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フラれて自暴自棄になっていたところを異世界召喚された結果がコレだよ!  作者: 荒薙裕也
第一章、調子に乗って闇魔法使っていたら、知らない所で恨みを買っちゃった結果がコレだよ!
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24、人間対怪物

「ねこしぇ、相手を鑑定だ」

《分かりましたニャー》


 まず、浩助が取った行動は、ねこしぇに鑑定スキルを発動させることであった。


 相手のステータスを見て、正しい脅威度を知ることは作戦を立てる上で実に有意義だ。


 本来なら、その正しい情報を元にして作戦を練り、行動に移すまでに準備期間が必要なのだが、今回の場合の付け焼き刃で何処までフォローできるのかは、甚だ疑問ではあった。


 浩助は視界の片隅でちらつく文字に意識を集中させる。


==============================================

 名前:エインジャ(エインジャ)

 種族:トロール族(幻獣界)

 年齢:214歳

 職業:トロール・ロード

 状態:通常

 レベル:27

 HP:102882/102882(+2620)

 MP:2795/2795(+380)

 攻撃力:13166(+6010)

 防御力:7690(+2490)

 魔法攻撃力:1374(+170)

 魔法防御力:3655(+2310)

 速度:3820(+400)

 幸運:1197(+300)

 

【ユニークスキル】

 灼熱の統治者(HP、防御、魔防+1000、火属性無効)


【スキル】

 威圧Lv6/激励Lv4/自然治癒(極)LvMAX/豪腕Lv6/闘気Lv5/咆哮Lv6/指揮Lv2/頑強Lv8/斧術Lv5/格闘Lv7


【耐性】

 火属性無効


【称号】

 聖魔の森の覇王(【ユニークスキル】灼熱の統治者取得可)

==============================================


(HPの桁を見間違えたか? 何か、HPが十万もあるように見えるんだが?)

《十万ありますニャー》

(――ブッ! 硬い上に、HPが十万ってどんな理不尽モンスターだよ!? ふざけんな!)

《有馬の攻撃力が、今大体一万五千だから……、えーっと、一度に与えられるダメージは八千くらい? ――ってことは、十三回も斬りつければ倒せるわよ? 良かったわね、有馬!》

(その間、俺はノーダメージじゃないといけねーんだぞ!? 気楽に言える話じゃねーからな!?)

《それは、問題ないでしょ? だって、もうすぐ……、九十秒経つじゃない》

「…………。なるほど。それもそーだ」


 突然喋り出した浩助に対して、エインジャは不審げな視線を向ける。


 長年の戦士としての勘も、目の前の男の態度が薄気味悪いと告げてやまなかった。


 恐れもなく、猛りもなく、ただ殺意を纏い、そしてその殺意に翻弄されないように努めて冷静を保っているようにエインジャには見えている。


 魔物を前にして――しかも、エインジャを前にして――彼に対する恐怖よりも先に、自身の内に意識を向ける相手というのは、エインジャの二百を数える年月の中でも、初めての存在だ。


 それだけ、彼が軽く見られているということなのだろう。


 実際、エインジャのステータスを見た上でも、浩助は事態を軽く捉えていたのだから、その想像は誤っていない。


 何故なら、彼には――。


「捷疾鬼、発動――」


 ――絶対的な時間世界があるのだから、その領域に踏み込めないものに脅威を覚えるわけがないのである。


(まぁ、こんなもんだよな)


 浩助の目の前の魔物は動きを鈍らせ、防御すらままならない状態を目の前に晒す。


 動けない相手を一方的に攻撃するのは、良心が痛む、と考えないわけでもなかったが、実際にはそんなことはない。


 それは脳内麻薬が出ていたということもあるだろうし、もしくは、冷酷だとか、外道だとかいう新スキルが感情に働きかけ、浩助の中での感情を抑える役割を果たしていたのかもしれない。


 それは、冷静に考えてみると酷く恐ろしいことなのだが、今この場においては、良い方向に作用する。


 好都合、と言い換えても良い。


「さて、サクッと終わらせるか」


 浩助は一瞬で前方に向けて跳躍すると、すれ違い様にエインジャの背中を切り裂く。


 これで、一撃。


 着地と同時に、地面を蹴り、今度はエインジャの左脇下を潜って、その左腕と脇腹を切断。


 ゆったりとした時間が流れる中で、エインジャの左腕が宙に浮き、浩助はニヤリと笑みを浮かべたところで、自分の顔から滂沱の汗が流れていることに気が付いていた。


「あん? どうしたってんだ……?」


 いや、汗だけではない。


 彼の着ている制服から、焦げ臭い匂いが漂い始め、浩助の皮膚をオレンジ色の激しい光が溶かすようにして照らす。


「これは、あ……、熱ぃ!」


 ボッ、という極小の音がして、浩助の左肩から炎が立ち上る。


 エインジャから慌てて距離を取り、浩助は制服の上着を脱ぐなり、地面へと叩き付けてその火を消火してみせていた。


「何だってんだ、一体!?」


 火の消えた制服を、ねこしぇに頼んで収納して貰ったところで、制限時間がきたらしい。


 硝子の割れるような音が響いたかと思った次の瞬間、世界が元の時間を取り戻す。


「ぬぉっ!? 何だ!? 何で斬られてやがる!? 痛ぇじゃねぇか!」


 そう言うエインジャの傷口から、真っ赤な血潮が校庭へと撒き散らされ――。


 ――激しい音と光を発しながら、地面を焼いていく。


 ドロリとした血液は、オレンジ色の光を保ったまま、ゆっくりと地面を侵食し、浩助はその血溜まりを踏まないように、慌てて飛び退る。


 やがて、エインジャの血液はゆっくりと黒くなってその侵攻を止めていた。


 酸化したというより、もっと妥当な言葉を思い出して、沙也加が呟く。


溶岩(マグマ)……? 血液が溶岩でできている魔物なの……?》

「はぁ!? だから、俺の服が燃えたのかよ!? 攻撃したらマグマを出す魔物なんて、どーやって攻撃したらいいんだよ!?」


 浩助の顔に、この戦いで初めての動揺が浮かぶ。


 改めて自分の状態を確認してみると、軽い火傷を負ったのだろう。


 全身から痒みのようなものを感じる。


 戦闘中だから、まじまじと確認はできないが、十中八九そうだろう。


 だとしたら、厄介な相手だ。


 これは、短期決戦で勝負を決めないと、どこまでも災厄を撒き散らしかねない。


(幸い、こっちのダメージは軽度の火傷で、相手は腕一本に裂傷二箇所だ。どっちのダメージがデカイかなんて、ガキでも……)

「ちっ、片腕じゃあ、バランスが悪ぃな。やれやれ……、フンッ!」


 だが、浩助の心を挫くかのように、エインジャの左腕がいともたやすく再生される。


 浩助の思考を襲ったのは驚愕と、――ある種の疑念だった。


「ねこしぇ、奴のステータスを確認しろ! HPはどうなっている!」


 嫌な予感を覚え、語気を荒くする浩助を嘲笑うかのように、ねこしぇは無慈悲に告げる。


 こういう時の嫌な予感は良く当たるものだ。


《完全、回復していますニャ……》

「…………」


 絶望という名の足音が差し迫ってくるのを聞いた気がして、浩助は半歩後退る。


 正直、こんな相手を前にした時点で逃げ出したいのが本心だ。


 だが、相手は恐らく逃がしてくれないだろう。


 左腕を回して具合を確かめるようにしながら、エインジャは斧を拾い上げる。


「どうやったのかは知らねーが、攻撃力だけなら俺様とタメ張るかもしれねぇなァ? まぁ、もう治ったけど――、よォ!」


 豪腕が唸る。


 振るわれた右手の斧は、一瞬で突風を巻き起こしたかと思うと、次の瞬間には突風が旋風へと変わって、その場に渦を巻く。


 浩助の身を千々(ちぢ)に切り飛ばすには距離がある攻撃であったが、旋風が巻き起こす突風の影響か、浩助の動きが若干鈍る。


 エインジャにとってはそれで十分だった。


 突風の影響を物ともせずに、彼は斧を大上段に振りかぶりながら戦場を駆ける。


「ハッハッハ――ッ! コイツを躱せるかぁ――ッ!」


 突風の影響がないはずがない。


 だが、恐らくは体重の差なのだろう。


 強風を物ともせずに肉薄し、その肉厚な斧を一気に振り下ろす。


「シャア――ッ!」


 だが、浩助とて、レベルアップと数々のスキル習得により、速度が一万を越えているのだ。


「危ねぇなッ!」


 余裕を持って、その一撃を躱し――、


 ――次の瞬間、エインジャの持つ斧の周囲三メートル程が強烈な熱と音を伴って弾け飛ぶ。


《有馬ッ!?》

(カハッ――、……爆発した、のか!? クソが! 耳と喉が痛ぇッ! 目も見えねぇ! 敵は何処だ、水原!)

《正面よ! 避けて!》


 沙也加の言葉を頼りに、浩助は横っ飛びに飛び退く。


 その後を、エインジャの斧が唸りを上げて通り過ぎ、地面にクレバスのような深い亀裂を刻み込んでいた。


 未だ視界が完全に戻らない浩助には見えないが、そのクレバスに魔物の何匹かは巻き込まれて落ちていったようだ。


 常識外れのエインジャの力に慄くように、魔物たちも距離を取る。


「ゴホ……、ケホ……、クソッタレ……!」

「ほう、俺様の爆熱の斧を食らって、五体満足かよ。だが、まだ泣き言をいうには早ぇぜ? こんな程度で追い込まれてくれんなよ?」


 余裕の笑みを見せながら、エインジャが走る。


 それを視界の片隅で、何とか捉えた浩助もまた校庭を駆ける。


 逃げ足の方では、浩助の方が早い。


 だが、エインジャには風を操る斧がある。爆風を操る斧がある。


 浩助の逃げ道をあらかじめ塞ぐようにして旋風を起こし、その脚を傷つけようとして、真空の刃やら、目も眩むような爆熱の閃光やらを放ち続けてくる。


 浩助は、それらの斬撃の軌道を痛む目で捉えるか、あるいは沙也加の警告によって感知することによって、なんとか擦り傷を作る程度のダメージで抑えてみせていたが、防戦一方だ。


 次第に体の傷が増えていき、垂れ流し過ぎた血の御蔭か、意識が朦朧としてくる。


(クソ! 拉致があかねぇ……! 何か反撃の糸口はねぇのか……!)


 速度差があるため、何とかエインジャの攻撃をいなせてはいるものの、それもいつまでもつか。


 はぁ、はぁ――、と自分の吐く息が妙に大きく聞こえ、浩助は自分が焦っていることを知って、ぎょっとする。


「動きを止めてんじゃねぇぞォ――ラァ!」


 そして、その焦りが集中力の欠如を生んだのだろう。


 一瞬の隙を付き、エインジャの斧が浩助の足下に突き刺さる。


 それを即座に避けようとして脚を動かそうとするが、突き刺さった斧は、眩い閃光と共にその場で爆発し、浩助の脚を巻き込む。


「くっそ……ッ!」


 ズボンはボロボロになり、腿や脛からは爆発した際の衝撃にやられたのか、激しい血潮が垂れ流れている。


 動くだけで、意識が飛びそうになるほどの激痛――、それを奥歯を噛み締めることで、何とか誤魔化す。


 奥歯が若干軋む音が浩助の耳にだけ届いた。


(くそ! くそ! くそ! くそが……ッ!)

「カッカッカッ、鬼ごっこはもう終わりか?」


 エインジャがそう言って、風を操る斧を遠慮会釈なしに浩助に向かって叩き付けようとする。


 その斧が浩助の身を捉えるよりも早く、浩助はエインジャの懐に飛び込んでいた。


「【闇魔法】影走り――」


 圧倒的な速さでエインジャの右腕を斬り落とす。


 大質量の腕が、まるでブーメランのように宙を舞い、斬られた傷口からは支えを失ったホースのように、溶岩が暴れ、流れる。


 このまま、その場に留まったのであれば、浩助の体は灼熱の溶岩に焼かれ、骨まで焼き尽くされたことだろう。


 だが、彼の体は一瞬の内に、自身の影の中へと沈み込んでいく。


 溢れ出たマグマが大地を焼き、目を血走らせたエインジャが浩助の体を捉えようと、残った腕を伸ばすが届かない。


 浩助は一瞬でエインジャの背後の影から這い出ると、その無防備な背中に向けて、再度斬りつけようとし――。


「喝ァ――――ッ!」


 夜気を震わせる大声量が、周囲に轟き、浩助は驚いてその動きを止めてしまっていた。


(なん――、……嘘だろ!? 体が動かねぇッ!)


 エインジャが、切り飛ばされた片腕を再生し、落ちていた二振りの斧を拾い上げるまでの僅かの間――。


 その間、浩助は立ち竦んでしまい、何もすることができなかった。


 エインジャが余裕の態度で、浩助に向き直る。


「もう少し、遊んでやっても良かったが……、そろそろ苦しめてやんねぇとな。時間は無限じゃねぇんだ、なぁ、チビカス?」

「遊び、だと……?」


 じんじんと痛む脚の傷に顔を顰めながら、浩助は憤りを覚える。


 必死で逃げまわって、こちらは被害を最小限に抑えて、何とか戦っているというのに、この魔物は自分のバケモノじみた回復力を笠に着て、言うに事欠いて『遊んでいた』というのだ。


 人間として、生物として、根本を否定された気分になり、浩助は昏い憤りを心に宿す。


(いや、駄目だ……。まだだ……。憤怒を発動したら終わりだぞ……。冷静に、冷静になるんだ……)


 浩助がひとえにブチ切れないのは、自身の内に飼う凶悪スキルに慄いているためだろう。


 それを宥め、飼い慣らすことで、何とか此処までは上手くやれている。


 だが、これを解放したが最後――、勝負は一瞬で決着するだろう。


 憤怒のスキルは、一時的に攻撃力を十倍にまで高めるが、その代わりに防御力と思考能力の極端な低下を招く。


 相手が傷つく度に、溶岩を撒き散らすバケモノである以上、高攻撃力プラス思考能力の低下は致命的だ。


 ろくに考えもせずに、相手に吶喊し、そのままマグマの海に沈む姿しか見えてこない。


 それが、浩助に憤怒を自重させる、最たる要因であった。


(だが……、だが、この脚でどーする……。さっきまでみたいに機動力が活かせるわけでもねぇ……。足を止めて殴りあうってんなら……、憤怒を発動した方がいいんじゃねぇか……?)


 そうだ。今は状況が変わった。


(……憤怒を使うことも視野に入れるべきなのかもしれねぇ)


 脚を傷つけられてしまった以上、浩助が機動力を用いて、相手を撹乱する戦法は非常に取り辛い。


 そして、最悪なことに、相手はダメージを負う毎に周囲に溶岩の飛沫を撒き散らす迷惑な体質だ。


 足を止めて戦うにしても、これだけ不利な条件では一方的に嬲り殺されて終わることだろう。


 そして、嬲ることは、相手も望んでいることである。


 ふざけんな、と浩助は心の中で怒号を発する。


 状況云々関係なく、憤怒が発動してしまいそうであった。


《猫ちゃん! 浩助のスキルに遠距離戦用のものはないの!?》


 それを見兼ねたわけではないだろうが、沙也加が焦ったような声を上げる。


 彼女も彼女なりに、浩助をどうにかサポートできないのかと悩んでいたのだろう。


《呪術のスキルがそれにあたりますニャー。ですが、効果が出るのに期間が空くものばかりで、即効性のものは……》

《そんな……》

「はぁ……、くそ……。そんなショげんなよ、水原……。大丈夫だ、俺は……」

「はっはっはぁ! 敵前でお喋りとは余裕だなぁっ!」


 エインジャの斧が振り下ろされ、浩助はそれを沙也加の刀身で受け止める。


 次の瞬間に派手な爆発が起こり、浩助の体は遥か後方へと吹き飛ばされていた。


 腕が焦げ、肉の焼ける香ばしい臭いが漂う。


 血と煤で浩助の顔は真っ黒に煤け、それでも、彼は痛む腕で乱暴に汚れを拭いつつ、(さやか)を杖代わりにして、何とか立ち上がる。


「おぅ、痛そうだ。……だが、俺様の仲間はもっと傷つけられ、踏み躙られ、斃された……。その程度の傷じゃあ、全然だ。腕の一本でももいだ方が良いか……」

「ふぅ――……、ふぅ――……」


 ――勝つ、と、そう安易に断言できる状況でないことは知っていた。


 それでも、彼は不良(アウトロー)だ。


 不良は、決められた道を決められた道順で、決められた結末に辿り着くことを良しとはしない。


 脱線、蛇行してなんぼだ。


「俺は……、――勝つ」


 そう、不確定なのだから、これでいい。


 いや、死ぬのが普通なのだから、これが不良(アウトロー)だ。


「勝つ? 勝利する……、とそう言ったのか、テメェ?」


 余裕の表情を浮かべていたエインジャの顔から、途端に表情が抜け落ちる。


 あぁ、そうだよ――、と浩助が返そうとした直後、彼の視界一杯に機械的な文字が踊っていた。


 エインジャの体が、表情が、一瞬で晦まされる。


==============================================

 レベルが20に上がりました。

 クラスチェンジできるようになりました。

 クラスチェンジ可能な職業一覧を表示します。

 ・剣聖

 ・魔法剣士

 ・闇騎士

 ・暗殺者

 ・魔導銃士

 ・大魔導師

 ・虐殺者

==============================================


「見えねぇぇぇぇぇぇんだよぉぉぉぉぉ――――ッ!?」


 叫びが先か、衝撃が先か。


 浩助の体を突き抜けるような痛みが駆け抜け、彼は自分の体がバラバラに空中分解したような、そんな感覚を味わう。


 痛覚が体の中で跳ね回り、喉の奥から少なくない量の血が吐き出され、手足が自分の操作を受け付けなくなったかのように感覚がなくなる。


 それは、エインジャの拳による一撃であっただろうか。


 あまりの痛みと衝撃に、浩助は一瞬意識が遠のくのを感じる。


 その激痛に身を任せ、このまま倒れてしまいたい、とそう思ってしまう程の強烈な一撃であった。


 【スキル】決死:LvMAX が発動致しました。


 だが、意識を手放していたのは、一瞬だ。


 浩助は十メートルほど転がったところで無理矢理に体勢を立て直す。


 レベルアップした恩恵からか、脚の傷はもうない。


 それは、素直に喜べることなのだろうが、彼の体の感覚が恐ろしい程に希薄なのは悲しむべきことだろう。


 自分の手足が、自分のものではなくなってしまったような感覚。


 体勢を立て直して、倒れずにいれたのも、恐らくは奇跡に近い確率ではないだろうか。


 そして、彼は非常に遺憾ではありながらも、自分の視界の片隅に映る文字に意識を集中させる。


 HP:1/7509


(はは……、やべーな、こりゃ……)


 腕が動くのであったのなら、頭を掻き毟りたいぐらいだ。


 だが、浩助にはそれもできない。


 立っているだけでも、やっとである。


 だが、追い込まれているはずなのに、浩助の思考は驚くほど冷静であった。


 諦念の境地、とでも言おうか。


 それとも、ダメージが酷すぎて、最早、感覚が麻痺しているだけなのかもしれないが、それでも、浩助は最後の最後まで不良(アウトロー)として戦う。


(そうだよ、不良じゃねぇか……。何をやってんだよ、俺は……)


 それを意識した時、浩助は自分の道筋がはっきりと決まったのを感じた気がした。


 そうだ。バケモノを相手に、何で真正面から戦う必要があるのだ。


 正々堂々などクソ喰らえだ。


 不良(アウトロー)が規則を順守する必要性など、何処にある? 


「クックックッ……」

「ようやく、壊れ始めたかよ?」


 エインジャが、どこか満足そうな顔を見せて、浩助に近付いてくる。


 その距離はエインジャが疾駆すれば、あってないようなものなのだが、彼はそうしない。


 ただ殺すだけでは足りないのだ。


 自分の同胞を無慈悲に殺された恨みを晴らすためにも、浩助には無残な死を与えてやらなければならない。


 恐怖というものは、待ち時間にも起因する。


 急ぐ必要は、彼にとっては全く必要のない要素だ。


「まぁ、すぐに何言ってっか分からねぇ程に泣き叫ぶことになんだろうけどよ」

「面白いことをいう害虫だな……。どうやら、人間様と肩を並べてるつもりらしーや……。笑かしてくれんぜ……。……ねこしぇ」


 浩助は脳内でイメージしたものを、繋ぎっぱなしだった念話を通してねこしぇに見せる。


 ねこしぇは驚いたようだが、すぐにその意図を察したらしい。


「できんだろ……?」

《…………。……答えはイエスですニャ》

「上出来だ……。水原、人間形態になって、俺を支えてくれ……。正直、もう立ってるのもやっとなんでな……」

「はぁ!? ……もう!」

 

 一瞬、いつもの様に罵り合おうとする沙也加だったが――。


「……信じるわよ!」


 そう言って、浩助の背後に人間化し、彼の体を支えてくれる。


(暖かいな……)


 何となく、そんな感想を抱くが、沙也加の姿を確認する程の余裕もない。


 恐らくは、泣きそうな顔をしているのだろうが、それを笑うだけの気力もなかった。


 そんなボロボロの状態の中、ねこしぇからイメージのフィードバックがなされる。

 

 ――それは、細かな設計図だ。


 骨子の長さ、強度、螺子の寸法から材質まで、事細かに記載されている。


 これだけ、はっきりとした情報とイメージがあるのなら、できる、と浩助は断言する。


「何をするつもりなの、有馬?」


 いつもとは違う様子を感じ取ったのだろう、沙也加が訝しむような声を出す。


「正攻法を……、やめただけだ……。両腕を前に突き出させてくれ……」


 浩助の両腕は、後ろから支える沙也加によって前に突き出される。


 使う魔法は、ただのひとつだけだ。


「【闇魔法】闇具作成(ダーククリエイト)――」


 影が実体化し、質量と質感を伴う。


 とはいえ、元は影なので姿形と噛み合わずに、その武器は恐ろしく軽く作られていた。


 それこそ、感覚の弱った浩助が握っているかどうかも分からない程に軽いのだ。


 そして、出来たそれを見て、浩助は満足そうに笑う。 


 ……馬鹿馬鹿しい。実に馬鹿馬鹿しい。


「そうだ……。何で、(にんげん)幻想世界(ファンタジー)に付き合わねーとなんねーんだ……。テメェらが(にんげん)に付き合えや……」

 

 浩助が生成したのは、25mm式のチェーンガンである。


 それを見た沙也加は呆気に取られ、ねこしぇは知っていただけに素知らぬ顔を貫く。


 エインジャは、その砲身を見ても理解できなかったのか、怪訝そうな表情を見せるが、次の瞬間にはその顔が上半身ごと吹っ飛んだことにより、それが武器であることを理解した。


「げ、めぇ……、ふい、う……」


 エインジャの上半身は細切れになって吹っ飛び、下半身はたたらを踏んで、その歩みを止める。


「さっきの画面で……、魔導銃士とかいう職業があるのを見てよぉ……、ピンと来たんだわ……。闇魔法でも……、銃とか作れるんじゃね……ってよぉ……。ただ、作るにはしっかりとしたイメージが……、必要だったから……、俺一人じゃ……。やっぱ、ねこしぇ様々……、だな……」

「おごごごご…………、がががが…………、ぎ、ぎざまぁぁぁ…………」

「ねこしぇ……」

《はいですニャー》


 次に、浩助が闇具作成したのはレールガン。


 試しに、エインジャに向けて引き金を引いた所、エインジャの再生しかかった上半身が跡形もなく吹き飛んでいた。


 ついでに、奥の柵も吹き飛ばし、森まで被害が出ていたのは、ご愛嬌というものだろうか。


 ちょっとやり過ぎたか、と浩助は思ったが、それでもエインジャは死んでいなかった。


 下半身のみの体で、上半身の再生をし続けているのだ。


 明らかに無理をしていると分かる姿ではあるが、彼を殺しきるにはやはり全てを塵芥にする必要があるらしい。


「面倒臭ぇ……、だがやるか……。【闇魔法】影繰(カゲクリ)――」


 浩助が消え入りそうな声でそう言うと、彼自身の影が不自然に伸び、一瞬でエインジャの体に纏わりつくようにして絡みつく。


 その魔法の精度に、沙也加も一瞬驚いたような表情を見せる。


 念じても動かなかったものが、こんなに鮮やかに生き物のように動くのか、とそんな表情だ。


「【闇魔法】影縛り――」


 連続で魔法を唱えることにより、伸びていた影が闇色の鎖となってエインジャを拘束する。


 ようやく頭らしき物体を再生できたエインジャは、その光景に驚きと怒気をもって何事かを叫んでいたが、浩助はそれに一顧だにしない。


 どうせ、これが最後なのだ。


 遺言を聞いてやる義理もない。


「【闇魔法】闇具作成(ダーククリエイト)――。C4爆弾、4トン」


 絡みついていた鎖が一斉にプラスチック爆弾へと変貌する。


「起爆」


 そして、浩助は躊躇することなく、それを爆発させた。


 死の破壊がグラウンド中央に吹き荒れる。


 光が溢れ、エインジャの体が粉微塵に吹っ飛ぶ。


 流石に欠片も残さずに吹き飛ばされては、驚異的な回復能力を持っていても復活は難しいか。


 最後はあっさりとした勝利に、浩助は乾いた笑みを浮かべることしかできない。


 こんなことで救世主としてやっていけるのかとも思うが、今はこれが浩助の精一杯だ。


 目の前で起こる爆発を茫洋と眺めながら、浩助はほぼ無意識の内にスキルを発動する。


「――捷疾鬼、発動」


 そのまま、時間の流れを遅くし、彼は爆発の中央より一気に離れる。


 沙也加の姿は、既に刀へと戻っていた。


 鞘付きの刀を引っ掴み、できるだけ遠くへと駆け抜ける。


 HPが1の影響はない。


 何故なら、彼のHPは――、既に全回復していたのだから。


「まぁ、あれだけ強ぇ相手だ。レベルも上がるだろーよ……」


 精神的な疲労感をじわりと感じながらも、浩助は手近な魔物を屠って進む。


 その最中で、虐殺者や外道のスキルレベルが上がったりもしたが、まぁ、些細なことだろう。


《これで……、終わりなの……?》

「小せぇ小蝿がぶんぶん飛んでる以外は、終わりじゃねーの?」

《……良かった》

「何で、小蝿が飛んでて良いんだよ……」

《……有馬が元気そうだから。……良かった》

「…………」


 二の句が告げられず、浩助は若干顔を赤くしながら、照れたように乱暴に刀を振るう。


 まだまだ魔物は大勢居るようだが、一番の懸案事項は解決したはずだ。


 この混乱もじきに収まりを見せる。


 だが、大変なのはそれからだ。


 被害の全貌が明らかになった後のことを考えると、浩助はぞっとしない面持ちで敵を屠るのであった。

ボス戦だからって長くなってしまいました。

もっとライトに読める感じにしたいです……。

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