蝙蝠やら鼠が現れる。
どれも、地球上のものと比べてサイズが二回り程大きい。
恐らくは、異世界の魔物であろう。
それを見た浩助は手早く二刀を両手の中で回転させて、二本同時に鞘に挿し込んでいた。
「……? 降参するのであれば、みさくら語で頼むぞ?」
「あん? ちょうど良い状況だったから、試してみようと思っただけだ。……ねこしぇ」
ねこしぇにイメージを渡し、設計図に変えて貰って、それを受け取る。
次の瞬間には、浩助の手には闇具作成によって作られた二つのケースが提げられていた。
それを見た、変態の顔色が変わる。
「それは、まさか、伝説の、桜が丘高校軽音部の――」
「違うわ! もっとメキシカンだッ!」
浩助の叫びと共に二つのケース――、一メートル強のギターケースから銃炎が瞬く。
それを、左旋回、右旋回と重ねていくことで、次々と森の獣たちが倒れ伏していく。
血と消炎の臭い――、まさしくメキシカンギャングの臭いだ。
「オウノゥ!? 自分の可愛いケモミミたちがッ!?」
《正しく獣耳なんだろうけど、何かイントネーションが……》
「あんまり気にしても仕方ないと思うぞ。そんじゃ、トドメ行くか」
浩助はギタケースの後ろの部分を前にして肩に背負い、片足を伸ばすようにして屈みこむ。
ならず者的な、アレであった。
「発射!」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ったぁぁぁぁぁッ!」
掛け声と共にギタケースの後ろ部分から飛び出したのは、ロケット弾だ。
紅い炎の尾を引いて発射されたロケット弾は、中空に橙色の軌跡を残して一直線に進み――。
……家ひとつを丸ごと破砕するほどの大爆発を起こして、その場にいた変態を焼却する。
「あぁ、カインさんが死んだ……。見苦しい人でしたけど、ご冥福をお祈りするッス……」
「まぁ、手加減してるから、死んでねーだろ。……どれ」
立ち込める煙を払うようにして、浩助が村正を一瞬で抜刀する。
抜刀術LvMAXのスキルに従い、一刀のもとに両断された煙幕は、やがてそこにいる人物の姿をはっきりと視認できるようにさせていた。
上半身を土に埋め、下半身を丸出しにしたガニ股ポーズ……。
「…………」
《有馬、目が腐ったんだけど……》
「相変わらず過ぎるッス、カインさん……」
「儀式? 踊り? 寝てる?」
多種多様な感情が生まれる中、浩助は煙を晴らしたことを心底後悔しつつ、気つけ代わりの銃弾を変態の尻に撃ち込むのであった。




