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フラれて自暴自棄になっていたところを異世界召喚された結果がコレだよ!  作者: 荒薙裕也
第四章、新魔王争奪戦が開幕したと思ったら、俺の妹にそっくりな娘が狙われてブチ切れた結果がコレだよ!
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107、湖畔の町防衛戦28 side則夫 ~致命的失策~

 則夫が()せた瞬間を狙ったようにして、麗華の拳が深々と則夫の腹部に突き刺さる。


 頑強なはずの水龍の鱗の帷子(かたびら)が砕け、則夫はその痛みに思わず(まなじり)に涙を溜めていた。


(最悪のタイミングでござる……)

「あははははっ! 飛びなよぉっ!」


 その細腕のどこにそんな力があるというのか。


 麗華の腕の一振りで、則夫の体は大風に舞う木の葉のように錐揉みしながら地面を跳ねる。


 口の中に鉄の味が広がり、前後不覚の状態でありながらも則夫は冷静に視界の隅に意識を集中する。


(HPの三分の二程が持っていかれたでござるか……)


 中位スキルであるところの【スキル】狂気――。


 このスキルの特徴は、発動と同時にステータスに倍率が掛かり、能力が飛躍的に上昇することにある。


 だが、その強力な効果の代償として、一部のステータスが大幅に下がるというデメリットもあるのだ。


 具体的に言うならば、現在、則夫の防御力は恐ろしく下がっている。


 故に、発動する際には、相手に攻撃を許さず、こちらから一方的に攻撃しなければならない。


 受けに回った瞬間に、途端に不利になるのは目に見えているからである。


(防御力が下がったところを殴られたせいで、思い切りHPが下がったでござるな。とはいえ、狂速も発動したでござるし、拙者には回復魔法もあるでござる。ここで、慌てる必要など何処にも……)


 転がる勢いのまま、則夫は慣性を活かしてのんびりと立ち上がろうとする――。


 ――が、次の瞬間には、弾かれたようにその場を飛び退いていた。


 則夫の鼻先十センチの所を麗華の白い脚が轟音と共に過ぎ去っていくのが見えた。


 一体、いつ追いついたというのか?


 美脚から繰り出された麗華のサッカーボールキックを慌てて避けながら、則夫は即座に体勢を立て直す。


(【スキル】狂気Lv5で覚えられる狂速のスキルで、拙者の速度は一.六倍にまで引き上がっているはずでござる……。それなのに、今の動きは……)


 嫌な思いを捨て去るように、則夫は転げた慣性を殺して、即座に麗華に斬りかかる。


 面打ちから変化しての右薙ぎ。


 その急激な変化は、則夫の速度についてこれない者であれば、即座に胴を分断されていたことであろう。


「ははっ! やるじゃないのさ!」


 だが、麗華は肘と膝で挟み込むようにして則夫の刀を受けると、そのまま力任せに刀身をへし折っていた。


(やはり、拙者の速度に追いついているでござるか……、厄介――ゴホッ! ケホッ!)


 則夫は使えなくなった刀の柄を即座に麗華に投げつけると、小さく咳込みながら後ろに下がる。


 龍一と出会ったことによる精神性の喘息が未だ治まっていない。


 全力で戦うには、一端、呼吸を落ち着ける必要があった。


 だが、そんな事情などお構いなしとばかりに――


「逃がさないよ! 折角見つけた喧嘩相手だ! アタシとヨロシクやろうじゃないさぁ!」


 ――麗華の手が伸び、則夫の帷子を掴む。


 そのまま力任せに則夫を大地に叩き付けようとしているのを察して、則夫は咄嗟に帷子を固定していた留め金を外す。


 瞬間、海老の脱皮のようにずるりと則夫の帷子が脱げ、麗華の体勢が大きく崩れる。


 そこが好機とばかりに、則夫は両手に光剣を作り出すと、叩き付けるようにして麗華の両肩口に一撃を加える。


 普段なら、それで勝負がつくであろう一撃――。


 だが、則夫の手に返ってきたのは思った以上に硬く、重い感触であった。


(硬い……!? 見た目通りの相手とは思っていなかったでござるが、これは……!?)

「ははっ! やるじゃあないか! かすり傷とはいえ、アタシに傷を付けるなんてね! だが、それじゃあ満点はあげられないねぇ!」

「ゴホッ……、ならば、追試でござるな――、【憤怒】【憎悪】ッ!」


 則夫の攻撃力と魔法攻撃力が一瞬で六倍にまで膨れ上がり、じわりと血の滲んでいた麗華の両肩を切断する。


 どすんっと重々しい音を立てて、麗華の両腕が地面に落ちるのと、滝のような血液が大地に散らされたのでは、どちらが早かったであろうか。


 驚いた表情を見せる麗華を前にして、則夫は無慈悲な――いや、憎悪に歪んだ視線を向ける。


「トドメデゴザル……!」


 憤怒のスキルはその圧倒的な攻撃力の上昇効果と引き換えに、使用者の知性を著しく低下させる。


 それは、知能の低下というよりも、昏い情念に囚われてしまうが故の視野狭窄に近いのだろう。


 事実、則夫は胸の内から溢れ出てくる怒りの本流に囚われたまま、麗華に一撃を加えようとして――。


「良いね。及第点だよ。でも、満点は上げられないかな?」


 ――次の瞬間、ばね仕掛けの人形のように則夫の頭が跳ね上がる。


 僅かな隙間を縫って放たれた、麗華の膝蹴り。


 それが、則夫の顎を潰し、彼の頭蓋に皹を入れたのだ。


 その一撃に、普段の則夫であったのであれば、距離を取って回復魔法を使っていたことだろう。


 だが、駄目だ。


 彼は、つい先ほど憎悪のスキルを使用したばかりなのだ。


 そのスキルの効果時間が解けない限り、彼は冷静な判断ができない。


「――――ッ!」


 顎を潰されて、ろくに声も出ないままに則夫は雄叫びを上げて、麗華に向かって斬りかかる。


 それは、麗華の胸元を浅く切り裂きはするものの……、それだけだ。


 間合いを読み違える事無く放たれた麗華の左足が、則夫のこめかみを正確に打ち抜く。


 則夫が魔族を巻き込んで派手に吹き飛ぶのを見やりながら、麗華は足で器用に自分の片腕を蹴り上げると落下してくる腕の切断面に、自身の肩の切断面を合わせてみせていた。


「よっ、と……。ちょっと違和感があるかな?」


 たったそれだけの事で、麗華の右腕はいとも簡単に元の機能を取り戻し――、次いで右腕で拾い上げた左腕も元の機能を取り戻すよう『接着』する。


「鋼鉄にも勝る鬼の皮膚を切り裂いて腕を落としたのは評価できるけど、アタシらは生命力も人並み外れててねぇ。これぐらいの傷なら簡単に治っちまうんだよ。だから、満点は上げられないねぇ。それに……」


 魔族の軍勢を細切れにしながら、則夫が獣の如くに麗華に突進してくる。


 その速さは、まるで弾丸もかくやだ。


 則夫は手に持った二本の光剣を麗華に叩き付けようとして――。


 ――直後に、音が弾ける。


「鬼を前にして、思考能力を捨てて掛かってくるなんて、自殺行為も良いところだと思わないのかねぇ?」


 両の手で挟み込むようにして、則夫の頭部を受け止めた麗華。


 その瞬間に、則夫の鼓膜は破壊され、三半規管にダメージを負ったのか、ふらふらと足元をよろけさせる。


 だが、則夫は我を忘れてしまったかのように止まらない。


 ふらつく足取りのままに、麗華の脾腹を刺し――。


「だからさぁ~、鬼にその程度の攻撃は効かないんだってさぁ~」


 ――ズドンっと決して軽くはない音が響き、則夫の背が震える。


 深々と則夫の腹部に刺さった拳は、一瞬で則夫の腹を貫通し、背中へと突き抜けていた。


 ぼたぼたと則夫の血が腕を伝って落ちてくるのを嫌うかのように、麗華は無造作に則夫の体を湖畔の町の門近くへと投げ捨てる。


 湖畔の町の門近くで絹を裂くような悲鳴と、派手な土煙が舞い上がったのは直後の事だ。


「やれやれ、もうちょっとできる相手だと思ったんだけどねぇ……。期待外れだったねぇ……。まぁ、いいさね! これで、ここでの仕事は終わり! 後は――」

「テメェ! オタナカをよくもぉぉぉぉ――ッ!」


 風で出来た不可視の剣が、麗華の首筋に叩き付けられる。


 だが、その刃が麗華の首を切断することはない。


 ダメージを受けた様子も見えない麗華はその攻撃を放った相手に睨みをきかす。


「へぇ? この場で一番強い奴を殺ったっていうのに、逃げないなんてねぇ?」


 愉しそうに唇を吊り上げる麗華は、襲い掛かってきた龍一の胸を打つ。


 それだけで、龍一は口から血反吐を吐き出しながら、大地を転がっていた。


「ガッ――……!? く……、くそがぁ……ッ!」

「おーい、全軍に告ぐ~。この男の子は殺しちゃ駄目だぞ~。こういう反骨心のある奴が、後々良い喧嘩相手に育つんだ!」


 どこか嬉しそうにそう言葉を漏らす麗華だが、その眼光は獲物を狙う肉食獣のように細められていた。


 龍一を慌てて抱き起こそうとしていた中村は、その眼光に思わず身を竦ませる。


 それでも、勇気を振り絞って、龍一と共にこの場を脱出しようとする辺り、彼もただの凡夫というわけではないのだろう。


 そんな二人を取り囲むようにして、魔族が包囲網を敷こうとするが、そんな魔族たちの動きを、一瞥だけで崩し、麗華はニヤリと意味ありげな笑みを浮かべてみせていた。


「テメェ……、ゲホッ……、絶対に……、コロス……ッ!」

「あはははっ! いいねぇ! その殺気! そのそよ風みたいなのが、どこまで成長するのか楽しみだ! アンタら、コイツらには手を出すんじゃないよ! これはアタシのお楽しみだからね!」

「コイツ……!」

「龍一……、いいから今は退くぞ……!」


 憤りを露わにする龍一に肩を貸しながら、中村は魔族の包囲網にできた穴を抜けて、湖畔の町方面へと足を向ける。


 その様子を満足そうに見守りながら、麗華は自分の部下たちに向かって何処か愉しそうに指示を下していた。


「さぁて、最大の障害は排除したよ! 後は、銘々思う存分に蹂躙しなッ!」

『『『ヘイッ! 姉御!』』』


 魔族たちは心を弾ませながら、進軍を開始する。


 その先に待つ、虐殺と凄惨な光景に思いを馳せながら……。


     ●


「柳田先輩! 田中先輩が……、田中先輩が……ッ!」

「分かってる……、分かってるよ……。ちーちゃんは本部に連絡して戦力の補充を頼んで……。私は……、田中君を何とかしてみるから……」

「何とかって……」


 ぎょっとしたように、ちーちゃんこと、二年の三井千歳(みついちとせ)は目を剥く。


 湖畔の町の門前にまで飛ばされてきた則夫の腹部には大きな穴が開き、その先の地面すらも見通せる程の傷跡が残っていた。


 既に、血液は出し切ったのか、傷口からは驚くほどに出血が少なく、則夫自身の顔色も青色を通り越して土気色にまで達してしまっている。


 そして、何よりも、則夫は既に呼吸をしていない。


 千歳から見たら、その姿は完全に――……。


「有馬君から習った応急処置で傷口を塞いで……。琴美ちゃんからもらった回復薬で……」


 そんな則夫の傍らに座る美優の顔も、死人のように青白い色をしている。


 がたがたと震える体を押さえつけるかの如く、やるべきことを言葉として繰り返し吐き出す。


 それは、一縷の望みを繋ぐというよりも、まるで自分自身に言い聞かせているように、千歳には聞こえていた。


「大丈夫……、大丈夫……、田中君は死なない……。絶対に死なない……。だって、田中君は美優に見てろって言ったんだもん……。こんな所で死なない……。死ぬはずがない……」


 一つ間違えれば、恐慌(パニック)を来たしそうな美優に不安げな視線を向けながらも千歳は念話で本部に連絡を取る。


 事態は一刻を争う。


 戦闘開始より二時間半――。


 今、湖畔の町はこの日一番の窮地に立たされようとしていた。


     ●


「――田中隊より伝令です! 八大守護の田中則夫が死亡! 魔族の猛攻激しく、防衛網の突破は時間の問題です!」

「え……? タナーカが……、死んだ……?」


 その訃報を有馬旅館の一室で聞いたキルメヒアは、全身の力が抜けてしまったかのようにどさりと座布団の上に座り込む。


 その急な報告は、あまりに現実感に乏しく、その事実を認識するのに時間を要した程だ。


「代表! 田中隊から援軍要請が来ていますが、如何致しましょう!?」


 だが、呆けていたのは一瞬のことだ。


 思考の混乱はあったものの、そればかりにかまけてはいられないとばかりに、キルメヒアは一瞬で瞳に力を入れて立ち上がる。


「各門で守りを固める八大守護に余剰戦力の確認を!」


 混乱する頭でありながらも、その指示は迅速で的確だ。


 腐っても魔界四天王の一人、といったところだろう。


 場数だけなら、多くを踏んでいる。


 だから、動揺しようとも行動を示すことができる。


「――鈴木隊、余力ありません! むしろ、増援を求めています!」

「――洛隊、現在、鈴木隊に合流するため、移動中!」

「ならば、ルゥ隊にはスズーキ隊の援護をさせるのだ!」

「「はい!」」

「――ウエンディ隊も余剰戦力ゼロ! 防衛戦で手一杯だそうです!」

「――伊角隊、アスタロテ隊は健在! 戦力として向かわせられますが、田中隊の位置までは遠く、少し時間が掛かります!」

「――国崎隊は……、本人が行くと言っていますが……」

「友が死んで、冷静になれないままの男を戦場に投入できるわけがないだろう! アスタロテ隊、イスーミ隊に門を防衛するだけの最低戦力を残し、タナーカ隊の援護に回るよう指示をするのだ! また、ケイージ隊には門の死守を命じたまえ!」

「「はいっ!」」

「――仲町隊は人数的にも援軍に向かうのは難しいかと……」

「分かった! そのまま待機だ!」

「はい!」


 手早く指示を飛ばしたキルメヒアは、そのままスーツの襟元を正す。


 少し首元が絞まったような気がして、なんとなく嫌な思いを覚える。


「…………。……ふぅ、キタヤーマ殿に連絡を取れるかね?」

「大丈夫ですけど、用件は如何致しましょう?」

「……タナーカ隊の受け持ち門まで来るように、と言っておいてくれたまえ」


 尋ねるオペレーターに対し、キルメヒアは特に気負うこともなく言い放つ。


「で、ですが、北山先生からの報告では、まだ魔力の回復が終わっていないようですが……!?」


 その言葉にオペレーターはぎょっとしたように慌てて言い返す。


 北山は湖畔の町の切り札ではあるが、積極的に切るべき札でもない。


 言うなれば、再装填に時間の掛かる戦略兵器なのだ。


 ここぞという時の見極めを間違えれば取り返しのつかない事になることが容易に想像できる。


 だからこそ、オペレーターも思わず口を挟んだのだろうが、キルメヒアは大丈夫だ、とばかりに笑みを刻んでみせる。


「別にキタヤーマを酷使するわけではないさ。万が一のための保険だよ。タナーカが敗れる程の相手だからね」


 そこでキルメヒアはスーツの上着を脱ぐと、ばさりと足元まで覆うようなマントへと変形させ、肩に掛ける。


 それは、今までのスーツ姿とは出で立ちを異にしていた。


 どこか乱暴な雰囲気を纏う姿は彼女にとっての戦装束なのだろう。


 やけにその姿は堂に入っている。


「まさか……!?」

「あぁ――」


 キルメヒアはゆっくりと司令室を後にする。


 現有戦力で対処し切れない事態が起きた場合に、対処に向かうのが遊撃戦力だ。


 ……此処で出ずして、何時(いつ)出るというのか?


「――キルメヒア、出陣()るぞ!」


 彼女は雄々しくもそう叫ぶと、田中隊が守る門へと向かうのであった。

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