131、限界線
「同じ、スキルだと……ッ!?」
愕然とした面持ちで浩助が呟くのと同時――。
時が止まったように見える世界の中で朗だけがニヤリと笑みを刻み込む。
「まさか、自分の持っているスキルをまともに把握していないわけじゃないだろう? 捷疾鬼は特上位スキルだから、取得条件は厳しいけど誰にでも取得は可能だよ?」
「フザけんなよ! 特上位スキルは特定の上位スキルを三つ以上! しかもスキルレベルマックスにしねぇと取得できねぇんだよッ! そうポンポンと同じ特上位スキル持ちがいてたまるかッ!」
「……そうだね。なら、どうやって手に入れたのか? ……簡単だろう?」
朗の言葉にヒントを得た浩助の表情が驚愕に彩られる。
「そうか、テメェもこの世界に来た時に……!」
「その辺はご想像にお任せするよ」
飄々とした態度だが、この世界に召喚された際に強力なスキルを得たということは、それだけ深く重いものを心の中に抱えていたということでもある。朗のにこやかな表情の裏側にあるものを想像し、浩助は少しだけ背筋が凍る思いを抱く。
「どちらにせよ、有馬。君はそんなに悠長にしていて良いのかな? 既に十五秒は経っていると思うけど?」
「あぁん?」
「カース系スキルの打ち消しの為に、随分と『無駄なスキルの取り方』をしていたみたいじゃないか。僕は『一本伸ばし』にしてきたから、まだ時間的に余裕だけど……どうなのかなと思ってね?」
「――ッ! 野郎ッ!」
捷疾鬼のスキルは、スキルレベルが上がれば上がるほど効果時間が延長される。
紙装甲を補う為に、下位スキルを乱獲してHPを伸ばしてきた浩助に対し、捷疾鬼のスキルをただひたすらに磨いてきた朗――。
どちらの効果時間が先に切れるかは、火を見るより明らかである。
「恨むなよ……!」
呟きながら、浩助が初めて構えらしきものを取る。
ここまで朗の攻撃を流すに留めてきた彼が初めて見せる攻撃的な構えだ。
……不思議な構えであった。
背中が見える程に体を捻り込み、視線だけで朗を捕捉している。その様子はまるで肩口からのタックルを狙っているようにも見えるが、その抑えきれない殺気がそうではないことを如実に伝えてきていた。刀で斬るという強い意志が伝わってくる。
(刀の出所が見えない……。厄介だな……)
構えの異質さにいち早く気付いた朗は、浩助の構えをそう評する。
浩助が剣術を習っていたなどというのは聞いたことのない話なのだが、実際にそういった構えを見せるということは、それなりに訓練を積んできているということなのだろう。
得も言えぬ圧力を受け、朗は自然と自分の足が下がってしまっていることに気付く。
(どこまでも、どこまでも、この男は恐ろしいな……)
底が見えない恐ろしさ――、それが目の前の男にはある。
それを改めて感じると共に、朗は『こういう可能性もあるのだな』と心に留める。
それが、彼に更なる慎重さと強さを授けるものだと信じて……。
「往くぞ、夏目。……これが、俺の隠し玉だッ!」
浩助の圧力が増す。
竜であろうとも、魔族であろうとも、蹂躙してきたその男の本気は余裕を保っていたはずの朗の余裕を簡単に消し飛ばす。頭がおかしくなりそうな重圧を受けながらも、だがそれでも朗は無理に嗤ってみせる。
(この一撃……、この一撃を防げれば、有馬に絶対的な隙が生まれるはずだ!)
あれだけの体の捻りを加えて放とうとしている一撃だ。
絶対に技の後に大きな隙が生まれる。
その隙に乗じて致命的な一撃を加えることができれば、朗の勝利は揺るぎようがないはずである。
その思いが漏れたか、朗にの顔に厭らしい笑みが浮かぶ。
「面白い。やろうじゃないか……」
朗はその一撃を捌くことを決意し、足を止める。
賭け? ……違う。これは勝利への確実な一手である。
それが分かっているからこそ、朗は挑むのだ。
「……君の希望ごと、その技を潰してあげるよッ!」
「潰せねーよ。この技は特にな……!」
浩助は不知火の切っ先を自身の体の奥に隠すようにして、一瞬で朗との距離を詰める。
スキル効果消失まで、残り三秒――。
その一撃を受けるつもりの朗が刀を八双に構えた瞬間、石の散弾が朗目掛けて襲い掛かる。
(石畳を踏み抜いて、礫を飛ばした? ……いや、違う!)
気付いた時には全てが遅い。
ブシッ――。
まるで、炭酸を振ってから栓を開けたような音が響き、朗の胸元に逆袈裟の一撃が刻み込まれる。それと共に石の散弾が朗の体に喰らいつき、幾つもの穴が朗の体に穿たれた。
(散弾は、恐らく一撃と共に床を削って放たれたものだ……。散弾に気を取られれば、次の一撃に対応が遅れ、逆に一撃に意識を向ければ石の散弾が体を穿つ……。なるほど、二段構えの技なのか……。ならば、それを破れば……)
その技の深奥に思いを巡らしながら、朗は口腔から血の塊を吐き出し――。
「デ……、限界線……」
――その言葉を口にしていた。
●
――夏目朗は有馬浩助侵入の一時間前から、魔王城の謁見の間で待ち構えていた。
この後、有馬浩助は魔王城に潜入。破竹の勢いで朗が居る謁見の間にまで上がってくることになるのだが、今はまだその報すら入っていない。
「どうかしたの、朗? 顔色が悪いわよ?」
隣に控えるマリアベールが朗の体調を慮った言葉を口にするが、朗は「何でもない」とだけ告げて思索に耽る。
そう、例え相手がマリアベールといえども、朗のこの絶対的な【固有スキル】のことを話すことはできない。これは、朗の生命線ともいうべきスキルであり、そして同時に酷く脆い要素を含んだスキルだからだ。
【スキル】限界線【固有スキル】
効果時間:即時/リロード時間:対象時間の半分/消費MP:無し
説明:任意の時間を巻き戻せる。ただし、リロード中に使用することはできない。
要するに、『全てを無かったことにできる』スキルである。
異世界召喚の際に、後悔というか、時間を巻き戻せたらと悶々と考えていたら取得してしまったスキルである。
万能感のあるスキルではあるが、勿論弱点もある。
まずひとつとして、自動発動スキルではないので、意識を失くしてしまっていると使えないという点。これは、即死の攻撃を受けた場合には、スキルを発動する間もなく死んでしまうことを意味する。睡眠時などは特に無防備になりやすい為、なるべく朗は警戒して眠るように気を付けていた。強力なスキルではあるが、この辺は不便といえば不便な点だろう。
そして、次に厄介なのは特殊なリロード時間だ。
限界線は便利なスキルではあるが、巻き戻した時間が長ければ長いほどリロードの時間も長くなり、そして、リロード時間中には決して時間が巻き戻せないのだ。それは、その時間で致命的な傷を受けた場合に助かる確率が限りなく低くなるということを指し示していた。
何かと癖の強いスキルではあるが、だからこそ、このスキルの発動には頭を使う必要があると朗は考える。
過去、何も無かったであろう時間帯をセーフティゾーンとして定め、その時間帯を目安に限界線を使用する。そして、そのままスキルのリロードが終わるのを待ち、未来に臨むことを朗は基本運用として考えていた。そうすることで、この固有スキルのリスクを減らして使用できるというわけである。
勿論、この固有スキルの存在を知られてしまえば、幾らでも対策を打たれてしまう。
だから、朗はこのスキルのことをマリアベールにすら教えていない。
彼女が裏切って、リロード時間中に襲われる可能性を考えれば、それは当然の行動なのだろう。
それに、元々彼女を靡かせたのだって、『学園がドッペルゲンガーに襲われる未来を見てきた』ところから過去に戻り、彼女の正体を看破して協力を取り付けたことが始まりである。
だから、そこまでマリアベールは信用できないと朗は思っている。
一方のマリアベールの方は、どこまでも『ミステリアス』な朗にゾッコンなようではあるが……。
(まぁ、それはどうでも良いよ。問題は有馬のあの技だ)
剣道には全くない奇天烈な技――。
だが、それにも関わらず、どこか実践的な部分を見せた技を思い返し、朗は苦り切った表情を浮かべる。
一発芸や奇策の類と割り切るのは簡単だ。
だが、そうと断じられぬ凄みのようなものがあの技にはあった。
(礫と、斬撃の二段攻撃……。礫を嫌えば、刀で斬り込んでくる隙を与え、刀に意識を集中すれば凶悪な速度の礫が体に食い込むか……)
どちらを受けたとしても『次はない』気がする。
恐らく、準備を万端に整えさせた時点で敗北必至な技なのだ。
(ならば――)
――発動前に潰せば良い。朗はそう考えたのであった。
●
「まさか、あの体勢からタックルをしてくるとはね……」
「朗、何か調子悪そうだけど大丈夫?」
「特に問題はないさ」
同じ時間、同じ状況の中――つまりは、またも浩助との戦いに敗れて一時間前に戻ってきた朗は、内心でひっそりと嘆息を吐く。
……先程とマリアベールの反応が変わっていた。
この固有スキルの恐ろしいところは、朗のちょっとした仕草や動作で予定されていた未来が変わってしまうということだ。バタフライ効果のようなもので、今ここで朗が浩助の対策を考えることにより、これから起こるであろう未来に影響が出てしまうと考えられる。
それらを真面目に考えていくと、何もできなくなってしまうので朗はそこまで考えてはいないのだが、この不安定さはこのスキルの面白いところだとして納得している部分はあった。
(しかし、先の戦いで収穫もあった。有馬は元仲間ということが枷となり、どうやら僕を全力で攻撃できないようだ)
浩助の早さが常軌を逸しているのは当然だが、攻撃力と魔法攻撃力も馬鹿高いのだ。
それでも朗が意識を失わずに耐えられているということは、手加減されているということなのだろう。
それを悔しいとは思わなかったし、逆にもっとナメてくれと朗は願うほどだ。
(そう、ほんの僅かな隙さえ見つかれば、僕は逆転できる。僕には完璧な詰将棋を行うだけのスキルがあるのだから……)
朗は考える。
あの構えを出すのを止めようとして失敗した。
ならば、あの構えから逃れてみてはどうか?
礫の射程範囲外に出てさえしまえば、あとは刀による一撃を躱せば何とかなるのではないだろうか? 問題は浩助の追い足の速さと斬撃を躱せるかどうかといったところだが――。
(その辺は、何度も挑んでタイミングを覚えるしかないか)
ぼやくような軽々しさで朗は自分の命さえも勝つための投資として割り切るのであった。