26、第二回試食実施会(前編)
素材が潤い、懐が暖まり、装備が整ってきたのならば、「さぁ、冒険に出掛けよう!」という気にもなるのであろう。
そして、強力な装備をして冒険を終えた冒険者は、本日の成果を自慢するように冒険者ギルドを訪れ、その成功報告をするに違いない。
そのまま、彼らは報酬を貰い、そして道中で手に入れた素材を冒険者ギルドに買い取って貰い、万事めでたしめでたし――。
冒険者ギルドは、そうして買い取った素材の中から武器防具の材料になりそうなものは、職人ギルドの鍛冶鋳造部隊に売り切り、それとは別の、食料になりそうなものは調理部隊に売り切るようにしている。
そう――。
素材のゴールドラッシュは武器防具の話だけでなく、彼らの食生活にも密接に関係していたのである!
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「というわけで、第二回試食実施会……通称、新たな食材に対する人身御供の会を始めたいと思います! ちなみに、司会進行は、不肖ながら私、水原沙也加が務めさせて頂きます! 皆様、YO・RO・SHI・KU!」
「通称が通称じゃない上に、内容が不穏すぎんぞ、オイ!?」
「では、今回のスペシャル御意見番――、味見ストたちのご紹介をしていきましょう!」
「無視かよっ!? テメェ!?」
椅子に縛り付けられた浩助がギャーギャーと喚くが、それは恒例のノリとしてスルーされる。
何で、第二回目で早くも恒例なのかは意味が分からないが、浩助以外が騒いでいないので、とりあえず会場としては違和感はないようだ。
びしっと、マイク代わりのオタマを口元にあて、沙也加は調理実習室の扉に注目が集まるように右腕を翳す。
「まずは、廊下白板側からの入場になります! 皆さん、注目ー! 前回試食会の主役にして、異世界食糧事情のスタンダードを決めた、耐え忍ぶ食レポ乙女――、大道寺忍の入場だァッ!」
「えっと、その、今日はみなさん、よろしくお願いします」
どこかオドオドした様子で入ってくる、長いマフラーを巻いた少女。
その少女は調理実習室の教卓前に用意されていた椅子に静々と腰を下ろす。
そして、沙也加は熱のこもった声で、続いての入場者のコールを始める。
どこか暴走しているように感じているのは、浩助だけなのだろうか?
調理実習室に集まっている調理チームの面々が、エンターテイメントに飢えた熱狂的な目で見守っているのを見ると、どうも自信が失くなってくる。
「そして、廊下後ろ側の扉に注目ゥ! 職人ギルドのことなら、俺に任せろ! 武器でも防具でも作ってやる! ただし、食レポだけは勘弁な! ――こと、特攻野郎職人チームの泣く子もあやしちゃうリーダー、鈴木拓斗の入場だァ!」
「あー、一応、責任持って審査するけど……。ゴメン、救護班は一応用意しといて貰える?」
胃が痛いのか、腹の辺りを押さえながら、拓斗は恐る恐るといった調子のまま忍の隣に座った。
互いに軽く頭を下げて、挨拶をする。
「廊下の次は、グラウンド側だァ! 奥さんの愛妻弁当を食べ過ぎて、出来た体型はメタボ体型! 今ではビールと共に奥さんが作ってくれた唐揚げを毎晩食べるのが何よりの楽しみ! そのでっぷりと肥えた体は量だけでなく、質も求める! 歴史も、味も、全てを知る男! 歴史教師の中村翔太教諭の入場だァ!」
「あー、うん……。授業中に、妻の料理を自慢したのは反省しているから、その煽りやめてくれんかなぁ……」
でっぷりと太ったビール腹を抱えながら、中村は拓斗の隣へと腰を下ろす。
その顔は、プライベートを暴露されたせいか、少しばかり赤くなっているようではあった。
だが、沙也加は反省しない。
この場を取り仕切る者として、進行を妨げない心意気なのだろう。
またの名を傍若無人という。
「そして、司会進行を任された私のオマケとして、有馬浩助も審査員として参加します!」
「俺ついでかよ!? しかも、十五メートル規約の弊害ッ!?」
「では、今回の試食会のルールについて説明します!」
「しかも、また無視ッ!?」
ぶつくさと文句を言う浩助は放っておき、ここで沙也加が語った試食会のルールについて説明しておこう。
一つ、審査員は各自、持ち点五点満点で審査すること。
一つ、合計点が十点を超えた場合には、学食に新メニューとして登録されるということ。
一つ、魔物の素材を使用している場合もあるため、気分が優れない場合は審査員は直ぐに言うこと。
一つ、採用された料理は、アイデア料として売上の五パーセントが料理人の手元へとキャッシュバックされるということ。
――以上である。
そして、そのルールに異を唱えるものが、ここに一人。
「三つ目ぇ!? せめて、作った奴が試食して安全確認してから持って来いやぁ!?」
「たまのハプニングもこの試食会のお楽しみポイント! 調理チームの皆さんも、どうぞ楽しんでいって下さいね!」
調理室に所狭しと集まった調理チームから拍手が送られる。
沙也加は得意そうだが、浩助としてはたまったものではない。
味方を探すかのように首を巡らし、浩助は拓斗と目が合う。
……目が死んでいた。
「…………」
「んでわぁ! 今回の鬼の試食会に名乗りを上げた料理人四名の料理を試食して貰いましょう!」
「しまったぁぁぁっ! 拓斗が死んでることに気ィ取られて、止めるのを忘れてたぁぁぁっ!?」
「エントリーナンバー一番! 女子の黄色い声援が飛ぶのは常のこと! だが、本日飛ばすのは審査員の心だと豪語する! サッカー部の大エースにして、プロ入りも決定している運動神経の塊! そして、意外なことに実家は定食屋! 小日向龍一の入場だぁ~!」
途端に、調理実習室に黄色い声援が飛ぶ。
癖のない茶髪をすっと掻き上げながら、龍一は銀盆に皿を乗せて運び入れようとし――。
「おぉっと! 此処で有馬と、鈴木君から〇点の札が掲げられたぞぉ~っ!」
「何でだ!? まだ、食ってねぇだろぉがよぉぉぉぉッ!?」
「料理すら見せてもいないのに、この仕打ちということは、二人共かなり僻みが入っているようですねぇ。その点、妻帯者である中村先生は人間ができているといった所でしょうか?」
「「ほっとけ!」」
半ギレになりながら、浩助と拓斗の声がハモる。
そもそも、この二人は今回の試食には積極的でない。
というか、できれば遠慮したいぐらいの勢いである。
それだというのに、料理人が黄色い声援を受けて、尚且つ格好つけて入ってきたものだから、イラッとして速攻で〇点を掲げただけである。
「これは、中村先生と忍ちゃんから満点を引き出さないと、学食での採用は難しいですよ~」
「えぇ!? あの判定、有りでいくのかよ!?」
龍一の驚きの声とは裏腹に、浩助と拓斗の評価は通ってしまったようだ。
沙也加は適当な感じで、「それでは、料理をお出し下さい!」と無理矢理進行していく。
適当な感じに見えて、割と地味に仕切り能力だけは高いのかもしれない。
「ふっ――、ふふふ、いいぜ、その逆境乗り越えてやろうじゃねーの。それに、女の子の審査員のハートにゴールを決めるのも、この小日向龍一の使め――えぇぇえぇぇ!?」
「おぉっと、ここで忍ちゃんまでもが〇点の表示だぁぁぁ! 挑戦者小日向、料理を出す前に食堂メニュー入りは見送られたぁぁぁっ!」
「あの、すみません。小日向先輩……。私、恋人居るので、そういうのは、その……、迷惑です……」
「アピールが裏目だぁぁぁぁっ!」
「つーか、生徒会長の言う恋人って脳内設定じゃん。実際はまだ片思いじゃん」
浩助が思わず見ていられなくて突っ込む。
だが、忍は自分の胸元で小さく拳を握り込むと自信満々に目を輝かせる。
「大丈夫です! 人間界に帰る前までには、両思いになってみせますから! 卒業して離れ離れになって、チャンスが少なくなっちゃうかなぁ~と思っていましたけど、今回の件で執行猶予がつきましたから! 私は頑張りますよ!」
マフラーをぎゅっと握り、忍は思いを馳せるように瞼を閉じる。
その隣の席で、拓斗が「生き延びた……」と呟き、瞼をぎゅっと閉じる。
その二人の様子に浩助は同情を禁じ得なかったが、彼自身の顔も同じようなものだったので、五十歩百歩といったところか。
「それでは、小日向君には退場して頂いて――、次の方の入場です!」
「えぇっ!? マジかよっ!? 俺、これで終わり!? 俺の絶品チャーハンの出番はっ!?」
「ないです」
無慈悲に告げて、沙也加は進行する。
「――皆様、目を良ぉく凝らして御覧ください! 身長百三十センチのそのミニマムボディに秘められた、その力は一体どれほどのものか! 学内の能力測定で魔法防御力で学園トップの数字を叩き出したと噂される少女! その実体は――、錬金と調合を高レベルで操り! 怪しげな料理を作り出す狂料理人であったァッ! オカルト部所属、期待の一年生、美丘琴美の入場だぁぁぁぁっ!」
「どもッス。……あと、ちっちゃいのは自覚してるんで、必要以上に強調しないで欲しいッス」
「背は小さいけど、態度はデカイぞぉぉぉぉっ! 美丘琴美だぁぁぁぁっ!」
「あの……、えーっと……」
「いいから、料理出しちまった方がいーんじゃねーの?」
琴美を見兼ねて、浩助が思わず助け舟を出す。
本当なら、危険な料理の試食など望むところではないのだが、何だか必要以上にはしゃいでいる沙也加を見ていたら、イラッとして、つい口走ってしまったといったところだろう。
琴美も「そっスね」とぶっきらぼうな口調で同意し、審査員の前に料理を並べていく。
「これは……、イカスミパスタ、だね?」
目の前の料理を見た中村が感心したように、ほぅと嘆息を吐いていた。
そんな中、浩助は胡散臭そうに墨色の中を見透かそうとし、拓斗は――。
「変なゲテモノ料理じゃなくて良かったよ」
ある程度まともそうな料理が出てきたことに、胸を撫で下ろす。
「では、早速実食して頂きましょう!」
『頂きます――』
何故か、エントリーナンバー二番で初実食となってしまったが、彼らは一見まともそうな食事に口を付け、……両極端な反応を見せていた。
「――ちょっと、ピリピリしますが、んまいです」
「ちょっ、ま、何だ、コレ……、喉が、焼ける……」
「むむむ……、す、すまないが、私もコレは無理だ……、回復魔法を求む……」
「!? マジか、コレ!? クッソうめーじゃん! 美丘だったっけか? お前、やるなぁ!」
「お褒め頂き、恐悦至極っス」
「それでは、今回の料理のポイントなどを美丘選手本人から解説頂きましょう! あ、衛生兵、その間に鈴木君と中村先生の治療をお願い!」
聖魔法が使える生徒が慌てて前に出て、拓斗と中村教諭に回復魔法を掛けていく。
だが、状態が芳しくならなかったため、状態異常回復魔法を掛けたところで、ようやく症状が安定したようだ。
グロッキー状態になりながらも、拓斗と中村教諭は何とか椅子に座る姿勢を正す。
勿論、イカスミパスタの皿は遠くへ遠ざけたが。
「一応、今回、小麦粉が錬金レシピで作れるようになったって聞いてたので、保存性にも優れるパスタを作ってみたッス。イカスミに見えるのは、フスレ・スパイダーの毒ッス。塩味があるっぽかったんで、丁寧に毒素を取り除くことで、ソースにならないかと試してみたッスが、駄目だったみたいッスね。あ、ちなみに、琴美は完全毒耐性あるので、美味しく食えるッス」
「あー、それでか。俺もスッゲー美味かったわ。水原も食えんじゃね?」
「へー、そこまで美味しいなら、後で頂こうかしら?」
「舌がどうもピリピリしていたのは、毒だったんですか……。忍耐スキルのおかげで耐えられましたが、今度は毒のない料理でお願い致します……」
そう言って、忍は少しだけ渋い顔を見せる。
毒に対する耐性はないものの、忍耐スキルで毒に抵抗してみせたようだ。
……忍耐スキルは、中確率で毒や麻痺を抵抗したり、地味に色々な所で効果を発揮するので便利なスキルなのであった。
「それでは、皆様! 手元の手札で得点をお上げ下さい! ――五点! 〇点! 〇点! 二点! 合計は、七点! ん~! 残念ですが、学食の新メニュー入りはならず! 琴美ちゃん惜しかったですね~!」
「……いや、学食に毒並べちゃ駄目だろう。悪いけど、全力で阻止させてもらったよ」
顔面蒼白のまま、拓斗はビッと親指を立てる。
ナイスファイト、と言わんばかりに調理実習室で見守っていた職人ギルドの面々が、親指を立てて労う。
どうやら、この試食実施会は審査員だけでなく、一般生徒の明日の運命さえも決めてしまう大事な試食会となっているようではあった。
長くなったので、前後編に分けました。




