102、湖畔の町防衛戦23 side則夫 ~前線の善戦~
「誰だよ! 総合能力B+だから何とかなりそうだとか言った奴は! 殴ってやりてぇ!」
「お前だよ! お前! っていうか、中村、足元気をつけろ! 蛇が来るぞ!」
巨大な梟型の魔族が放ってきた氷の弾丸を躱しつつ、龍一は中村の足元を注意する。
そこには、魔族の軍勢の足元をすり抜けてきたらしい大蛇がおり、どさくさに紛れて人に噛み付こうと牙を露出しているのが見えた。
それに、中村も気付いたのか、蜘蛛の顔をした魔族と斬り結びながら、彼は魔法の詠唱に入る。
とはいえ、特段、呪文を唱えるわけでもなく、彼は視界の片隅に意識を集中させていくだけだ。
視界の片隅に映る文字を次々と選択して切り替えていき、使いたい魔法を選択して実行する――。
それが、この世界での魔法の行使のやり方だ。
無詠唱のスキルを持っていれば、更に視界の片隅にショートカットが作れるらしいので、魔法の行使は更に楽になる。
人間界のゲームを基軸に、異世界のシステムを調整した、なんとも鎖那らしい配慮であった。
「貫いてやるぜ! 【土魔法】大地土槍!」
中村が使ったのは、土魔法のスキルレベル5で習得できる範囲攻撃魔法だ。
前面の土が蠢いたかと思った次の瞬間には、大地から土でできた槍が出現し、足元で顎を開いていた蛇を串刺しにする。
――だが、串刺しにできたのは蛇だけだ。
彼が相対していた蜘蛛の顔をした魔族は粘着性の糸を少し遠くに吐き出して、その糸を辿って一気に距離を取ると、その魔法の効果範囲から即座に離脱していた。
どうにも勘の良いタイプらしい。
ちなみに離脱の際に、置き土産とばかりに毒液を吐かれた為、中村は煩わしそうにそれを避けていた。
そんな中村の目の前に、今度は巨大な象型の魔族が迫り来る。
体長六メートル近くもあるその魔族は、象とそっくりな容姿をしながらも、二足歩行で歩くという珍妙な魔族であった。
その魔族が思い切り振り回した拳を避け切れずに、中村は胸部で衝撃を受ける。
普段使っている装備であるのなら、四散して胸まで貫かれていたであろう衝撃は、中村の全身を僅かに痺れさせるに留まった。
どうやら、鈴木印の防具は、この程度の攻撃ではビクともしないらしい。
「響くぜ!」
そう叫びながら、象の魔族の片腕を斬り落とす中村。
「へっ、どんなもんだい!」
調子に乗って、ガッツポーズなど決めたりするのだが、油断をするにはまだ早い。
「バカヤロー! 油断すんじゃねぇ!」
龍一の叫びに驚いて飛び退く中村の目の前で、今までいた場所を抉るようにして象の鼻が伸び、その足元を絡みとるよるにして粘着性の糸が飛んでくる。
どうやら、先の蜘蛛型の魔族も同時に参戦してくるようだ。
顔色を青くさせながら、中村は龍一に礼を言う。
「悪い! 龍一! 助かった!」
だが、中村の感謝の言葉に、龍一も言葉を返せる程の余裕がない。
梟型の魔族が吠える。
それは、耳障りな咆哮というよりは、三半規管を揺さぶる振動としての攻撃だったのだろう。
(何だこれ!? クソっ、視界が揺れる……!)
龍一はその声に思わず膝を落としかけてしまうが、歯を食い縛って耐える。
その様子を見て取った梟型の魔族が自身の腕を振るって、麻痺毒が仕込まれた羽根をまるで機関銃のように乱射する。
遠目から獲物を嬲るようにして、安全に龍一を倒そうというのだろう。
その巫山戯た態度に、龍一は怒髪天を衝いたかのように叫ぶ。
「――っざけんな! 【風魔法】風雲竜巻!」
くらくらする意識を無理矢理気力で奮い立たせながら、龍一は前方に片手を掲げ、小型の竜巻を作って羽根と声の二つの攻撃を同時に散らす。
そのまま、龍一は視界の隅に意識を集中させて、文字を選択していくと、連続で風魔法を発動させる。
「【風魔法】疾風刃!」
龍一の声に答える形で、空間に陽炎の如き揺らめきが現れたかと思うと、それが刃の形を取って一気に梟型の魔族に向かって飛んでいた。
その数は全部で二十一。
龍一のスキルレベルで出せる限界の数だ。
だが、梟型の魔族はその灰色の羽根を弾丸のように飛ばすことで、風の刃を次々と砕いていく。
二十一の内、十九までは防がれたものの、残りの二つは捌けずに、梟型の魔族の肩口と羽根に浅くはない傷を刻み込んでいた。
苦悶の表情と、可聴領域を超えた悲鳴を上げる梟型の魔族。
そこを逃してなるものかとばかりに龍一は接近し、風を纏わせた刃を逆袈裟で思い切り振り上げる。
「ぉらぁ――ッ!」
梟型の魔族の胸元から真っ赤な鮮血が飛び散り、龍一はその血を回避するかのように飛び退る。
魔族の血など、どんな毒があるか分かったものではないという思いからだろう。
果たして、龍一の予想は正しかったのか。
地面に飛び散った魔族の血は何やら大地を焼くような音と共に、盛大に白煙を上げる。
その様子に一顧だにすることなく、龍一は即座にその場を飛び退く。
戦場で余韻に浸っている暇はないと、言わんばかりである。
『ヒヒヒ、アルスの野郎、馬鹿だなぁ。こんなニンゲン如きにやられやがってよぉ!』
龍一に接近してきたのは、全身が包帯で覆われた魔族の男である。
その両手には、大振りの鉈のような凶悪な刃物が握られている。
龍一は、その魔族の言葉を理解したわけではないが、何となく馬鹿にしている雰囲気は感じ取ったのか、その表情を不愉快そうに歪めていた。
そのまま、先手必勝とばかりに鋭い突きを繰り出す。
『ヒヒヒ、忙しないじゃねぇの!』
だが、その切っ先が魔族の胴体に食らいつくよりも早く、魔族の体から伸びた包帯が、龍一の剣を絡め取って固定する。
一瞬でマズイと判断して剣を引こうとする龍一だが、剣は空間に固定されてしまったかのように戻すことができない。
(クソっ、普通の力比べになると、肉体が資本の魔族と貧弱な人間とじゃ話にならねぇか!?)
攻撃力はあくまで武器の強さを含めた攻撃をするための強度を示している。
だからこそ、攻撃力イコールで力が強いという図式は成り立たない。
その証拠に、龍一が剣を引こうとしても、包帯魔族に絡み取られた剣は一向に動かないのだから……。
まぁ、浩助並にレベルが上がって、スキルも修得していたのなら、その限りではないのかもしれないが、龍一はまだその領域にまで到達していない。
(この状況を打開するには――)
龍一が考えを巡らせるよりも早く、包帯魔族は右手に持った大鉈を振り上げる。
龍一はその直撃を予想して、一瞬で顎を引いて、頭で受けることを決意する。
次の瞬間には、頭部までを覆う全身鎧に身の毛もよだつ程の衝撃が伝播する。
だが、ダメージはほぼない。
龍一は心の中で、今は同じ戦場にいない拓斗に感謝の念を向ける。
(流石、鈴木印……! ダメージは大したこと――……あ?)
視界の片隅に表記された自分のステータスをちらりと確認しながら、龍一は信じられないものを見たとばかりに一瞬、動きを止める。
――と、そんな龍一の様子に構わずに、包帯魔族は龍一の頭部を左手に持った大鉈で再度叩く。
龍一の視界の隅に表記された、装備の耐久値が恐ろしい勢いでガンガンと減っていく。
「何だこれ!? 耐久値が急速に減って……!? まさか、腐食効果のある斬撃なのか……!?」
『ヒヒヒ、逃がさねぇぜ~! テメェはここで脳天かち割られて死ぬんだよォ~!』
「クソッタレ、【風魔法】風具作成!」
龍一が咄嗟に放った魔法は風具作成であった。
風雲竜巻も疾風刃もどちらもクールタイムを脱していなかった為、咄嗟には使えなかったのである。
彼は自身の剣に螺旋状の刃を取り付けるイメージで風の刃を作り出すと、それを捻り込むことで、巻きついていた包帯を切断する。
そのまま、包帯魔族の胸部に突きを放とうとした所で蹴りを喰らい、龍一は地面を転がることになっていた。
土の味と、鉄の味が、口の中に僅かばかり広がり、龍一はそれを唾棄と共に吐き出す。
「龍一、大丈夫か!」
中村が慌てたように近寄ってくるが、龍一はそれを片手で制する。
ただでさえ、多人数を相手に戦っているのだ。
戦力が密集してしまうと、魔族を湖畔の町へ通してしまいかねない。
それを危惧して、龍一は中村の動きを止める。
「鎧の耐久度がスッゲー削れた……。それ以外は問題ない……。コイツら、本当厄介だぞ」
「俺もそれは実感してるよ……」
中村の言葉に、龍一は伊角真砂子の言葉を何とはなしに思い出していた。