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フラれて自暴自棄になっていたところを異世界召喚された結果がコレだよ!  作者: 荒薙裕也
第一章、調子に乗って闇魔法使っていたら、知らない所で恨みを買っちゃった結果がコレだよ!
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22、弱者の覚悟

「キャアアアァァァ――――ッ!」


 美優の叫びが体育館の中に木霊する。


 それもそのはずだ。


 体育館の横手の鉄扉をひしゃげて入ってきたのは、三メートル近い巨人だったのだ。


 通常の感覚を持つ人間なら驚くことだろう。


 太い腕に、太い脚、全身が筋肉で出来ているのか、その皮膚には至る所に大きな血管が浮き上がっている。


 呼称名、オーガ。


 冒険者ギルドで、脅威度Dに定められた魔物である。


 この魔物、見た目通りの膂力に恵まれた種であり、その代わりと言ってはなんだが、思考能力と運動性能に関しては、すこぶる鈍いということが報告されている。


「UGA?」


 そんなオーガの目が暗闇の中、怯えた表情を見せる美優の姿を捉える。


 彼女がそれに気付き、大きく後退る中、逆に前に出る者がいた。


「――――シッ!」


 国崎慶次だ。


 彼は、革手袋に包まれた両の拳を固く握り込み、軽いフットワークと共にオーガに接近。


 鋭いジャブ二発からのストレートを、オーガの脛に向かって打ち込んでいた。


 ガッという鈍い音ともに、慶次の手に確実な手応えが返ってくる。


 ダメージは入っている。


 だが――。


「GAAAAAAA!」


 オーガの振り回した腕に当たり、慶次は体育館の壁に強かに背を叩き付けられていた。


 肺の中の空気が全て外に吐き出され、息が詰まる。


「っかは――」


 そこに迫るのは、ノロマながら巨大なオーガの拳。


 情けないことに、オーガの一撃によって慶次の足は簡単に使い物にならなくなってしまっていた。


 死ななかったのは、魔法道具でもある『魂のジャケット』の御蔭だが、それも、すぐに意味のないものとなるだろう。


 フットワークが死んだ今、慶次にその攻撃を躱す手立てがないのだから。


(――なら、玉砕覚悟で、テメェの腕一本貰っていく! ただじゃ、死んでやらねぇ……!)


 気合を入れ、拳に力を込める。


 どんな状況だって、拳で答えを出してきた男に他の選択肢はない。


 迫ってくる拳に対して、腰を落とし、最大限の力をぶち込むように姿勢を整え――。


「駄目ぇぇぇぇ――ッ!」


 美優が飛び出し、オーガの身体に向かって全力で体当たりを敢行する。


 その衝撃が、オーガの体勢を僅かに狂わせたのか、オーガの拳は慶次に当たらずに、体育館の壁へとぶち当たっていた。


 めきぃと、木の壁が軋む音が響き、細かな破片が礫となって飛来する。


「ぐ――」


 思わぬ背後からの衝撃に、慶次は食い縛った歯の隙間から呼気が漏れるのを聞く。


 だが、それだけだ。


 彼の闘志は、一寸足りとも欠けたりはしない。


「…………ッ!」


 魂の連打。


 その拳の動きを見切れたものが、果たしてその場に居たのかどうか。


 気付いた時には、メキメキっという木の繊維が断ち切れるかのような音が響き、オーガの肘から先があらぬ方向へと曲がっていた。


「GUGYAAAAAAAA――――!?」

「ザマアミ――」


 だが、最後まで言うよりも早く、猛り狂ったオーガが腕を振り回し、その余波を受けて慶次の身体は体育館の壁へと叩き付けられる。


 衝撃で後頭部でも打ったのだろう。


 恨み言をいう暇もなく、慶次はその場に膝をついて崩れ落ちる。


「国崎君!? ――あ」


 それは、油断というものだっただろうか?


 気付いた時には、肘から先のコントロールを失くしたオーガの腕が美優の目の前に迫っており、防御も受け身も取れぬままに、美優の身体はその太い腕に跳ね飛ばされていた。


 ボールのように体育館の床を跳ね飛び、彼女の肢体は三度バウンドしたところで動きを止める。


 動かない、動けない――。


 美優の肢体は糸の切れた操り人形のように、ピクリとも動かなくなっており、息をするだけでも胸が痛く、苦しい。


(痛い……、痛い……、身体が動かない……、上手く呼吸ができない……、苦しい……)


 自然と眦から涙が溢れてきて、心臓は壊れてしまったかのように早鐘を打つ。


 水の中で溺れてしまったのなら、こんな感じなのだろうか。


 酸素を求めて口を開閉するが、喉から空気が入ってこない。


 息苦しさと、暗くなる視界だけが、彼女に死の足音というものを如実に伝えてきていた。


(嫌だ……、死にたくない……、私……、まだ死にたくない……、助けて、お母さん……)


 呼吸はまともにできないのに、涙だけは止め処なく溢れる。


 その歪む視界の中で、一人の少年の姿が目に映っていた。


 彼女は必死で、その少年の名を心の中で呼び、その少年に助けを請う。


 それは、きっと届かぬ思いであるのは分かってはいた。


 何せ、彼はこの緊急時においても、自分のスペースの中で膝を抱え込んで座っていたのだから。


(助けて――、助けて――、田中君……ッ!)


 だが、彼は立ち上がらない。


 ただ膝を抱え込み、そして、彼は茫洋と美優の姿を見つめるのであった。


     ●


(何でござろうか……。何か騒がしいでござるな……)


 体育館に魔物が侵入してきた後も、則夫は諦念の境地に達しつつ、そんなことを考えていた。


 賢しい者は鉄扉を閉めてステージ奥へと立て篭もり、愚かな者は外へ飛び出そうとして魔物に食い殺されて死ぬ。


 則夫はそんな狂乱の最中(さなか)でも、ただただ無関心に自分を抱き続けていた。


 逃げてきた誰かが、前を見ていなかったのか、則夫を蹴った。


 それを皮切りに、則夫は突き飛ばされたり、踏まれたり、悪態をつかれたりもしたが、ただただ無関心に引き篭もり続けていた。


 そもそも、彼の防御力を一般の生徒が突破できるわけもなく、全てがノーダメージであり、則夫はただひたすらに傍観者であり続けていたのである。


(まぁ、拙者には関係のないことでござる……。誰が死のうと、誰が生きようと……)


 それには、自分自身の命さえも含まれている。


(他人に認められようと頑張ろうとしたでござる……。現実世界(リアル)じゃキモオタの拙者でも……、異世界では英雄になれると思っていたのでござる……)


 茫洋と虚空を()ることもなく、眺める。


 彼の意識は既に、此処ではない何処かに飛んでいた。


 全ての事柄に興味が湧かず、身体に力が入らない。


(でも、そうはならなかったでござる……。認めて貰おうと思っていた仲間には裏切られ……、拙者自身もそこまで強くはなかったのでござる……)


 近くで悲鳴が聞こえたような気がしたが、則夫はそちらに視線を向けることはない。


 彼は膝を抱え込みながら考え続ける。


(何がいけなかったのでござろうか……。いや、何も悪くはなかったのでござろう……。ただ単に人間という種族が、心も身体も未熟であったということでござろう……)


 だから、人は人を責め、人は人を慈しむことができない。


 それは、人間が弱いから。


 弱いから――、自分を守るために相手を貶し、相手を傷つけ、自分を守ろうとする。


(人間なんて……、汚くて……、弱い生物でござる……、こんな生物なんて、いっそ滅びてしまえばいいのでござる……。拙者だって……、死んでしまえば……、いっそ楽に……)


 だが、則夫はその先に進めない。


 彼自身だって分かっている。


 それは、自分が弱いからだ。


 覚悟も、決意も、ろくにできないような弱い心――。


 だから、彼は死ねないし、ただそこで停滞するしかない。


(拙者は……、あの時、あの幼女に殺されるべきでござった……。殺されていれば、こんなに悩むこともなく……、辛いと感じることもなく……、勘違いしたまま終われたのでござる……。自分が特別なんかじゃなく……、価値のない人間だなんて、知らずに逝けたのでござる……)


 彼の念願だった異世界は、彼に多くの祝福を与えた。


 だが、それは少し強い程度の祝福であり、その世界の凶悪な生物たちに抗するには、あまりに微力であった。


 彼はそれを勘違いし、調子に乗った結果――。


 ――級友の信頼を裏切り、そして、級友にも裏切られた。


 その時の事を考えても、最早、吐き気すらもよおさない。


 級友たちの白い目や、本気で軽蔑している声音。


 そして、自分の意見を頭ごなしに否定することで、則夫という人格さえも否定していく態度。


 考え方を、思考を、意見を潰すというのは、その人間の存在価値さえも無碍に扱うということに、則夫は此処にきて気が付いていた。


(結局、拙者は誰にも望まれることなく……、誰にも期待されることもなく……、異世界に来たとしても、結局は何も変わらずに……、全てを終えるのでござろう……。人間なんてそんなものでござる……。物語のように、そんなに簡単に変わったりなんてしないのでござる……)


 鬱屈とした思いを抱え込むようにして、則夫は膝を抱える腕に力を込める。


 ――と、衝撃が則夫の脚を通して伝わってくる。


 少女が倒れていた。


 則夫は彼女の顔に見覚えがある。


 柳田美優。


 級友たちの中でも、とりわけ胸の大きい少女だ。


 だが、今の則夫にとっては、興味の対象になりさえしない。


 それだけ、彼の心は摩耗していた。


 そんな彼女と目が合う。


 彼女は、必死に何かを訴えかけようとしていた。


 目からは涙が溢れ、声を出したいのに声が出せない――、そんな状態に思えた。


(関係ないでござる……)


 彼女が死のうが、生きようが、それによって、則夫がどうなろうが、全てはどうでも良いし、どうにでもなれといった気持ちだ。


 だが、則夫が自分から視線を切ることはない。


 彼はじっと彼女を眺め続ける。


 彼女は、ただ必死に何かを訴え、何かを堪え、そして何かに縋るように、則夫を見ていた。


 ふと、則夫の脳裏に、ある本の一節が思い起こされる。


【男は弱かった。それは誰の目にも明らかであり、男の勝利を望む声もなかった。それでも、男は立ち上がる。死んだ彼の妹のためではない――】



『――【彼は自分自身の矜持(プライド)の為に立ち上がったのだ。】って、場面で鳥肌立っちゃったのよ!』

『ムフー! 意外でござるな! 水原殿は、もっとこう俺TUEEE系の方が好きかと思っていたのでござるが!』


 いつかの教室での会話――。


 昼休みの際に、沙也加が借りていたラノベの本を三冊返しにきた時の感想だ。


 沙也加は、則夫の問いに少し考えてから、満面の笑顔でこう続けていた。


『強い子が強く生きても普通だけど、弱い子が強く生きていくのは、本当に強いって思えるから……、私は……』



(そう、でござったな……。男は弱かったのでござる……)


 則夫の中で耳に痼のようにこびり付いた言葉がリフレインする。


 ――テメェが覚悟を決めるのは、いつだ?


 則夫の視線の先の少女が、まるで陸に打ち上げられた魚のように、必死で口を開閉しているのが見える。


 彼女の言葉は、声にすらなっていなかったはずだが、則夫の耳には彼女の声が聞こえていた。


 ――私、あまり頭が良い方じゃないけど……、話を聞くだけならできるから。だから、辛くなったら言ってね。最後まで、絶対に聞いてあげるから……。


(男の勝利を望む声もなかったのでござるよ……。誰も、拙者のことなど期待してはござらん……。でも……、こんな拙者でも……)


 則夫の脳裏に、彼の想い人の笑顔が映り込む。


 ――弱い子が強く生きていくのは、本当に強いって思えるから……。


(こんな、『弱い』拙者でも……?)


 則夫の目に少しだけ生気が戻る。


(いや、弱いからこそ――……、捨ててはならぬのでござろう?)


 ――(のりお)は立ち上がる。


 誰のためでもない。


 彼は……、――自分自身の矜持(プライド)の為に立ち上がる。



「【聖魔法】治癒(ヒール)――」


 抑揚のない声で、則夫は美優に向けて治癒魔法を唱えていた。


 それだけで、美優の身体から嘘のように痛みが消えていく。


「た、田中君、あ、ありが……、ぐすっ……、私、本当に……、死んじゃうって……」

「話を最後まで聞いてくれるのでござったな……」


 礼を言う美優を遮って、則夫は呟くようにして、そう尋ねる。


 泣き崩れ、くしゃくしゃの顔になった美優は、その言葉の意味を理解すると共に、何度も首を縦に振っていた。


「ならば、少しだけ長くなる話に最後まで付き合うのでござるよ」


 則夫は少し離れたところで倒れている慶次にも、同じく治癒魔法を施す。


 慶次の肩がピクリと震え、やがてその身を跳ね起こしてみせていた。


「拙者の物語は今ここから語られるのでござるからな……、しかと刮目して見ているのでござる……。田中則夫という弱い男の物語を……」


 そう言って、則夫は【光魔法】光具作成(ライトニングクリエイト)で二本の光剣を作り出し、一瞬で迫り来るオーガを細切れにしていた。


 圧倒的――、そんな言葉が、今の則夫にはピタリと当てはまる。


 ステージ上で怯えていた人々が我に返ったように喝采を送るが、則夫はそれに一顧だにすることはない。


 奢らない。


 彼は、自分が弱いことを良く知っている。


 それは、この二日間で痛い程良く判った事実だ。


「大丈夫でござるか?」


 則夫は体育館の壁際へと近付き、慶次に右手を差し出す。


「……ふん、目覚めるのが遅過ぎだ。……だが、覚悟は決まったようだな」


 慶次が手を握り、そう言葉を返すが、則夫は首を振りながら慶次を助け起こしていた。


「覚悟なんてござらぬよ」

「それにしちゃあ、さっきまでよりも随分マシな顔をしてるぜ」

「それは、多分――」


 ――私は……、

       ――そっちの方が好きかな。


「少しだけ、自分が好きになれたからでござるよ……」


 そう言って、則夫は体育館の外から入ってくる魔物に相対する。


 夜はまだまだ長い。


 魔物が人間を喰らい尽くすのか、それとも、人間が魔物を狩り尽くすのか。


 その答えが出るには、まだ時間を要するようであった。

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