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フラれて自暴自棄になっていたところを異世界召喚された結果がコレだよ!  作者: 荒薙裕也
第四章、新魔王争奪戦が開幕したと思ったら、俺の妹にそっくりな娘が狙われてブチ切れた結果がコレだよ!
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118、湖畔の町防衛戦39 side??? ~終幕、そして3~

「また……、お前は俺を裏切るのかよ……!」


 その言葉に、ハッと柳田美優は顔を上げる。


 キルメヒアとベリアルの死闘の決着が持ち越された戦場の片隅で、則夫の死体に縋り付いていた彼女は、『彼』が近付いてきていた事に気が付いていなかった。


 暗く沈んだ様子で声を掛けたのは小日向龍一だ。


 彼は攻撃的な言葉とは裏腹に沈痛な表情をみせると、強く唇を噛み締める。

 

 そんな彼の様子に感じるものがあったのか、美優の眦には自然と涙が浮かんでいた。


「仲直りしただろうが……、此処からだろうが……っ! 何でだっ、何でなんだよ!」


 龍一が則夫の遺体の襟首を掴んで引き上げる。


 その体は重く、そして――、恐ろしく冷たい。


「――ッ!」

「だ、駄目! 駄目だよ! 小日向君!」


 奪い取るようにして、則夫の体を抱え込む美優に死体を返し、龍一はようやく状況を飲み込めたかのように、二、三歩と後退って、そのまま地面へとへたり込んでいた。


 悟ってしまったのだ。


 田中則夫が死んたということを――。


「ぐ……、うぐ、ぐぞぉぉぉがぁぁぁぁ……! そんなの、そんなのねぇよぉぉぉ……、畜生ぉぉぉ……!」


 龍一の嗚咽が漏れる。


 その姿を見ながら、美優は同じように涙で顔をクシャクシャにしながら、声を殺して泣いていた。


 大声を出して、半狂乱になって泣き喚きたいのは山々だった。


 だが、そうして痛みや苦しみを発散した所で、事態が好転するわけでもない。


 それを分かっていたからこそ、静かに、ひっそりと声を圧し殺して泣くのである。


「――っと、っと、っと、居た居た! 柳田先輩!」


 そんな二人の空気を知ってか知らずか、空気の読めない切羽詰まった声が辺りに響く。


 戦場から若干離れた町の入口付近に居た冒険者の何人かが、騒がしい声に注視し、興味を向ける。


「ちー……、ちゃん……?」


 声の主は三井千歳だ。


 彼女は酷く慌てた様子で遺体を指差していた。


「し、収納スキルでしまって下さい! 遺体を! 早く!」

「え……、えぇっと……?」

「今、伊角先生より連絡があって、ファンタジーな世界だから、もしかしたら蘇生させられるような方法があるのかもしれないって……! だから、遺体が腐ってしまわないように、早めに収納スキルでしまえって……!」

「――ッ!? や、柳田ぁぁ……! 早くしまえぇぇ……!」

「う、うん……!」


 美優が自身の収納スキルで慌てて、則夫の死体を回収する。


 果たして、真砂子の言葉にどれほどの信憑性があるのかは謎だが、それでも美優は泣き腫らした赤い目をごしごしと擦ると、気丈にも立ち上がっていた。


 戦場で命を散らしたのは、則夫だけではないのだ。


「せ、先輩……?」

「……行こう! 助かる見込みがあるなら、他の冒険者さんの死体も集めて治さないと!」

「は、はい!」


 泣いた烏がもう笑うではないが、そこには先程までさめざめと泣いていた美優の姿はない。


 気持ちを切り替え、回復役としての務めを果たそうとする少女がいるだけだ。


 それを目の当たりにした龍一は、驚きと共に少しだけ頬を赤くする。


 いつまでも自分だけが泣き崩れている状態を恥じたのだ。


(何で、女ってのはこう切り替えが早ぇんだよ……)


 心の中でぶつくさと文句を言いながらも、彼もまた戦場であった場所へと赴くために腰を上げる。


 反省や後悔は、やるべきことをやった後でもやれるのだ。


「中村屋ァ~、話聞いてたか~!? 俺らも行くぞ!」

「い、いててっ! 俺、まだ怪我が治ってねぇってぇの!? 引っ張るなよ!? やるなら一人でやってくれよ~!?」


 別の意味で泣き喚く中村を伴いながら、龍一はしっかりとした足取りで戦場跡へと向かうのであった。


     ●


「…………。……んっ、此処は?」

「お目覚めかな、お嬢さん(フロイライン)?」


 短い呻き声と共に目を覚ましたアンは、周囲の光景を見渡してから、少しだけその鉄面皮を強張らせる。


 眼前で見た時は、あれだけ広大だった湖の全容が臨め、そして愛着ある町の姿が遥か遠くにポツンとミニチュアのように小さく見えていた。


 上空八千メートル――。


 町を攻めていた魔族の軍勢が一斉に取って返す様を視界の片隅に捉えながら、アンは自分の現状を正確に把握し始めていた。


 鱗面の亜人が、アンを抱えながら言う。


「悪いが、暴れないで頂きたい。この高さから落ちたのであれば、如何に君が頑丈とはいえ、即死は免れないだろうからね」

「…………。……お前は?」

「ベリアル軍軍師、ファルカオ・マッキネィ。『竜軍師』と名乗れば、君のような子供でも聞いた事があるだろう?」

「…………。……知らない」

「そうか。残念だよ」


 特に残念でもなさそうにファルカオは肩を竦める。


 そんな彼の顔を視界内に入る事すら認めず、アンは徐々に小さくなっていく湖畔の町の姿を眺める。


 その胸に去来するのは、望郷の念にも似たものであったが、彼女はすぐにそれを振り払うようにして、そっと目を閉じて集中し始める。


 突然の無抵抗に、ガン無視――。


 少しぐらいは抵抗があると考えていたファルカオは、拍子抜けしたように……あるいは興味をそそられたかのように……アンに視線を向けていた。


「抵抗しないのかい?」

「…………」


 集中の邪魔をされたとばかりに迷惑そうな視線を向けると、アンは馬鹿馬鹿しいとばかりに頭を振る。


「…………。……意味ないから」

「まぁ、それもそうだね。でも、それは頭で理解していても、心が理解するかは別問題だ。君は、これから自分がどうなってしまうのか、不安じゃないのかい?」

「…………。……何で?」

「何でって、君は拐われたんだよ? これからの処遇については親父殿に決めて貰うにしても、ろくな扱いにはならないだろう。そんな状況で落ち着いてなんて――」

「…………。……くくっ」


 思わず漏れ出る笑いを堪える事が出来ずに、アンはそこでようやく鉄面皮を崩す。


 ファルカオの爬虫類じみた、感情の分かり辛い表情に、この時ばかりは少しだけ色が浮かぶ。


「何がおかしい?」

「…………。……ろくな目に合わないのは、多分、お前の方だ」

「それは、強がりのつもりかな?」

「…………。……その内、ししょーが来るぞ。……震えろ」


 何をまさか、と言い掛け、ファルカオは何かを感じ取ったのか、素早く視線を背後へと向ける。


 そこには、先程までと何の代わり映えもしない湖畔の町の姿があるだけだ。


 いや――。


「…………。すまないが、この娘をベリアル様の元まで送って貰えるか」


 そう言って、ファルカオはアンを自身の部下に預けると、その場に滞空し続ける。


「ファルカオ様……?」

「いいから行け。急ぐんだ」

「は、はい!」


 自身の部下があっという間に遠ざかっていくのを見て、ファルカオは杞憂ならそれで良いと汗を拭う。


(――汗?)


 彼は自分が人知れず冷や汗をかいている事に、初めて気付く。


(最近では、親父殿の前でもかいた覚えがないものを、何故今になって――)


 ――何かある。


 軍師の直感がそう告げる。


 それは、あの町の抵抗ぶりを思い出しての、半ば確信的な直感だ。


(報告の端々にも、あの町の住人たちは何かを期待して防衛戦に臨んでいるような節はあった。そもそも、キルメヒアが指揮を執るだけで人間がアレだけ戦えるようになるのか、という疑問は残っていたのだ。……恐らく、人間がアレだけ戦えるようになった主たる原因があったはずだ)


 それは、ほぼ直感に近いものであった。


 ――何かがおり、それが恐らくは追いついてくる。


 それがベリアルにとっての脅威となるならば、排除する必要があるし、脅威にならないとしても正しい対応をするために、ファルカオとしては見極める必要がある。


 ファルカオは、その直感に従ってその場に滞空し続ける。


 だが、三十分経っても、その兆候は見られず、彼は一つの嘆息と共に結論を出す。


「考え過ぎか……」


 アンのハッタリを真に受けて、心の中で何かが起こるのではないかという不安を大きく育て過ぎた、という事なのだろう。


 ファルカオは、身を翻そうとして――。


「――よぉ」


 ――逆さになって落ちてくる黒髪黒目の少年と目が合う。


 足場もない高々度から突如として降ってきた少年に、ファルカオは身構える事も忘れ、ただただ呆気に取られた表情をしていた。


 そんなファルカオの様子をニヤリと笑い飛ばしながら、少年の体から黒い影が分裂する。


(【スキル】無詠唱……! この少年、ただの自殺志願者ではない……ッ!?)

「折角、俺たちの町にまでやってきたんだ。まさか、俺の歓待を受けずに帰るわけねーよな? ゆっくりしていけよ、なぁッ!」


 動いた――そう思った瞬間には、ファルカオは頭部に衝撃を受けて、地面に真っ逆さまへと降下していた。


(な――、ぐ――ッ!)


 かつて、感じた事のない、重く、鋭く、強い一撃はベリアルとの初めての邂逅を思い起こさせる程に強烈な一撃であった。


 思わず意識を刈り取られそうになるのを奥歯を噛み締めて必死で堪え、ファルカオは空中で体勢を反転させる。


(何なのだ、コイツは!? コイツが彼女の師なのか!? 人間なのだろう!? 何故、空中を自由に動ける!? 何故、魔界四天王クラスの攻撃力を備えている!? 何故、熟達の魔族のように無詠唱で魔法を唱えられる!?)


 そんな『モノ』が人間であるとは、にわかに信じられず、ファルカオはその少年が人間であるという認識を即座に否定する。


(認識を書き換えろ! アレは親父殿と同じ類の奴だ! 対応出来なければ死ぬぞ!)


 ファルカオは自身に出来る最速で振り返り――。


 ――背中から受けた強烈な衝撃に、意識を寸断されそうになる。


「カハッ――、ば……、かな……、いつ……、背後……、――ッ!?」


 ファルカオはこの数瞬で何度目になるか分からない驚愕の表情をその顔に貼り付ける。


 彼の背後から落ち着き払った声がする。


「何故かって言えば、テメェが振り向くのを見計らって、その背中に隠れるようにして、後ろに回ったからだな。――っと」


 空中を蹴るようにして、少年がジグザグに上昇してくる。


 まるで、何もない所を壁蹴りして上ってくるように見え、ファルカオは思わず呟く。


「バケ――、モノ――、か……ッ!」

「違うだろ。テメェが雑魚なだけだ」


 刀の峰で思い切りぶん殴られて、ファルカオの顔面がひしゃげる。


 そのまま、空中を錐揉みして吹き飛ぶファルカオを見ながら、少年――有馬浩助はふんすっと鼻息を吹き出していた。


「俺は至ってフツーだからな」

《……普通って何かしら?》


 沙也加のツッコミは聞こえなかったフリをして、浩助は得意げな笑みを浮かべるのであった。

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