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フラれて自暴自棄になっていたところを異世界召喚された結果がコレだよ!  作者: 荒薙裕也
第四章、新魔王争奪戦が開幕したと思ったら、俺の妹にそっくりな娘が狙われてブチ切れた結果がコレだよ!
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112、湖畔の町防衛戦33 side沙也加 ~自覚ある弱者~

本日二本目です。

(――というか、天井を壊して入ってきた時点で、敵っていうことは確定なんだけど……。問題は此処にいる人間の半分くらいが非戦闘員って事よね……)


 リリィ、ベティの従姉妹は言うに及ばず、寝たきり状態の浩助だって非戦闘員だ。


 若干、戦力として期待できるアンも音信不通であり、現状で動けるのは沙也加ぐらいなものである。


 そんな状態で、十人以上を相手取ろうというのも、なかなか酷な話ではある。


(――だから、どうした!)


 心の中で一つ叱咤すると、闇具作成(ダーク・クリエイト)で日本刀を模した刀を作り、沙也加は吶喊(とっかん)する。


 粉塵が収まるよりも早く、相手の懐へと飛び込むと一息で四方に向けて四太刀。


 戦場の習いであれば、それだけの腕があれば死地も開けるはずなのだが――。


『痛ぇっ!?』

『何だ!? 何が起きた!?』

『分からんが、何かで殴られたぞ!』

『敵からの攻撃か!? 警戒しろ!』

『とりあえず、煙を晴らすために誰か風魔法を使え! あと、回復薬も用意だ!』


 その言葉を聞いた瞬間に、沙也加は一足飛びで飛び退く。


(自覚はしていたけど……)


 沙也加の顔に思わず苦い笑みが浮かぶ。


(『こっちの姿』じゃあ、私はただのか弱い女子高生ってわけね……)


 水原沙也加、彼女のステータスには他の者にはない特徴がある。


 彼女には人間モードの沙也加のステータスだけでなく、天剣六撰―細雪―のモードのステータスも存在するのだ。


 つまり、変化前と変化後でステータスが二つ存在するのである。


 そして、それらはどうやら互いに干渉し合わないらしいのだ。


 唯一の共通項がレベルだけであり、刀の身と人の身では、そのステータスに恐ろしい程の差が出る。


 いや、一応、天剣六撰の『速』を司る刀だけあって、速度だけは多少フィードバックされてはいるものの、それでも刀の時のステータスに比べると、彼女の今の実力は百分の一にも満たない。


 ちなみに、刀時のステータスは『有馬浩助よりも高い』とだけは言っておこう。


(人間姿の魔法攻撃力じゃあ、敵の防御力を抜く事すら無理ってことね。……だったら、武器を使うまで!)


 浩助愛用の刀、妖刀村正なら沙也加のステータスが未熟であろうとも、魔族たちに対抗出来るはずだ。


 彼女は、ねこしぇに声を掛けようとして――。


「誰が仕組んだものかは知りませんが、この世界のシステムというものはとても便利ですよね。……特に、この鑑定というスキルは群を抜いている」


 粉塵が晴れた室内の中、大勢の有翼魔族に守られる配置で、一人の男がぐたりと力の抜けている一人の少女の首を掴み、釣り上げているのが見えた。


 それを見て、思わず沙也加の動きが止まる。


「アンちゃん!?」

「抵抗はやめる事です、出ないとこの娘の首はポキリと折れますよ?」

「……卑怯な」

「ぐっ――」


 苦しげな声で呻くアン。


 意識は失っていないようだが、先程の衝撃で何処か痛めたのかもしれない。


 その体からは、あまり生気のようなものを感じられない。


「そうです。そのように動かぬ事が懸命ですよ」


 そして、男――竜軍師ファルカオ・マッキネィの言葉に、沙也加は村正を取り出す事を諦める。


 人質を取られてしまった手前、下手な動きは相手を刺激するだけだ。


 だが、それはファルカオの策でもあり、沙也加の油断を生み出すためだけに発した言葉でもあった。


 あっさりと次の一手を軽やかに打つ。


「目的のものは奪取しました。さて引き上げますよ」


 ぶわりと翼を振って、ファルカオは宙に浮く。


 こうなってしまえば、如何に沙也加といえども手出しが出来ない。


 彼女は、自分の一瞬の躊躇が取り返しのつかない事態になってしまった事に今更ながらに気付く。


「ま、待ちなさい! アンちゃんを……! アンちゃんを返しなさい!」

「あぁ……」


 必死で叫ぶ沙也加を見下ろしながら、ファルカオは今更気が付いたかのように小さく言葉を紡ぐ。

 

「そうですね。五人ほど残ってこの建物を制圧しなさい。キルメヒアがいない今なら、それも容易でしょう。恐らく、戦うための戦力は殆ど外へ向けて出払っているはずですからね。それが成れば、後々のキルメヒアとの交渉もスムーズにいくでしょう」


 沙也加の言葉は交渉するに値しないとでも言うのか、堂々と無視したファルカオは上昇を続ける。


 そして、残念ながら、この場の兵の数が少ないのではないか、というファルカオの予想は当たっていた。


 有馬旅館の中に残っている戦闘可能な人間は、現状、沙也加ぐらいなもので、その沙也加にしても能力値では他の冒険者に大きく水をあけられているような状況だ。


 そして、沙也加の実力では敵の雑兵にすら致命傷を与えられないレベルなのである。


 それがたった五人とはいえ、魔族が残るという事は沙也加に交渉のチャンスが残らないという事に他ならない。


 だからこそ、ファルカオは彼女の訴えを無視したのである。


「では、突然の訪問失礼致しました」


 恭しく頭を垂れながら、ファルカオは翼をはためかせて、空高く舞い上がっていく。


 その腕には、ついに意識を失くしたのか、ぐったりとしたままのアンの姿があった。


 その姿を目で追いながら、沙也加はぐっと唇を噛む。


「アンちゃん……ッ!」


 悔しい思いを滲ませながらも、それでも沙也加は動けずにいた。


 何せ、彼女の目の前には武器を構えた有翼の魔族が五体も道を塞いでいたからだ。


 その統率は取れており、ただの雑兵ではない事を如実に示している。


 下手を打てば、沙也加だけでなく、後ろに居る浩助やベティ、リリィにも被害が及ぶのは明白。


 だからこそ、沙也加は迂闊な真似は出来ないと行動を自重――……。


「猫ちゃん、村正を!」


 ――しない。


 彼女は彼女の力で自分の道を切り開いていくタイプなのだ。


 こんな所で囚われの姫君よろしく助けを待つのなんて、真っ平ゴメンと言わんばかりである。


「こんな奴ら、叩き斬ってやる!」

《ニャ!? それは危険ですニャ! 水原様は完全属性耐性はあるものの、妖刀スキルはなかったはずですニャ! それだと、刀に意識を乗っ取られてしまうですニャ!》

「そんなもの気合で何とかするわよ!」

《気合で何とかできるレベルのものではないですニャ! 例え、村正でこのピンチを乗り越えたとしても、次には水原様が討たれる側へと回ってしまいますニャ!》

「じゃあ、どうしろっていうのよ!?」

「あ。……でしたら、私がやりましょうか?」


 降って湧いたような声に、沙也加は目を丸くする。


 その声の主は、一体いつからそこにいたのか。

 

 まるで気配を感じさせない足取りで廊下側……詰まるところの、魔族の背後から……姿を現していた。


「えーっと……。川端、棗ちゃんだったっけ……?」

「はい。余りに戦力にならないから、『旅館に戻っていいよ』と仲町先輩に(いとま)を出された川端棗です」


 ニッコリと、だが何故か薄ら寒く感じる笑顔で、棗はそこに佇んでいた。


 いや、薄ら寒く感じた理由はすぐに分かる。


(戦闘力が無いから帰されたって言うのに、魔族の直ぐ後ろに立つだなんて、危機感無さ過ぎじゃないの、この娘!?)


 沙也加が思わず息を飲む中で、有翼の魔族五体は一斉に棗へと振り返り――。


 ――その顔に向かって、棗は粉のようなものを投げつけていた。


「はい。終了です」


 粉が散乱し、それが魔族の体に染み込むのを見た後、棗は悠々と魔族の鼻先を抜けながら、意気揚々と浩助の傍へとやってくる。


 その傍らにはリリィもベティもいたのだが、そんな二人を歯牙に掛ける事もなく、彼女は存分に浩助の寝顔を満喫し始めていた。


 魔族の存在は完全無視である。


「はぁ~……、有馬先輩の寝顔素敵ですぅ~……」

「え、えぇっと……、川端さん? 今、何をやったの……?」


 沙也加が指差す先には、目を真っ赤に充血させて、まるで親の仇でも見るかのように棗を睨む、魔族たちの姿がある。


 だが、彼らが動くことはない。


 振り向こうとした姿勢のまま、まるで石化でもしてしまったかのように微動だにしないのだ。


 そんな魔族たちを目の前にしながら、沙也加は落ち着かない様子で現状を把握しようとする。


「さっきの粉に何か仕掛けがあったの?」

「痺れ薬ですよ、水原先輩。しかも、アスタロテさんお手製の濃い~奴です。ぶつけるだけで浸透するタイプですから、多分、あと一時間はそこの人たちは動けないと思いますよ? 後は煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ~。うへへ、有馬先輩の寝顔、カッワイ~♪」

「あ、ありがとう……?」

「あ、お気になさらず~。…………。……ちょ、ちょっとぐらいなら、味見しても良いかな?」


 何だか不穏な単語が聞こえてきた気もするが、それを無視して沙也加はねこしぇに頼んで頑丈そうなロープを取り出して貰う。


 それで、動けなくなった魔族を次々と縛り上げつつ、沙也加は横目でちらりと棗に視線を向ける。


 蕩けきった表情を浮かべる棗。


 その表情には、先程の何処か薄ら寒く感じるような気配はない。


(気の所為(せい)……? にしては、この状況で妙に落ち着き過ぎのような……?)


 不気味な物を感じる一方で、状況が好転したのも事実だ。


 そして、最悪な事態が起こってしまったのもまた事実――。


(アンちゃんが(さら)われた……)


 沙也加があの時、瞬時に動いた所で何かが出来たとも思えないが、それでもそれは覆しようのない事実である。


 もし、浩助が目を覚まして、その事を知ったら果たして何を言われるやら……。


 頭の痛い問題ではあるし、アンの事を心配していないわけでもない。


 それでも、沙也加はまだ絶望してはいなかった。


(敵はアンちゃんの身の受け渡しを要求してきていたのよ。恐らく何らかの利用目的があるんじゃないかしら……。多分、その利用目的が済むまではアンちゃんは無事なはず……。だから、それまでにアンちゃんを取り戻せば良い……)


 だが、それを行うには沙也加一人の力では足りない。


 有翼の魔族五体をふん縛った後で、沙也加は浩助の元へと赴く。


 その視線の前で、未だ滾々(こんこん)と眠り続ける浩助は何を思っているのか。


 その表情は何処か苦しそうに見えなくもない。


「……ぺ、ペロペロしちゃっても良いですよね? 有馬先輩?」

「まぁ、寝苦しさの原因はコレだとしても……」


 若干、額を押さえて呻く沙也加だが、その視線は浩助に注がれたままだ。


「……有馬。アンタ、普通の生活をするんでしょ? このままだと、その普通さえ難しくなっていくのかもしれないのよ? アンタの鍛えた力は――、育んだ力は――、こういった理不尽に打ち勝つために培ったものじゃないの……?」


 沙也加の口元が歪む。


 浩助が今までどういった信念の元に、どれだけの修練を積んできたのかは、彼女が一番良く知っている。


 馬鹿みたいに思えた特訓の中、浩助は何度も死に掛けた。


 それでも、特訓をやめる事はなかった。


 その力を育んだのは、一体何のためなのか?


 こういう時のためではないのか……?


 沙也加の表情が自然と悔しげに歪む。


「さっさと目覚めなさいよ……。このバカ……!」


 その言葉を聞いているのかいないのか、浩助は苦しげに表情を歪めながら大量の脂汗をかき始めるのであった。

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