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フラれて自暴自棄になっていたところを異世界召喚された結果がコレだよ!  作者: 荒薙裕也
第一章、調子に乗って闇魔法使っていたら、知らない所で恨みを買っちゃった結果がコレだよ!
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21、聖魔侵攻

「良い月夜だ……」


 ディン・フスレ森林――生命と死が鼻歌混じりに闊歩するその森の只中で、男は一人そう(うそぶ)いていた。


 伸び放題になった橙色の頭髪と、活火山を思わせるような灼熱色の皮膚。


腰には申し訳程度の飛竜の腰巻きを巻いており、その両腕には山から掘り出されたとされる、二対の斧が握られていた。


 いずれの斧も禍々しい気配を有し、男の手の中で震えるようにして、その時を待ち侘びている。


「月が輝く晩は、魔物の力が高まる……」


 陶酔するかのように呟くのは、エインジャだ。


 だが、彼はバーサク・トロール特有の極度の興奮状態にはなっていない。


 生来の激しい気性はそのままに、夜半の空気を楽しむかのように目を細めている。


 やがて、彼の周りに影が現れる。


 彼にも劣らぬ巨大な影、小さな集団の影、横に広い太った影、彼よりも背丈の高い筋骨隆々とした影、それらは彼の近くに寄ると一様に畏まって跪く。


 その臣下の礼をとるのは、ディン・スフレ森林に住まう雑多な魔物たちである。


 その中には、スイレンに付き従っていたはずのトロールの姿もある。


「ふぅ……」


 エインジャは、ゆっくりと呼気を吐き出す。


 寝苦しくなるぐらいの温度と湿度の中、エインジャの呼気は白く、はっきりそれと分かるように宙へと昇っていく。


 沸き立っていると、エインジャは感じていた。


 それこそ、震えるぐらいに身体が高揚しているのだ。


「殺しをするには、良い夜だ」


 彼の目が見据える先には、巨大な木の幹で柵が作られた見たことのない建物があった。


 あそこから出てきた、見たこともない生物が、見覚えのある同胞の皮膚を加工した鎧を付けていたことを、エインジャは昼間に目撃している。


 それは、あの時の黒い男に持ち去られた、同胞の成れの果てであり、同時にあの黒い男があの見たこともない建物にいることも示していた。


「殺しをするには……、なぁ?」


 沸々と湧き上がる、エインジャの殺意。


 それと同時に、昂ぶってきたのだろう。


 魔物たちも顔を上げ、エインジャに向けて期待の目を向ける。


 エインジャは、その気持ちの昂ぶりを利用するようにして、ゆっくりと宣言する。


「さぁさ、森の皆よ。勝手に荒らされ、勝手に殺し、勝手に奪っていく粗暴な連中を許してはおけまい? このエインジャ――、【トロール・ロード】エインジャが命じよう!」


 彼は声を荒げ、野生のままにその本性を剥き出しにする。


 その場にいた魔物という魔物が、緊張に思わず背を伸ばす。


「あの箱庭に隠れ潜む者共を! 平等に死に至らしめよ! 一切合切の情の欠片もなく! 塵芥(ちりあくた)にするのだ! さぁ――、進めぇぇぇぇいッ!」


 エインジャの号令一下、魔物たちが一斉に動き出す。


 その姿を、もし遠くから見たものがいたのなら、恐らくこう言ったことであろう。


 ――森が蠢いている、と。



(うーん、あっつくて眠れないよ~。でも、明日も頑張って食事作らなきゃだし……)


 深夜の体育館の中はまるで、蒸し風呂のようであった。


 そんな中で、柳田美優は当然のように眠れないでいた。


 一応、体育館の鉄扉は開け放ち、黒い防護用ネットで外の風を取り入れているのだが、入ってくるのは生温い風ばかりで大して涼しさを感じることはできない。


 現在の日本が、今は三月ということを考えると、如何にここが異世界であるかを考えさせられようというものだ。


(とりあえず、晩はオーク肉の生姜焼きもどきで誤魔化せたけど、ずっと豚肉ばかりだと飽きるよね。割と調味料になりそうな野草は見つかっているけど、食べられそうな野菜っていうのは、なかなか野生では見つからないよね……)


 特定の木の若芽が、生姜のような独特の強い香りと味を示したことから、晩御飯は生姜焼きもどきと相成ったわけだが、醤油や砂糖だって有限だ。


 家庭科調理室に残っていた物も、大分少なくなってきているため、工夫はどうしても必要になってくるだろう。


 その辺の問題は、錬金術で解決したいところなのだが、素材とMPとお金の問題に都合が付かず、先送りになっているのが現状だ。


(今日は結局、お米一俵しか生産できなかった……。あとは、調理班に混じって料理して……、こんな事でこの世界で生きていけるのかな……)


 寝苦しさを誤魔化すように、美優は寝返りを打つ。


(あ……)


 その瞳が闇夜に変わらぬ体勢で居る人物を捉えていた。


 ――則夫である。


 彼は食事を摂ることもなく、未だに膝を抱えて蹲ったままであった。


 大丈夫かな、と美優は心配するが、慶次は「放っとけ」と一言だけを放っていた。


 ちょっと冷たい反応じゃないかな、と美優は思うのだが、それを正面切って慶次に言うほどの度胸もない。


(うーん、何を見ているんだろう……)


 美優の視線の先で、則夫はただひたすらに虚空を見つめていた。


 それは、まるで人形のようで、既に人間としての生を諦めているようにも見える。


 引き篭もり――、実際には部屋等に引き篭もってはいないのだが、美優は何となくそんな言葉を思い出していた。


(でも、何となく、田中君の気持ちも分かるかな……)


 則夫が、クラスメートの間でも強い力を有していたことは美優も知っている。


 そして、異世界に来て、その力を誇示し、調子に乗って――、信頼を裏切ってしまった。


 信頼を裏切られた生徒たちは、今まで則夫を持ち上げていたにも関わらず、掌を返し、彼を責め立て……、――則夫は人が信用できなくなってしまったから自分の殻に閉じ籠もった。


 これらの問題でいけなかったのは、先に信頼を裏切った則夫なのか、それとも手酷く責め立てて、追い詰めるような真似をした級友なのか。


(多分、田中君は責められて、追いやられて、誰も自分の言い分を聞いてくれなくて……、凄く皆に失望しているんだと思う……)


 だから、人との繋がりを断ち、一人で居ることにしたのだ。


 一人だったら、傷つくことも、傷つけられることもなくて、とても楽だから。


 でも、それは楽なだけで、多分、何の問題の解決にもなっていなくて――、きっと楽しくはないんじゃないかな、と美優は思う。


 現状、美優だって辛い。


 辛いけど、我慢して素材を錬金して、料理を作って、失敗したりもして、怒られたりもしているけど、喜ばれたり、褒められたりすることもあって、……そんな時には自然と笑顔が溢れてしまう。


 それは、きっと辛いことも沢山あるからこそ、小さなことが凄く楽しく、眩しく感じるわけで……。


 考え方の違いかもしれないけれど、美優はお節介なことに小さな声で則夫に声を掛けていた。


「あのね、田中君……」


 言い淀んでから、美優はこれだけは言っておかなければならないと思い、告げる。


「私、あまり頭が良い方じゃないけど……、話を聞くだけならできるから。だから、辛くなったら言ってね。最後まで、絶対に聞いてあげるから……」


 その言葉は則夫の耳にまで届いたのであろうか。


 彼はいつもと変わらぬ姿勢のまま、膝を抱きかかえたままだ。


(うーん、届いた、のかなぁ……)


 その背中を見守りながら美優は瞼を閉じようとし――。

 

 ――衝撃が、体育館全体を駆け抜けた。



「……ちぃっとやり過ぎたか?」


 五メートル前後はあろうかという大木が間断なく埋め込まれ、外壁と化している学園の柵を、軽く殴って吹き飛ばしながら、エインジャは学園の内部に足を踏み入れる。


 吹き飛んだ大木は、月夜に照らされた白い校舎の一階の片隅部分を直撃し、壁面を壊して、突き刺さるようにして止まっていた。


 これで、『苦しめることなく死んでしまった』敵が何人かいることが残念だが、些細な問題だ。


 どうせ、全員死ぬことになるのだから、早いか、遅いかの問題だろう。


 どよどよと生物が蠢く気配がする。


 それを感じ取ったのか、エインジャの部下である魔物たちが、嬉々とした雄叫びを上げるのが聞こえた。


 それを契機にしたわけではないだろうが、其処彼処から光の弾が打ち上げられる。


 光魔法の光源(ライト)だ。


 闇に不慣れなために、光を灯したとすれば、夜戦の優位は魔物側にあるということになる。


 そして、その灯した明かりの御蔭で、相手の位置もしっかりと確認させて貰った。


 至れり尽くせりといったところか。


 エインジャは口角を吊り上げて、実に愉しそうに嗤う。


「光が上がった三つの建物に獲物が居るぞ! テメェら、あの糞共を引き摺り出して、腸から喰らい尽くせ!」


 体育館に、新校舎に、格技場から光が上がっていた。


 魔物の群れはその光に呼び寄せられるかのように、一斉にグラウンドを横切っていく。


 その数は数百程度ではきかないだろう。


 それどころか、魔物の数は未だ増え続け、止まる気配がない。


 エインジャが壊した柵の隙間から魔物は無数に増え続けている。


「クックックッ、どうするよ? クソ野郎?」


 学園の人間たちは、今、窮地に立たされようとしていた。



「うわああぁぁぁ! 魔物だぁぁぁぁ! 魔物が攻めてきたぞーっ!」

「嘘だろ!? 柵作ったんじゃねぇのかよ!? どうなってんだ!」

「いいから、体育館の扉を閉めろ! 入ってくるぞ!」


 だが、その叫びに呼応するよりも早く、魔物たちは防護ネットを突き破り、体育館の内部へと侵入してくる。


 幾つもの光源が辺りを照らすが、闇夜を全て明るくすることはできず、幾人かの生徒たちは恐慌(パニック)に陥った生徒たちに踏み殺され、その命を散らしていた。


「戦えない人たちは、ステージの上へ逃げて! 戦える人たちは、作成系(クリエイトけい)の魔法で武器を作成して戦うんだ!」

「チッ、暗くて良く見えねぇ! 明かりが出せる奴らは、もっと明かりを出してくれ! こんなことなら、武器や防具を買い上げとくんだった!」


 和希が大声で指示を飛ばし、龍一が風具作成(ウインドクリエイト)で、一振りの両刃剣を作成する。


 巨大な剣ではあるが、風で出来ているためか、その重量は恐ろしく軽い。


 その剣で、襲いかかってきたゴブリン二体を瞬時に切り裂いてみせるが、続けて襲いかかってきたオークの一撃に怯んだのか、龍一は必死になって後退していた。


 その後退した分、魔物が体育館に入り込んでくる。


「くっそ、冗談じゃねぇぞ! ろくな防具もないのに、豚野郎とやりあうなんてできるか! 一撃でこっちは死ぬぞ!」


 大声で喚く龍一の目の前で、オークの土手っ腹に穴が空く。


 空いた穴は全部で三つ。


 和希の放った、【水魔法】酸弾直撃(アッシドストライク)の一撃である。


「小日向君、泣き言は後だよ! 今はひたすら、魔物を倒すことに集中しよう!」

「んなこと……、言われなくても分かってらあ!」


 龍一が気合を入れ直し、持ち前の運動神経を生かして前線へと飛び出していく。


 速さと鋭さを活かした風の剣の斬撃は、体育館に侵入を試みてくる魔物たちの足や腕を負傷させ、その行動を阻害するに至っていた。


 一撃で相手を倒すようなレベルの攻撃ではなかったが、それでも進行を遅らせるには十分だ。


 そこに、他の冒険者の水や土の弾丸が続けて飛び、魔物たちの多くを屠ってみせる。


 見事なコンビネーションである。


「楽勝だぜ! こんなもんかよッ!」

「いや、まだ来るようだ、小日向君!」

「へ?」


 仲間の屍を容易く乗り越えて、先程の倍に匹敵する魔物たちが体育館の中に侵入を試みる。


 それは、正面の入り口からだけでなく――。


「キャアアアァァァ――――ッ!」

「ちぃっ! 奥の方からもかよ!?」

「マズイ! ステージ側には戦えない人が大勢集まっている! このままだと……!」


 だが、集中の逸れた和希を狙うようにして、オークの棍棒が振り下ろされる。


 それをすんでの所で避けた和希ではあったが、無理な動きをして脇腹を痛めたのか、吐く息が荒くなる。


「マズイ、マズイよ、これは……!」


 体育館の前線組は、倒しても倒しても湧いてくる魔物を前にして、徐々に後退を余儀なくされるのであった。

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