25、バブル浪漫
「黙祷――」
サンタクロースに酷似した校長の言葉により、教職員と生徒一同は一斉に目を閉じて、故人を偲ぶ。
――明くる日の朝、まずは被害状況の把握と対応に、人々は追われることとなった。
前夜の内に最低限の治療と片付けは済ませていたものの、疲労に加え、夜間作業の効率の悪さを加味し、その日は就寝。
翌日に作業を持ち越していたため、午前中から人々は精力的に働く結果となったのである。
浩助も前日に、エインジャが壊し、尚且つ、浩助自身もレールガンで吹き飛ばした柵の整備業務に追われることとなる。
最終的な被害としては、死者七十二名、怪我人三十六名を数え、異世界に人類が到達してから、初の大規模戦闘ということになった。
「……目を開けて」
一分間の黙祷を終え、生徒や教師が神妙な面持ちで目を開ける。
彼らは生き残った――。
だが、死は相変わらず隣にあり、こちらに『おいでおいで』をしている状態だ。
そんな状況の中で、『自分だけは大丈夫』と、どうして楽観的になれるだろうか?
「亡くなった方々のためにも、我々は最後まで戦い抜き、生きて日本に帰りましょう――。それでは、これで全校集会を終わります」
いつもは、日射病で倒れる者が出る程に話し好きな校長も、今だけは言葉少なであった。
●
「――で、割と雰囲気が沈むかと思ったらコレかよ」
「仕方ないだろ、浩助。昨夜の事件のせいで、武器、防具の需要が急激に高まったんだ。それこそ、フル稼働で鍛えなきゃ追いつけないぐらいにね」
「拓斗、終わった、次!」
「相変わらず、洛ちゃんは良い腕してるなぁ。なら、コレを打ってみるかい? アーク・オーガの背骨だそうだけど……」
「洛、やる! スゴイ、作る!」
反り返る鉄柱のような骨を、やる気満々で受け取りながら、洛は楽しそうにそれを前にして、その武器に合う魔石を探し始める。
環境が人を成長させるというが、洛の場合はまさしくそれだ。
もしくは、郷に入らば郷に従えという奴か。
仙人という特殊な立場にありながら、今では職人ギルドに無くてはならない鍛冶師チームの大エース。
彼女は腕だけで、そこに地位を築き上げていた。
「相変わらず、洛ちゃん作るの早ぇ……」
「俺たちももっと精進しないとな……」
「幼女が頑張ってるんだ、俺だって頑張るぞ! はぁ、クンカクンカ……」
旧校舎の被服室――。
そこが職人ギルドの工房であり、武器防具の製造工場だ。
そこでは、多くの鍛冶鋳造スキル持ちたちがスキルを振るい、有り余る素材を前に嬉しい悲鳴を上げていた。
そう、現在の学園は、死んだ者の悲しみを背負うと同時に、かつてない程の好景気を迎えていたのである。
無数の魔物が学園を襲ったその日――。
多くの犠牲者が出て、そして、多くの魔物の死骸が学園の至る所に転がった。
前線に出て戦った者たちは、多額の金銭と経験値を手に入れ、其処彼処でレベルアップする者が溢れたという。
だが、それらは、あくまで副産物であり、メインは魔物の死骸――というか、素材という名の宝の山であった。
この状態に真っ先に動いたのは、冒険者ギルドだ。
彼らは、これら魔物の死骸を解体し、素材となるものを持ってきた場合に買い取ることを宣言する。
これに色めき立ったのは冒険者たちである。
昨夜の乱戦は、誰が何を倒したのか、詳細な記録も証人もいないような状況だ。
簡単に言えば、高価な素材だろうと、珍しい素材だろうと、やる気さえあれば、そこらの魔物の死骸から剥ぎ取れる。
それこそ、戦闘スキルを持たないものでさえも、解体さえできれば、一気に大金持ちになれるのである。
これに思い至って、冒険者が色めき立たない理由がないだろう。
勿論、冒険者ギルドは、持ち込まれた素材を適正価格で買い取りし、それをそのまま、職人ギルドに売りつける。
職人ギルドでは、食料になりそうなものは、そのまま調理部隊へと譲渡し、武器防具の素材となりそうなものは、その手で鍛えて主力商品として扱う。
当然、懐が暖まった冒険者たちは、今後のことを考えて、レンタルの装備品だけでは、今回のような事態に対応できないと判断し、大枚を叩いて装備一式を買い上げていく。
そんなサイクルが出来上がってしまったために、今、この学園の中ではゴールドラッシュ並の盛り上がりが形成されているのである。
そして、そんな雰囲気から外れた男女が二人、ここにいる。
「なんつーか、楽しそうだなー、お前ら……」
「そうよねー。装備しても意味がない身としては蚊帳の外だけど……」
浩助と沙也加である。
浩助は、カース系スキルのせいで、防具を装備しても防御力が上がらず、武器も細雪があるおかげで、戦闘に苦労することもない。
一方の沙也加は、武器防具一式を装備することは可能だが、刀に変化した時点で装備は外れ、人間形態に戻っても自動で装備が戻るということがないため、装備しても無駄だという認識がある。
二人共、完全に今回の好景気に乗り遅れてしまっているのである。
二人は忙しそうに、武器を打つ職人たちの姿を見るともなしに眺める。
「ふたりとも、そんなに暇なら販売所の方にでも行って、手伝ってくればいいじゃないか。バイト代くらいは出すよ?」
武器、防具の直接的な販売所は、新校舎の一階にある。
そこでは、職人ギルドの職員たちが忙しく、カンペを見ながら武具や防具を売り捌いていることだろう。
だが、浩助の面相を確認した後で、拓斗は肩を竦めていた。
「いや、すまない。浩助は客商売に向いてない顔だしな。そりゃあ、こっちに来るよな」
「さり気なくディスられたんだが!? ――っていうか、そうじゃねぇよ! 俺は、コイツを打ち直しできねぇかと思って来たんだ」
「へぇ、何か凄そうな斧だなぁ。でも、言っちゃあ何だけど、大き過ぎて取り回しは悪そうだ」
「だから、刀に打ち直しちゃもらえねぇか、と思ってな」
浩助がねこしぇの収納から取り出したのは、エインジャが使っていた斧の内の、風を巻き起こす斧の方だ。
これを打ち直すことで、予備の武器としたいのだろう。
まぁ、触れれば爆発する斧よりは御し易いだろうし、その判断は間違っていない。
……これを打ち直せる職人がいるかどうかは別として。
「洛ちゃん、さっきの素材ちょっと待った。こっちの斧を先に刀に打ち直してみない?」
「洛、刀、作る!」
アーク・オーガの背骨も大事に抱えながら、洛は斧を物珍しげに掲げたり、叩いたりしている。
何となく嫌な予感がするので、浩助はあらかじめ洛に言っておく。
「絶対に振るなよ? 振ったら風が巻き起こるからな」
「分かった! 振る!」
「振んなって言ったよなぁ!?」
「冗談! にしし♪」
「ホント頼むぜ……」
激しく不安になりながらも、浩助は洛に斧を預ける。
そんな洛も、斧に向き合った途端に真剣な表情に変わっていた。
今まで巫山戯ていたのが嘘のように、真摯に事にあたる様子は、完全に公私を分けているということなのだろう。
多くの素材の中でも、取り分け大きな魔石を選んで斧に埋め込み、そのまま鍛冶鋳造スキルで刀の形へと打ち直していく。
「何か、いつもより光ってねーか?」
「言われてみれば、そうね……」
鍛冶鋳造スキルは、武器を鍛えている最中、形状の変化に伴って白い光を発する。
浩助が言ったのは、その光がいつもよりも眩しく見えた為だろう。
やがて、十五分もしない内に斧は光を収め、その形状を一振りの刀へと変えていた。
成功、ということで良いのだろうか。
浩助は、ねこしぇに頼んで、早速見てもらう。
【武器】妖刀村正【伝説級剣】
攻撃力:66666 耐久:66666 品質:最高品質
説明:伝説級武器を鍛える際に極低確率で作成される突然変異武器のひとつ。妖刀スキル、呪術スキルを高レベルで取得していない場合、刀に意志を乗っ取られる。固有クリティカル率が非常に高く、攻撃力以上に良く斬れる。
「……ですニャー、切れ味、試す……」
「はい、没収~ッ!」
ちょっぴり意識を乗っ取られかけていた洛から村正を取り上げ、浩助はねこしぇに村正を収納して貰う。
もう少しで、第二次学園被災が降り掛かるところであった。
浩助は思わず冷や汗を拭う。
「ん? ですニャー、どうした?」
「どーってことねぇ、些細なことさ。なぁ、水原?」
「何か、今、一瞬、不穏な感じを覚えたんだけど……。ま、気のせいにしておいてあげるわよ。それよりも、有馬、ちょっと聞きたいんだけどさ。……アンタ、レベル二十越えてるよね?」
慌てて仕舞い込んだ村正に、最後まで不審げな視線を切ることもなく、沙也加はそう確かめてくる。
浩助も特に隠すほどのことでもなかった為、即座に首肯する。
「あぁ、レベル二十五にまでなってんな」
「おいおいおい、上がり過ぎだろ!? こっちだって、浩助にレベリングされて十三にまで上がって高い方だっていうのに、もう二十五にまでなってるのかよ!?」
鎚を振るいながら、拓斗がどこか呆れたような顔をしてみせる。
実際、拓斗のレベル十三というのは、学園の中でも高レベルに位置しているのだが、浩助に至っては次元が違う。
ねこしぇ、沙也加のダブル経験値二倍に加え、影分身による経験値十倍取得の行使――。
普通の人間の四十倍の経験値効率に加え、速度と攻撃力が馬鹿高いせいで、経験値の取得効率さえも高くなっている。
浩助のレベルが学園内でも図抜けて高くなっているのは、当然といえば当然のことであった。
そして、その恩恵は同じパーティーに所属している沙也加も享受している。
「うん、だと思った。でさ、私もレベル二十になったんだけど、その時にクラスチェンジができるようになったってメッセージが出たのよね」
「そーいや、そんなのもあったな」
あまりの邪魔さに、切れて全スルーしていた為に印象が薄かったが、確かにそんな機能があった。
クラスチェンジを意識しながら、視界の片隅に意識を集中させると、そのような表示が再度現れる。
これは、恐らく、職業欄に書かれた学生から、違う職業に就ける転職チャンスという奴なのだろう。
就職氷河期のこの時代に、レベル二十になりさえすれば、全員に就職のチャンスが貰えるとは、なかなか太っ腹なシステムである。
「その感じだと、まだ職種は選んでないみたいね」
「戦闘中に表示されたからな。邪魔すんなって感じで放っておいて、そのままだわ」
「へぇ~、クラスチェンジとか、そういうのがあるのか。でも、俺の場合はどうせ鍛冶師か何かなんだろうなぁ……」
「クラスチェンジ! 叩ける! 増える!」
「落ち込むな、拓斗。そして、洛は無駄に興奮すんな! とりあえず、こーいうワケ分かんねーもんに出会った時はあれだ。ねこしぇ大先生に尋ねてみんのが一番だ。つーわけで、ねこしぇ大先生、クラスチェンジについて説明頼む!」
《大先生じゃニャいですけど、分かりましたニャ!》
可愛らしい肩乗りぬいぐるみがピョコンと跳ねて、小さく礼をする姿は愛らしくはあったが、如何せん事情を知らない人間が見たら驚く。
被服室で武器を作っていた何人かが手を止め、口をポカンと開け放っていた。
(その気持ちはスゲー分かるが、品質悪くなんぞ、おい……)
作り掛けの武具の方の心配をしながら、浩助はねこしぇの言葉に耳を傾ける。
《基本的に、クラスチェンジというのは、レベル二十、五十、八十の度に職業を変更できる制度ですニャ。勿論、必ず変える必要もニャく、面倒ならば無視してもらっても構わないのですニャ》
「ふぅん、この一回だけってわけじゃないのね。それで、クラスチェンジするメリットとデメリットは何があるのかしら?」
《メリットは、職業に就くことによって、その職業固有のステータスボーナスが受けられる事と、その職業に関係したスキルを覚えやすくなったり、ステータスが上がりやすくなったりしますニャ。逆にデメリットは、その職業によって覚えにくいスキルがあったりすることですニャ》
「えーっと、つまり……。俺のトコには、闇騎士が出てたりすんだが、それにクラスチェンジすると具体的にはどーなるんだ?」
《まず、闇魔法の習得が早くなりますニャ。もっとも、ご主人様は闇魔法を極めているので、恩恵は薄いですニャ。他には、HPがレベルアップで上昇しやすくニャったり、防御、魔法防御の値も成長しやすくニャりますニャ。後は、盾や剣、槍の扱い、騎乗の扱い、呪術なども成長しやすくなると思われますニャ。逆に、光魔法や聖魔法、杖の扱いや、鞭や弓の技術の習得が難しくなりますニャ》
「闇騎士にクラスチェンジすんのに、あんまりうま味を感じねーな……。俺が、闇魔法を極めてるせいもあんだろーけど……」
「私としては、結構惹かれるんだけど、闇騎士……。でも、私のクラスチェンジ先に表示されてないのよね……」
そう言って、沙也加は渋い顔を見せる。
彼女としては、闇魔法習得に励んでいる手前、闇魔法が習得しやすくなるという特典は、喉から手が出るほどに欲しいものなのだろう。
とはいえ、誰しもが好きな職業を選択して、簡単に転職というわけにもいかないようだ。
ねこしぇは残念そうにパッチでできた目を><にする。
《選択可能職業は、現状のステータスから判断されて一覧として羅列されますニャ。あまり、ステータスが上がってニャいですと、下級職しか選択できない恐れがありますニャ》
「ふーん……」
と、感心しかけて、浩助は重要な事を思い出す。
普段やらないから忘れていたが、刀状態の沙也加のステータスは可変ではなかっただろうか。
「じゃあ、水原は刀になれば、選択肢が増えるのか……?」
「あ、なるほど――」
直ぐ様、沙也加はMPを大量に消費して刀状態へと移行し、転職先一覧を確認する。
《うわ、すっごい増えてるんですけど! どうしよう! えーっと、猫ちゃん、闇魔法が伸び易い職業で、魔法系の職業ってない?》
「魔法系?」
浩助が疑問を挟むと、沙也加はさも当然と言わんばかりの声を頭の中で響かせる。
《刀になっちゃうと動けないし、刀状態時の強さってMPによって可変なのよ? だから、MPを大量に確保できて、それで闇魔法とか使えたりする職業が望ましいわけ!》
「確かに、考えてみりゃ、そりゃそーだわな」
どちらかと言えば、闇魔法の習得を目指すよりは回復魔法のひとつでも覚えて貰った方が有り難いのだが、それは浩助個人の感想だ。
それに、スキル成長の遅さは、【闇魔法】影分身を習得した後でも十分に取り返せる。
後は、【闇魔法】影分身をどれぐらいの期間で習得できるかだが……。
そこは、個人の研鑚に因るものなので、頑張れとしか言いようがない。
《でしたら、闇魔道士とかはどうでしょうかですニャー》
《ふふ、何か素敵な響きね。その職業の特徴を教えて貰える?》
《水原様の御希望に沿う形で、MPの成長と闇魔法の成長が著しいクラスになりますニャ。他には、呪術や魔力感知、四大元素魔法にも適正がありますニャ。ただし、肉体的なスキルに関しては絶望的に成長が遅いクラスとなりますニャ》
《うん、良いじゃない! レベル五十でもう一度クラスチェンジできるのよね? だったら、そこまでに闇魔法をレベル10まで上げて、他のクラスにチェンジして色んなスキル取りまくってやるわよ!》
明るい未来設計を描く彼女は、念話で鼻歌混じりに転職することを決断。
一瞬で白い光に包まれたかと思うと、次の瞬間には特段変わらぬ様子の刀の姿がそこにはあった。
「装飾とか何か変わるかもと思ったが、表面上は何もかわってねーな」
虚仮威しも良い所だと、浩助は思っていたのだが、どうやら違うらしい。
《ふっふっふ、本当にそう思う? 【闇魔法】影走り――》
沙也加が、そう唱えた途端、彼女の姿はずずっと浩助の手に落ちた影の中へと潜り込み、暫くしてから浩助の足下から湧き上がってくるようにして、姿を現す。
《あ、ヤバイわね、コレ……。思った以上に酔いそう……》
「阿呆か。とりあえず、影走りが使えたってことは、レベル2まで習得できたってことでいいのか?」
「――みたいよ」
閃光と共に、人間の姿に戻りながら、沙也加は指先で影を自在に操ってみせる。
【闇魔法】影繰――。
つい先程まで、沙也加には使用できなかった魔法だ。
《選んだ職業によっては、自動で習得できるスキルがありますニャ。闇魔道士の場合は、闇魔法スキルLv2までが自動で習得されますニャ》
「ふーむ、なるほど……。そう考えてみると、極めたスキルと被らねー職業にクラスチェンジした方が良いのか?」
《そうだと思いますニャー》
「まぁ、有馬の場合はそっちの方が恩恵が高いでしょうね」
「だったら、迷う必要もねーな」
浩助は、目の前に表示される職業から迷わずひとつを選択。
そして、柔らかな白い光が浩助を包み込み、その光が落ち着きをみせた時、彼は自分の職業欄に新たな文字が踊るのを見た。
――魔導銃士。
今までの彼のステータス構成とは全く異なる方向性の転換に、ねこしぇに頼んでステータスを覗き込んだらしい沙也加が疑問の声をあげる。
「剣聖とかじゃなくて良かったの?」
「水原は、全然分かってねーな……」
それは、憧れであり、希望であり、理想であり――、それひとつをまとめて呼称するのであれば、人はこう言うだろう。
「浪漫だよ」
「はぁ?」
「ガン=○タは、男の浪漫なんだよ!」
有馬浩助――、割とハードモードな異世界で浪漫を求める大馬鹿者であった。




