12、異世界編入生
「というわけで、連れてきたぞ。ギルマス!」
「よくやった!」
とりあえず、理由も聞かずに喜んだ後、聖也は真面目なトーンで沙也加に視線を移す。
「――で? 状況が良く分からないのだが、水原君、説明をお願いできるかい?」
「まぁ、そうなるわよね」
分かっていたとばかりに肩を竦める沙也加の隣には、未だ落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回す洛の姿がある。
あてがわれたパイプ椅子にちょこんと座り、物珍しいのか、冒険者ギルドのギルドマスターの部屋を落ち着かなげに見回している。
そもそも、このギルドマスターの部屋に着くまでも、結構な時間が掛かった。
目にするもの、触れるもの、全てが珍しいのか、「あれは何?」「これは何?」と、浩助たちを質問責めにしたのである。
勿論、それら全てに的確な答えを返せない浩助は、これを華麗にねこしぇにパス。
パスを受けたねこしぇは、相手を知識の泉にダイブさせる程の豪快なシュートを決め、洛の好奇心という名の病を見事に沈めてみせたのであった。
まさに、ねこしぇ様々である。
「彼女は、仙人の洛琳ちゃん。訳も分からず、今回の事件に巻き込まれたみたいだから、事件の概要を説明した方が良いと思って、此処まで連れてきたの」
「君達で説明しなかったのかい?」
「丸め込んだり、懐柔したりするのは、私達よりもギルドマスターの方が得意でしょ?」
「ふむ、どうやら、私と君達の間では私に対する印象に随分と隔たりがあるようだが……、手間の掛かりそうな問題を処理するのも、ギルドマスターとしての務めか。……宜しい。私自らが説明するとしよう!」
大仰な身振りで両腕を広げる聖也を見ながら、浩助は「あぁ」と思い出したかのように告げる。
「そんなら、言語翻訳のスキルを持つ、ねこしぇを貸すか? 代金は後でいーぜ」
「大丈夫だよ。一応、これでも言語翻訳のスキルはレベル5で習得している。情報の伝達に齟齬は生じないはずだ」
「そんならいーけど」
「ですニャー、どうした? 説明、まだ?」
洛が、途切れ途切れに単語を紡ぎ、純粋な瞳で浩助を見上げてくる。
見た目、十歳程度の小さな女の子が舌っ足らずな言葉と共に見上げてくる様子は、非常に愛らしいのだが、浩助としては相好を崩すことはない。
もう何度目かも分からない注意を繰り返す。
「だから、俺の名前はですニャーじゃねぇってぇの! 浩助だ、浩助! 有馬浩助!」
「ですニャー?」
「どう聞き間違えれば、そうなる!? 浩助だって言ってんだろ!? 馬鹿にしてんのかっ!?」
あの後、森の中を歩きながら、洛とコミュニケーションを図った結果、浩助の言語翻訳スキルは、レベルが3にまで上昇していた。
どうやら、ねこしぇが持つ、スキル成長率二倍の御蔭でめきめきとスキルが成長したらしい。
今では、簡単な単語で互いに意思疎通が出来るまでになっている。
洛に対する説明といい、一家に一匹ねこしぇ様々である。
「ですニャーは、ですニャー、だよ!」
「あー、もー、チクショー! 何度言っても聞きゃしねぇ! ……もういい! ギルマス、進めてくれ!」
「私としては、君達の漫才を眺めているのもやぶさかではないのだが、そろそろ日も暮れてきているし、色々とやらねばならぬことが山積みの状態では、悠長にもしていられないね。では、洛琳君――、まずは『ようこそ、我が学園へ!』と言わせてもらおうか!」
「ガクエン?」
聞き慣れない言葉だったのだろう。
洛は小首を傾げる。
肩で切られた癖のない黒髪がさらりと揺れる。
「この場合は、人間種族で形成されたコミュニティだと考えてくれると有り難い。そして、私は、君にもこのコミュニティに所属して欲しいと思っている」
「洛にも?」
「あぁ。その為にも、現状、この世界で起こっていることについて説明しようと思うのだが、宜しいかな?」
「どかん! こい!」
怪しげな単語で応対する洛を見る限りだと、彼女も言語翻訳スキルを身につけているのではないだろうか。
改めて、ステータスを鑑定するつもりはないが、浩助は何となくそんなことを思う。
――やがて、聖也による八世界融合に関する説明が行われた。
説明自体は、簡潔にして簡単。
長々とした校長講話のような煩わしさもなく、現在の状況の説明、現状に対する解決策、そして、差し当たっての対処方法として、協力関係を結びたい旨を伝える。
全てを説明するのに、要した時間は十五分程か。
浩助が説明していたのなら、その倍の時間は掛かったはずだ。
それだけでも、聖也の優秀さが窺える。
そして、全てを聞き終わった洛は、暫く唸るようにして瞼を閉じると――。
「積極的、協力、ヤダ」
――と、言葉を紡ぎだしていた。
「理由を聞かせて貰えるかな?」
怒るでもなく、落ち込むでもなく、聖也はただ淡々と続きを促す。
決して諦観しているわけではない。
理由を知ることができれば、理で以って説き伏せられる――、その自信があるのだ。
「異世界、融合、チャンス」
「何のチャンスがあるというのかな?」
「異世界、技術、発想」
「どういうことだい?」
「……! あぁ! 思っている以上に、洛ちゃんはモノ造りが大好きなのね!」
「うん! そう!」
沙也加が理解したとばかりに手を合わせると、洛は我が意を得たりとばかりに何度も激しく首を縦に振る。
そこに至って、浩助にもようやく分かった。
要するに、洛は仙人界以外の異世界の技術や発想を学んで、宝貝造りに活かしたいのだろう。
それ故に、八世界の融合が成された今、この状況をチャンスだと思っているのだ。
だからこそ、八世界融合の問題を早期に解決されるのは困ると思っているのではないだろうか。
……けれど、このままでは問題があることも理解しているのだろう。
だからこそ、積極的には協力しないが、邪魔する風でもない、というスタンスを表明したのだ。
「だが、このまま、洛君も元の世界に戻れないというのは困るだろう?」
「…………」
柔らかそうな頬に指をあて、暫し黙考。
「……困る」
そこは、やはり共通認識なのだろう。
元の世界で待っている者を思えば、いつまでも異世界で風来坊をやっているわけにもいかない。
「だったら、洛君」
聖也は実に楽しそうに、期待に満ちた瞳で提案する。
「――君、我が学園の職人ギルドに所属してみるつもりはないかな?」
それは、多分、悪魔の誘惑という奴だ――、と浩助は思うのであった。
●
「というわけで、連れてきたぞ、ギルマス! パート2!」
「……どういうこと、水原さん?」
「まぁ、そうなるわよねぇ。パート2」
拓斗を前に、沙也加が頭を抱えながら、どう説明したものかと唸っている。
その隣では、初めて入った技術室の内装に興味津々なのか、洛がキョロキョロと辺りを見回していた。
そんな洛を囲むようにして、十人程度の生徒たちが突如の来訪者に驚き、成り行きを見守っている。
「この娘は、洛琳ちゃん。えーっと、いわゆる異世界人。仙人よ」
『おぉ!? まじで!?』
周囲で決して小さくはないざわめきが起きる。
それもそうだろう。
現状、異世界の情報といえば、電気、ガス、水道がなく、バケモノが徘徊している――、ぐらいしか生徒たちには周知されていない。
それが、人型の生物が確認された、となると俄然未知への興味は尽きなくなる。
それこそ、洛が人類の技術に興味津々であるように、だ。
「お前ら、盛り上がり過ぎだろ。洛ちゃんだって、困っちゃうだろ。落ち着けよ」
急に活性化し始めた周囲を、落ち着かなげに見回す洛。
それに気付いて、周囲の沈静化を計ると共に、洛への気遣いを見せるのは、やはり拓斗の人柄なのだろう。
「騒がしくてゴメンな? キミが俺らの技術に興味があるように、彼らもキミがどういう人で、どんなことができるのか、興味があるんだ」
「洛、興味?」
「うん。そう。――そう、なんだろ? 浩助?」
「あぁ、ギルマス……ややこしいな……冒険者ギルマスの紹介だ。人類の技術っていうか、他の七世界の技術に興味があるらしい。――で、冒険者ギルマスが言うには、それならウチで囲っちまおうって魂胆らしい」
「それを洛ちゃんの前で言うかね、普通」
「オメーと違って気遣いのできる人間じゃねーんだよ。俺は」
大して面白くもなさそうに、浩助は言う。
「それに、洛だって違う世界の技術には興味があるんだろう?」
「洛、色々、見たい、作りたい!」
鼻息荒く、拳を握り締めているところを見る限り、やる気は十分なようだ。
技術に対する渇望。
それは、職人としての純粋な好奇心であろう。
日本のみならず、異世界にもそういった気持ちがあるということを知って、職人ギルドの面々は自然と笑みを零す。
彼らも、夢や希望を抱く若手の職人である。
その気持ちには、言葉は通じずとも、何か通ずるものはある。
「そっか。俺たちも、洛ちゃんの作ってきたものや、作り方なんかを聞きたい。その上で、俺たちにしか作れないものも、作ってみたい」
「おぉ! 洛、分かる!」
「こんな面白い世界に来たんだ。生きるのは大変かもしれないけど……、誰も見たことのないものを一緒に作ろう。俺は、拓斗――、鈴木拓斗。宜しくな!」
「洛! 洛琳! よろしく!」
拓斗が片手を差し出すと、洛はそれを真似して、力一杯片手を差し出してくる。
どうやら、握手の様式を知らなかったようなので、拓斗はそのまま洛の手を握って、固い握手を交わしていた。
洛もそれを見習って、力を込めようとし――。
「洛、お前が本気で握ったら、拓斗の手が潰れっから、絶対やるなよ。添えるだけでいい」
「ですニャー、わかった!」
「だから、ですニャーじゃねぇってぇの!?」
浩助の叫びは、どうも彼女には通じないようだ。
それとも、浩助ではなく、もしかしたらねこしぇに敬意を払っている可能性さえある。
「ですニャー? 浩助は洛ちゃんにそう呼ばれてるのか?」
「言語翻訳スキルが仇になったとだけ言っとく……」
バツが悪そうに、窓の外の景色に視線を投げかけつつ、浩助はそう嘯く。
窓の外の景色は、既に薄闇色となっており、これからの時間が人の領域ではないように、不気味な気配を漂わせ始めていた。
夜の帳が人の認識力をじわりと低下させていく。
「もう、日も暮れてきたし、職人ギルドも今日はもう終わりなんだろ?」
「そうだね。そういえば、そろそろ夕飯だって呼びに来ていたな。行ってみる? 学食?」
「そりゃ、行くだろ」
確か、聖也の話では学食や購買の物品は二日程度で底をつくと言っていた。
ならば、行かない手はない。
「もう食べられなくなるかもしれねーんだ。食い逃すわけにはいかねーよ」
浩助の言葉に、沙也加も「それもそうよね」と頷くのであった。