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フラれて自暴自棄になっていたところを異世界召喚された結果がコレだよ!  作者: 荒薙裕也
第四章、新魔王争奪戦が開幕したと思ったら、俺の妹にそっくりな娘が狙われてブチ切れた結果がコレだよ!
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108、湖畔の町防衛戦29 side??? ~引継ぎ~

「……此処は何処でござるか?」


 ――夢の中のようなぼんやりとした意識のまま、田中則夫は覚醒する。


 うつらうつらと船を漕ぎ、まどろみの縁に足を突っ込んでいるような判然としない意識のまま、彼は見るともなしに周囲を眺めていた。


 彼の目に映るのは全てを飲み込んでしまいそうな漆黒の夜空と、それを押し退けて輝く様々な色をした星々だ。


 それらは、別の星の周りを回ったり、則夫の直ぐ横を駆け抜けたりと目まぐるしく動き、その存在を誇示しているかのようだ。


「……まるで、宇宙でござるな」

「――まぁ、そんなものじゃよ」


 何処からか声が返り、則夫はその声の方へと視線を向けていた。


 そこには、おかっぱ頭をした十歳程の少女と――。


 ――何故か、宇宙空間に浮かぶ、ちゃぶ台と座布団があった。


「よもや、あの条件をクリアする者がおるとはのぅ」

「…………」


 則夫は声を掛ける事もなく、ただじっと少女の動向を窺う。


 敵か、味方か、計りかねているというわけではない。


 単純にどう反応したら良いか分からなかったのだ。


「まぁ、良い。とりあえず、此方に来て座るが良い。今、茶を淹れてやろう。後、茶請けも用意してやろうかのう。何が良い? 妾は、このあんバタどら焼きなんかがオススメの一品なのじゃが……」


 せっせと湯呑みやら茶請けやらを出し始める少女に対し、則夫はどこか困ったように嘆息を吐き出す。


 兎にも角にも、彼にとっては見るのも来るのも初めての場所だ。


 その状況で、目の前には何やら訳知り顔の少女がいるのだから、話を聞かないわけにもいかないだろう。


「では、ザラメの菓子でも頂くでござるよ……」


 そう言って、則夫は座布団の上に座り込む。


 その様子を見て、目の前の少女――八界鎖那(やさかいさな)は嬉しそうに笑うのであった。


     ●


「駄目です! もうもちません! 柳田先輩退いて下さい! 此処はもう危ないですよ!?」


 飛んでくる炎の弾を飛び上がって躱しながら、千歳は涙目で叫ぶ。


 則夫が死亡して以降、湖畔の町の冒険者たちは前線を維持する事すら厳しくなっていた。


 アタッカーとして目覚ましい活躍をしていた龍一、中村コンビの一時的な離脱に加え、要処で相手の攻めの芽を潰していた則夫が戦闘不能――。


 そして、傷ついた仲間を癒やし、戦線を維持していた美優の混乱に加え、回復役としても一枚噛んでいた則夫の戦線離脱――。


 攻守に渡っての主力を失った田中隊の戦意の喪失は激しく、彼らは門前に土魔法によって堀と塀を作り、町中に篭っての戦闘を余儀なくされる事となっていた。


 そんな最中、壁際で則夫の頭を抱くように座っていた美優に対して、千歳は急かすようにして声を掛ける。


 土壁で出来た防衛網を破ろうと、魔族が間断なく攻撃を行っているのだ。


 こんな場所に居ては、いつ巻き込まれてもおかしくはないだろう。


 それを慮って、千歳は声を掛けたのだが、美優は白い顔のままに唇を震わせる。


「駄目……、ちーちゃん……、体から力が抜けて……、動けないよ……」

「そんな……!?」


 柳田美優が命の危機に瀕したのは何も今回が初めてではない。


 だというのに、今回ばかりは(おこり)のように体が震え、全身に力が入らない。


 親しき者の死――。


 それが、彼女に精神的な衝撃を与え、普段通りの振る舞いをさせないのか。


 ぶるぶると震える肩と同様に、惑う瞳で則夫の顔を見つめる。


「田中君が……、田中君が……、生き返らないの……。ちーちゃん……、私……。私、どうしたら良い……? 私……」

「と、とにかく、まずはここから避難しましょう! そして――、それからの事はそれから考えるんです!」


 千歳が美優の腕を取って立たせる。


 ずるずると則夫の死体までもが引き摺られているためか、美優の体が随分と重く感じられる。


 それでも、何とか生き延びようと千歳は奮闘する。


(此処で柳田先輩まで倒れちゃったら、本当にこの門の防衛戦は終わりだ……! 何とか小日向先輩の回復だけでもしてもらわないと……、私達、全員死んじゃう……!)


 千歳が奮闘する理由は、主にそれだ。


 ……自分が死にたくないから。


 だから、必死に頑張る。


 美優とは、この隊に配属されてからの知り合いだし、千歳にとってそこまで親しい間柄ではない。


 だが、千歳は聡いが故に、美優の回復能力がこの隊に無くてはならないものの一つであることに気付いてしまう。


 元来より、長いものには巻かれろ、寄らば大樹の陰といった言葉を信条とする千歳だ。


 彼女は自分が死なないためにも、戦線を維持するためにも、美優が動きやすい環境を精一杯整えたつもりであった。


 そして、現在――、美優が使い物にならなくなってしまっていても、彼女さえ復帰してくれれば、前線の押し上げは可能であると千歳は考えている。


 だからこそ、彼女は美優に親身になって接するのだ。


 彼女がこの場のキーマンであることを信じて――。


(柳田先輩が立ち直ってくれれば、まだ戦線はもたせられる……! そうすれば、援軍だってきっと……!)


 だが、そんな千歳の願いを嘲笑うかのように、冒険者たちの悲痛な声が辺りに響く。


「駄目だ! 相手の攻撃が激しすぎる! もう無理だ! 壁が崩れるぞ……ッ!」

「ど、ど、どうするんだよッ!?」

「やるしかねぇだろ! 覚悟を決めろ!」

「くそったれ! 死んだら恨むからな! オタナカ!」


 あえて、死人に鞭を打つような発言をしたのは、則夫の弔い合戦を意識する事で士気を上げる目的があったからか。


 少なくとも近くで聞いていた冒険者たちの目には、気力が漲ったようにみえる。


 武器を握る手に力を込め、ゆっくりと呼吸を落ち着ける冒険者たち――。


 その様子を見た千歳は、顔に絶望の色を浮かべる。


(そんなの、ただの自殺行為じゃない……!? 駄目だよ、もっと……! もっと粘らないと……!)


 蒼褪めた表情をした千歳が、その事を言おうとして口を開きかけた瞬間――。


 ――太陽が翳った。


     ●


 ……日を遮るようにして、空に雲でも掛かったのだろうか?


 見上げるようにして、空に視線を向けた冒険者たちが熱に浮かされたように次々と立ち上がる。


「何だよ、あれは……」


 じわりと晴天を喰うかのようにして侵食していく、黒い霧――。


 それが、辺り一帯の天候を塗り替えるようにして、一瞬で疑似的な夜の世界を作り出す。


 夜といえば、魔族や魔物が活性化する時間帯である。


 冒険者たちは、その事実に驚き、また絶望を覚える。


 脳裏に浮かぶのは魔族たちによる、冒険者たちが知らないような未知の攻撃。


 そんな得体の知れない攻撃が為されたのかと戦々恐々としていたのだが――。


「……良く頑張ってくれたな、皆」


 闇色をした霧の紗が、次々と姿を変えては狼となり、蝙蝠となり、鼠となり、虫となり、その空間を満たしていく。


 それら、闇色を写し取った生物の全てが、主人に対して頭を垂れて恭しく控える姿はB級映画よりも滑稽であり、見るものが見れば笑ってしまうのではないかと思う程であった。


 そんな闇の獣たちが割れて、確かな道ができる。


 そんな中を、金髪を悠然と揺らしながら歩く存在がいた。


 誰もが振り向いてしまうようなナイスバディに、『絶世の』という言葉が否応なしに当てはまる美形。


 夜のような暗い帳の中だというのに、月明かりに照らされているかのような煌めきを放ちながら、吸血鬼の真祖(オリジナル)は闊歩していた。


(湖畔の町の門を塞ぐ土壁が崩れるのは時間の問題か……。戦線を支えてくれた冒険者たちも数を減らし、満身創痍の者も多いようだな……。そして……)


 今や動かぬ者となった男を抱き、重い体を引きずる美優の姿――。


 キルメヒアは一瞬だけ足を止めると、美優へと近付く。


 瞬間、異常に発達した犬歯をちらりと露わにしたところで、彼女は軽く首を振っていた。


 ……今は一人でも有能な兵が欲しい時だ。


 だが、それでも、この町を守るために死んでいった者に対する冒涜は気が進まない。


 そもそも、例え則夫を『吸血』したところで、吸血鬼として甦る保証はないのだ。


 ならば、今は死を悼み――、やるべき事に注力するべきだと彼女は判断する。


「ミウ、タナーカを連れて退がるんだ。此処はすぐに戦場になる」

「わ、分かりましたけど……、キルメヒアさんは……?」

「ちょっと野暮用をね……」


 キルメヒアが肩を竦めるとほぼ同時、湖畔の町の門を守っていた土壁が四散する。


 それを待っていましたとばかりに、雪崩込んでくる無数の魔族たち。


 パッと見だけでも三十は飛び込んできただろうか?


 だが、そんな魔族たちに反応するかのように、闇の獣たちは一斉に動き出し、魔族たちの肉を喰らい、骨を齧り、臓腑を貪ることで、魔族たちの侵攻を止める。


 そこかしこで悲痛な叫び声が上がり、魔族たちが怨嗟と怒号を上げるのを、冒険者たちはただただ黙って聞くしかない。


 やがて、魔族たちの悲鳴が一段落したところで、キルメヒアは鈴の音のように良く通る声でポツリと零していた。


「……あぁ、そうだ。冒険者諸君は今のように防衛ラインを下げて対応してくれたまえ。後は――」


 キルメヒアの歩幅が徐々に大きくなり、気付いた時には彼女の姿は疾風と化す。


 疾風と化した彼女は迷うこと無く、湖畔の町の門前へ――。


 次の瞬間には仲間の異変をいち早く察し、足を止めていた魔族の群れが宙へと吹き飛んでいた。


 まるで、大砲でも撃ち込まれたかのような、圧倒的な質量の突撃。


 キルメヒアが涼しい顔で湖畔の町の門前に立った時、多くの魔族が空から降って地面に叩き付けられるのが見えた。


 そんな惨状を涼しい顔で見て、彼女は一言――。


「――私が引き継ごう」


 ――そう続けるのであった。

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