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フラれて自暴自棄になっていたところを異世界召喚された結果がコレだよ!  作者: 荒薙裕也
第四章、新魔王争奪戦が開幕したと思ったら、俺の妹にそっくりな娘が狙われてブチ切れた結果がコレだよ!
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105、湖畔の町防衛戦26 side慶次 ~いつもの癖~

 ラーメン――。


 その歴史を辿れば、古くよりアジア圏で食されていた手延べ麺がルーツとなる。


 その手延べ麺がスープに浸され、中華麺の形状を取った後に日本に伝来したのが江戸時代……。


 記録に残る限りでは、最初に食したのは水戸光圀だとされている。


 そんな料理が庶民に近しいものとなるのには、暫くの時間を要し――。


 現在、ラーメンは日本でも最も手軽で、美味い、庶民の文化の象徴とでも言うべき地位を確立していた。


 当然、庶民に親しまれる文化であるからして、その裾野は多岐に渡っている。


 醤油、味噌、塩、豚骨の四種の味は定番として親しまれているのは当然として、担々麺や酸辣麺、白湯麺やら、果ては冷やしラーメンといったモノもある。


 また、ラーメンという枠に同列に扱うべきか悩むような、つけ麺や、油麺、冷麺などの種類もあり、地域によっても喜多方やら、沖縄そばやら、サンマー麺だのが存在している。


 そんな誰も彼もが楽しめ、評論家になってしまうような大衆の味――ラーメン。


 それに真面目に取り組み、将来ビッグになってやろうと画策する男が一人いた。


 国崎慶次――その人である。


 彼の得意とするのは、魚介系醤油と呼ばれるラーメンであり、醤油味のラーメンをベースに強い魚介の風味が後味を引くのが特徴のラーメンであった。


 特にふんだんに魚粉を使ったラーメンの味は、強烈なインパクトがあり、通常の醤油ラーメンに慣れた者が食べると、そのパンチの効いた味に目を白黒とさせることだろう。


 だが、その味は強烈というだけでなく、仄かな甘味と辛味と香ばしさが混じり合い、実に食欲をそそる、インパクトの強い味となっていることは特筆せねばなるまい。


 そんな慶次が湖畔の町を守るためにやっていること、それは……。


「叉焼、麺マシマシお待ちッ! 次いで、マシマシ濃いめ! マシマシ普通! マシマシ濃いめ! ――お待ち!」

『んっほ~! コレコレ~! この飾り気のない茶色の麺とスープ。まさに、漢の料理って感じだぜ~! ハフハフ……。ズズッ……。――デラウマ~ッ!』


 魔族の一人がスープに口を付けるなり、そんな叫び声を上げる。


 店としては、周りの客に迷惑が掛かる行為なのだが、それを咎める者はいない。


 屋台のラーメン屋にそこまで『品』を求めるものでもないという判断なのだろう。


 慶次は黙って、注文のあったラーメンを作り続ける。


「おかしいッスよ……。こんなの絶対おかしいッスよ……」

『おかしいんじゃなくて、美味しいですよ、琴美さん?』

「敵であるはずの十二柱将がこんな事言ってるッスし! 助けて下さいッスよ~! 国崎先輩~ッ!」

「……泣き言いってる暇があるなら、手を動かせ。あと、二十ロットは()かないといけないからな。注文取って、水配って来い」

「琴美は、国崎先輩からのSOSを受けて、此処に来たはずなのに~!? 何故か、給仕扱いっておかしいじゃないッスか!?」

「……お前も飲食店をやっているんだ。客の扱いは慣れたものだと思って呼んだんだが? それに、俺同様に翻訳スキルも持ってるしな」

「琴美は、国崎先輩が『戦闘で』ピンチになっていると聞いてやってきたつもりだったッスんけど!? その様子全然ないじゃないッスか!?」

「……戦闘で、とは言ってねぇぞ。手が足りないから助けてくれって言っただけだ。……後、かき入れ時は戦場みたいなもんだろ」

「どうして、こうなったッスか!? 琴美にはサッパリッスよ!?」


 そう言って、琴美が見渡す湖畔の町の門前では多くの魔族と湖畔の町に住んでいる狼人たちが倒れている。


 ――とはいっても、彼らは決して血みどろというわけではない。


 皆、腹を抱えて、満足そうな顔をして、満腹で倒れているのである。


「その辺、どーなんスか!? 十二柱将のアイリーンさん!?」

『えぇっと、美味しいですよね? らあめん?』

「そんな事は聞いてないッス!?」

『ネーチャン、注文いいかい?』

「あ、はい。ただいまッス~」


 屋台の隣に設置された拡張用のテーブルから声が届き、美丘琴美は『空』のコップを持って、屋台の厨房を後にする。


 恐らくは、コップを置いた後、水魔法で飲料水を生成するつもりなのだろう。


(便利なものだな。魔法ってのは……)


 そんな事を考えながら、慶次は麺を茹でる時間に集中していく。


 美味いラーメンを作るには、出汁や素材に拘るのは勿論だが、麺の茹で加減……コレに神経を注がなければならない。


 特に、慶次は麺を茹でる際には基本の茹で時間から、気候や気温、湿度などを考慮してベストなタイミングを割り出すようにしている。


 ここが勝負所とばかりに過敏になるのも無理からぬ話なのだ。


 そんな慶次の様子を好ましく見つめるのは、軍服らしき制服を着た黒髪の美少女だ。


 彼女は何が楽しいのか、屋台の一角に陣取り、懸命にラーメンを作り続ける慶次を見ている。


「……アンタ、魔族の偉いさんなんだろ? いいのか、俺を攻撃しなくて?」


 そんな少女――アイリーンに視線を向けることもなく、慶次は問う。


『えぇっと、一応、そういうことになっていますけど……』

『一応じゃねぇッスよ、お嬢! お嬢は十二柱将の一人ッスから! 上から数えた方が早いぐらいの地位なんスから! もうちょっと自覚持って下せぇ!』


 慶次から出されたラーメンを忙しなく味わいながら、アイリーンの隣に座る河馬のような魔族がそう言う。


 屋台に備え付けの割り箸を上手に扱う様子は、ずんぐりした体躯に似合わず、随分と器用なようだ。


 慶次は次のロットの準備を着々と進めながら、場合によっては替え玉もあるのではないかと予想する。


『そ、そう言われましても、私も好きで十二柱将になったわけじゃないですし……。お父様は戦えと仰られるでしょうけど……、私は……』


 小声で、そんなに戦うのが好きじゃないですし、とアイリーンは付け加える。


 そんなアイリーンの様子を見守る部下の目は優しい。


 麺を鍋から上げながら、さっと用意した丼にスープと出汁を合わせて、麺を沈めていく慶次は、意外そうに口を挟む。


「アンタの部下はそれを認めているのか?」

『そりゃ、お嬢の言う事だから、従うしかないだろ。……ただ、お嬢のことは最初から認めてたわけじゃねーぞ? お嬢が十二柱将として、俺達の隊に赴任してきた時は、そりゃあ世間知らずのお嬢ちゃんって感じで、俺達はひたすら反発したもんだ』

『? そうでしたっけ?』


 そら惚けているのか、それとも本気で忘れているのか、アイリーンの反応は薄い。


 その様子を横目で見ながら、河馬の魔族は語る。


『嫌がらせも随分したんだが、この通りの性格でな。ゴーイングマイウェイというか、あっけらかんとしているというか。全然気にしねぇのよ。その辺は、先代の十二柱将とそっくりだった。そのくせ、戦闘センスに関しては先代以上にとんでもねぇし……。納得しねぇとやってられねぇもんが色々とあったんだよ……』


 トッピングを手早く乗せていく慶次を前に、河馬の魔族がそんな事を愚痴る。


 周りにいる魔族も同意だとばかりに、食べながらうんうんと頷く。


 何やら、彼らの間では色々とアイリーンとの関係でいざこざがあったらしい。


 慶次も聞くともなしに聞いてみると、どうやら、アイリーンは先代十二柱将の娘らしく、部下の魔族たちも『どうせ親の七光りで収まったのだろう』と最初は反発していたらしい。


 ところが、蓋を開けてみたら、世間知らずな性格とは裏腹に、戦闘能力は馬鹿みたいに高く、頭も回り、更には軍の指揮までそつなくこなすというハイスペックぶり。


 特に、彼女の指揮によって死地を乗り越えたことは一度や二度ではきかないという。


 いつしか彼女のことを悪く言う者は居なくなり、今では皆、彼女の同調者(シンパ)なのだという。


 ちなみに、その先代十二柱将が女性であり、相手がベリアルだという事からも、彼女のハイスペックぶりが分かろうというものである。


「……へい、魚介醤油並お待ち。……美丘。テーブルのお客さんにも運んでやってくれ」


 そんな話を聞きながらも、手だけは動かしていた慶次は上がった丼を次々と並べていく。


「了解ッス! あ、それと次のロットのお客さんの注文ッス!」


 手早く丼を取りに戻ってきた琴美は、慶次の傍らに注文の書かれた伝票を置いて、慌ただしく駆けていく。


 麺が伸びないように、手際の良い配膳を心がけているのだろう。


 その心遣いに感謝しながら、慶次はさっと伝票に目を通していた。


(並七、大一、叉焼大二……。大三つを先に作って、次に並七だな。それで、捌けの時間が丁度良くなるはずだ)


 客捌けの時間まで計算して作る順番を決めながら、慶次は収納スキルより手打ち麺の束を取り出して、麺をバラしながらお湯に投入していく。


「……美丘。注文終わったら洗い物頼む。食器が足りねぇ」

「了解ッス! 喫茶店で磨かれた皿洗いテクを見せてやるッスよ!」


 慶次は屋台の方で注文を待っていた相手に丼を手渡しながら、少しだけ外の状況を確認する。


 まだまだ外には慶次の屋台に並ぶ魔族や狼人の姿が見える。


 ……彼らは魔族、狼人の垣根を越えて、いつの間にか客へと成り下がってしまっていた。


 そのきっかけを作ったのはアイリーンだ。


 いや、元を正せば慶次がいけないのかもしれない。


(戦争をやる前に、つい『いつもの癖』で屋台を開いちまった……。そしたら、いつの間にか、客が座ってたから、ついラーメンを作って出しちまった……。それでこの有様だからな……)


 戦場で対峙した瞬間、いつもの癖で屋台を開いてしまった慶次も慶次なのだが、その匂いに釣られてふらふらとやってきたアイリーンもアイリーンなのである。


 彼女は迷いなく慶次にラーメンを頼むと、毒や罠を心配する魔族の静止の声を振り切って、そのラーメンを貪るように食べた。


 その様子は、普段の彼女の様子を知る魔族たちにとっても初めての光景であり、そして何よりも食べ終わった後の彼女の表情ときたら……。


 その直後に、彼女の口から出たのは停戦命令である。


 ある意味、慶次のラーメンの味に屈した形ではあった。


 余程、美味かったのか、それとも殺すのは惜しいと感じたのかは分からない。


 だが、慶次にとっての本当の戦場はここからであった。


 十二柱将すら屈服させる味――。


 それが如何ほどのものかと、興味を持った魔族たちが並び始め――。


 ……結果、絶賛する。


 それを見ていた、慶次が率いていた狼人の部隊も『その人の味を見出したのは俺たちが先だ』と並び始め、今では魔族と狼人によって長蛇の列が出来ている。

 

(……こいつらを捌けなければ、ラーメン屋として負けだ)


 つまり、慶次の戦闘の方向性は、いつしか暴力的なものから、労働的なものへと変わっていたのであった。


 ――割と過酷な感じで。


『というわけで、お嬢が攻撃しないって決めたなら、俺達は攻撃しない。これまでだってお嬢の采配で生き残ってこれたんだ。これからだって変わらんさ。……あ、替え玉って頼めるか?』

「へいよ。追加料金一ゴルモアだ」

『そんな安くて商売が成り立ってるのか不安になるな。追加でいくばくか出そうか?』

「……気持ちだけで十分だ。味わって食ってくれれば文句はねぇよ」


 無欲な事で、と河馬の魔族は銀貨を取り出しながら肩を竦める。


 やはり、この戦場ではアイリーンのお蔭もあってか、血で血を洗うような地獄絵図にはなっていない。


 それは、望ましい事ではあるのだが、慶次は少し落ち着かなかった。


 アイリーンが何故仕掛けて来ないのか、理由にピンときていないからだ。


 ……ラーメンが美味かったから、攻撃を仕掛けてこない?


 ……その作り手を失うのが惜しいから?


 ……そんな理由だけで、停戦命令を出すほど、魔族というものは甘いものなのか?


 ……それとも、アイリーンという魔族が特殊なのか?


 慶次は腑に落ちないまま、替え玉を湯がき始め、抱いた疑問をストレートにぶつける。


「……連中はあぁ言っているみたいだが、アンタはどういうつもりで戦いを仕掛けてこねぇんだ?」

『そ、それは申し上げないと駄目でしょうか……?』


 上目遣いで尋ね返すアイリーン。


 現状、こうなってしまっている理由については慶次としては大分興味がある。


 なので、慶次は続きを促す。


「すまねぇが教えてくれねぇか? こっちも状況が理解出来ねえままにラーメン作ってるってのもスッキリしねぇしな」

「……そんな状態でロット回してたんスか、国崎先輩?」

「客の選り好みはしねぇのが、俺のモットーだ」

「そこは、もっとしましょうよ!? そして、もっと状況に興味持って下さいよ!」


 琴美の言葉に肩を竦めながら、慶次は次々と丼を用意していく。


 その後ろでは琴美がせっせと水魔法で皿洗いを行っていた。


 口を動かしながら、手も動かす。


 両者共になかなか働き慣れているようではあった。


「だから、こうして聞いてるんじゃねえか。なあ?」

『そ、そうですね……』


 そう答えるアイリーンの頬が若干赤く染まるのを見て、琴美は「おや?」と思う。


 そのキラキラとした表情を見る限りでは、魔族というよりも――。


(……まぁ、まさかッスよね)


 ――恋する乙女のような表情だと思ったのは、気のせいだと思って胸の内にしまい込む。


『その……、一目で……、惚れて……、しまった……、ので……』

「無いでしょッス!?」


 だが、その思いはすぐに琴美の胸の奥底から取り出されて放り出されてしまった。


 思わず声を荒げる琴美だが、慶次はさもありなんと頷き――。


「……そうか」


 ――と平然と言い放つに留まった。


 それこそ、あまりの泰然自若ぶりに琴美の方が目を白黒とさせる程だ。


「く、国崎先輩……?」


 琴美がその真意を尋ねるよりも早く――。


『オゥ、コラ、店主……ッ!? ちょいと表出んかい……ッ!?』


 ――殺気をムンムンと滾らせながら、魔族たちからそんな声が飛ぶのであった。

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