16、学食会議
浩助たちが学食に着いた頃には、既に学食の中には主要な面子が集まっていた。
校長に、教頭以下の教師陣――。
冒険者ギルドを名乗る、生徒会役員たち――。
職人ギルドを形成する、攻撃スキルを持たない者たち――。
そして、各居住スペースに情報を持って帰るように任命された代表者たち――。
総勢で五十名近くはいるだろう。
そんな大勢を束ねるようにして、校長と聖也が一番前の席に座る。
周囲の人間は、これからどのような情報が得られ、そしてどのような方向性と、優先順位で問題を解決していかなければならないのか、期待と不安に胸をやきもきさせていることだろう。
そして、それは恐らく、浩助も同じ気持ちではあった。
沙也加たちと揃って席に着く。
待たされたのは、凡そ十五分ほどであろうか。
やがて、校長が集会の口火を切る開会の言葉を口にする。
いつもであれば、煩わしさや面倒臭さを感じるはずの口上も、異世界という空間の中では、逆に懐かしさを覚え、望郷の念を抱かずにはいられない。
現に、沙也加も握っていた拳を、更に強く握り、どこか思うことがあったのか、その目を伏せていた。
やがて、校長の話が終わったところで、現状の説明として、聖也が口を開いていた。
「校長先生、ありがとうございました。それでは、皆さんも気を揉んでいると思いますので、現状の説明に移りたいと思います」
「あぁ、時任君、頼む」
まとまりのない白髪と白い口髭と白い顎鬚の校長――通称『サンタ』が少し疲労混じりの声で零す。
慣れない異世界生活のために、精神的な負担が大きいのかもしれない。
「それでは、まず現状の説明をします。メモを取られる方はメモの準備をして下さい」
割と長丁場になりそうだなー、と思う浩助の横をホワイトボードを押していく忍が通る。
どうやら、ホワイトボードに書いて説明するらしい。
「現在、我々の置かれた状況は、八つの世界が混在する異世界――アグリティアに呼び寄せられたというものです」
澱みなく話す聖也の後ろで、これまた澱みなく忍が板書している。
「この世界では人間界の他――、魔界、天界、仙界、冥界、幻獣界、妖精界、機甲界といった世界が、我々同様に引き込まれ、混乱の渦中にあると考えられます」
学食内には静かな動揺が走っていた。
ただの異世界への転生というわけではなく、人間界の他に七つの世界を巻き込んだ騒動であるというのに驚いたのだろう。
ざわめきが収まるのを待って、聖也は続ける。
「そして、最も重要なのは、この騒動は偶然でも何でもなく、巻き起こした張本人が居るということです。我々人間以外の、他の七種族の誰か――、もしくはどの種族か――、が仕組んだ悪意ある犯行である可能性が高いのです」
今度こそ、学食中に大きなどよめきが起きる。
自分たちが理不尽な状況に陥った原因が事故でも、偶然でもなく、故意によるものだとしたら、それは我慢のならない話であろう。
ある者は憤り、ある者は嘆き、ある者は呆然とする。
多者多様ではあったが、現状に絶望するものは少ない。
それは、彼らの心に怒りという名の火が灯ったからであろう。
そして、怒りを覚えつつも、冷静に状況を考察するものもいる。
数学教師の北山隆史がゆっくりと手を上げ、発言権を主張していた。
「なんでしょう、北山教諭?」
「すまないが、その情報は何処からのもので、どれぐらいの信用度があるものなのか、教えてもらえないか?」
それは、確かに最もな意見であった。
学食内も注目するようにして、聖也の答えを待つ。
「情報の発信元は、三年の有馬君です。彼がオークを倒した直後に気を失った際に、世界の管理人と名乗る相手と邂逅し、現状の情報を得ました。細部の認識に差異はあるかもしれませんが、大方の認識は間違っていないと考えています。……違いないね、有馬君?」
「ん? おう、間違いねーよ」
「有馬が?」
北山は少しばかり苦い顔をしてから、慎重に言葉を選ぶ。
「彼を疑うわけではないが、その情報の信憑性を疑わなかった理由が知りたい」
「称号ですよ。彼がオークを倒す前と、倒した後で称号がひとつ増えていることを私は確認しています。――【救世主】という称号が、彼には付いているのです。これは、オークを退治した程度で貰える称号ではないと、私は考えますが如何でしょう」
「…………。すまないが、私には鑑定スキルはない。誰か、代わりに見てもらえないか?」
「あ、でしたら、私が見ます」
手を上げたのは、伊角真砂子だ。
浩助の担任教師でもある彼女は責任感を前面に出し、浩助に向かって鑑定スキルを発動する。
浩助の背中がざわりと粟立つ。
やはり、何度やられても気持ちの良いものではない。
「えぇ!? 何、このステータス!? ――じゃなくて、あります! 確かに救世主という称号があります!」
「……分かりました。でしたら、有馬君の話が眉唾ではないと過程して進めましょう。時任君、続けて下さい」
「有難うございます。それでは続けて、人間界を除く七つの異世界について説明致しましょう」
聖也の言葉を待っていたわけではないだろうが、忍が恐ろしい速さで七つの異世界について板書していく。
もしかしたら、彼女が言っていた忍者スキルが使用されているのかもしれない。
「まずは、魔界ですが――」
ここから先は、浩助の受け売りのような話が続く。
魔界から始まり、天界、冥界、機甲界など、各世界の特色と危険性が説明され、最後に仙人界が説明の対象としてあがる。
「仙界に関しましては、実際に仙人の方がいらっしゃいますので、そちらの方にお話を伺いましょう。洛君、頼めるかな?」
その発言に対し、再度、学食がどよめくが、最初よりは動揺が持続しなかったのは、慣れたということか。
もしくは、耳慣れない情報に感覚が麻痺したのかもしれない。
「? 洛、頼まれる?」
「ギルマス、その無茶振りは多分無理だぞー」
浩助が洛の脳天気そうな笑顔をみて、そう判断を下すと――。
「なら、こちらに来て有馬君も説明してくれると助かるよ」
――とんでもないキラーパスで返された。
「ですニャー、説明、する!」
「多分、ねこしぇの説明と勘違いしてるんだと思うんだが、行くしかねぇのか……」
「有馬が行くってことは、自然と私も行くことになるんじゃない……」
意気揚々と歩く洛を連れて、肩を落としつつ浩助たちは前方のホワイトボードの前までやってきていた。
そのまま、そこで止まり、仙人の特徴って何だったかなーと記憶をほじくり返す。
「えーっと、仙界は、仙術や宝貝などが存在する世界とかで、このように見た目は人間にそっくりなんだけど、寿命やらステータスやらが圧倒的に人間よりも上の存在らしーです。性格は、まぁ、脳天気じゃねーかな?」
「洛、脳天気、凄い!」
「洛ちゃん? 脳天気は褒め言葉じゃないからね?」
「!? ですニャー、騙した、酷い!」
「お前が勝手に勘違いしただけだからな!?」
漫才のようなやり取りを見て、学食の空気が少しだけ和んだものとなる。
鑑定スキルで洛を覗いた者は、そのステータスに恐らくは恐怖を覚えたことだろう。
だが、ここにこうしてコミュニケーションがきちんと取れている少女を見れば、誰しもが異世界の相手であろうとも、話し合いができる可能性を見出すはずだ。
そういった意味で、洛という存在が人類にもたらす影響というのは大きかったのかもしれない。
「まぁ、このような種族が、この世界には居ることになります」
未だ、わ~ぎゃーやっている浩助たちを放り捨て、聖也は無理矢理会議を進行させていく。
さすがは、クールで知られるギルドマスターである。
ひっそりと忍も頬を染める。
「我々が元の世界に戻るためには、これらの種族たちの中から、我々を呼び寄せた犯人を探し、その犯人を倒す必要があると考えていますが……」
「ふむ、それまで生きていられれば良いがのう……」
サンタが自嘲気味な冗談を言い、それを聞いていた教頭が思わず苦笑する。
それだけ難航することが見えているのだろう。
それを聞かなかったことにして、聖也は言葉を続けていた。
「……我々は他の七世界の住人に比べて圧倒的に弱いのも事実です。ステータス的にも、生物的にも、その弱さは歴然です。だからこそ、現状を打破するためにも皆さんと一致団結して事にあたっていきたいと思っています。そのためにも、まずは地盤を固めるところから進めていきたいと思っています」
「ふむ、儂からも言わせてもらうと、まずは生徒と教師の安全を第一に考えていきたいと思っておる。既に、生徒の内に犠牲が出てしまっているのは悲しいことじゃが、これ以上の犠牲を増やさないためにも、安全と衛生に配慮し、皆が安心して暮らせる環境を整えた上で、時任君の言う犯人探しというものを行いたいと考えておる。その辺は、時任君や教師陣と共に認識合わせはできておる。これに対して、反対の意見があるものはいるかね?」
挙手をするものは誰もいない。
つまりはそういうことだろう。
「では、満場一致で、まずは我々の安全と安心の確保。そこから目指していきたいと思います」
小さな拍手が起こり、それをきっかけにして学食内で大きな拍手が鳴り響く。
これは、小さな決定かもしれないが、異世界で右も左も分からない者たちにしてみれば、行動の指針を示す大きな一歩となることだろう。
まずは、ある程度の地盤を固める――。
それが、代表者会議の総意ということであった。
「それでは、まずは生活を安定させるということで、意見が一致致しました。次に、現状で我々が抱えている問題点を挙げていきたいと思います。まずは大きなところから、水の不足、食料の不足が挙げられると思います。その他にも生活面などで困っている部分があるかと思いますので、挙手にて意見を求めたいと思います。意見のある人は手を挙げて下さい」
「それじゃ、ギルドマスター」
真っ先に手を挙げたのは、拓斗であった。
聖也が発言を許可するなり、彼は迷うことなくその言葉を口にする。
「魔物に対する防御設備が不足している。柵なり、堀なりを早急に作る必要があると思う」
最初の犠牲者が出たのは、まさにその為だ。
中世のファンタジー世界では、街の周りを巨大な壁などで囲っている姿が目立つが、あれはハッタリでも何でもなく必要なものだから存在するのだ。
外敵からの防衛……。
特に、生徒や教師の安全を確保するという意味でも、防砂林に代わる頑丈な壁の作成は必要不可欠であろう。
「なるほど、確かに安全面を考えると必要だね。とりあえず、意見として頂こう。他に意見のある人は? ――はい、中村先生」
ビール腹で小太りの教諭が、丸眼鏡の位置を直しながら立ち上がる。
「水の不足に関係してくるかもしれないが、下水設備のようなものは作れないだろうか? 昨日、慌てて下水の排水口付近に穴を掘って、臨時の肥溜めを作ったが、あのままじゃ衛生的にマズイだろう。薬が不足している現状で病気が蔓延するのは、歴史上でも厄介な問題として挙げられる。なるべくなら、その辺りも早めに何とかしたい」
中村翔太教諭の言うことも最もだろう。
ホワイトボードに、『下水設備(汚水)』の文字が書き連ねられていく。
「これも重要ですね。この後で話し合っていきましょう。他に意見のある人は?」
同じ衛生面の意見として、衣料や風呂――せめて、プールに備え付けのシャワーなどは使えないのか、といった意見も出る。他にはゴミの話も出て、それらもホワイトボードに書き連ねられた。
とりあえず、最初は広く意見を挙げてもらい、続いて解決策を模索していこうという方針らしい。
衛生面があらかた出終わった頃に、今度は医療機関が欲しいという話が出る。
冒険に行った冒険者も、慣れない森歩きで、怪我をしてくる者が多いらしい。
一応、寝れば回復するようだが、緊急の場合もある。
そういった時に、常設の医療部隊が存在するのと、しないのとでは生存率も違ってくるだろう。
これらも、採用検討案となり、ホワイトボードに書き記される。
「他に、意見のある方はいますか?」
「良いかな? 時任君?」
そう言って、手を挙げたのは、一条和希だ。
「武器が欲しいのだけど」
その意見は賛否両論だったのだろう。
食堂の中で、頷くものや、渋い顔をするもの、その発送は無かったといった声を上げるものや、尻込みをするものなど、様々な反応が見られる結果となった。
主に、渋い反応を示したのは教師陣であり、好意的に捉えたのは冒険者として歩み出し始めた生徒たちだ。
彼らは、魔法が使えるものは魔法を使って戦い、肉弾戦しかできないものは金属バットやら竹刀やらを持って魔物と戦っていた。
その経験があるからこそ、ちゃんとした殺傷能力の高い武器が欲しいと望んだのだろう。
現状の装備では、力不足であることを暗に告げている。
「それは、職人ギルドにも相談しないといけない案件だね。鈴木君、君はどう思う?」
そこで初めて、検討事項として記載されることなく、聖也は拓斗に話を振る。
この問題に関しては、一考する余地はあるのだろうけど、聖也の中では、そこまで優先順位が高くない認識なのかもしれない。
とりあえずは、拓斗に意見を求めたといったところなのだろう。
「作っても良いけど、色々と足りないかな。素材も、作成するために必要なお金も、良い武器や防具を作るなら、魔石だって足りない。あと、職人ギルドは直接魔物を倒してレベルを上げることもないから、武器防具を量産するにはMPだって足りないな」
「けど、武器や防具が充実していないと、安全に周辺を探索することも困難なんだ。魔物が狩れないと、お金も魔石も素材だって枯渇するよね? 数が少なくても良いから、用意してもらえないかな?」
それは、洛に追いかけられた苦い経験からくる言葉だろうか。
浩助は心の中で、その思いは自業自得じゃねーか? と罵りながらも、視界の片隅に踊る文字に意識を傾ける。
【スキル】精神修養:Lv4 を習得致しました。
いつの間にか、割と時間が経っていたらしい。
「うーん、素材やらお金やらを、和希たちが用意してくれるっていうならやってはみるけど」
「素材やお金……。ゴメン、そんなには出せない……」
学食内の雰囲気が暗くなる。
あー、メンドクセーと思いながらも、浩助は視界の端に映る文字に意識を集中させていた。
パーティー申請しますか?
▼鈴木拓斗(申請可)
「拓斗、パーティー申請を受けろ」
「浩助?」
突然、話に割り込んできた浩助に対して、学食内の視線が一気に集まる。
だが、浩助はそんな好奇の視線を気にすることなく、拓斗に「さっさとしろ」と促していた。
何かしらの考えがあるらしい。
拓斗は若干迷ったようではあったが、浩助を信じることにしたのか、パーティー申請をその場で受諾する。
それを確認した浩助は、上機嫌にその場で宣言する。
「この問題、俺が三十分で解決してやんよ。だから、ギルマスは先に進めてくれ」
「ふむ……」
浩助の宣言に対し、聖也は面白そうに目を細めると――。
「ウチのSランク冒険者を信用しないわけにはいかないだろうね。……分かった。続けよう」
――といって、議事を進行していく。
信頼されている、というよりは面白がられているのか。
だが、それでも浩助は満足気に口元に笑みを刻む。
(さぁて、座禅組んでるだけにも飽きてきただろ――)
遠く離れた新校舎の教室の中、十にも及ぶ気配が一斉に立ち上がるのを浩助は感じ取る。
彼の従順にして強靭な駒は、彼の意志に従って教室内の影から校舎外の影へと【影走り】を実行すると、一斉に周囲の山々へと向かって散開し始めていた。
(――さぁ、乱獲狂宴の始まりだァッ!)
これが、後にとんでもないことになることを、今の浩助は知る由もないのであった。