126、わかっていた解法
どんな強者も数の暴力には敵わないというのは迷信ではないのか?
「ちぃっ、どんだけコイツは強ぇんだよ! クソが!」
十体の影分身による多角的な射撃を行っていた浩助は思わずそう零す。
射線を見切ることすら難しい筈の攻撃が、悉く空間に縫い止められてしまう。数の暴力(むしろ、弾丸の暴力)が全く通用しないとは、浩助でさえも思ってもみなかったことだ。
「……この程度か、小僧!」
「テメェがおかしいんだよ!」
浩助が愚痴を零す間にも白い魔力の腕が上空から覆い被さるように迫っており、彼は慌ててバク転をしながら飛び退く。直後には地面に魔力の腕がぶつかり、地面が隆起し、空中に石や土がぶち撒けられていた。
「なんつー便利ハンド……」
この魔力の腕は触ったものを固定させる能力も大概だが、魔法的な破壊力さえも兼ね備えているのだ。捕まるのがマズいという前提条件は変わらないものの、警戒すべき点は増えている。全く厄介な固有スキルだと、浩助は内心でボヤく。
――と、爆砕した地面が突如として空中で固定される。
「……行くぜ、小僧」
その固定された『足場』を駆け上り、ベリアルが頭上より拳を振り上げて跳躍する。高さよりも速さを意識した跳躍。一瞬で肉薄されたことに驚きながらも浩助は大きく飛び退る。
あまりに大きく飛び退り過ぎて戦場が平地であることを感謝したぐらいだ。
平地でなければ、背中を障害物で強打していたことだろう。
――ミシミシミシミシッ!
浩助の目の前で地面が爆ぜ割れる。
飛び込んだ勢いそのままに地面を殴りつけたベリアルはそのまま地面を割って、周囲に石礫を撒き散らす。
その礫の悉くを斬って捨て、浩助は余裕の内に指をパチンと鳴らす。
「ハッ! 喰らえ!」
次の瞬間にはベリアルの周囲で光が迸る。
火花を撒き散らし、それこそ閃光となって迫るのは影分身の放った電磁砲だ。攻撃後の隙をつき、いずれの弾道もベリアルの魔力が薄くなっている箇所を狙ってのものである。
だが、その閃光は一瞬で空間に縫い止められていた。
見て間に合うものでもないとは思うのだが、その辺は完全にベリアルの勝負勘というものなのだろう。もしくは、浩助の表情や仕草から何かを感じ取ったのか。
「……ヌルいぜ、小僧」
必殺の全方位電磁砲を容易に防がれ、浩助はたじろいだように後退する。
その動作を見ながら、ベリアルが浩助を追おうとしたのは極自然の反応だ。
……だからこそ、そこに油断が生じる。
――ベリアルの足元でカチリと小さな音が鳴った。
腹に響くような爆音と共に一斉に衝撃波が空間に広がり、周辺一帯が爆煙で覆い隠される。
地球上でも最も厄介な兵器のひとつとされる――地雷。
それを見事に踏み抜かせた浩助は小さくガッツポーズを取っていた。
「テメーのその動きを止める能力は確かに強力だがよ? 一箇所だけ固定できない箇所があんだよ。わかるか?」
浩助は棚引く爆煙をのぞみながら口上を続ける。
「それが足元だ。足の裏を固定しちまえば、テメー自身が動けなくなるからな。だから、そこだけは防御のしようがねぇ。……俺の勝ちだ」
爆煙が棚引くということは固定できていないということだ。
浩助の見立て通りなら、足元からの攻撃をベリアルは防げない。
そこに戦車ひとつを吹き飛ばす程の大火力をねじ込めば――。
普通なら再起不能どころか、全身全損も免れないことだろう。
……だというのに、ビタリと黒煙の動きが止まる。
「……惜しいな、実に惜しい」
まるで書き割りのようになってしまった黒煙を蹴倒しながら、ベリアルが煤で汚れた顔のままに姿を現す。その様子を見るに防がれたわけではないだろう。どうやら地雷程度では、魔界四天王クラスは殺せないらしいと知って、浩助は歯噛みをする。
「ひしひしと防御力の格差社会を感じる……。――ってか、んだよそれ? 無敵の能力を突破しても素の防御力が高いから攻撃が通りませんってか? ふざけんなっての! ちょっとだけ、ぬか喜びしちゃった俺が馬鹿みてぇじゃねぇか!」
「……何言ってやがるか分からねぇが、テメェが憤るなら気分が良いぜ。……しかし、惜しいな。……軽度とはいえ、この俺様が一発を受けたのは二百年ぶりのことだ。……それだけの人材を殺すしかねぇとは」
「はぁ~? 俺を殺すって? そういうのは、俺に一発でも当ててから言って欲しいんですけど~?」
顎をしゃくれさせて挑発する浩助の誘いには乗らず、ベリアルはただ真っ直ぐに浩助を視線で射抜く。
「……どうだ、翻意する気はねぇか? ……テメェが俺の下に就くってんなら、テメェに四天王の地位をくれてやってもいいぜ?」
「……ほんい?」
《意見を変えるってことよ》
「あぁそう。知ってたけどね?」
意味のない見栄を張りつつ、浩助は馬鹿にした表情を浮かべる。
「四天王の地位をくれるって、テメェが四天王なのに自分で自分を懲戒免職にするのかよ? 馬鹿じゃねぇの?」
「……四天王の地位はもうすぐ要らなくなる。……俺様は魔王になるからな」
「あぁ?」
上機嫌に語るベリアルに向けて凄んでみせるが、正直なところ、浩助にベリアルの出世事情などわかるはずもない。だから、その凄みの九割は疑問形であったりする。
そんな浩助を見下すようにして、ベリアルは悠然と腕を組む。
「……その様子だと、何も知らずに此処まで来たようだな? ……ならば、その糞餓鬼が何なのかも理解してねぇんだろ?」
「おい、俺の可愛い弟子を捕まえて糞餓鬼とは何だ。せめて、超可愛い糞餓鬼にしろや」
《ごちゃごちゃするからやめようね?》
浩助のツッコミに対してもベリアルは特に反応することもなく淡々と告げる。
「……あれは鍵だ。……魔王になるための扉を開ける鍵って奴だ」
「いや、どう見ても可愛い女の子だろ」
《比喩表現ですけど!?》
「……魔王の野郎がくたばったのは知ってるか、小僧?」
「逆に聞きてーわ。何で、俺がそんなことを知ってると思ったのよ? あ?」
浩助の苛烈な形相にもベリアルは肩を竦めて大人の対応である。
「……ふん、それもそうだな。……だが、その糞餓鬼が狙われている理由がそこにあると聞きゃあ、ちっとは興味が出て来るんじゃねぇか?」
「なにィ?」
「……そいつはな、魔王就任のための交換券だ。……そいつと、この璽を持っていき、任命状に判を押した奴が次の魔王というわけだ。……わかるか、小僧? ……つまり、俺様が今一番魔王に近いというわけだ」
ぶらり、と紐が通された金色の指輪をぶら下げ、ベリアルは悪鬼の如く笑う。
その指輪に見覚えがあった。
「テメェ、それは……!」
アンが肌身離さぬようにして、いつも身に着けていた大事な指輪。
師匠として見忘れようはずもない。
それを無理矢理に奪われたアンは悔しげに俯き、浩助はその瞳に怒りの炎を彩る。
「……俺様が魔王になったあかつきには、テメェが御執心なその糞餓鬼をテメェにあてがってやってもいい。……魔王の娘だ。……あっちの方もさぞかし具合が良いだろうよ」
「殺すぞ、テメー……」
殺意と共に魔力を練り込みながら、浩助はふと気付いたようにその言葉を口にする。
「ぁん? 魔王の娘だと?」
「……そうだ、この餓鬼は前魔王の第九十九子だ。……魔王の餓鬼の中でも特に優秀な個体らしい。……それこそ、本人が『叔父』と偽って態々状態を確認しに来る程にな」
「叔父って……」
その言葉の意味がわからぬほど、浩助は馬鹿ではない。
両親のいないアンの様子をしきりに気にかけていてくれたアンの言う『叔父さん』という存在。彼女はその存在に心を許し、あまつさえ、その叔父の為に強くなろうともしていたぐらいだ。その二人の絆が浅くないことぐらい理解している。
そして、その叔父さんはアンにとって『叔父』などといった繋がりの存在などではなく――。
「…………。……叔父さんが、アンのお父さん?」
「……アーカムの野郎の情報だけどな。……まぁ、奴の情報だ。間違っちゃいねぇだろ。……そして、知っておめでとう。……テメェの親父はくたばりました。 ……どうだよ、気分は? ……最高か?」
「…………。……叔父さん、が……?」
アンの顔から徐々に色が失われていく。
それに反比例するかのように、ベリアルは上機嫌に笑みを刻む。
「……俺様は最高だ! ……心が晴れ晴れする! ……あのクソ親父がくたばったことで、ここまで世界が明るく見えるとは思わなかったぜ! ……クソッタレな神に感謝してやりてぇぐらいだ! ……クックック!」
「…………。……叔父さんが、死んだ……?」
アンの頬を一筋の雫が流れ落ちる。
それは意識することすらなく滴り落ちた涙だ。
アンの表情こそ変わらなかったものの、その心の声が外に出た形だろう。彼女は不思議そうにその雫をボロボロになった腕で拭うと、信じられないものでも見たような顔でベリアルを見つめ、そして喉を掻き毟り始める。
「…………。あ……、あぁ……、あああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ――――……ッ!?」
それは雄叫びだっただろうか。それとも嗚咽であっただろうか。
ボロボロの体を抱え、狂ったように叫び声を上げるアンを尻目にベリアルは満足そうに鼻を鳴らす。
「……クックック、親が鬱陶しい存在なら娘は気狂いかよ! ……前魔王の血は呪われてるんじゃねぇのか?」
「――――――ッ!」
ベリアルの安い挑発にアンの中にあった色々と堪え難い感情が刺激されたのだろう。
声なき声を上げて、アンがベリアルに飛び掛かる。
先程までの浩助の苦戦を見ていなかったわけでもないだろうし、自分の体が十全とは程遠い状態であると理解していなかったわけでもない。だが、感情が冷静でいようとする自分を否定したのだ。ただただ抑えられぬ思いをぶつけるかのように、ベリアルに向けて突っ走る。
「……馬鹿が」
だが、真正面からの突撃などベリアルにとっては愚の骨頂も良いところだ。魔力の膜を生成し、アンを捕らえようとし――。
「……何ッ!?」
――その魔力の膜が限りなく薄くなっていくことに気付く。
「ヒントは最初から出ていたんだよ」
その声の主を振り返り、ベリアルはギリッと奥歯を噛み締める。
そこには、皮膚の剥がれ落ちた右腕を突き出す浩助の姿があった。
「……貴様ァ! ……まさか、それは魔王のッ!」
「魔王は確か暗黒魔法の使い手だったよな? そんな魔王がテメェを押さえるのに何を使っていたのか――、考えりゃすぐわかることだ。……こうじゃねぇのか?」
浩助の右手に大気が絡みついていく。
いや、違う。
それはただの大気ではない。膨大な魔素を秘めた魔力の帯だ。
「【暗黒魔法】精神吸収!」
浩助の右手にベリアルの魔力が集って消えていく。『固定』という固有スキルを持った魔力であろうと魔力には違いない。
それらは全て浩助の糧となりMPへと変換されていく。
それと共に、薄くなった魔力の帯は固定の力を薄め、その真価を発揮できなくなっていく。
ベリアルが口惜しげに口をへの字に結ぶと同時――。
「うぐっ……!?」
――突っ込んできたアンの頭突きが、ベリアルの鳩尾に突き刺さる。
短く呻いたベリアルは、そのままアンを払うようにして地面に引き転がして距離を取る。
一瞬にしてアンの命を奪わなかったのは、あまりに慌て過ぎていて冷静な判断ができなかったからか。その瞬間の判断はその場における最善である。
だが、遅い。
「上出来だ」
ベリアルは見る。自分の胸に深々と刀の切っ先が突き入れられている光景を――。
アンは見る。自分を守るようにして立つ広い背中を持つ男の姿を――。
そして、浩助はアンを守るようにしてベリアルの目の前に立ち――。
――突き入れた刀の切っ先をゆっくりと引き抜いていた。
プッと小さな血液の雫が飛び散り、それを切っ掛けにしたかのようにベリアルの胸に今まで何故気付かなかったのかと言わんばかりの数多の碁盤目状の切れ目が走っていく。
まるで、サイコロステーキのようにカットされた肉体に、ベリアルは驚愕の視線を向けて、慌てて固定の力で自分の体を接着しようとする。
「……小僧っ、テメェ!」
「細切れになって生きてるって何なんだよ? ……ジグソーパズルみたいになって死ね!」
浩助はベリアルに右手を向け、精神吸収を唱えようとし――。
変なところで続く。