28、ノーパン学園
「さて、唐突だが、俺は服が欲しい」
リケイジュの樹をぶち込まれた教室から、リケイジュを引っこ抜いて、割れた硝子やコンクリート片を掃除して、リケイジュの樹を燃料にするために薪を作りまくって、余っていた厚紙やなんやかんやで目張りして隙間風が入るのを防いで、何とか住める環境にした教室の中――。
浩助は焦げ跡の目立つ制服を着ながら、そう切り出していた。
「うん。知ってる」
そして、沙也加の返答は当然のことを聞いたと言わんばかりの即答であり、浩助は予期していなかった事態に思わず鼻白む。
「知ってたのかよ……」
「っていうか、学園全体が服飾に関して敏感になっている感じよね。ノーパンな娘も多いし」
「マジで!?」
「何反応してんのよ……」
沙也加が浩助を見る目は冷たいが、これが正しい男子の反応だ。
許してやってほしい。
「とにかく、服だけじゃなくて、下着も全然足りてないのよね」
「下着、服、何?」
本日は、職人ギルドからお休みを貰ったらしい洛が話に乗ってくる。
どこかのブラック企業じゃないホワイトな感じの社風にしたいらしい職人ギルドは、それなりに交代制を取ったりして、各人の自由時間を多めに取るように心掛けている。
冒険に出たい者は、そういった時間に戦闘用のスキルを鍛えてみたりしても良いし、鍛冶鋳造スキルなどのレベルアップなどを図るために自主練をし、自分自身の価値を高めてみても良い。
とにかく自由時間に何をするかは個人の意志を尊重する――。
拓斗が打ち出したのは、そういうスタンスのようであった。
そして、本日の洛は、そんな自由時間を満喫しているといったところか。
「ほら、私達が身に着けている織物よ。それの代えが全然足りてないのよ」
「おー、道服、足りない! 洛、作る!」
鎚を叩くジェスチャーを見せる洛。
どうやら、鍛冶鋳造スキルで作ってみせると言っているようだが、果たして服は防具扱いなのか。
どうやら、その辺から調べないといけないらしい。
●
「服は、一応防具として作れるよ。ただし、防御力とかは低いけどね」
拓斗に尋ねてみたところ、実に簡単に答えが返ってきたため、浩助は拍子抜けしてしまう。
「その割りには、学内では制服が目立ってねーか? ここで作った服がダセェから流行ってねーのか?」
「肌着の方は飾り付けのないシンプルなデザインで下に着ていても見えないからともかく、……服の方は割とファンタジー入ってくるからね。集団心理が働いて、持ってる人もなかなか着にくいんじゃない? まぁ、最も流行らない原因は別にあるんだけどね」
「そりゃなんだ?」
「素材が圧倒的に足りないんだよ。服飾系の防具を作るには、絹の蜘蛛糸って素材が必要なんだけど……、それが取れるのが、スフレ・スパイダーの子供だけなんだ」
「子供なら簡単に倒せんじゃねーの? そんなに取れねーのか?」
「すっごいワラワラ居て、超気持ち悪いらしい。肌がぞわっとするレベルらしいぞ。クエストとしては不人気ナンバーワンだ。脅威度自体はそんなでもないらしいけど」
「やべぇ、途端に行きたくなくなった……」
「っていうか、有馬が行く必要ないんじゃない? 影分身にでもやらせればいいんじゃないかしら?」
指先で影を弾いて、伸ばしたり縮めたりして、影繰を繰り返す沙也加。
何か、吹き戻しみたいだな、と心の中で思いながら、浩助は「多分それがベストなのだろう」と理解しながらも、困ったように頭を掻く。
「まぁ、それが一番なんだろうけど、今回は俺が動いてみてーんだ」
「普段は影に鍛錬させて、楽してスキルレベルアップうっはうっはの有馬にしては珍しいわね。どういう風の吹き回し?」
何だか、とても残念な表現をされたような気がするのだが、そこは寛大な心で浩助は見逃す。
何せ、今は少しだけ心が浮ついているのだから。
「ふっふっふ、聞いて驚け! 俺はついに早撃ち(ファストドロウ)スキルと精密射撃スキルを手に入れた! だから、すっごく試し撃ちがしてーんだ!」
「男子って、本当、そういうの好きねぇ」
「水原だって、影繰で遊んでんじゃん? 同じじゃねーの?」
「これは、闇魔法の練習よ!? 遊んでるわけじゃないんだからね!?」
わかった、わかった、と宥めつつ、浩助は諸手を上げて降参の意志を示す。
実際、浩助も、沙也加が努力しているのは知っている。
昼は何をやるにも影繰をずっと行使し続け、夜は睡眠を必要としない刀モードに移行し、ずっと影繰や影走りなどを延々と実施し続けているのだ。
浩助が影分身を使って、六時間四十分を十人掛かりで多技能の習得、修練に挑んでいるのに対し、沙也加は一人で二十四時間の技能修練に挑んでいると考えて良い。
そんなハードな特訓を繰り返していると、普通なら精神的に疲弊してもおかしくないのだが、どうやら、刀形態と人間形態を行き来する度に、気力やら体調やら、その辺の状態がリフレッシュされるらしい。
お蔭様で、沙也加はいつでも普通の状態で臨めることを喜んでいた。
特訓、練習の鬼である沙也加らしい喜び方である。
「まぁ、とりあえず、今回はスフレ・スパイダーの子供から、絹の蜘蛛糸を取得するってクエストを受けてみよーぜ。というか、冒険者ギルドでクエストを直接受けるのって初めてだし、ちょっとそういうのにも慣れておかねーとな」
「何だかんだ理由付けてるけど、結構ワクワクしてるでしょ、有馬?」
「したり顔で見透かすんじゃねーよ! んじゃ、拓斗、行ってくるわ。素材、手に入ったら服作ってくれ」
「あいよ。優先的に卸してやるよ。あ、そうそう。そういえば、スフレ・スパイダーで変な噂があるんだった」
「変な噂?」
「いや、俺も冒険者たちの話をちらっと聞いただけだから、良くは知らないんだけど……。確かめるなら、冒険者ギルドで聞いておいた方が良いかもな」
「だから、その噂ってのは何なんだよ?」
「出るんだってよ」
少しだけ溜めて、まだるっこしく拓斗は言う。
「――スフレ・スパイダーの親玉が、さ」
●
冒険者ギルドの受付カウンターは、新校舎の一階にある。
新校舎の中でも昇降口を抜けて直ぐ隣の教室が、冒険者ギルドの受付カウンターとなっており、反対側の教室が職人ギルドの武器防具販売所という配置になっていた。
そんな冒険者ギルドの教室の扉を潜ると、まず見えてくるのが、教室後ろの掲示板や白板に張られたクエスト募集の張り紙だ。
藁半紙やコピー用紙に手書きで書かれた、それらの紙にはクエスト内容と報酬が載っており、たまに散見されるものには、出現する魔物の種類まで記載されているものまである。
クエストを発注しているのは、冒険者ギルドだけでなく、通常の冒険者も素材欲しさに発注している場合も多いようだ。
恐らくは、それらの素材を使い、オーダメイドで自分専用の武器などを作ってもらう予定なのだろう。
先の『素材ゴールドラッシュ』で、金回りの良い冒険者も増えたということらしい。
そんなクエスト依頼の掲示板の反対側にあるのが、教室手前の白板に掲示された仲間募集の貼り紙である。
具体的な前衛職や回復職などの募集、学年が一緒ならという緩い条件の募集、逆にスキルとスキルレベルの指定までされている細かい募集まで、わんさと紙が貼りだされている。
どうやら、パーティーメンバーの募集や交流などは割と盛んのようだ。
浩助自身は、沙也加とねこしぇという頭数に入るか入らないか分からない面子と一緒にパーティーを組んでいるため、一匹狼のように見えてしまっているが、一応三人パーティーということになっている。
ちなみに、拓斗はレベリング終了後に、パーティーを脱した。
本人曰く、「戦ってもないのに経験値や金を貰うなんて、なんか悪いし、気が引ける」だそうだ。
別に浩助としては気にしなかったのだが、拓斗自身が気にするというのだから仕方がない。
そして、今回は洛と一緒に行動するので、洛をパーティーに誘っておく。
これで、一時的に四人パーティーの完成だ。
魔導銃士と仙人二人だけのとても歪な構成のパーティーではあるが、本人たちは気にしていないので良しとする。
そして、そんな教室の中央に、カウンターとして作られた机の列がある。
机の列の後ろには、三人の女性が座り、更にその後ろには預かった素材を入れるであろう鎖が絡みついたデザインをした匣があった。
(確か、洛の宝貝の獄鎖匣だったか……)
時間、空間を超越し、あらゆるものを飲み込み、封印する力がある箱――それが、獄鎖匣だ。
普通は悪さをした仙人を捕まえるための宝貝らしいのだが、素材の保管庫として洛は快く提供してくれていた。
まぁ、それで、本人も色んな物を作れるのだから、満足なのだろう。
ニコニコと上機嫌そうな洛の頭を何となく優しく撫でてやると、洛は猫のように目を細める。
まるで、小動物だ、と思いながら、浩助は冒険者ギルドの中に人があまり居ないことに気が付く。
……というか、クエスト掲示は始業時間と同じ九時からなので、その時間に合わせてギルドを訪ねる者が多いのだろう。
今はもう十時半くらいだ。
かき入れ時は完全に過ぎている。
此処に今いる人間は、よっぽど時間にルーズな人間か、残り物には福があるという話を本当に信じ込んでいる人間か、それとも常駐クエスト狙いの人間かといったところだ。
浩助たちが冒険者ギルドに入ってきたことで、若干のざわめきが起きたような気もしたが、浩助は気にせず冒険者ギルドのクエスト貼り出しの掲示板へと向かう。
スフレ・スパイダーの子供の退治――。
そんなクエストが貼り出されていることを期待して、探してみるが見当たらない。
これは、誰かに取られてしまったか?
そんなことを考えていると、ギルドカウンターの方で何やら言い争う声が聞こえてくる。
「そこを、何とか曲げてお願いできないッスか? どうしても、このクエストを受けたいんッス!」
「そう言われてもね。これは冒険者ランクD以上でないと受けられない規定になっているから、そこはルールを守って貰わないと困るわ……」
「いや、でも、このスフレ・スパイダーの子供の素材が、どうしても必要で……ッ!」
「美丘さん、だったかしら? スフレ・スパイダーは子供とはいえ、ちゃんと毒もあるし、鋭い牙も生えているの。それを、たった一人の……、しかもFランク冒険者に任せるわけにはいかないのよ。何かあってからでは遅いの。分かるでしょ?」
「それは……」
悔しそうに唇を噛む後輩の姿に心を絆されたわけではないのだろうが、浩助は随分と興味深そうな話をしていた二人の間に割って入る。
「――よぉ、面白そうな話してんじゃねーの、真砂子センセ? それに、美丘後輩」
「先生、お早う御座います。それに、美丘ちゃんもオハヨ。試食会以来ね?」
「センセ、おはよー! ミオカ、おはよー!」
「あら、有馬君に水原さん……、それに、洛ちゃん、だったかしら? おはよう。珍しいわね、貴方達がギルドに顔を出すなんて?」
「先輩方、おはようございますッス!」
真砂子が珍しい訪問者に顔を綻ばせ、琴美が軽く頭を下げる。
「珍しいっつーか、初だな。ちょいと欲しい素材があってよ、それを取りに行こうと思って、クエスト探しにきたんだが……。先客が居たみてーでな」
そう言って、浩助が視線を琴美に向けると、彼女は気付いたように「もしかして、コレっすか?」とクエストの記載された藁半紙を掲げてみせる。
そこには、確かに『ベビー・スフレ・スパイダーの討伐』という記載がなされていた。
「おう、それそれ。……んで、ものは相談なんだが、美丘後輩よ。その依頼、俺たちと一緒に受けねーか?」
「! そ、それは、つまり、先輩たちとパーティーを、く、組んで、ということッスか……?」
彼女の頭の回転は早い。
浩助はそんな彼女を好ましく思いながら頷く。
「おう。でも、別にパーティーが嫌なら一緒に付いてくるだけでもいい。どっちにしろ、お前さん一人じゃ、そのクエ受けさせて貰えねーんだろ?」
真砂子に視線を向けると、彼女は「えぇ、まぁ」と困ったような笑みを浮かべる。
普段は優しい先生なだけに、身の丈に合わない危険な場所に生徒を送り出すことは、頑として譲らないだろう。
だからこそ、浩助は同行を申し出た。
学園最強のSランク冒険者が共に行けば、例えFランク冒険者であろうとも、Dランクのクエストを受けることができる。
そこには、Sランク冒険者に対する絶対の信頼があるとも言えよう。
(まぁ、言うほど、Sランク冒険者として活躍してねーけど……)
浩助はそう内心で嘯くが、実情は違う。
冒険者ギルドと、職人ギルドに対する初期運営資金の貸し出しや、膨大な数の食料素材の提供、果ては武器防具素材の提供やらを、一時間足らずでこなしているのだ。
他にも、防衛用の柵の作成も九割方、浩助一人の手によって作成しているし、学園を襲った災厄に関しても――エインジャを倒したことは死体が欠片も残っていなかったため、知られていない――が、影分身によって多くの魔物を狩り尽くしたことは知られている。
要するに、どれも普通の冒険者には容易に達成できない偉業であり、浩助たちがSランク冒険者であるという認識は、瞬く間に広がっていたのだ。
それこそ、学園を救った救世主扱いだ。
そして、美丘琴美――、彼女もまた浩助の尋常ならざる活躍を伝え聞いていた一人である。
「く、組むッス! いや、組ませて欲しいッス! ぜ、是非、一緒に行きたいッス!」
そのためか、無茶苦茶緊張していたのはご愛嬌である。
「んー、言っちゃ悪いけど、あんまり楽しい依頼にならないわよ? 子蜘蛛がウジャワシャ居るって話だし」
「い、いやぁ……、琴美の狙いはその子蜘蛛から取れる毒の方ッスから、問題ないッス! 数がいるほどありがたいッス!」
「子蜘蛛からの毒? んなモン何に使うんだ?」
不穏な単語に浩助は思わず尋ね返してしまう。
毒の使用用途など、毒殺に使うか、あるいは薬として調合するぐらいしかないように思える。
後者なら問題ないだろうが、それでも体を張ってわざわざ取りに行くよりは、冒険者が取ってきたものを冒険者ギルド経由で譲り受けた方が早い気がする。
だが、彼女が子蜘蛛の毒を欲しがる理由は、実に個人的な目的の為であった。
「先輩方だから、話すんスけど、子蜘蛛の毒だったら、もしかしたら毒素の完全除去が可能かもしれないんスよ。そうしたら、今度こそイカスミパスタが完全再現出来るかもしれないって話で……。どうしても、欲しいんス!」
「それなら、冒険者に依頼したらいいんじゃない? 一人で取りに行くなんて無謀でしょ?」
「そんなお金があるなら、試食実施会にエントリーなんてしないッスよ。本来は、琴美も職人ギルドの生産職なんスけど、作る物が毒製品ばかりで取り回しが難しいっていうんで、冒険者にもあんまり売れなくて、今では食い詰め芸人みたいな生活ッス……。友達にも借金して、もうお金も借りれないッスし……、自分一人で何とかするしかなかったんス……」
「それで、イカスミパスタを作ろうって発想が良くわからんのだが……。毒を使って、パーティーでクエストクリアした方が儲かるんじゃないか?」
「有馬、一応、彼女生産職だから、そんなに戦闘技能に秀でているわけじゃないと思うのよ。だから、パーティーにも誘われないってところじゃない?」
「…………。水原先輩の言うとおりッス。魔法は得意なんスけど、肉体戦闘系のスキルはさっぱりで、近距離で斬り合うとか無理ッス……、遠くから魔法で攻撃はできるんッスけど、狙いが下手くそで味方撃っちゃうスし……、範囲魔法も魔法攻撃力が高過ぎるせいで、小回りが効かないぐらい大きくなっちゃって、パーティーメンバーに迷惑掛けるしで……、皆もそれが分かってるッスから、あんまり声掛けられないで……、八方塞がりって感じッス……」
「何か、世知辛ぇなぁ……。まぁ、今回だけじゃなく、機会があったらクエストに誘ってやるから、元気出せ? な?」
「は、はい! ありがとうございますッス!」
目を輝かせて礼をする琴美に、やれやれとばかりに肩を竦めながら、浩助は真砂子に頼んで依頼を受注するのであった。
その背後では別の冒険者が――。
「マジかよ……。羨ましい……」
と零すのが聞こえたような気がしたが、浩助は聞かないフリをするのであった。
【スキル】冷酷:Lv2 を習得致しました。
(――何でだッ!?)




