130、歪んだ価値観
(オラァ! この豪華そうな扉! 貧乏人を馬鹿にしてるみたいでムカつくんじゃ!)
《だからって、いくらなんでも蹴り開けるのはどうかと思うんですけど!?》
魔王城の七十八階――。
謁見の間と呼ばれる空間の巨大な扉を蹴り開けた浩助は、両手に物を持ちながらそのままの勢いで駆け込む。どうやら、先程まで浩助が通過してきた階下とは趣きが違う部屋。これは、今度こそ当りか。その臭いを感じ取ったのか、浩助の視線も自然と鋭くなる。
「ようこそ、魔王城謁見の間へ。……有馬」
その浩助の目に留まったのは謁見の間の奥に設置された、やたらと背もたれの高い椅子に座る一人の『人間』であった。……そう人間だ。『魔族』ではない。
「にゃふめ……、あふぃら……?」
「そう、僕だ――。……というか」
夏目朗は細めた目つきのままに浩助の両手にあるものを凝視している。
「何故、茶碗と箸を持っている……?」
「――目にょはっかくだ。もぐもぐ……ごくん」
さっ、と浩助は収納スキルの中に茶碗と箸をしまい込む。
だが、朗は誤魔化されない。
「嘘をつけ! 今、口もぐもぐさせていただろう!? 君は魔王城という特異な環境の中でありながら、人目も憚らずに弁当を食べていたな!? こっちは決戦前だからスタンバイしていて休憩も取っていないんだぞ!」
「だから、目の錯覚だって言ってんだろ! 大体、ご飯食べながら魔王城を走り回る奴なんているわけねぇだろが!」
「目の前にいるだろう!?」
「いませんー! 気の所為ですー!」
どこか子供っぽい言い訳をする浩助に、朗はこめかみをひくひくとさせながら何とか冷静さを保とうと口調を落ち着かせる。
「ふん、大方、扉の前で昼食を取っていたところ、迫ってきた罠を躱そうとして、そのまま飛び込んできたといったところだろう……」
「はーい、違いまーす。飯食っていたら、目の前に金持ちそうな扉があったからムカついて蹴り開けただけです~!」
「やっぱり食べていたじゃないか!? 道理で貰った情報と違って遅いと思ったんだ!?」
「だが、待って欲しい」
「……何?」
「それは君の勘違いかもしれない」
「そんなわけあるか!」
ゼーハー、ゼーハー……。
顔を付き合わせるなりやりあった二人は、互いに肩を上下させて、やがて疲れたように言葉を吐き出す。
「――で? 何でこんなトコに居るんだよ、夏目? ……まさかとは思うが、アン攫いの犯人がまさかテメェだとか言わないよな?」
「まさか。……それよりも、顎に付いた御飯粒を取りなよ」
「フッ、ナイスな意見ありがとう。……だが断る!」
「いいから取れよ!? 僕が気になるんだよ!?」
物凄い剣幕で怒られてしまった為、浩助は不承不承顎に付いたご飯粒を取り、それを朗に見せつける。
「夏目……ご飯粒要るか?」
「要るわけないだろ!?」
顎についていたご飯粒を差し出されて、朗は激高したかのように怒鳴り返す。そんなものを渡されたら、恋人だって引くだろう。
何故、それを欲しがるという選択肢があると思ったのか、浩助の頭をかち割って中を見てみたいところだ。
「僕が此処に居るのはね、有馬。君と僕、どちらの格が上かをはっきりさせようと思ったからだよ」
「アァン……?」
「知っているかい? 僕らは学園の四天王なんて呼ばれていること?」
椅子――いや、あれは玉座なのだろう――そこからゆっくりと立ち上がった朗の姿は、浩助の知るそれとは違って見えた。
慇懃無礼なのは変わらずに、いつもよりも活動的であり、意欲的であり、そして何よりも開放的に見えたのだ。そこに何か得体の知れないものを感じ、浩助もようやくそれを理解する。
「知っているけどよー。けど、いつも疑問だったんだよなぁ。俺や慶次や桐花のアホは何となく分かるけどよ、何で成績優秀でスポーツマンでもあるテメェが四天王なんて物騒なもんに数えられているんだろーなって……。けど、今ようやくその正体が分かった気がするわ」
「そうかい? 僕には全然わからないんだけどね」
朗はそう言いながら、大仰に肩を竦める。
その仕草からは確かに承服しかねるといった空気が伝わってくる。
「だって、四天王にならないだろう? 僕だけが飛び抜けているんだし。比肩する相手もいないのに、四天王だなんておかしいだろう?」
「…………。言われてみりゃあそうだな。俺も一般人だし、四天王なんてなかったってことで」
良い話をしたとばかりに頷く浩助ではあるが、朗はそれで納得したわけではないようだ。「問題はその僕らの認識と世間の認識がズレていることだ」と朗は言う。
「僕らがその辺を意識していなくても、学園の人たちにはそういう認識がなされているっていうことが問題なのさ」
「何が言いてぇんだよ?」
小難しい話は沢山だとばかりに、浩助は棘のある声を出す。そもそも浩助は頭があまり良い方ではない。知恵は回っても知識はないのである。話の内容が難しくなってくると、理解できない為に頭の中で考えることを放棄することもしばしばだ。
できれば、簡単な話だと嬉しいなぁという期待を抱きながら、浩助は話の続きを促す。
「要するに、勉強もせず、スポーツに打ち込むでもなく、君のように自堕落に三年間を送ってきた人間と同列に扱われるのが我慢ならないんだよ、こっちは……!」
「んなこと、俺が知るか!? 扱った奴に直接言えよ!?」
浩助としては知ったことではない話だ。
だが、朗にとってはそれは譲れない一線であったようだ。顔に酷薄な笑みを浮かべ、一本の刀を構える。
それは、細雪に随分と似た刀であった。
そして、それを合図としていたのだろう。謁見の間に掛けられていた幕の後ろから、または柱の影から、魔法によって姿を消していたのか、多くの魔族が姿を表す。それを見て、浩助は渋い表情を浮かべて見せていた。
「夏目……。裏切ったのか……?」
「裏切った? ……違うね。これは君を倒す為に用意した手段さ」
「あぁん!?」
凄んでみるが朗は表情を変えることなく、顔の上半分を手で覆う。その顔の下半分から見えるニヤけた笑みがこの後の展開を語っているかのようで、浩助は少しだけの不安を覚える。
「有馬君、君は今日ここで倒される。そして、僕は晴れて君と同列に扱われることから解放されるんだ。その結果、人族を騙すことが起きたとしても、それは仕方のないことなんだよ」
「……仕方がないで人様……主に俺……に迷惑掛けてんじゃねーよ! っていうか、なんかニヤけ顔で言ってんのが腹立つわー。とにかく、テメーが俺を倒そうとしてんのは良く分かった」
周囲に展開された魔族の軍勢を見渡しながら、それでも浩助にはまだ余裕がある。
それもそうだ。難攻不落を目的に造られた魔王城の防衛設備が相手でも、浩助に傷一つ付けられなかったのだ。ここで有象無象が湧いたところで、浩助に届く刃になりようはずもない。
だが、楽観視する一方で、浩助は朗に対する警戒を解いてはいなかった。
この男の自信――、何かある。
「なら、さっさとやろうじゃねぇの。糸目男」
「焦れないことだね。器が知れるよ? まぁいいさ、僕もそろそろ始めたいと思っていたところだし、やろうじゃないか」
朗が片手を上げて合図を送ると同時に、周囲の魔族たちからの魔法が一斉に朗に向かって飛んでくる。どうやら周囲に居た魔族たちはいずれも補助魔法の使い手だったらしい。その身に力が溢れるのを感じながら、朗は笑みを濃くする。
「俺に対抗する為に、補助魔法で速度を上げた……?」
「ひとつひとつは大した倍率が出るものではないのだけどね。だけど、此処にいる三百人の人間が複数回唱えればどうなるのか……。その身で味わってみると良いよ」
片手に刀を携えて、朗がゆっくりと距離を詰めてくる。
いや、ゆっくりに見えたのはどうやら浩助だけのようだ。
周囲の魔族たちの視線がまるで朗の姿を捉えていないのを見ながら、同じく浩助も不知火を抜く。
……そうだ、抜いた。
仲間であったはずの同級生に向けて、浩助は躊躇いを覚える間もなく刀を抜いていた。
――違う。抜かされたというのが正しいのか。
朗より迸る殺意、威圧感、鬼気――。全てのものが作用し、浩助は刀を抜かざるを得なかったのだ。それだけ、朗から放たれた威圧感が大きかったということなのだろう。
「野郎、本気かよ」
「冗談で刀は向けないさ」
朗の体が傾いだと思った瞬間、神速の踏み出しから片手一本での突きが繰り出される。それはまるで剣道というよりもフェンシングに近かったであろうか。その切っ先を紙一重で体を捻って躱し、浩助はその刀身を弾こうとするが、次の瞬間には剣先が閃光のように朗の元へと戻っていくのが見えていた。とてもではないが、剣道を学んでいた男の攻撃とは思えぬ定石破りの攻撃に、浩助は目を白黒とさせる。
「へぇ、躱すものだね!」
「ざけんなよ、テメェ! 剣道はどーした! 剣道は!」
「牙突だよ、牙突! 実践した事はないけど、今の僕のパラメータなら出来るんじゃないかと思って――ねッ!」
不意打ちにも近しい形で無数の剣閃が繰り出される。
それらの全てを薙ぎ、払い、躱し、浩助はその殺意の奔流を受け流す。
だが、無数の巫山戯た剣戟の中に時折混ざる『本物』の攻撃――。それは引き面であったり、払い小手であったり、胴打ちであったり、凡そ、朗が三年間で培ってきた努力の結晶なのであろう。時折混ざる鋭い技にどうしても対応出来ずに、浩助の体に浅い傷が増えていく。
《有馬ッ!》
(分かってる!)
どれだけ鋭い技であろうが、今までの浩助であれば歯牙にも掛けなかったことであろう。その絶対的な速度の前には、攻撃など無意味だったのだから当然だ。
だが、浅いとはいえ、朗の攻撃は浩助に届いている。
その事実を鑑みて、沙也加は警告したのだろう。
油断が足元を掬う――それは、浩助も重々承知していたのか、神妙な顔つきのままに頷く。浩助の普段の戦闘から考えれば、それは十分に非常事態なのだが、それでも彼の意識の中では危機意識は薄かった。それもそのはず、浩助にはまだ切り札があったのだから――。
「大口叩いていた割には、俺を倒すのにテメェ以外の力を借りるのか!? それで、俺との格の違いを見せるって……、何か違くね!?」
「人を集め、それを使うことができるのも『力』だよ! 個人主義の人間は、自分で出来ることだけしか『力』に計上していないから出来ることが限られてくるのさ! 自分の力の定義を広げれば、幾らでも可能性は掴めるというのに――ねッ!」
面打ちから変化しての胴薙ぎ。
その剣筋に翻弄される浩助だが、早さを活かして無理矢理その剣を受け止める。その斬撃は思っている以上に重く、朗が受けている補助魔法が速度上昇だけではないことを如実に伝えてくる。
「ヘッ、確かに、俺にはこれだけの人数を集めることも、使うことも出来なそうだッ! しかし、解せねぇのは何で魔族がテメェに力を貸す!? テメェに力を貸したところで見返りがあるわけでもねぇだろ!」
「……有馬、君はもう少し縦社会に慣れておくべきだよ。協力者本人を味方に付けなくても、その上を味方に付ければ下を動かせるものさ!」
「上だと……?」
浩助の鈍い頭がこの時ばかりは高速で稼働する。
――ベリアルが何を狙って動いていたのか?
それを考え瞬間、最悪の答えが脳裏に浮かび上がる。
「アンを……、コイツらに引き渡すつもりか!」
「君に言っても受け入れられないのは分かっていた。……そして、魔族たちに君をどうこうできないこともね。だから、僕がそれを条件に協力を取り付けたわけさ!」
「……アンを売って俺に挑む? そこまでして俺を倒したかったのか!?」
「君を打倒したいわけじゃない。……したかったのは、僕の価値観をきちんと他人に理解してもらいたかっただけさ。君が底辺の中で平々凡々と暮らしていてくれれば、僕は君を歯牙にも掛けなかったことだろう。……でもねッ!」
朗の構えが変わる。切っ先を中段に落とした正眼の構え――。
朗が高校時代に最も得意とした構えである。
「君は学園の中でも際立って目立った! それは、皆の目を曇らせるのに繋がるんだ! だから、僕の評価もおかしなものとなってしまう! そういうのはね、宜しくないんだよ!」
朗が摺足で近付いてくる。
浩助はその攻撃を捌こうと、同じく刀を正眼に構えて朗を迎え撃つ。
「僕はもっと尊敬されて敬われるような存在なんだよ! それなのに、君がそれをさせないようにしている! そんなことになったらさ。……実力行使で排除するしかないじゃないか!」
「歪んでやがるぜ、テメェの価値観……ッ!」
「歪みのない人間なんているのかい!? もし、それが許せないなら、僕を矯正してみせてくれよ!」
「言ったな、テメェ……。泣いて謝っても許してやんねーからな……ッ!」
売り言葉に買い言葉。浩助は一瞬で決着をつける決意を固める。
それは、切り札を切るということに他ならない。
そして、その様子を見て朗は益々笑みを深める。その表情にあるのは余裕や慢心ではない。予想したテスト問題がテストに出た時のような、ある種の満足感だ。
そして、彼らは同時に口にする――。
「「【スキル】捷疾鬼発動……ッ!」」
プロットを作っていないので、どういう展開にしたら良いのかなーと悩む日々。
というか、いつの間にか異能系バトルものになっているんですけどー……。
自分が書きたかったのは、無双系ギャグものなんですけどー……。
……プロットを作ってないとこうなるという良い例でございます。とほほ。